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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第二章 エンジェル
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第38話 直径五キロの楽園

 各班からの通信で、続々と仲間がやられたとの情報が耳に入る。

 十年前にB.A.T.が発足して以降、心身ともに厳しい鍛錬を積んできた隊員たちが、みすみすエンジェルに殺されるなどという事態はほとんど起きなかった。

 一ヶ月前のタカノリの殉職は、実に三年ぶりの悲劇だったのだ。


 突然の発生以来、人間を襲い、B.A.T.に処理されてきたエンジェルたちは、現実の昆虫並みの知能しか持たないとされてきた。

 それは化学班・医療班の実験・研究結果からも明らかで、充分に信用できるデータとして示されていたのだ。

 ところが、タカノリの死という事実があり、エンジェルたちに学習能力が備わったのではないかという新たな仮説は、隊員たちを不安に陥れるのに充分な材料だった。


 今回の現場に出て、改めてアンは思う。

 エンジェルは学習している。しかもユキムラ隊長の言うように、他のエンジェルの記憶を受け継いでいる? まさか。学習できるほどの知能を奴らが身に付けたとして、それならなぜ、この十年間は目立った進化なり変化を見せてこなかったのだろう。なぜ今なのか。と、考えがまとまらず、アンはこめかみを何度か叩いた。


「アン!」


 すぐ近くから自分の名前を呼ぶ声がして振り向くと、目の前でエンジェルの胴体が複数体爆ぜた。カリタにワイヤーで括られ身体が圧力に耐え切れず、その中身をぶちまけたのだ。


「何やってんだよ、ボーっとしやがって。あんたらしくもない」

「カリタ……ごめんなさい。ええ、ちょっと混乱してしまって」

「ギデオン隊長がいないときこそ、あんたの出番なんじゃないのか? こいつらがどんな変化をしようが、そんなことに意味も理屈もねえだろう」


 カリタは少し前まで、エンジェルをいかに残虐に殺すか、それを考え、実践して楽しんでいた。まるで奴らを過剰に殺傷することで、気を晴らしているかのように。

 だが前回の出動の際、身勝手な行動をしてツヨシに怪我を負わせてしまい、少しは反省したようだ。

 それまで嫌っていたアンと一緒に、今日だけのイマヒコ班に配属されたふたりは、協力してエンジェルを倒している。ギデオンやツヨシが知ったら、特にツヨシは涙を流して喜ぶだろう。


「ギデオン隊長は遅れて出動口にいらしたので、今日はブリクサ班の隊員として戦われています。カリタ、先ほどの通信は聴こえていましたよね? ここを片づけて、早く西門に向かいましょう」


 今日のアンとカリタを率いるのは、イマヒコ班のイマヒコ隊長だ。彼女はここから目視できる距離にいる。ブリクサ班の四人もいて、そこに男性隊員が何人か合流したようだ。

 カリタは自分が所属しているギデオン班以外、どの軍の誰の班に、何という名前の隊員がいるのかなどまったく知らないが、勉強熱心なアンは憶えている。

 あれはカイト班のカイト隊長とジン、アンリ、ルカ、そしてヨウヘイ班のマチルドとジローだ。ヨウヘイ班は六人中四人が殉職してしまったと、さきほど通信が入ったばかりだ。


「こちらカイト班のアンリとルカだ。加勢する!」

「イマヒコ班のアンとカリタです。ありがとうございます。やはりアウターウェブに入った亀裂に向かって集まろうとしているようですね。そこから中に侵入できるとでも言うのでしょうか」


 昨年の等々力シェルター付近でも、初めはシェルター周辺に奴らが集まり出したのだ。その時に臨場していたアンは、光景を思い出したのか不安げな顔をする。

 今はまだ、誰にも何もわからない。わからないから、ただ敵を殺すしかない。その事実に、アンはふいに違和感を覚えた。


 ミハイルの脳が言う「ある人物」は、殺人兵器・エンジェルを作って世に放ち、人類滅亡を目標に掲げ、ただただそれを遂行するために自身のクローン人間を何体も用意するなど、計画性をもって実行してゆく人物だと推測される。

 エンジェルが初めてドイツの街を襲ったというあの日。それ以前に実験を何度も重ね、ほぼ完全と言えるほどのものができてからGOしたはずなのだ。

 「ある人物」はまだ生きているのか、彼のクローンは何人いるのか、それすらも明らかになっていない。エンジェルたちの急な進化は、もしかしたら──。


「アン、ちゃんと前向け!」


 背中に強い衝撃があった。出動の最中だというのに、ぼうっと考えにとらわれて隙だらけだったアンと背中を合わせ、カリタが今までに見たこともない真剣な表情でワイヤーを構えている。

 そうだ、今はいらぬ考え事をしている場合じゃない。生き残らなけれは、何も守れないのだ。

 アンは大きく息を吸って吐き、ワイヤーに絡めとられてジタバタともがいている数匹のエンジェルに向けて、火炎放射器を噴射した。


「名前で呼んでくれて嬉しいです、カリタ」

「……べつに。その方が短くて済むからね」


 意識しすぎて仲が悪かったアンのことは、いつも「優等生」と呼び、彼女より劣る自分を卑下していたカリタ。そんなカリタの成長を感じ、アンも頬を引き締めて闘志をみなぎらせた。

 とかく奴らの目を見ることなく、なるべく多くの隊員でしとめること。エイジが間近で見て気づいた法則に、全員がわずかながら自信を取り戻したようだ。


「まだまだいるよ。あたしから離れないで、ぼうっとしてんじゃねえぞ」

「ええ、わかりました。カリタ、あなたも私から離れずに戦ってくださいね」

「ったく、いちいちひと言多い優等生だぜ。正面から来る約五十匹、まとめてこいつで括ってやるから、アンはそいつらを焼いてくれ。頼んだよ」

「はい!」


 アンがボードの上に片膝をつき、火炎放射器を肩にかついだ。カリタは空中でアンと並走しながら、いちばん太いワイヤーを伸ばす。ヒュンヒュンと音をさせて大きな円を描いたワイヤーは、ふたりをめがけて向かって来る約五十体のエンジェルの首をまとめて括った。


「うげ、クッソ。さすがにこの数は重いって」

「カリタ、大丈夫ですか? もう少し近づけば、私がすべて焼き切ります。頑張って」


 火炎放射器を構えるアンの後ろから、さきほど通信て応援に向かうと言っていたルカとアンリが駆けつけてきた。


「すげえな、こんな数をひとりで括ったのか」


 カリタのワイヤーに絡めとられ、巨大な束となったエンジェルを見てアンリが驚いて言う。


「ええ、カリタはすごいんです。ギデオン班のエースなんですよ」


 アンは、カリタを褒められたことを自分のことのように嬉しく思い、答えながら胸を張った。


 


 少しずつデビルの姿が見えはじめたが、戻ってきた隊員たちは予想以上に少なかった。ブリクサは目の前のデビルたちを見回し、低く呻くように言う。


「……これだけか?」


 被害があるたびにそれぞれから報告を聴き、ある程度は覚悟していたつもりだったが、いざ目の前にすると、出動時との人数の違いに言葉を失う。

 ほんの数十分前まで生きていた仲間が、もうこの世にいないのだ。その事実は、ブリクサたちの心に重くのしかかった。


「とにかく、もうこれ以上やられるわけにはいかねえ。そして奴らがシェルターへ侵入するのも絶対に阻止する。いいか、お前ら。死んだら俺が許さねえ」


 悔しい想いを顔には出さず、ブリクサは全体のリーダーとして振る舞うが、その頬にみなぎる怒りとエンジェルへの殺意は、今までとは違うものだった。


「エル、お前、肩をどうかしたのか」


 他の者が見ても決して気づかないだろうが、ブリクサは、エルの腕の動かし方がほんの少しぎこちないことを指摘した。


「少し捻っただけだ。問題ない」


 心配をかけまいと、そしてエンジェルに操られたイザークにやられたなどとは、言いたくなかった。だが、横で聞いていたイザークは、ブリクサに正しい報告をしなければならないと、恥を承知で顔を上げた。


「隊長、実はさっき、俺は奴らの一匹と目が合っちまったようで、その時の記憶はないんだが、気づいたらエルの腕を背中にねじり上げてて、もう少しで引っこ抜いちまうところだったんだ。幸いエイジがそいつを焼いてくれたから助かった。本当に、申し訳ない。自分が情けなくて涙が出るよ」


 唇を噛んで下を向くイザークは、まったくらしくもなく、エイジはそんなイザークの様子を見るのか辛かった。そしてエンジェルに対する怒りと憎しみがふつふつとわいてくるのを感じた。


 約半数のデビルが休暇を取っていた今日、いつもとは異なる班編成で出動した。

 出発時には百二十人のデビルが揃っていた。それが今は八十八人と、すでに三十人以上の殉職者を出している。

 とにかく、もうデビルを失うことなく、臨海シェルター上空のアウターウェブを守ること。B.A.T.が置かれた状況は、予想以上に厳しいものとなった。


「イマヒコ、そのアウターウェブの亀裂ってのは、正確な位置はわかるか?」


 ブリクサが問うと、イマヒコはボードからタブレットを呼び出し、この臨海エリアの全体図を示した。


「東西南北約五キロメートルにわたるアウターウェブは、ほぼ円状になってるわ。私たちがいまいるこの西門の上空200メートルのあたりに、ドローンが異変を発見した。亀裂といっても人間が目視できるようなものではなく、化学反応と見た方がいいと思う。だから、本当にそこが破られてしまうのかさえ不正確なのよ」

「そうか。なにもかもわからねえか。だったらやっぱり皆殺しにするしかねえな。いいか、みんな! 人を操る個体なんかどうでもいい。捕獲なんかいらねえ。どうせ何もわかりゃしねえんだ。とにかくこれ以上死なずに、奴らだけをぶっ殺せ」


 ブリクサが吠える。デビルたちが応える。すでに三割近い命が失われたのだ。ゲンシュウとの連絡も取れず、頼れる指揮系統もない。いまはただ、シェルター内の一般人を守る。それを使命として戦うのみだ。


「前方約一キロメートル、およそ五百匹の群れを確認。まっすぐこっちに向かってきやがる」


 ギデオンがゴーグルを装着したまま言うと、ブリクサがチッと舌打ちをする。

 エンジェルは横並びに広がって飛ぶ。五百の群れともなれば、その威圧感は相当のものだ。


 迎え撃つB.A.T.は、自然に自分の班員たちで固まり、それぞれがボードに武器を並べ、自分の得意とするものを手にとる。

 その中心にいるブリクサが、一度目を閉じてから開き、バッサバッサと音を立てて飛ぶエンジェルに鋭い眼光を向ける。


「おい、おまえら、B.A.T.を舐めんなよ」


 殺気のこもった声でエンジェルたちに言い放つと、ふたたび大声でデビルたちを奮い立たせる。


「全員聞こえるか! こいつらは脅威でもなんでもねえ。余裕があるやつは楽しんで弄り殺せ!」


 うおぉーっと叫ぶ男たちの中で、カリタだけは心底楽しそうに「ひゃっほーい」と声を上げていた。


 そんなブリクサをそばから見上げるエイジは、今度こそやってやる、と火炎放射器を握りしめる。


 壮絶な戦いが、いま始まる。

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