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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第二章 エンジェル
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第42話 彼のジョーク

 デビルたちを乗せた戦闘用装甲車と、殉職者の遺体を運ぶ大型装甲車が、次々に格納庫に吸い込まれてゆく。だが、各車両に乗るB.A.T.隊員たちの(おもて)には、悲しみや後悔、そして怒りといった感情が渦巻いていた。

 わずか三時間ほど前に出動した百二十人の隊員、それは言うまでもなく充分な訓練を積んだ者たちだ。

 殉職者三十二名、重軽傷者十六名と、あまりに多くの犠牲と被害を出してしまったが、臨海シェルター付近に発生した約千匹のエンジェルはすべて駆除し、処理しそこなった奴が潜んでいないか等、徹底的な確認を行った。

 応援に駆け付けたヘスティア班のアナトとイリス、その他四十名の隊員の活躍もあり、それ以上の殉職者は出さずに済んだが、脊椎に達すると思われる深い傷を負い、重体となっていたイマヒコ班のユウキは、本部に戻って医療棟で緊急手術を受けたが、残念ながらなす術もなくその命は失われてしまった。


 近くにいながら何もできなかったと嘆くイマヒコは、自身の無能さを責め、その自責の念の強さにより、手術室前で呆然と立ち尽くすしかなかったが、なにをどう悔やんだところで、ユウキはもう帰らない。上官として、ユウキの家族に説明をしなければならない。

 それは殉職者を出さなかったブリクサ班以外の、ほとんどの班の隊長が明日からなすべきことで、今回の戦いの激しさを物語っていた。


 この十年間、目立った変化を見せてこなかったエンジェルが、なぜここへきて急激な変異を表しているのか。

 それは早急に解明しなければならない課題であるが、今日ばかりは隊員の命を守る方を優先する戦い方をせざるを得なかった。

 そのため、実験・研究用としての捕獲数はゼロだったが、先月の出動時には、充分な個体を確保したにもかかわらず、ひと月経った今でも何も新たなことは発見できず、発信器をつけてリリースした三十体ほどは、棲息地と思われる場所に辿り着くこともなく海上で果てた個体と、本部付近まで戻ってから寿命を終えたと思われる個体に分かれた。

 まさに八方塞がりな現状の中、この日に不可解な出来事が重なったことで、隊員たちは上層部に強い不満と不信感を募らせていった。


 等々力シェルターの一件での被害者・ミハイルを脳だけの状態にして生かし、それを一年間も隠蔽していた組織なのだ。もうあとひとつやふたつ、重大な秘密を持ちながら、それを現場に出動する我々に開示していないのではないか、隊員たちが疑心暗鬼になるのも当然の成り行きといえた。



 一ヶ月前、同じく臨海シェルター付近に出動した日以降、アフター会議は各自任意の場所にいながら、オンラインで行われることになっていたが、状況が状況なだけに、出動した隊員全員が会議室に集められた。途中から駆けつけた者も含め、百二十九人のデビルがずらりと並んだ中、壇上中央に立ったゲンシュウは、大きく息を吸ってから静かに言った。


「まずは、B.A.T.ジャパン隊員諸君、大変な現場をよく戻ってきてくれた。そして、殉職した三十三名に心より哀悼の意を捧げる」


 その場で深く頭を下げ、数秒間そのままでいたあと、顔を上げて続ける。


「私が指令室に着いたとき、すでに通信機が異常をきたしていた。現場との連絡が不能になっていたばかりか、この本部内での通信もかなわなかった。シゲルが修復を試み、間もなく繋がったものの、余計な混乱と誤解を招いたことに変わりはないといえるだろう。司令官として、本当に申し訳ないと思っている」


 言い終わると、ゲンシュウは手を組んで下を向き、目を閉じた。それに倣い、隊員たちもしばし黙祷する。


「総指揮官」


 今までの会議では、報告を副隊長のラウラに一任していたブリクサが、ゲンシュウに対して声をあげた。顔を上げたゲンシュウは、自分を呼んだのがブリクサだとみとめると、かすかに眉をひそめた。


「もう耳に入ってるだろうが、今回の奴らは今までとは全然違う。人間の脳を操ると思われる個体、そしておそらく超音波でデビルの聴覚を奪った個体が飛来していた。十年前から何も変わらず、ただ発生するたびに処理するだけという今まで通りのやり方じゃ、仲間が無駄に命を落とすだけだ。わかったことがあるなら、情報を出し惜しみしないですべて開示してくれ」


 怒りを抑えたブリクサの物言いに、会議室の空気が震えた。

 そうだ、言われた通りにただ戦うだけでは、この先の未来になんの希望も持てないではないか。

 奴らを根絶やしにし、元の地球に戻すには、抜本的な対策を講じなければならない。それについて、ぜひともゲンシュウの考えを聞かせてほしい、と。


「ああ、今回の出動はあまりに被害が大きく、みなショックを受けているだろうと思う。だが、情報を出し惜しみしているとするなら、それは私ではなくミハイルだ。私たちB.A.T.の上層部ではない。そしてミハイルもなにか思い出したら、その都度私たちに記憶を開示すると約束している。現時点では──」

「誰だっていい。俺たちが聞きたいのは、言い訳や理由じゃない。事実と情報だ」


 ブリクサが鋭い視線を向けると、ゲンシュウはわずかに怯んだ様子を見せ、どこかに通信を試みて応答を待った。

 すると、数秒の無音ののち、会議室のスピーカーから落ち着いた電子音が響く。

 


 父さんの声だ、とエイジは頬を緊張させた。

 モニターに「ミハイル」が映し出される。彼の姿を初めて見た隊員たちからどよめきが起こり、室内には異様な空気が漂いはじめた。


『会議室にいるB.A.T.隊員のみなさん、先日は隊長と副隊長の職に就いている諸君とは顔を……いや、私にはすでに顔がないので、脳を合わせたね。私はミハイル。そこにいるブリクサ班の新人、エイジの養父だ』


 ミハイルがいったん言葉を切ると、隊員は一斉にエイジを視線を送った。


『あの日出動したみなさんは知っていると思うが、私は去年、等々力シェルターにエンジェルが侵入した際、たったひとりの犠牲者として腹を裂かれ、さらには首を刎ねられた。当然その場で死亡したものとして扱われかけたが、死体袋に入れられて医療棟に搬送されてみると、なんと脳は生きていたらしく、急遽取り出され、このような姿で水槽の中に浮かび、特殊な液体の成分に生かされ、B.A.T.によって利用され続けているのだ。結論から言う。私はB.A.T.に息子の命を握られている。情報を出し惜しみしようものなら、息子の処遇はいとわない、とね。だから私はきみたちに従うしかなす術がない。黙秘権すらないのだ。これまでに思い出したこと、それはひと月前に行われた会議の場で語ったことだけだ。なにしろ脳だけしかないのだからね、様々な感覚は失われている。そろそろ新しい身体がほしいのだが、それはまだ叶わないというわけだ』


 時折ジョークを交えて話すミハイルに、エイジは言い知れぬ違和感を覚えた。

 たしかにミハイルは、ユーモアのセンスに溢れるやさしい父親だった。話す内容からも、あの脳がミハイル本人のものだとは理解している。だが、「仮に」脳だけの存在になったとして、あのように卑屈な物言いをするだろうか? エイジには、それこそがミハイルからのメッセージであるように思えてならなかった。違和感を持ったその感覚を忘れるな、すべてを疑え、生き延びるには、誰かを助けるには、時に残酷な選択をしなければならない時もあるのだ、と。


「父さ……、ミハイル」


 右手を挙げ、エイジが発言の許可をゲンシュウに求めた。ゲンシュウは頷き、ミハイルはエイジの声に反応して自らを液体の中で振動させる。


「ミハイルの記憶が少しでも早く戻るよう、自分とフローラさんが協力します」


 エイジの口から自分の名がでたことに、フローラは歓喜したようだった。


「ええ、もちろん。ミハイルの記憶が戻ったら、エンジェルの棲息地を突き止めることも出来るでしょう。今までのように、発生した敵をその都度処理・捕獲をするのではなく、その根源から刈り取るのです。エンジェルについての会話を重ねてゆくうちに、きっと思い出してくれるはずです」


 胸に手のひらを当て、フローラはいつもと同様に芝居じみた身振りで言う。その言葉に苦笑しながら、エイジは頷いた。ブリクサをはじめ、他の隊員も納得したわけではないが、ゲンシュウやミハイルをここでいくら責めたところで、死んだ仲間は戻らないし、現体制がすぐに変わるわけでもない。だから歯がゆい思いをしつつも、組織の人間として生きるしかないのだと。



 この日の戦いで、数々のエンジェルの異変を直接感じたラウラやイマヒコは、上層部から離れ、現場に出る隊員たちだけで会議をする必要性があるのではないかと考えていた。つまり、現場に出るデビルだけの秘密の会議だ。それは、組織の一員としてあるべき姿ではない。上司への背信行為であることは自覚している。だが、それをしなければならないと思うほど、状況は逼迫しているという危機感をひしひしと感じていた。


 歯切れが悪く、逃げ口上としか思えない説明をするゲンシュウに、ブリクサも同じことを考えていた。俺たちだけで会議をするべきだ。ゲンシュウに知られずに実現することは可能なのか? 誰が上層部と繋がってるかもわからない状況で、果たしてそれは安全といえるのか? だが、もうこれ以上犠牲者を出すわけにはいかない。本当の敵がなんなのか、知るべき時がきている、と。



 負傷者のうち、会議に出席できる程度の軽傷を負った隊員は、解散後に医療棟へ治療を受けに向かう。その中にはカリタの姿もあった。

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