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きっかけ


「僕もまぜてくれない?」


 ハキハキと、笑顔で。まるで友達のように話しかけてみる。

 内心ドキドキだけど。


「もちろん!みんなで鬼ごっこするんだ!じゃんけんで鬼を決めよう!」


 一宮いちみやあかり君は何の迷いもなく、見知らぬ子を鬼ごっこに混ぜてくれた。みんなで鬼ごっこをした。知らない顔もあったが、ほとんどがクラスメイトだ。逃げ回って、体力のなさを実感した。鬼になって、自分の足があまり速くないことを知った。みんな教室の中と同じで優しくて、でもみんな僕のことを何も知らなかった。でも楽しかった。息を切らしながら走り回ること、転んで痛かったこと、公園の蛇口で膝を洗うと靴までびしょびしょになったこと、あかりくんがずっと一緒にいてハンカチで患部を覆ってくれたこと、全てが幸せだった。


「あれ。そういえば名前聞いてない!」


 急に思い出したかのように「僕は一宮燈だよ!」と自己紹介をしてくれた。


「い…ぬ……」


 ・・・犬飼永遠と言っては絶対にダメだ。

 なぜなら今幻想を見せる指輪でいもしない子供になりきっている真っ最中なのだ。僕は今ハキハキ話し、心の底から無邪気に笑う、そんな・・・


諸星もろぼし久遠くおん!」


 咄嗟に出たのは好きな役者の名前。


「その名前の芸能人いるよね!すごーい!同じだ!」


 ギクッ。

 バレてないのでセーフ?

 こんなのが続いたら心臓もたないよ・・・。


「うち近いからきなよ!バンソーコ貼ってあげる!」


 一宮燈は教室で犬飼永遠に話しかける時と同じように、親切で優しかった。その日初めて友達の家に行った。そこで暗くなるまで二人でゲームをした。初めてで操作がまるでわからないし、体も一緒に動いて笑われたけど。楽しかった。

 

「また明日も公園来てね!くおん!」

「うん!またね!あかりくん!」


 その日の帰り道はルンルンだった。友達ができた。腹の底から笑い、転んだ膝の痛さも、筋肉痛の痛さもあるが何より楽しかった。家に帰ると親が今日はやけに遅かったと心配していた。僕が友達ができたというと、一変し良かったとその言葉を仕切に繰り返し、心底安心した様子だった。

 その次の日、またその次の日も僕は放課後公園に行った。そしてあかりくんたちと遊んだ。学校では一言も話さないのに、放課後は誰よりもお喋りだった。自分以外の僕としてなら、どうしてか緊張しなかった。ずっと自分以外の誰かになりたかった。今そのための手段を手に入れた。僕は犬飼永遠ではできなかったことを今なら何でもできる気がしていた。

 でもきっと、受け入れてくれるみんなの方がよっぽどすごい。僕なら知らない子とすぐに仲良くなんてできないな。


 初等部4年になる頃には、クラスメイトたちとみんなでというより、あかりくんと二人で遊ぶ日が多くなっていた。二人で映画に行ったり、スケートをしに行ったり、コンビニで肉まんを買ったり、ゲームで遊んだり、プリクラも撮りに行った。僕はどれも経験がないことだったが、全てあかりくんが連れていってくれて、僕は自分の世界が広がっていくことを実感した。


「そういえば、久遠の家って行ったことない。今度行っていい?」

「…………うん」


 家の表札を犬飼から諸星に変えなければならない案件が発生しようとしている。ていうか親になんていえばいいのか。そもそも諸星久遠として帰ったら、親は僕のこと不審者としか思えないだろうし。問題しかない。親のいない時間に来てもらうとか?となりの家のお兄ちゃんインターホン鳴らさず入ってくるしな・・・。家に招くことは正直厳しすぎる。バレてしまう・・・。バレたら・・・あかり君はどう思うかな。

 永遠だよって言って、嘘つきって思われる・・・?思うかな?どっちでも僕なことに変わらないし。でもあかり君に嫌われたくない。こんな些細なことで初等部一年から一緒にいる僕らの友情に傷つかないよね?どうなんだろう・・・。


「じゃあ今度ね!そういえば ____」


と話が変わったからよかったものの、これ以上追求されていたなら正直ボロが出ていたとこの時は思っていた。この頃の諸星久遠の設定がガバガバなのは自他ともに認めるところである。だがこの時話しを変えたのは、やはりあかりくんの優しさであったとのちに気づく。


 僕はなりたい自分の姿、声を自在に人に見せる力を手に入れた。そしてそれを可能にしているのは、この指輪であると思う。指輪をしている時には出来て、外した時には出来ないから。鏡の前でいっぱい練習して、諸星久遠を作った。徳川家康には二度となるまい。


 三年生、四年生と進級していく中で、僕らが友達であることはずっとかわらなかった。学校ではクラス替えでも同じクラスになり、たまに話しかけてくれることはあったが、僕は今まで通り、あまり話さない犬飼永遠に徹した。ふと、もし僕が諸星久遠だったのなら、学校でもずっと一緒にいられるのにと思った。そうなればどうだろう。学校はきっともっと楽しい場所になる。偽ることなくずっと一緒にいられる。家に呼んで、もっと自分たちの話ができるだろう。そんな風に考える日々が続き、五年生になっても結局打ち明けることはなかった。


 ある日カラスの死骸が校舎の裏側に落ちていた。死骸に小さな虫がたくさん群がっていた。僕が黙って見ているとあかりくんがきて、「ちょっと待っててね」と言い残しどこかへ行き、少し経って用務員のおじさんと共に来た。


「寿命かな」


 スコップで穴を掘り、そこに埋めた。


「僕らもいつか死んじゃうもんね」


 あかりくんはしょんぼりした様子で土をかけていく様子を見ていた。


「その心配をするにはまだ早いだろう」


 用務員のおじさんは笑ってそう言った。


「でもね、僕の近所のお兄ちゃんは小児がんで死んだんだ。僕ももう直ぐその年に追いつく」

「あの子か……。良い子だったな。よく元気な挨拶をしてくれる子だった。いつも仲良しの子と一緒にはしゃいで授業サボってた。手はかかるが勉強も出来たらしいし、クラスでも中心にいる子と聞いていたよ。本当に残念だ。きっとあの子なら何にでもなれただろうに」

「本当に優しい人だった。初等部1年生の時から元気な時は手を繋いで一緒に学校に行ってくれたよ。僕が宿題でわからないことがあった時教えてくれた」


 懐かしそう。でも寂しそう。

 そんな横顔だった。


「死ぬのって怖かったかな。おばさんは眠るように息を引き取ったのよって言ってた」

「きっとそうさ。あの子は誰よりも自分に残された時間を謳歌していたよ。だからこそサボってても先生もみんな何も言わなかったんだろうなぁ。あまりに楽しそうだったから。お前らは授業でないとダメだぞ。これからの長い人生、お前らには教養が必要だ」


 そう言い、あとは俺が埋葬しておくからさっさと教室に戻るよう言われた。

 二人でテクテク教室に戻る途中、二人で話した。


「医療麻薬って知ってる?健康な人が麻薬を使うと体や心に依存症を引き起こすけど、癌とかの痛みがある人に投与すると依存症を引き出さずに痛みだけ取り除いてくれるの」


 タバコやドラッグは誘われても絶対にやってはいけないと授業で散々言われてきたので、その話は初耳だった。


「まぁ副作用で便秘になったりするらしいけど、それでも痛みは特に死を実感しやすいし、体に負担になるから麻薬を使うんだって」


 あかりくんは犬飼永遠といる時、基本自分から話しを振って僕は頷いたり小さな相槌を打つだけにとどまることが多かった。僕の意見が求められた事は一度もない。聞き上手ではなく、あかりくんが話し上手なのだ。


「でも、痛みって体の悲鳴でしょう?なのにそれを薬で無視して、最後には死んでいく。でもね、医療麻薬は末期の癌の人だけに使うものでもないんだ。癌と診断されると同時に緩和ケアは始まる。それからWHO鎮痛ラダーに沿ってお医者さんが適切な薬を選択してくれる。誰も患者を見放している訳じゃないのに、お兄ちゃんはすぐに死ぬ未来しか残されなかったの。もしも少しでも長く生きられたなら、お兄ちゃんは幸せだと感じられたかな」


 長く生きれば幸せなのか。少し伸びたところで、自分が生きた意味を見つけられただろうか。僕でもわからないことを、その人は見つけることができただろうか。犬飼永遠としては、相変わらず返答する事はなかったが、今までの僕とは明らかに一つ違いがある。指輪を手にする前の僕なら、返事をしないどころか思考まで放棄していただろう。でも今は、僕の中には僕の答えがある。それが犬飼永遠なのか、諸星久遠なのかはわからなかった。


「でも一つだけお兄ちゃんを羨ましくて仕方がないことがあるの!」


 暗い顔から一変。天を見上げ笑顔だった。


「お兄ちゃんには親友がいた!たくさん友達はいたけど、一番仲良しだった!誰の目から見てもそうだった。お互いのことすごく大切にしてた。家族以外でそういう大切な人って、そうそう出会えるものじゃないってテレビで言ってたから、羨ましい!」


 確かにそうだな。でも、そんなに仲が良かったのなら、死んで1番悲しんだのもその人かもしれない。それはどれだけの苦痛だろう。残される側の気持ちも、置いて逝く側の気持ちもわからないが、想うほど苦しいと思った。


「その指輪、いつもしてるよね」


 小学生がするにしては身の程知らずが極まれる代物であると、歳を重ねるごとに感じていた。


「諸星久遠」


 ドキッとした。だがこれは自分を指していない。これはあかり君の友達を指している。


「同じ指輪をしているんだ」


 冷や汗がどっと出た。久しぶりに頭の中が真っ白になる。


「流行ってる?」


 例え同じ指輪をつけていようが、現実的に考えて同一人物とは思わないはずだ。


「秘密だらけ。個人的なことは何を聞いても曖昧。家も家族構成も、何も知らない」


 こんな時犬飼永遠なら何も言わない。おどおどして困るはず。


「でも何でも知ってる。好きなことも、僕以外にはそんな仲いい人いないことも、テレビ好きで雑学とか妙にあることとか、映画や演劇に誘うと他の遊びよりテンション上がってることとか」


 いつか話す時が来る。ずっとそう思っていた。

 それは今なのか。僕が誰なのか分かったとしても、今まで通り友達でいられるのか。

 嫌われるのなら、言えない・・・。


「親友だよ。僕がほんとうのこと言えるのは、久遠だけ」


 嬉しい。僕もそう思ってる。

 きっと分かってくれる。いつも一緒にいられる方がいいに決まってる。


「でも僕はお兄ちゃんと違って時間があるから、待つことにする!」


 終始笑顔だった。それはもう、ダウトと言われた方が楽な気がする。でも確かに、これは僕から打ち明けることだろう。


「いつかその時が来る。その時を気長に待つことにする。久遠はこの学校じゃないけど、お願いだから、急にいなくなるなんて言わないでよ」


 僕は何も言わなかったが、強く頷いた。その時が来る。僕もそんな気がしてた。でもやはり、犬飼永遠では何も言葉が出てこなかった。

 口が固く喉が乾いで何も発することさえできなかった。

 諸星久遠が生まれても、犬飼永遠の本質は変わらない。

 痛いほどそれを痛感した日だった。


「永遠。永遠はいつも無表情で話さないし、授業サボって散歩しちゃったりするけど、でも頷いてくれたり一緒にいる機会、前に比べたら最近多くなったなって思うんだ。僕はそれが嬉しい!」


 嫌われる。一緒にいられなくなる。

 全ては懸念だ。

 変われない自分を肯定するための言い訳だ。

 あかり君はそんなこと、全然思ってなかったのに。


「教室行こう!」


 何もなかったかのように共に教室へ向かった。その間ずっと世間話をされたが、驚くほどいつも通りだった。


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