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エンゲージリング

 握った包丁から血が滴る。

 夜の教室に男子生徒が一人、血溜まりの中に立っている。

 返り血がべっとりと付いた中等部の制服を着ている。その手に着けられた指輪が美しく輝いていたことを妙に覚えていた。

 何かに絶望しているのか、今にも泣き出しそうで、苦しそうな顔をしていた。

 そこで何が起こったのかは分からない。だけど僕はその場にある全てを見て、それが綺麗だと思った。映画のワンシーンのように、月明かりに照らされたその男から目が離せなかった。



 そんな不思議な光景をよく夢で見た。今思えばショッキングな映像だが、幼稚園の頃から繰り返し見ている夢で、もはや飛び起きることもないありきたりな夢となっていた。



 小中高一貫校である暦学園に入学して半年、僕には友達ができなかった。話しかけてくれてもなんて返答して良いかわからなかった。言葉に詰まり、頭の中が真っ白になった。沈黙と静寂。みんな僕が困っているのに気づき、それ以降話しかけられることはなかった。気が楽なような、でも寂しいような。クラスメイト同士でグループを作る際は、いつも一宮いちみやあかりくんが話しかけてくれて、輪に入れてくれた。だから困ることはなかったし、疎外されることもいじめもない良いクラスだった。初等部1年のポラリスクラスは「人と話せない」「目を合わせられない」僕にとって振り返れば最高のクラスだった。




「アーティファクトって知ってるか?」


 5人1組の校庭のゴミ拾い中、みんなゴミ袋片手に軍手を履きもくもくと雑草を根から引き抜いていた。僕はあかりくんと2人で四葉のクローバーを探していたが責める人などいなかった。班の1人であるその子の質問にみんな知らないと答えた。僕も首を振った。


「魔法の力がある装飾品のことらしいんだ!兄貴が言ってた!この学校にはアーティファクトってのがあって、真夜中にそれを巡ってバチバチにやり合ってるらしい!」

「やり合う?」

「殺し合いだよ!」

「そんなことやってたら先生や公務員さんに見つかるでしょ」「殺したら警察沙汰だし」

「例えばイヤリング!俺この間見たんだ!嘘を見抜く人!」

「ただのエスパーじゃん」

「エスパーはただゴトじゃねえだろ!」


 班の3人がそんな話をしていた。あかりくんはそれを聞いてふふっと笑った。


「夢があるね」


 あかりくんは信じていないようだった。


「あったらいいよね。そんな魔法の道具があったら面白そう。永遠もそう思わない?」


 僕は・・・・・・・・。

 


 会話は苦手だ。何かを問われると頭の中が真っ白になる。なんて返すのが正解なのか分からないんじゃない。思考そのものがなくなっていく気がする。声も出てこない。適当な嘘も出てこない。その場を凌ぐ単語も出てこない。

 あかりくんはそんな時黙って僕の答えを待つ。僕はその時間が億劫だった。

 いつしかあかりくんは僕の答えを問うことは無くなった。でも、それでも話しかけたり、班に入れてくれた。



 ある日机の中に綺麗な指輪が入っていた。明らかに高そうで、僕のものではないことだけは確かだった。

 見たことがあるような気がする。どこでだっけ。

 僕は「誰か僕の机に間違って指輪入れませんでしたか〜?」なんて言える度胸はなかったので、落とし物ボックスの段ボールにそっと入れておいた。家に帰ると指輪が鞄の中に入っていることに気づいた。次の日の朝また落とし物ボックスに入れておいた。昼の給食の時サラダと一緒に指輪も盛られていた。僕はまた落とし物ボックスに入れた。授業の時筆箱を見たらシャーペンに指輪がはめられていた。僕は誰がやっているいたずらなのか分からなかったが、とりあえず落とし物ボックスに入れた。家に帰る途中、人差し指に指輪がついていることに気付いた。

 怖い。

 今日は誰とも話してないし、誰にも触れられてないし、そして自分でつけたわけでもない。息を呑んだ。

 こうして指輪は僕のものになった。捨てても帰ってくるほど帰巣本能が高いのだ。あきらめるほか無かった。

 指輪はピンクゴールドで赤い宝石やダイアのような輝きを放つものが無数についていた。綺麗だし、物主が申し出たら返せばいいと思った。

 それからの人生はしばらく指輪と共にあった。僕が友達が欲しいと泣いていることも、明日燈くんに話しかけてみようと思い、緊張してできなかったこと、先生にみんなの輪に加わるよう言われ悔しく泣きながら下校していたこと、指輪は僕のダメな人生の全てを見ていた。

 ある日の帰り道、燈くんを見つけた。友達と公園で遊んでいた。すごく楽しそうだった。一緒にいる子が羨ましかった。僕もテレビで見た俳優のように、明るく楽しげなクラスメイトAになってみたかった。彼と一緒にいても不自然ではない、ハキハキ話し、腹の底から無邪気に笑う、そんな人間になりたい。

 毎日そんなことを考えては、何もかわらない日々だった。何一つままならない。

 


 朝礼ではいつも通り先生がみんなの名前を呼び、出欠確認していた。僕は昨日見たドラマを思い出していた。高校生のいじめを題材としたドラマだった。出席確認の点呼で1人の女生徒がもう1週間欠席が続いており、ドラマの中盤でその女生徒の死体が体育倉庫から出てきたところでお父さんにチャンネルを変えられた。お父さんは特に何も言わずにチャンネルを変えたので、僕も特に何も言わずお父さんと一緒に徳川家康が天下統一する歴史番組を見た。ドラマや演劇が好きだった。自分以外の誰かになりたい。もしも僕がドラマの中の女生徒なら、絶望に歪んだ顔で不幸を一心に背負って泣けるだろうか。僕が一宮燈くんなら、クラスメイトの中心にいてみんなと一緒に笑えただろうか。もし僕が徳川家康だったなら・・・。


犬飼いぬかい永遠とわ!」


 僕は先生に名前を呼ばれ「はい」と返事をした。自分の口から低いおじさんの声が聞こえた。

 聞き間違い?

 先生がこちらを見てぱちくりとしている。クラスメイトたちもこちらを見ていた。賑わいがあった点呼が急に静まり返った。次の瞬間、

「きゃーーー!!!」「誰!だれ!?」「知らないおっさんいるじゃん!!」「何これモニタリング???」「不審者でしょ!!」

 クラスメイトたちの全て言葉が僕をさしているようだった。冷や汗が止まらない。僕から怯えて離れて行くクラスメイトとは対象に先生が怖い顔で僕の方に来た。

 怒っている。怖い。

 僕は咄嗟に立ち上がり教室を飛び出した。

 「待ちなさい」という先生の言葉は聞こえたが、僕は訳がわからないまま走り、少し離れた男子トイレに入った。

 息が整う猶予もなく、手洗い場の鏡に映る男に驚嘆した。昨日のドラマの徳川家康。顔を触ると鏡の家康も頬を触り、髪を触ると髷の感触がある。服は和服。走りにくかった草履。そしてこの声。


 どうしてこうなったのか。

 逃げることに何か意味があったのか。

 どうしたら元に戻れるのか。

 家に帰ってお母さんになんて伝えたらいいのか。


 しばらくの間じっと鏡をただ見ていた。何もできず、何も考えず、息だけが整っていった。手が冷たく、両手を握ると、指輪がいつもより光り輝いているようだった。

 何人かの足音と共に「不審者がこの辺に・・・」という声が聞こえてきた。間違いない、先生たちが探している不審者は僕しかいない!

 その場にしゃがみ込み蹲った。捕まる?怒られる?どうすればいい?


「犬飼!」


 ビクッとして振り返ると先生がいた。


「なんでここに!不審な男見なかったか?和服のおっさんが教室に入ってきてな、今大変なんだよ!」


 今の先生の目には僕は犬飼永遠として映っているようだった。立ち上がり鏡を見ると、そこにはいつもの平凡な僕がいた。


「警察には連絡したが、今日はみんな帰すから。ほら、教室に行こう!」


 僕は事態が飲み込めないまま先生に手を引かれ、教室でランドセルをとり、先生たちに見送られながら集団下校した。

 結局男は逃げたらしく見つからなかったらしい。学校の警備のことで親からクレームがひどかったらしく、それから3日ほど学校が休校となった。僕の親も怒っていた。どこかの誰かの悪ふざけのせいで学校は大変な被害を被ったようだった。その晩僕は部屋で1人、鏡に映る当川家康に問いた。

 どうしてこうなったんだっけ・・・。


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