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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第二章 エンジェル
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第39話 ゲンシュウとデビル

 キョウカが不安げに見つめているのは、エンジニアであるシゲルの手元だ。

 隊員たちから現場に到着したと次々に報告が入ったあと、通信機がいきなりダウンした。指令室からの送信も、現場の隊員からの声も、どちらも一切不通となってしまった。


 通常とは異なった班編成に、指揮系統まで失われたとなると、混乱は必至だ。現場はどうなっているのだろう。

 先月は小型のエンジェルが現れたばかりだ。ドローンの映像さえ届かないいま、今回もまた、新種の来襲がないとも言い切れない。敵の数や種類に異変はないか。キョウカは焦り、額に汗をにじませる。

 すると、指令室のドアがすっと開き、所在不明だったゲンシュウが音もなく入ってきた。


「総指揮官! どこへ行ってらしたのですか?」


 上官に対して思わず詰問口調になってしまい、キョウカは即座に謝罪の意味でゲンシュウに頭を下げた。ゲンシュウはそんな彼女の肩を正面から軽く叩き、顔を上げたキョウカを真剣な表情で見つめ、頷いた。


「うむ、遅れて済まなかった。やはりここもそうか。地下鉄で移動中だったのだが、乗客の携帯電話に一斉に通信障害が起こってな。もしやと思い来てみたが、ここも電波障害、か」


 シゲルが格闘している機器の画面を見ながら顎をさすり、ゲンシュウはややのんびりした口調で言った。


「総指揮官、隊員の約半数が休暇を取っている本日、ひと月前と同じ臨海地区に約千匹のエンジェルが襲来しました。任務中の百二十人の隊員が現場に向かいましたが、間もなく機器になんらかの異常が起き、通信不能となりました。そのため、現場の状況が一切わかりません」

「ということは、通常の班編成とは別の形で出動したわけだな。それでも対応できるように充分な訓練はしているはずだが、リーダーは誰だ?」

「ワンゼロエーのブリクサ隊長です」

「ブリクサか……。彼は優秀な男だが、殺しすぎるんだ。彼らを」


 エンジェルに対して「彼ら」という言葉を使い、苦々しく言うゲンシュウに微かな違和感を覚えつつ、キョウカは続ける。


「最悪の場合、すでに殉職者が出ているかもしれません……」


 自分は、なぜ殉職者が出ていると思ったのだろう……。それはキョウカ自身でも不思議な感覚だった。ただ、何年も現場と指令室とをつなぐ役割をしてきたキョウカは、得体のしれない胸騒ぎを感じていたのだ。

 悲痛な様子で語るキョウカは、その予感が確信に変わってゆくのに、血の気が引く思いで耐えていた。


 そんなキョウカの話を聞き、ゲンシュウは内心でほくそ笑む。やっと人類滅亡に向けて我々の計画が動き始めたのだ。

 あれを侵入させることにも成功した今、その計画はフローラが嬉々としてやるだろう。今後B.A.T.はさらなる苦戦を強いられる。仲間の命よりも、民間人の命を最優先に守らねばならないのだ。

 仲間の命が次々に消えてゆくのを目の当たりにしながら、己の無力さに打ちひしがれ、絶望の中で破滅するのだ。それをゆっくりと思い知らせてやろうではないか。


「総指揮官! キョウカさん! 繋がりました」


 シゲルが手を止め、機器の前をゲンシュウに明け渡した。キョウカは胸の前で指を組み、祈るような表情で頷く。

 ゲンシュウは一歩前に出てスイッチを切り替える。まだノイズが入るが、たしかに現場との通信が可能になったようだ。


 さぁ、使えない人間が何人死んだ? 


 キョウカとシゲルに背を向けたまま、ゲンシュウは口許に狂気じみた笑みを浮かべてマイクを握った。ザザザッというひときわ大きなノイズのあとに、戦闘中と思われる爆音、隊員たちの声が響く。


「指令室のゲンシュウだ。誰か応答しろ」


 ゲンシュウが極めて落ち着いた声で語りかける。だが、誰の声も返ってはこなかった。




「ユウキーッ!」


 ユウキの隣で自身の専用武器・シュラーダン・ボムを構えていたイマヒコが、喉が千切れそうな声で叫んだ。

 前方約一キロメートルの距離から向かいくる約五百匹の群れ。それらをいかに近づけさせずに処理しようかと相談していたところ、迂闊にも背後から迫り来る二匹に気づけなかったイマヒコは、隊員のユウキが襲われる様を間近で見てしまった。


 すぐにシュラーダン・ボムを発射し、その二匹は仕留めたものの、背中を裂かれたユウキの傷は深く、口からも大量に吐血している。

 ユウキはボードの上に倒れながらも、咄嗟にシールドで覆って自身を守った。まだ息はあるが、太い血管が傷ついたかもしれない。すぐに止血しないと命に係わる。


『みんな、ユウキが背後からやられたわ。前方から来る群れだけに気を取られず、全方向に注意を向けて。それからブリクサ、すぐに私が看護にあたればまだ助かる。人を操る個体は、まだどれだけいるかわからない。五百匹すべての可能性だってある。出来るだけ大人数で……』


 イマヒコが早口で通信しているところを、ユウキがその腕を掴んで止めた。目は虚ろで、顔色は蒼い。どこを映しているのか定かではない瞳で、懸命にイマヒコに焦点を合わせようとしている。


「隊長……」


 ひとこと発するだけで、裂かれた傷が痛むのだろう。苦しそうに呻きながらも首を振る。


「隊長、俺のことは、置いていってください……」

「何を言ってるの? あなたは助かる。これからもっと誰かのために戦わなきゃ」


 そう説得するイマヒコも、どうするべきか理解はしていた。だが、イマヒコは自身の班のメンバーを失ったことがない。

 前職が手術室の看護師長だったこともあり、助けられる命を手放すことなどできないのだ。


「B.A.T.の訓練校に入ったときから……、覚悟していた、ことです……。いま、隊長がするべきなのは、目の前の奴らを殺す。もう、俺のあとに犠牲者を出さない……ように、そうでしょう?」


 顔に脂汗を浮かべながら、ユウキは力を振り絞るように笑った。


『イマヒコ、大丈夫か? 待機中の医療班に出動要請した。二分以内に到着するはずだ。そいつは持ちこたえられそうか?』


 イマヒコの耳には、ユウキとブリクサの声がぐるぐる回るように聴こえていた。そしてイマヒコは、シールドの隙間からユウキの手を両手で握り、泣きながらそこを離れようとする。


『ええ、私も含めて大人数で取り囲んで焼いてやりましょう』


 誇り高く頼りになる我がリーダーの横顔を見つめ、ユウキは震える手で敬礼をする。


 まだ立ち上がれるだろうか。せめてデビルたちの邪魔をすることなく、数十匹でも自分だけでしとめられるか……。

 するとそこにカルマが飛んできて、使い慣れた自分の火炎弾を差し出した。


「これなら軽いからいけるんじゃない? 使ってよ。僕もたまには自分の武器で戦わなきゃね」

「ありがとうございます……」


 ユウキはシールドを解除し、最後の力を振り絞るようにしながらボードの上に立つ。カルマから火炎弾を受け取ると、みるみる接近してくる群れの前に飛び出し、左から右へ、腕を振りながら銃を撃った。

 仕留めきれなかった個体がユウキを振り向き、翅を立てながら敵意をあらわす。その数およそ十五体。ユウキはカルマから借り受けた武器をしっかり構えるが、大声で叫んだ拍子にごぼっと吐き出した血が火炎弾を汚した。


 射撃の得意なデビルがユウキの左右について援護に回る。出来る限り、西門付近に控える仲間に接近させないうちに、奴らの数を減らしておくこと。今まさに死に瀕しているユウキの頭には、それしかなかった。


「よくやった。もう休んでろ」


 耳元でブリクサに言われたような気がしたが、ブリクサはユウキのリーダーであるイマヒコらとともに、前方二百メートルの位置で、百匹ほどのエンジェルを取り囲んで焼いている。


 意識を保っていられるのが不思議なほど大きなダメージを負っているユウキが、幻聴だったのかと振り向くと、そこには医療班が迎えに来ていた。ユウキの耳に届いたのは、ブリクサの言い方を真似たカルマの声だったのだ。


 カルマは医療班にユウキを引き渡すと、ふふん、と得意そうに鼻を鳴らしながら専用武器・プティ・パニッシャーを構え、残りの五体と、その横でまだシェルターを目指して飛ぶ個体まで、およそ三十体の頭を瞬時にぶち抜いた。

 その武器はカルマの華奢な手に合わせてクラウスが作った小型の銃で、ラウラの専用武器・パニッシュと形は似ているが、プティ・パニッシャーは銃身に見合わないほどの大きな弾を撃ちだすのが特徴だ。そして、その弾はエンジェルが被弾してから一秒後に体内で爆ぜる。強い毒素を含んだパニッシャーがエンジェルの脳を溶かすのは一瞬のことだ。


 全員の活躍により、アウターウェブを守るデビルたちの場所まで接近してきそうなエンジェルの数は、半数程度にまで減った。

 中距離戦を得意とするシアラ、ノリカ、モイラ、ギデオン、ゲイザーらが前に出てくる。

 すると、エンジェルはさらに横の間隔を取って一斉にひろがり、触角を細かに震わせた。奴らの初めての行動に、リーダーたちは気をつけろと大声で叫ぶ。数秒後、前に出ていたデビルが聴覚を失くしたことに気づく。


『ブリクサ、奴らが超音波を出したらしい。俺は耳が聞こえなくなった』


 ギデオンが報告するが、聴力が失われたため、その口から発する言語もはっきりしない。


『ギデオン、なんだ? どうした?』


 ギデオンの異変に、ブリクサはシアラたち他のデビルの様子を確認する。

 みなそれぞれ手で耳を覆ったり、頭を振ったりしているところをみると、聴覚に異常をきたしたのかもかもしれない。


 奴らの脳で発生された超音波が、触角から放出されているのだろうか。どんなメカニズムであろうと、新たな攻撃には慎重に対応せざるを得ない。


『全員に告ぐ。前列の隊員が耳をやられたらしい。特殊な超音波を出しやがったのかもしれねえ。二人ずつ組んで迎えに行って、みんなを下がらせろ。あとは俺がやる』

『ブリクサ、まさかひとりで行くっていうの? いくらなんでも無理よ。一旦みんなで対策を考えましょう』


 残り二百匹余りを、ひとりで処理すると言うブリクサに、ラウラが提案する。


『全員の耳がやられたらどうする。誰も戦えなくなるぞ。俺は後ろだけにシールドを張っていく。みんなは後ろから援護してくれ』


 唇を噛み、ラウラは考える。こんなときはブリクサに任せるのが一番だ。今までにそれで悪い結果になったことなどない、と。


『わかったわ。出来るだけみんなで数を減らしていく。だからブリクサ、無茶はしないで』


 ブリクサがボードを急発進させると、全員が火炎放射器の出力を上げ、横に広がりながら向かって来るエンジェルたちに狙いを定めた。

 ブリクサは背中に装備されているデビルスウォードを、二本同時にゆっくりと抜いて構える。エンジェルが空中でホバリングしながらブリクサを見る。そのまま近づいてきたエンジェルの二十体ほどが、触角をブリクサの方に向けようとした。その瞬間、奴らは青緑色の体液をぶちまけながらバラバラになる。

 ブリクサのデビルスウォードは、目視出来ないほどのスピードでエンジェルを切り裂いてゆく。その間にも、後ろに控えている援護部隊は、火炎放射器で奴らを焼き続けていった。

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