僕の作品 1
僕の初等部5年生までの人生を一言で表すなら、放課後よくあかり君と遊びました。
これに尽きる。
所々記憶に残るエピソードもあったような気がするが、この劇を境に自分を表現することができるようになった気がする。
もちろん諸星久遠としてではなく、犬飼永遠として。
「では!これから劇の配役を発表します!」
デネブクラス担任三葉先生はテンション高めでクラスメイトたちに高らかに宣言した。
それを聞いてみんなもテンション上がっていた。
「そもそも今回はなんの話をやるんですか?」
この学校は学園祭で劇、展示、売店のいずれかをやるのだが、初等部は演劇か展示のいずれかになることが多かった。事前に投票で劇にすることは決めていたので、みんなどんな劇をやるのか楽しみにしていたのだ。
「今回はオリジナル、僕が書いた台本です。今から配るね!」
先生が最前列の人に配った台本が順次後ろに流されていく。
僕らが手にした台本には『真鍮と金』というタイトルが記載されていた。
「今からざっとあらすじを言うね。この物語の世界では・・・明確な差別が存在します」
差別。あまり良い印象の言葉じゃない。そのせいかみんなシンとして先生の言う言葉を聞いていた。
「それは、魔法を使えるものとそうでないもの。この物語に出てくる登場人物には1人を除いて全員に魔法が使えるという設定にしてあります」
「みんなでその1人をいじめるのか!?」
クラスメイトの嵐くんは間髪入れず質問を投げた。
「いいや。僕がこの設定にした最大の理由は、みんなに違う立場、違う価値観を持った人間を演じて欲しかったから。今からみんなは魔法使いを演じてもらう。だけど劇中の世界では、魔法を使えない人間は差別の対象。差別とは、魔法を持たない人間を劣っているものと見做し、冷遇すること。でも現実の君たちは違う。みんな魔法を使えない。だから考えて欲しい。どんなふうに言われたら傷つくのか、どうしてこんな差別を受けなければならないのか。弱い立場の人間を解った上で、自分が優位な立場になった時、自分が差別されている人からどう見えるのか知ってほしい」
どきりとする設定だ。みんな真剣に先生の話を聞いていた。
このクラスにいじめはないし、差別もないけど、勉強ができる、頭がいい、容姿がいい、足が速い、そんな区別で優劣があること、自分が下なのか上なのかは、この頃の僕らにもなんとなく解っていた。
「主役は2人。1人は魔法使い、もう1人は魔法が使えない。2人は魔法の有無で差別される世界に嫌気がさしていた。そんな時に魔法使いの主人公に一通の手紙が届く。魔法使いの世界に来ないか、そんな魅惑的な手紙が。主人公たちは魔法使いの世界へ行く。そこで2人はいろんな人たちと出会い、住む世界を分ち、永遠の別れをする。みんなには、自分でありながら、自分とは異なる自分を演じてもらいたい」
自分でありながら、自分ではない・・・?
「……どう言うこと?」
誠くんが訳がわからなすぎてボソッと口に出した疑問に、先生はクスッと笑い、みんなにページを捲るよう促す。
みんなパラパラと台本を捲る。
セリフの括弧の前に名前が書いてある。そしてその名前は・・・。
「これ……クラスメイトみんなの名前がそのまま役の名前ってこと!?」
「そう!だから誠って書いてある所は誠くんがしゃべらないといけない台詞。みんな家で覚えてきてね」
みんな自分のセリフはどこにあるのか探し始めた。
僕は冒頭のページからかなり自分の名前が多かった。
「台本のセリフを、この物語の中で生きている自分はどんな意味を持って、どんな思いがあって話しているのか考えてほしい。それがないと、気持ちが伴わないから、どんな言葉も見る側の人間に伝わらないよ。じゃあ今日はここまで!みんな帰ってゆっくり読んでみてね!」
先生はそう言って教室から出て行った。
クラスメイトたちは台本についてそれぞれに共通した感想を持っているようだった。
「これ2人の主役って…犬飼と燈だよな」「あいつが話してるとこ一回も聞いたことないけど」「大丈夫か……?」「先生は犬飼にもっとクラスに馴染んで欲しいって思ってるんじゃないかな」「人にはできることとできないことがあるだろ。犬飼には……これはできないだろ」
そんな声がちらほら聞こえてきた。
その言葉に驚きはなかった。というか僕も同じ感想を持った。
なんで僕が?先生は僕に試練を与えているのか。変わるきっかけ?
でも一つだけわかる。
僕には無理だ。
みんなの前で話せるのか。大勢の前で緊張するに決まってる。台詞が出てこなかったらどうするんだ。みんなに迷惑かけるに決まってる。舞台が台無しになる。いやそもそも、練習にすらならない。だって・・・僕は・・・そう言うことが劣っているから。
初等部3年生から始まったクラブ活動。僕は一度も参加したことがなかった。でも学校的にはいずれかに強制参加なので、僕は三葉先生とたまに放課後お茶会をすることになっていた。
僕は三葉先生と一緒にいる時間は最初は緊張して、先生が何を言っているかわからなかったけど、今はわかる。言葉にしなくても、頷いたり、首を縦に振れば先生は話題を振ったり面白い話をしてくれた。
僕は三葉先生とのお茶会に向かった。
先生は先生ごとに個別の部屋があり、どの先生の部屋も同じ備品の机とテーブル、小さめの冷蔵庫、電子レンジが置いてある。三葉先生のテーブルには僕が好きなだけ食べていいようにとたくさんのお菓子と、冷蔵庫にはジュースが入っていた。
僕が先生の部屋に入ると、先生は「いらっしゃい」と笑いかけた。
僕はコップを二つとり、ジュースを注いでテーブルに持っていく。
「ありがとう」
先生はいつも通り優しかったが、僕は初めて自分から問いかけたい気持ちになった。
なぜ、僕なのか。
「人にはターニングポイントってのがあるんだよ。君にとって、この劇がそうなるだろう」
先生は僕の疑問が解っているようだった。
「みんなにも言った通り、主人公は2人。君がその1人だ。魔法使いの燈と、魔法を使えない永遠。現実と逆だろう。君は指輪のアーティファクトを持っている。指輪は君に君以外の何者かになる力をくれた。君は魔法使いだ。今回の劇では、現実と逆の立場を演じることになる。僕はみんなにそれを強いる。だから君が主人公なんだ」
だとしても、話せない僕が全うできるとは思えない。
「君は変わったよ。昔は僕が話しても何の反応もなかったんだよ。きっと僕の話してる内容すら解っていなかったんだと思う。でも最近は違う。僕の言葉を理解して、自分にできる限りで自分の意思を伝えられている。それができるようになったのは、アーティファクトのおかげだと思うんだ。諸星久遠として生きることで、考える力、受け答え、自分の意思を言葉にすることを実践し、君は自分自身にも同じように適合してみている。今の君にならできると思う。君は俳優の諸星久遠になれたのだから、劇中の犬飼永遠にもなれると思ったんだ。難しいと思うよ。犬飼永遠はテレビに出てこないから、どんなふうに喋るのか、どんな表情をしているのか、どうしてそうするのか、自分自身で補う点が多いからね。でもヒントは台本にあるよ」
先生は台本を開いた。
「永遠は今日から毎日この台本を読むんだ。何度も何度も。声に出せなくても、心で何度もなぞるんだ。口を動かしてみて」
僕は自分がやらなくて済む逃げ道を聞きたかったが、先生はやらせる気満々のようだった。
「他の人が思う犬飼永遠に惑わされちゃダメだよ。自分自身で決めて、納得のできるものにしなければならない。僕の言う通りにしていくんだよ」
僕の顔を見て先生は笑った。
「そうそう。君は今主人公をやりたくないと思っている。それが今顔に出ている。いいね。君は人前が苦手だ。でもここのページを見て。ほら。みんなの前で堂々と話してる。結構過激な内容も話しているのに、ビクビクしてたら劇中の犬飼永遠に成れていないことになる。おかしいでしょ」
劇の中の犬飼永遠と現実の僕がかけ離れている。無茶振りするなら現実の僕に寄せて欲しい。そのくらいの譲歩あってもいいじゃないか。
「とりあえず家でゆっくり読んでみて。あ、漢字にふりがな振ってあげる」
スラスラと書いていくペン先を見ながら僕は、逃げられないのか、と思った。宿題をしていなかった時のように、何も言わず固まっていたら許された時のように、逃げられないのか?
「永遠。大丈夫。さっきも言ったように、一つ一つ始めていこう。まずは読む。明日までに一通り。一歩一歩、僕に言われた宿題を毎日する。君はそれだけでいい。読むだけなら、明日までにできるでしょう?」
僕は頷いた。確かに読むだけならできる。劇は無理だろうけど。
「それでいい。じゃあまた明日、放課後に来るんだよ」
布団に入りながら台本を一通り読んだ。解ったことがある。絶対にセリフを覚えられない。
多すぎる。さすが主人公。全ての場面にいる。そしてキャラ的にズバズバ容赦なく言い放つ性格だ。
僕は先生に言われた通り、台本のセリフを指でなぞりながら口を動かしてみた。
もう一つわかったことがある。
僕、この劇の中にいる犬飼永遠のこと好きだ。
この子みたいに生きてみたい。この子みたいに一生懸命になりたい。この子みたいに死にたい。
この子は人の顔色を伺ったりしない。自分の意見を持っている。親友のために、誰かのために何かをする。それをすることを何も疑問を持たずにやってのける。
君は天衣無縫だ。
「読んだね」
先生は「どう。犬飼永遠は」と気に入ったでしょと言わんばかりの笑顔だった。
僕は頷いた。
「セリフは毎日読んでいれば覚えるから大丈夫。今日は世界観のおさらいと台本を映像化してみよう」
先生は台本の冒頭のページを開いた。
「永遠、君はこの世界に生きている。この世界には、魔法を持つ人間は君だけだ。他にもいるかもしれない。でも彼らは息を潜ませている。君も自分が魔法を使えることを誰にも言ってない。それは、魔法を使えることはみんなと違うことだから。魔法を持つものが少ない。大人たちは魔法を持っている人間が社会を壊すことを恐れている。君はそんなことしないだろうが、仮にだよ?君は他の人間になりすまして店で物を盗んだら、その罪は誰のものになるかな。防犯カメラに写っているものが全てだとしたら、永遠は無罪になるかもしれない。そして代わりの誰かが罪を被ることになる。それは、今の社会を壊すことになる。そんなありもしない恐怖に怯えて、大人たちは君のような魔法使いをこう思っているんだよ。秩序を乱す危険人物。その認識は常識となり、大人は自分の子供に伝える。そして子供たちは君のクラスメイトだ。みんな君を恐れる。いつ自分に被害が来るのかわからない。それは迫害を呼ぶ。みんな君に畏怖し、君を1人にする。劇の中ではそれが燈が演じる『燈』だ。劇の中で君は魔法を持たない、本来なら迫害する側の人間だけど、人間は魔法の有無だけで測れるものではないと思い、燈の唯一の理解者として燈の見方である、『永遠』を演じるんだ」
どうして、永遠は他の人と違う考え方をするように至ったの?
「そうだな。例えば自分の家族が魔法使いだったら?大好きなおじいさん、彼は優しくてよく遊んでくれたが、魔法が使えるからと迫害を受けていた。君は理解ができなかった。それだけの理由でこんな悲しいことがあっていいのかと。迫害を受けて寂しい思いをしているのに、それでもみんなに平等に優しいおじいさんをみて、君は本当の強さの意味を知ったんだ。だからクラスメイトの燈のことも、他のクラスメイト同様平等に君は接することにした。同じ強さを得るために。おじいさんがしていたみたいに人に接することを心がけていたから、いつしかそれが自然に身になり、永遠の強さになっていったんだよ」
先生はよく僕の考えを見抜いていた。そんなにわかりやすく反応してるつもりはないが。
「世界は一つじゃない。みんな他の世界があることを知っている。魔法がない世界と魔法使いの世界。だから燈は魔法使いの世界へ行ってみたくなったんだ。自分と同じ人間が生きている世界なら、自分は永遠みたいにたくさんの友達ができたり、悲しい思いをしなくて済むんじゃないか。行ってみたい。けれど1人で行くのが怖い。永遠はそんな燈の背中を押すために、一緒に行くことにする。今度は自分が迫害される側に回るかもしれないと悟りながら、友達のために君は世界を渡るんだ」
燈くんのために。今まで一緒にいたんだ。離れたくないと思うのは僕だって同じ。一緒にいられるなら、一緒に行きたいかも。でもそこにはお母さんもお父さんも白もブーもいない。寂しい・・・。でもそれは燈くんも同じ。たった1人で全てを捨てて世界を渡るなんて悲しいすぎる。僕が一緒に行くことで、少しでも生きたいと思える場所に巡り会えるなら。僕はまたこの世界に戻ってきたときにみんなに心配させてごめんって謝ればいいだけだ。そうだよね。燈くんと行こう。
「今君の中にある犬飼永遠のイメージは固まったね。じゃあ、指輪の力を使ってごらん。犬飼永遠は君と全く同じ容姿、同じ声、同じ感性を持っている。永遠になって、この台本の永遠のセリフを読んでごらん」