第1回エチエチ女幽霊争奪戦~ポロリもあるよ!~
さぁ、存分に楽しむのだ。
ここはとある山間部。当然人気は無く、鬱蒼と茂る木々の中に突如現れたその部分だけは、実に人工的じみていた。
「お揃いのようだね。それでは始めよう!」
白衣を纏い、サングラスをかけた女がその場にいた全身橙のつなぎ姿である男たちに声を掛けた。
「この広い日本家屋の一室には、エチエチ女幽霊がいる!」
「「"エチエチ……女幽霊"……?」」
「そうだ。無事ターゲットと逢瀬を果たせた者の物になり、その後の生活は自由となる。但し無事にたどり着くことが出来ればだがな」
「……そいつ以外はどうなるんだ?」
D1729と数字が書かれた橙のつなぎを着た顔全体が髭に覆われた男は言った。名を嵯峨と言った。
「決まってるだろう。いつもの牢屋に戻るだけだ。どの道貴様らなんかは生きていようが死んでいようが同じ。それならば今宵夢を掴め! たまたま選ばれた幸運なクズ野郎ども!」
「「うおおおおお!!」」
嵯峨の周りは歓声を上げながら色めき立つ。が、嵯峨はあくまでも冷静だった。
幽霊とやらはどうでもいい。……ただ、俺は冤罪が晴れればそれで良いんだ……。
嵯峨は殺人の疑いで逮捕された。被害者の数が片手で数えられる程ではなく、裁判になったものの執行猶予も無く死刑と宣告された。紆余曲折あり普通の日本の刑務所ではない場所に移されてからは、こうして時たま訳の分からない場所に連れて来られては調査を命令されたり、誰かと話したり、軍人みたいな奴に弾丸を補充した銃を渡したりしていた。
それでも、やったのは俺じゃないんだ。
そのことを証明したいが為に俺はこの場所で必死に頑張ってきた。
そこにやってきた今回のチャンス。逃すわけにはいかない。俺が自由になり、無実を証明してみせる。
「それではいきますよー? 3、2、1、グッドラック!」
いつの間にやら開始の合図が取られ、自身を含めたありとあらゆる死刑囚は、ターゲットとやらを獲得すべく一斉に走り出した。
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さぁ始まりました第1回エチエチ女幽霊争奪戦。
実況はわたくし男版貞子こと山村貞夫、解説はこの道19年。オカルトマニアの高町さんと、誰もが知る最恐の幽霊であらせられます枷椰子さんにお願いしております。高町さん枷椰子さん。本日はよろしくお願いします。『よろしくお願いします』『ァ”ァ"』
皆さん早速土足で駆け巡っております。参加者はなんと19名。それぞれが過去に何らかの罪を背負い、この組織へと連れて来られました。その集大成なのか何なのか。今一同に会する訳であります!
おぉーっと早速抜け出たのはD1179こと浜村選手! 左右に障子と襖が立ち並ぶこの日本家屋でも迷うことなくスタート地点から直進に突き進んでおります! これは優勝賞品ことエチエチ女幽霊の一番手か!
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「もらった!」
浜村は走る。
昔から脚力には自信があった。短長距離を問わずして俺を倒せる奴なぞいるはずもなかった。だが、その夢はあっさりと打ち破られたのだ。
とある事故で片足を失った俺は、それを生んだ社会そのものを憎んだ。
そうして得られた死刑という宣告と、何故だかそこから抜け出させ、義足まで準備しながら俺を管理するここで果たせるとするならば。
――俺が脚力で勝つ。それでしかないからだ。
もはや障子はなぎ倒すようにしながら走り続ける。そんな瞬間だった。
「い"っだだっぎま"ぁす!!!」
そこには一つ目の、巨大な口が大きく開いて――――
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あぁーーっと早速犠牲者が出てしまいました!
『え、犠牲者出るんですかこの大会?』
最初にお伝えしていた通り、無事にエチエチ女幽霊にたどり着くことが出来た人間だけがその後の自由をも保証されているのです。この日本家屋はありとあらゆるところにいやらしさ満点のギミックが用意されております。おぉっとご遺体はかなり惨いのでカメラは別選手を映してくださいね。『ァ”ァ"』
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どこに設置したのか、館全体に響き渡るマイクからD1179の死亡報告が宣言され、そこから参加者の動きはピタッと止まった。
「クソッ……! やっぱり今回もこういう感じなのかよ!」
嵯峨は舌打ちしながら自分がやってきた大広間を見渡す。何かが来るとしたら、こういう所だろう。優勝賞品があるとしてもこんな所だろうと目星を付けたわけだが。
その刹那、スッと襖が開く音がし、思わず身構える。しかし入ってきたのは同じ橙のD1919の番号が書かれているつむぎを着た長髪の男だった。目が合うとその男はビクッと身体を震わせた。
「うわっ……! びっくりした!」
「こっちの台詞だ。お前もなんだ。その、エチエチ女幽霊とやらをゲットしたいのか」
「それはそうだろう! 男だったら誰もが一度は美人の女幽霊とあれやこれやしたいもんさ」
「そういうもんかねぇ」
思わず腕組みしながら嘆息する嵯峨に、逆に不思議そうな顔をそいつは向けた。
「お前、変わってるなぁ」
「それもこっちの台詞だっての。そもそも幽霊と交わることなんか出来ねぇだろって!」
「いやいや甘いな。いや、分かってねぇ」
「なに?」
「セックスって肉体的なものだけじゃあ無いんだぜ? 愛し愛され、憎み憎まれながらもその行為に耽るのが楽しいんだ」
「俺にゃ分からない世界かもなぁ。いや分からなくて結構」
嵯峨がそう言うと男は楽し気に笑った。
「俺は葛西。あんたは?」
「……嵯峨だ」
「嵯峨だな。いつもは番号で呼び合ってるが、今だけは協力しよう。よろしくな」
「あぁ」
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一人目が死んでからリタイアを含め脱落者は相次いだ。突如開いた襖から90度傾いたギロチンに首を掻っ切られたD1666。畳の一部がいきなり消失し、虚空へと消え去ったD1010。巨大な赤ん坊に追い掛け回された挙句その餌食となったD295199。締切が間に合わないなどと意味の分からない言葉を発しながら頭を庭の石に打ち付けて自殺したD187385。
マイクから死亡報告が出る度に緊張感がいや増していく。最早エチエチ女幽霊なんて頭の片隅にすら残ってはいなかった。次に捲る襖一つの先に、どんな罠が仕掛けられているか分かったものではない。
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こちら放送席です。さぁさぁ盛り上がってまいりました! これを安全圏から見下ろせる! 正しく愉悦!!
ところで、ご自身のお宅にこうやって入り込まれる心境というのは、果たして如何でしょうか枷椰子さ『ァ”ァ"ァ”ア"ァ"ァ”ア"ァ"ァ”ァ"ァ”ァ"ァ”ァ"ァ”ァ"ァ”ァ"』
はい。ありがとうございます。住居侵入罪は刑法130条前段に規定されており、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処せられます。くれぐれも真似しないようお願いいたします。
しかしこうやって見れば改めて猛者ばかりが残ったような気がいたします。方や次元を通り越す性欲人間ことD1919と、方や何やら強い意志を内に秘めたD1729。しかし最後に表彰台に立てるのはただ一人。果たしてどのような結末を迎えるのでありましょうか!
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数多くのギミックは、お互いの良さでクリアしてきた。いつしか葛西と心を通じ合わせた嵯峨は完全に背中を預けていた。
その時だった。
ゴンという衝撃と共に後頭部に鈍い痛みが走ったかと思うと、気が付けば自分は床に倒れこんでいる。ぬめりとした感覚があったかと思えば、そこには血が流れていた。
後ろから殴られたのだと気付いたころには、既に身体の末端は痺れを来し始めていた。
「悪いな嵯峨。俺は見付けちまったんだ」
「ぉ……まぇ……」
「エチエチ女幽霊は俺のもんだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
葛西は黄金色に光る襖の前に立っていた。キラリキラリと光り続けるそれはいかにも賞金ですと言わんばかりに輝きを放つ。それはこのくたびれた日本家屋の中では明らかに浮いており。
だからこそ分かりやすい罠と言えた。
「ぁ……さぃ……」
やめろ。俺の声は届かなかった。
思い切り襖を開いた葛西に飛びかかってきたのは、無数のピアノ線だった。
葛西を笑顔のまま首をポロリと落としたそのギミックは、役目を終えたと言わんばかりにすごすごと黄金色の襖の向こうへと引っ込んでいった。
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『えげつないですねぇ』
気が付けば残り参加者はD1729ただ一人となっております! 迷宮に近いこの日本家屋! 果たしてD1729はエチエチ女幽霊とその邂逅を果たすことが出来るのでありましょうか!
『あまりにも非人道的ではないですか?』
しかし死刑囚というのは最後が決まっているものです。こうやって生存出来る可能性が少しでも広がるのは良いことではありませんか?
『いや割と惨たらしく死んでるのよ』
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360度警戒しながら、それでも奥へと進んでいく。たまに参加者の遺体を見つけては気分が悪くなる暇すらなく部屋を変えたりしていたが、それも終局に近いと思われた。いつの間にか頭部からの出血は止まっており、頭が冴えているとすら思われた。
それは、何の変哲もないただの襖から急に現れた。
「貴方が、わたしを貰ってくださるの?」
「お前は……?」
目の前に広がったのは額に三角巾をした女。いや美女だった。透き通るような声は思わず聞き惚れる。
白装束を着ているはずなのにその身体のラインがしっかりと分かる。とても細身で肌は艶やかである。片目が髪で隠れているのが勿体ない。その顔を全て見たいと思わされた。
「アァ、やっと出会えた。ありがとうございます」
「お前が。エチエチ……女幽霊」
「そうですわ。さぁ、早くわたしを受け入れてください」
しゅるしゅると音を立てながら白装束を脱ぎ始める。何故か湿り気のある音がするが、少しも気にならない。目の前の女にあまりにも夢中になってしまう。気が付けば嵯峨はその女に組み敷かれていた。
「貴方は、わたしのもの」
「あぁ、それでいい」
「わたしは、貴方のもの」
「それでい……いや待て」
「どうしましたか?」
逢瀬を果たしたはずなのに、何故終わらないのか。
「お前は本物じゃねぇな!」
「よく分かったな。が、もう遅い」
そこに居たのは、美女ではなく醜悪な表情を浮かべた老婆だった。髪はところどころ抜け落ちており、歯もボロボロになっている。
「く、来るな……!」
「最後に夢見て終わってりゃ良かったのになぁあああ!!」
そうして、嵯峨はこと切れた。
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あぁーーっと!! あと少しのところで最後の挑戦者、脱落です。『ァ”ァ"ァ”……』
枷椰子さんもかなり寂しそうです。今大会は次のアジアチャンピオンズリーグのシード権もかかっていた分、D1729には頑張ってほしかったところですね。
『いやクリア無理でしょこれ』
試合終了後の現場と繋がっております。リポーターの田坂さんお願いいたします。
『こちら血生臭い現場となっております。来ていただいたのはエチエチ女幽霊さんです』
『あと、本当にあと少しだったのに……』
『無念でしたね。女幽霊さんの右腕の山姥さんが名演技過ぎましたね』
『あとできつく言っておかないと。私のまんまコピーは駄目ですよって! プンプン』
『以上現場からでした!』
勝負は最後まで何が起こるかわからない。第1回エチエチ女幽霊争奪戦でした。第2回をお楽しみに。それでは御機嫌よう。さようなら!『これ第2回も開催されるんですか?』『ァ”ァ"ァ”ァ"ァ”』
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記録終了
説明:
当オブジェクトは無限に拡張する迷宮型日本家屋です。屋根には瓦。内装は障子、襖、畳、縁側を有している一般的な日本の住宅に見えます。
最奥とも呼ばれる場所には絶世の美女(Object-1)の存在が示唆されていますが、現時点に至るまでに一切観測はされていません。
一度侵入すると一部屋毎に仕掛けられたトラップにより命を落とす可能性が非常に高く、人型オブジェクトを認識したという報告もあります。
現時点ではカバーストーリー『林間工事』により人の出入りは禁止されている為、民間人の犠牲者は最小限に止められています。
補遺1:当オブジェクトへ無秩序にDクラス職員を投入することは禁止されています。また、それを大会のような形式で主催することも禁止されています。