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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第二章 エンジェル
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第4話 新人たち

 入隊式後の全体集会は、ステージ下に整列する新人たちと、現B.A.T.隊員が相対する形で行われる。

 ステージに近い列から第一軍、第二軍とつづき、先輩隊員が待ち構える会場の後方ドアから新人が入場するのだ。新人にとって、その緊張感はとても言葉では表せないほどのものだが、一生に一度のこの経験は、のちに先輩とコミュニケーションを図る際の話題にはなる。


「新人、入場!」


 ステージ上からB.A.T.ジャパン本部の師団長であるユウゾウが叫ぶと、開け放たれた後方のドアから若者たちが行進してくる。最後部にいる第四軍の面々が、洗礼だとばかりに一人一人を上から下まで吟味するように見る。うっかり彼らと目を合わせてしまった者はぎこちなく挨拶をするが、ステージを真っ直ぐに見て進めという命令に逆らったとして、ユウゾウから容赦ない怒声が飛ぶ。

 新人たちは胸を張り、一糸乱れぬ美しさでステージまで辿り着かなければならないのだ。

 エイジは新人の列の中ほどにいた。後方から第四軍、第三軍が隊ごとに整列している。左右に四班ずつ別れた現隊員の中央を突っ切る形での行進は、頬がピリピリと痛むほどの緊張を強いられた。


──ここを真っ直ぐ行ったいちばん前に、ブリクサ班のメンバーがいるんだ。父さんが死んだあの日の誓いを、俺は叶えたぜ。どうか俺をブリクサ班に迎えてください!


 握った手のひらは、歩くだけで汗ばんでいる。実の家族と、そして養父。二度も家族を奪われたエイジは、ブリクサ班に入隊し、彼らと共に憎きエンジェルを全滅させるまで殺しまくると、それだけを思って訓練に励んできた。それは、いま一列になって行進する新人たち全員が同じかもしれない。

 

 エイジの後方、三番目を歩くタカノリは、チラチラと見え隠れするエイジの背中を、燃えるような目で見つめていた。思い詰めたようにただエイジだけを見つめるその顔には、嫉妬の炎が燃えているようだった。


──俺の前を歩くんじゃねえ! お前の実力なんか本気の俺と比べれば大したことねえんだよ。


 タカノリがあまりに強く念じるので、エイジは一瞬だけ後ろを振り返った。すると、強烈な悪意を持ったタカノリの視線とぶつかり、思わずぞっとして肩をすくめた。


──タカノリ? あいつまだ俺にこだわってんのか? そもそも意味がわかんねえ。なんで俺をライバル視してんだよ? クソが。


 新鮮な気持ちで歩いていたエイジは、この一年間、常にタカノリにマークされていたことを思い出して苛立ちを覚える。勝手にライバルと思われ、実習の際はつねに競ってきた。まったく心当たりがないエイジは、一度タカノリに直接訊ねたことがある。


『お前さ、なんでいちいち俺に絡むわけ?』


 タカノリはそれには答えず、『俺の方が上だと、必ず証明してやる』とそう言って凄んできた。


『あぁ、ま、勝手にしろ』


 と軽くあしらったが、タカノリはずっと同じ気持ちでエイジを見続けていたのだろう。そんなんで訓練してどうすんだ、チームワークが求められる組織の中で、お前じゃ使い物にならねえって判断されるぞ……。B.A.T.に入隊したら、同じ班になる可能性もゼロではない。そんな時にうまくやれなくては命を失う結果につながりかねない。それはタカノリも充分理解しているはずだ。


「そこ! どこを見ている!」


 ユウゾウの怒声が飛んできた。エイジはびくっと身体を震わせ、もう一度胸を張って歩き出す。


──クソッ、お前のせいだぞ。エンジェルより先にお前を殺してやろうか。


 タカノリのムカつく顔を思い出し、エイジは唇を噛みしめながら前進した。




 新人全員がステージ下に並ぶと、ブリクサと同じく第一軍の隊長であり、幕僚長でもあるギデオンが壇上に立った。


「第一軍、隊長のギデオンだ。まずは、新たにB.A.T.の隊員となった四十三名のみなさん、おめでとう。君たちは、一年間かそれ以上の期間を訓練に費やし、試験に合格し、そして今日、入隊式を経て正式にB.A.T.の一員となったわけだが、このスタートが君たちにとって輝かしいものであるよう願っている。君たちも知っての通り、我らの敵である通称エンジェルは、その生態も来歴も未だ明らかになってはいない。初めて確認されてから実に九年の歳月を経ても、我々は敵のことを何も知らずにいるのだ。今年こそは敵の棲息地を突き止め、その繁殖を止め、根絶やしにしなければならない。それは君たちの活躍にもかかっているということを、常に心にとめておいてくれ。……つぎに、過去三か月間の敵の出現状況だが、ヨーロッパ大陸への襲来が三件報告されている。どれも敵の数は多くはなく犠牲者はゼロだが、建築物への破壊攻撃が激しさを増している。とくに教会や寺院など宗教的建造物への攻撃が顕著で、歴史的な建物はすでに八十パーセント近くが失われてしまった。また、その際に各国のB.A.T.隊員が捕獲した敵から細胞を採取し、それを培養した研究もおこなわれている。今後は奴らの謎について一層の究明がなされるはずだ。私からは以上」


 ギデオンがステージを降りると、つぎに師団長のユウゾウが登壇し、ルーキーたちに入隊への祝辞を述べると、続けて隊の規律や訓練等について厳しい口調で鼓舞する。


「人類の命運はわれわれB.A.T.が握っていると思い、心してかかってくれ」


 と言ったあと、「鬼教官」のイメージそのままのユウゾウは、ルーキーたちひとりひとりの名前を叫ぶ。そしてそれぞれの配属先を発表した。


「エイジ!」


 一番目に呼ばれたのはエイジだった。左右にいる新人が動揺した顔でエイジの横顔を盗み見る。早い段階で名前を呼ばれなかった者は、補欠として訓練を続けなければならない。


「はい!」


 背筋をますます伸ばし、エイジは壇上のユウゾウに向き直って敬礼する。配属先はどこだろう。一番に呼ばれたのだから、きっと一軍だ。八班ある一軍のうち、どうかブリクサ班でありますように……。


「第一軍、ブリクサ班への配属だ。次っ!」


 エイジは緊張と喜びと興奮で声が裏返ってしまいそうだったが、なんとか「はいっ!」とユウゾウの目を見て答えることが出来た。ふたたび現隊員と向かい合う形に並ぶ。


 今年のルーキー四十三人のうち、エイジだけが第一軍への配属だった。そんなエイジの背中を、後列に並んだタカノリは恨めしい目で睨んでいた。


──なぜだ! なぜこいつが一軍のブリクサ班なんだ! 入校テストの成績は俺の方がはるかに優秀で、こいつは初めての実習のとき、エンジェルの模型を見ただけで恐怖のあまり涙目になってたんだぞ。そんな奴がなんでだよ!


 もちろんタカノリは、エイジが目の前で養父を惨殺された経験をもつことは知らないが、そんなエイジが一軍のブリクサ班に配属されるなんてと、どうにも憤りが治まらない。


──あんなにヘタレだったくせによ、よくも俺を追い抜いたな。本当の実力は俺の方が絶対に上だ。お前の戦闘センスなんてたかが知れてる。一軍の班に入れてもらったからって、いい気になってるなよ。俺がすぐにお前をそこから引きずり降ろしてやるからな。


 すでにユウゾウの声も耳に届かないほど、エイジへの嫉妬でモヤモヤしていたタカノリは、名前を呼ばれても気づかなかった。


「タカノリ、タカノリ! どうした、いないのか?」


 怒号のようなユウゾウの苛立ちが周囲に満ちる。呼ばれていることにやっと気づいたタカノリは、その場で凍り付きながらも手を上げる。


「はい! 自分であります!」

「何をぼーっとしているか! ここにエンジェルがいたら貴様は死んでいるぞ」

「申し訳ありません!」


 第一軍の隊員と数メートルの距離で向き合っているときに、なんという失態を犯してしまったのだと、タカノリは顔から火が出る思いだった。

 微動だにせず正面を向く者と、タカノリを見下すように笑う者がいた。大恥をかいたタカノリは、ますますエイジへの妬みを募らせる。クソッ、あのやろう。俺の方が上だってことをすぐに証明してやる……。唇を噛みしめ、タカノリは屈辱に耐えた。この悔しさは必ず戦いの現場で晴らしてやるのだと。


──ったくあのバカは何やってんだ? 初日から教官に怒鳴られてて俺がライバルだって? 笑わせんじゃねえよ。


「タカノリ! 第二軍、ユキムラ班へ配属だ! つぎっ!」


――お前の負けだ、頑張って二軍から上がってこい。


 エイジは、タカノリの視線を拒絶するように嘲笑う表情を向けた。すると、タカノリは顔を真っ赤にしてフン、と横を向いてしまった。負けん気の強いエイジは、この集会が終わったらタカノリを呼び出してやろうと思いながら、ふたたびユウゾウの話に集中する。


「いいか! 貴様たちは今日からB.A.T.の一員だということを忘れるな! ひとりのミスが班、ひいては軍全体の危機に直結するのだということを肝に銘じておけ」


 続いてユウゾウは、国の現状、各国の被害状況や生存する人間の推移等を発表するが、その途中で緊急アラームが鳴り響いた。


「あらわれたか!」


 マイクを通したユウゾウの声はハウリングを起こし、隊員たちの頬に緊張が走る。


『緊急出動要請。緊急出動要請。第一シェルター付近から臨海への広範囲にわたりエンジェル来襲。その数およそ二千。一軍から四軍まで、半数ずつ計十六班で出撃せよ』


 直ちに各班長が隊員に指示を出す。一軍からはブリクサ班、ギデオン班、イマヒコ班、そしてチェンルイ班が出動することになった。敵の数が多いと聞き、ルーキーの中にはがたがた震え出す者、鼻息も荒く闘志をみなぎらせる者と、その反応はさまざまだ。まさか入隊式当日に出撃するとは思っていなかったのだろう。


 ブリクサとギデオンは、通路を並んで走りながら装甲車へと向かう。


「ブリクサ、いきなりすごい数が来たな。入隊式だって向こうに知られてるみたいだ」


 ギデオンの言葉をきき、ブリクサは苦笑しながら顔を向けた。


「やはり、お前も気づいていたか」

「あぁ、しかしまだ疑惑の範疇を出ない」


 ニヤリと不敵に笑ったつもりだろうが、やさしく爽やかな容貌のギデオンからは、そんな印象を受けることはない。


 ブリクサの後を走るエイジは、ギリギリと軋むほど奥歯を噛みしめ、握った拳にじっとりと汗をかいてやる気に満ちた自分を持て余しそうだった。走りながら叫びだしたいほどの高揚感に、どこへ向かっているのか見失いそうになる。


――やっと、やっと奴らをぶっ殺せるんだ。何匹だろうが、俺が全部ぶっ潰してやる。待ってろ、蛾野郎!


 装甲車に辿り着くと、エイジは各隊員の武器を見て身震いする。自分も早く専用の武器を持ちたいと羨望の眼差しを向けていると、シアラが目の前に黒い塊を突き出した。


「はい、エイジ、これがあなたのボードよ」


 黒いシートをはぎ取ると、中からオレンジ色のボードが出現し、その周囲には「EIJI」の名が刻まれている。クラウスは、エイジのボードを仕上げてくれていたのだ。


「予期せずこんなに早い初陣だけど、いっちょ前に専用ボードを用意してもらったんだから、気を引き締めてね」


 早速よき先輩ぶりをアピールするシアラに力強く頷き、エイジはボードを抱いてそれに載る自分をイメージした。


 装甲車のエンジンが唸りをあげ、隊員は誰も口を開かずにブリクサの言葉を待っている。その一員となったエイジもまた、これから文字通り「死ぬまで」ついていくであろう人の姿を見上げていた。


 装甲車は「ゆるやかに」滑り出した。エイジはその感覚に「えっ?」と戸惑いを隠せない。エイジの反応を隣で見ていたイザークがプッと噴き出した。


「意外か? 舗装された滑らかな道をゆっくり走ってるみたいな感じだろう? 『赤ちゃんが乗っています』ってプレートをつけてる車みたいだよな」


 新人のエイジの緊張を解こうという気遣いか、イザークはフレンドリーに話しかける。


「自分は、装甲車ってもっとガタガタすごいのかと思ってました」


 逞しいイザークの体つきに見惚れながらも、エイジは思ったことを口にした。


「そんな中じゃ満足な作戦も立てられないし、現場につくまでに舌を噛んじゃう人がいるかもしれないでしょ」


 シアラが向かいの席から言葉をはさんだ。


「噛んだ人って、今までにいたんですか」


 新人らしいエイジの疑問に、イザークもシアラも軽く笑った。


「とにかく、乗り心地は最高ってことだよ。それよりエイジ、ボードの使い方は覚えたのか」

「えぇ、技術長のクラウスさんが自分のためにわかりやすく説明書きを付けてくれました。バッチリ戦えます」


 ブリクサは他班の隊長たちと通信している。なにしろ今日のエンジェルは数が多い。広く周りから囲い込み、巨大なシールドを張って焼き尽くすか、エリアごとに散ってそれぞれが殲滅させるか、あるいは爆破するか……。

 各隊長は今回の大量発生が何を意味するのか、攻撃の判断は現場を見てからでも遅くはないだろうとのことで一致し、まずは一刻も早くエンジェル発生エリアに到着するため、黒い装甲車はそのフォルムを流線型に替えた。

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