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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第二章 エンジェル
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第44話 二百二十三人

 午前十時。

 B.A.T.戦闘班隊員たちが時間通りトレーニングを始めると、ゲンシュウ、ユウゾウ、トシユキの三人がトレーニングルームに現れた。B.A.T.幹部である三人が揃って隊員と顔を合わせるのは、ひと月前の隊長と副隊長のみが招集されたあの会議以来だ。


 前日の出動で負傷した隊員には、自らすすんで労いの言葉をかけるなど、室内に進んできたゲンシュウの接し方はやさしく丁寧だったが、組織に対する疑惑を決定的なものととらえているブリクサやラウラたちは、それを複雑な思いで見守っていた。


 そして午前十一時、ラウラの合図で大型武器専用のトレーニングエリアに、二百二十三人のデビルが集合した。それは言うまでもなく、昨日の戦闘で生き残った者と、休暇中の者も含めた、第四軍までのすべての隊員だ。


 昨日のアフター会議の際、ラウラはふと気づいた。なにも怪しいのはゲンシュウらだけではない。何かを知っていながら隠蔽したり、偽の情報を流そうと誰かが画策するなら、組織の上層部の人間だけではなく、むしろ一般の職員や、もっと言えば戦闘員の中に紛れ込ませることも可能なのだ。

 だが、だからといって隣にいる誰かを疑い始めればきりがないし、隊員同士が互いに疑心暗鬼になれば、それこそ敵の思うつぼだ。だからこそ、戦闘班全員で情報を共有することにしたのだ。きっと、ブリクサが決めた今日以外にチャンスはないだろう。


「みんな、集まってくれてありがとう。怪我をしている人は、遠慮せず楽な姿勢でいてください」


 ラウラが言うと、六名ほどのデビルは休憩用の柔らかなソファに移動した。


 広大なトレーニングエリア全体の、コンセントや壁紙の端などを調べていた数人が戻ってくる。その中にはカルマとエイジがいた。


「盗聴器は仕掛けられてなさそうだよ。さすがに昨日の今日で警戒してる?」.


 両手を頭の後ろで組んだカルマが、いつものような軽い調子で言う。その横でエイジが頷き、ラウラとイマヒコ、そしてブリクサの前に集合し、極秘の会議が始まった。


「お前ら、昨日はよく戦ってくれた。総指揮官じゃねえが、まず死んだ仲間のために祈ろう」


 ブリクサがそっと目を閉じる。それにならって、他のデビルたちもそれぞれ黙祷した。

 仲間を失った者、仲間を助けられなかった者。数々の想いか室内に満ち、すすり泣く声も聴こえる。

 他の者よりも二秒ほど早く目を開けてしまったエイジが慌てて下を向くと、すでにカルマは顔を上げ、ブリクサを観察していた。カルマのその行動は、ブリクサへの憧れが現れたものなのか、それとも何か別の理由があるのかはわからない。


「……顔を上げてくれ。あまり時間は取れないだろうから、すぐに本題に入る。議題は昨日連絡したとおり、『エンジェルを作った奴を突き止めるにはどうすればよいか』だ」


 ブリクサが言い終わると、すぐにラウラが手を挙げながら発言する。


「みんなも一度は思ったことがあるでしょう。エンジェルが発生した時、その場の奴らをすべて処理しても、元を絶たなけば永遠に終わりは見えない。先月の会議の際、首謀者のクローンである人物の脳から、エンジェルは人工物だということが判明しました。それなら、その首謀者を見つけなければならないはずなのに、上からそういった指示はない。上がどういう考えでいるのか、そもそも私たちに開示された情報は少なすぎるし、それが正しいのかさえ確かめる術もない。私は正直、ゲンシュウ総指揮官は信用できないし、むしろ敵側に近い立場なのではないかと思ってます。……今日のこの会議も、もしかしたら危険をはらんでいるかもしれません。いたずらにみんなを不安にさせるつもりはありませんが、デビルの中にも、敵に近い立場、つまりエンジェル側のスパイのような人が紛れ込んでいる可能性も否定できないからです」


 ラウラがそこまで言うと、デビルたちから驚きとも不安ともとれる声が漏れ聞こえた。


「そもそも昨日の奴らはどこから来たのかしら? 生まれてすぐに示し合わせたように臨海シェルターを目指して飛んきた? その命令というか、信号みたいなものを送る個体がいたということ?」


 すると、多くの隊員からあらゆる仮説が飛び交った。

 おそらく、群れの発生時にはその都度ボスのような存在がいて、その個体が発する信号に従って、目的を持って飛んでいる。

 各国の歴史的建造物が顕著な被害を受けていることが裏付けとなっている。

 闇雲に人を襲うのは、むかし発生したばかりの頃のエンジェルだ。じゃあ、先月のボス個体はどうしたのか。

 そしてそれ以前に、ミハイルが犠牲になったという事件はどう説明すればいいのか。

 また、デビルの中にもスパイがいる可能性について、それは決してあってはならないことだ、そのスパイをあぶりだすにはどうすれば良いか、まず疑ってかかるのでは一緒に戦えるはずがない、ゲンシュウ総指揮官が疑わしいという根拠は何だ、とそれぞれが自分の思っていること、いま感じたこと等を発言した。


 あちこちから手が挙がり続け、ブリクサとラウラは、誰の意見も正しいとも間違っているとも言えず、困惑する。


 いや、こうなることは想定内だ。デビルだけの会議を開いたのが、そもそも初めてなのだ。この十年間の戦いを経て、誰もが疑問に思わないはずがない。エンジェルはどこから来たのか、目的は何なのか──。


 各隊長から隊員への連絡だけでは、デビル全体で情報を共有することは出来ない。そしてその内容も、上層部によって盗まれている可能性もあるため、詳細なことまでは送信できない。どうとでも取れるような文脈で、あとは事実のみを記すにとどまってしまう。

 また、前日に出動していないデビルたちにとっては、あまりにも突然の重要会議で、その内容も寝耳に水といえるようなものだっただろう。


 誰もが困惑し、正しい答えなど自分に出せるわけがないと、次第に挙手する者もいなくなった。

 するとデビルたちの視線は自然とエイジに集まり、ブリクサもエイジを鋭い表情で見る。


「エイジ、父親がどこにいるか知ってるな?」

「研究棟の一室です。もちろん鍵が掛かっていますが、フローラさんが開けられます」


 フローラを探すようにエイジが視線を彷徨わせると、中央の辺りからうわずったような声が聞こえた。


「ええ、もちろん。私の右手はミハイル光線を浴びていますから」


 右の手首をもう片方の手でなぞり、フローラが自信満々といった様子で言う。


「ミハイル光線? なんだそれは」


 ブリクサがフローラを忌々し気に見ながら言うと、エイジが慌てて補足した。


「あの、『ミハイル光線』というのは、以前自分とフローラさんがミハイルの脳が収められた部屋に入った際、彼から浴びせられた光で、それ以来フローラさんの手首から出る光をかざすと、その部屋の鍵が開くようになったそうです」


 ミハイルの脳を生かしてある部屋を訪れるため、半ば強制的に連れてゆかれたあの日のことを、エイジは苦い気持ちで思い出していた。

 勝手な行動に及んだことを、ブリクサはどう感じるだろう。それを報告しなかったことを、ブリクサはどう思うだろうか。いくつもの規律違反を犯した自分を、ブリクサは許さないのではないか。


「お前がフローラと? 変わった組み合わせだな」


 冷ややかに口許を歪めながらブリクサが言うと、エイジは心臓を素手で摑まれたような気がして、息を止めて首をすくめた。


「まずはあの脳野郎を締め上げて、そこからだろうな」


 ブリクサはエイジに視線を固定したまま、歯を食いしばっている。たくさんの仲間を失った悲しみと憤りを感じているのはみな同じはずだ。だが、ブリクサの怒りは多くの隊員たちよりもずっと強かった。

 そんなブリクサを見たカリタは、ふと昨日ゲオルクが漏らした「あの男は、いささか奴らを憎みすぎている」という言葉を思い出していた。


「それと、みんなに知っておいてほしいことがあります。今から約六年半前の2052年秋、おそらくエンジェルに関する重要な手がかりを、化学班のある職員が見つけました。しかし彼は何かを知ってしまったために、自宅付近でエンジェルによるものと思われる遺体で発見されています」


 ラウラが一気に言うと、ふたたび辺りがざわめいた。


 六年半も前に、確かに異変に気づいた者がいたのだ。だがその事実はミノルと共に闇に葬られ、それが昨日の惨事をも招いた。ひと月前に知ったそれを、ブリクサとラウラはまだ誰にも告げていなかった。言えるはずもなかった。

 アネモネのラボでわかったのは、2052年秋までエンジェルのデータを記録していたミノルが、突然亡くなったということだけだ。

 ブリクサとラウラの読みでは、彼はきっと、B.A.T.に潜んでいるエンジェル側の人間によって殺害されたに違いないのだが、エンジェルに襲われたものという検死報告書を読んだとしても、真実など得られるはずはないだろう。そんな段階で事実を公表しても、ただ隊員を混乱に陥れるだけだ。

 だが、もしも全隊員にこの事実を認知させていたら、たくさんの仲間を失わずに済んだのだろうか。

 ラウラの心はまたも揺れていた。


「なんですって、エンジェルについては、普通の蛾と変わらない成分のはずでは?」


 みなが暗い面持ちで発言を控えている中、フローラが何度も手をあげて興奮気味にアピールする。

 これも想定の範囲内だと、小さく溜め息をついたラウラは、フローラだけではななく、トレーニングエリアにいる全員に聞かせるように話し始めた。


「ええ、つまり化学班の中にも、敵は潜んでいるという見方よ」

「我が憧れの化学班に、そんなことが……」


 フローラは両手で口もとを覆い、それ以降は黙った。

 まったく、彼女はいちいち大げさで芝居じみている。でも、それが元々のフローラなのだ。あの反応だって誰にも怪しまれないだろうから、むしろ好都合かもしれない。

 レイはフローラを客観的に見つめてそう思い、再びラウラに視線を戻す。


「今回、こうして隊員だけで話す機会を持てたことは、エンジェルを絶滅させるという目的で戦っている私たち全員にとって、良いことだったと思います。むしろ、もっと早くこうすればよかったと、第一軍A班の副隊長として申し訳なかったです。結論を出せるはずもありませんが、それぞれが今日ここで聞いたことを頭に置いて、さらに緊張感を高めてください。でも、基本的には今まで通り、エンジェルを絶滅させるために一緒に戦う仲間だと、私はみなさんにもそう思っていてほしい。仲間同士で疑うことは避けたいと思います」


 ラウラはここで一旦言葉を切り、エリア内のデビル一人ひとりと目を合わせるつもりで室内を見回した。


「他に意見がなければ、短いけれどこれで終わりにしましょう。私とブリクサは、このあとミハイルに会って話をしてきます」


 それには、当然エイジとフローラも同行する。すると、ブリクサの目の前にいたギデオンが手を挙げながら言った。


「俺も同行して構わないか?」

「私も、彼に聞きたいことがあるわ」


 続いてイマヒコも口を開いた。


「ええ、もちろん。総指揮官に気づかれずにミハイルに会える機会なんて、そうそう来ないと思うから」


 隊長副隊長クラスの上官ばかりが集まるこの機会に、ミハイルは何かを思い出してくれるだろうか。

 エイジは後ろで組んだ手に汗を滲ませていた。

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