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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第二章 エンジェル
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第36話 仲間への攻撃

 ホバリングするボードの振動に合わせ、ノリカの嗚咽がリズミカルに響いている。


「早く動かないと危ないよ。立てる?」


 毒ガスを噴射し終わったばかりのぬいぐるみを持ち替え、スピカがノリカに向けて右手を差し出した。

 デビルスーツの手首で涙を拭いたノリカは、スピカに支えられながらボードの上で立ち上がる。そして自身の武器であるブーメランに目を落とすと、それが青緑色のエンジェルの体液にまみれているのを見つけ、恐怖に顔を引きつらせてふたたび絶叫した。


「ノリカ、いい加減にしなさい」

「隊長……、すみません」


 ヘスティアに注意されたノリカは、無理に泣き止みながら、喝を入れるように自分の頬を両側から何度も叩いた。

 そこに、数秒遅れてゲイザーが辿り着き、スピカの無事を喜ぶようにガッツポーズを作る。


「ヘスティア、それからヘスティア班のみんな、応援感謝する。我が班はすでに俺とスピカしか残っていない。イマヒコやブリクサには通信済みだが、聞こえてたよな? 今日のエンジェルはこれまでとは違う。隊員の命を守ることが最優先だ。捕獲は諦めて皆殺しにするしかないだろう。いいか、絶対に奴らと目を合わせるなよ」

「一年前のあの事件から、何かがおかしい……。いやな予感ほど的中してしまうものね。フローラが休んでて本当に良かった。人間を操作するエンジェルが現れるなんて、きっと目の色を変えて実験体を捕獲しようとするでしょうから」

「だから、さっさと化学班に行きゃあいいものを」

「ジャンヌ、黙って」


 ヘスティアの言葉に、ジャンヌが悪態をつく。

 ここにいない隊員、つまり今日の出動には役に立っていないフローラの話題を出されたことが気に入らないのか、ジャンヌは返事をせずにフン、と鼻を鳴らした。


 優秀な女性隊員だけで編成されているとの印象が強いヘスティア班だが、見た目が良くても、ジャンヌは自称「ヘスティア班唯一の汚点」だ。

 英雄の名前を戴いたとは言い難いぐうたら女で、現場に出動したときでも、決して自分から積極的にエンジェルを処理しようとはしない。さすがに仲間が殺されるのを黙って見ていることはできないので、援護らしきことはするのだが、そうでなければ、適当に空中を逃げ回っていることも多い。

 一人ひとりの隊員を良く見ているヘスティアは、本当はジャンヌがやさしい心の持ち主だとわかってはいる。だが、同じ隊の仲間を貶めるような物言いには、注意せねばならない。


 ヘスティアに叱られたジャンヌは、不機嫌な表情を変えずに、腕を組んだまま上空に飛んで行ってしまった。

 身勝手なジャンヌの行動に、ヘスティアは不安を感じて眉を寄せたが、自分は隊長として、ゲイザーやスピカも含めた隊員たちを守るのだ。ジャンヌだけに関わってはいられない、と気持ちを切り替える。


「ゲイザー、スピカ、今から私の班として戦ってください。二時の方向から、約三十匹の群れの襲来を確認。全員で取り囲み、一気に焼いてしまいましょう」

「了解。みんな、とにかく奴らの目を見るなよ」

「了解!」

「了解!」


 ヘスティアが両腕を広げると、ノリカとモイラが位置につく。

 ヘスティアはモイラと視線を交わし、やさしい表情で頷いてから、自身の武器を構える。ヘスティア専用のそれは、彼女におよそ似つかわしくない、まるで小さなキャノン砲のような見た目で、B.A.T.の最新技術によって超小型軽量化された『レディーカノン』だ。

 直径二十センチほどの砲弾は、対象に着弾する直前に割れ、中の火薬が大爆発を起こす。エンジェルの数が多いほど威力も発揮できるが、味方が近くにいる場合は使えないのが難点だ。

 それを左腕で構え、ヘスティアがスイッチを押すと、砲口直径に対して長い砲身長から、砲弾が放たれた。

 反動でヘスティアのボードが揺らぐ。やっと目視できる程度の距離に接近してきていた敵の群れは、レディーカノンの爆発に巻き込まれてみるみる黒焦げになってゆく。

 焼かれながらも残った翅で飛来するエンジェルを、ノリカのブーメランが無残に切り裂いた。

 敵の目を見ないためには、念には念を入れ、遠距離からの攻撃が望ましいだろう。


「まだ生きてるのがいやがるか……。左側は俺に任せろ! そっちの残りは頼んだぞ」

「了解!」


 ヘスティアたちの活躍を胸のすく思いで眺めながら、素早く群れの背後を取ったゲイザーは、何本ものトキシックフレイムを放った。

 炎に包まれて不気味な悲鳴をあげながら絶命してゆく奴らを見ているうち、もしもここで奴らが振り向いたらどうなるのかと、ゲイザーの心に不安が生じた。

 発生してから十年間ものあいだ、目立った変化など見せてこなかったエンジェルの、我々人間への復讐のはじまりなのだろうか。

 いや、そもそも最初に人間を襲ったのはこいつらじゃいか。それでも……、と、ゲイザーは、ベンとオリバーの最期の顔を思い出し、久しぶりにぞわぞわと背中を這い上がってくるものの正体に戦慄していた。


 


 相変わらず、エルの動きや攻撃の鮮やかさには、惚れ惚れしてしまう。

 うっかり息を止め、エルの戦いに見とれていたエイジの背中を、イザークが豪快に叩いた。


「ほら、なに見惚れてんだ。ぼーっとしてんなよ、エイジ」


 咳き込みながらも、エイジは火炎放射器を構えたまま、前後左右に意識を配っている。


「げほっ、大丈夫です、イザーク。気は抜いてません!」


 また緊張しているのか、頬をピリピリさせながら言うエイジに、イザークが笑顔で返す。


「エイジ、そう硬くならなくて大丈夫だ。俺とエルがついてる。いまこの瞬間にも、奴らの数はどんどん減ってるんだぜ。他の班の隊員からも、続々と群れを撃破したって報告が入ってる。それぞれの周囲に奴らがいなくなり次第、残りを処理しに合流する。ビビってんのか? しっかりしろよ、お前はブリクサ班。今年一番のルーキーなんだろ」

「はい、自分は大丈夫です。ただ、火炎弾の扱い方にはまだ不安があるため、今日は火炎放射器のみで戦おうと思ってます。隊長が言ってました。『皆殺しだ』って」


 語尾はブリクサを真似て言った。エイジの見せた余裕に、イザークもほっとする。


「大切なのは、常に冷静でいることだ。そうでなければ判断を見失う。もうわかるな」


 エトワールを傍らに置き、エルがエイジに言う。


「はい!」


 口数の少ないエルとは、まだほとんど会話をしたことがない。それはレイともおなじだが、エイジはエルに言葉を掛けられたことが嬉しかった。

 エルの実力は、ブリクサと拮抗するとも言われており、変に意識しすぎていたのかもしれない。やさしく穏やかに声をかけてくれるエルや、いつも労い、未熟な自分をカバーしてくれようとするイザークは、こんなにも頼もしい。


 エイジは頬を紅潮させ、年長の強い二人を憧れ混じりの眼差しで見つめた。すると、ヒュン、という音とともに、エイジの頬の数センチ横を弾丸がかすめた。


「えっ?」


 なにが起きたのか、エイジは風が当たったような頬を手のひらで押さえ、周囲を見回した。すると三十メートルほど先で、二体のエンジェルが同時にひらひらと落ちてゆくのが見えた。


「まったく、失礼しちゃうよねぇ。エイジに火炎弾の撃ち方を教えたのは僕なのにさ。僕だって、新人隊員を守ることくらい、一人で出来るっつーの。ほぅらエイジくん、あっちを見てごらん。今日もブリクサ班がほとんどのエンジェルをぶっ殺すんでちゅよ」


 幼児をあやすようなカルマの言い方に、どっちが子どもなんだか、とエルは溜め息をつく。


「でもカルマ、人間を操るエンジェルが現れたって……」

「あぁ、その情報ね。エイジ、詳しいこと聞いた? 目を合わせると脳を乗っ取られるらしいよ。味方を拘束してエンジェルに殺させたって。そんで、操られた隊員もすぐに殺られたらしい。そんな個体ほど捕獲して調べなきゃならないだろうにね。ったく、正面から飛んでくるヤツの目を見るなって、どうすりゃいいのかねぇ」


 カルマが言い終わらないうちに、十体ほどの群れが近づいて来るのが見えた。「目を合わせない、目を合わせない」ぶつぶつと呟きながら、カルマが火炎弾を構える。

 イザークはブリッツゼーレを、エルはエトワールを、エイジも火炎放射器を握りしめた。




「チッ、どいつもこいつもふざけてやがる」


 総指揮官・ゲンシュウの不在に加え、ゲンシュウの代わりとなる指令室との連携もうまくいかない。そんな状況下で出動したB.A.T.だが、すでに隊員が三人もやられたという最悪の報告が入り、ブリクサは怒りに身体が熱くなるのを感じていた。


「大した数じゃねえが、変異種だとしたら慎重にかからなきゃならねえ。どんな仕掛けか知らねえが、こんなことが度々あるならたまったもんじゃねえ。俺たちは奴らみてえに湧いて出てくる訳じゃねえからな。あの脳ミソ野郎を締め上げて吐かせた方がいいんじゃねえのか」 

「ブリクサ、俺もかなり疑問に感じてる。本部に戻ったら、ぜひとも総指揮官と話がしたいな」


 ギデオンの言葉に、ブリクサは大きく頷いた。




 ラウラ、ギデオンとともに後方に飛び立っていったブリクサだが、エイジはブリクサが戦う姿を、もっと近くで見たいと思っていた。ブリクサは、エイジの憧れであり目標だ。少しでも近くでブリクサの戦い方を学び、一日でも早く、ブリクサ班の主戦力と言われるようになりたかった。


 ブリクサがなぜ左腕を失ったのか──、そのことは、技術師のクラウスから「過去の出動時に起きた事故によって」としか聞かされていない。

 あんなに強い隊長が、腕を失うほど強いエンジェルと戦ってやられたのか、それとも事故とは爆発などによるものなのか。

 もちろん、ブリクサだけではなく、班の全員のことを家族のように思いたいエイジは、誰のことも知り、理解したいと思っていた。

 だが、その中でもやはりブリクサは特別なのだ。


 エイジがそんなことを思っていた時、急に大型のエンジェルが数体飛び出してきた。

 イザークがブリッツゼーレを構えたが、この距離からではエイジを巻き込む危険があると、一瞬躊躇する。その一瞬に隙が出来、イザークはそのうちの一体の黒い瞳を目の端でとらえてしまった。

 するとイザークは無表情のままエルに近づき、強靱な腕でエルのエトワールを取り上げて空中に放り投げると、エルの腕を取ってそれを背中に捻り上げた。

 大型のエンジェルたちは、翅を立てて襲撃体制を整える。


「イザーク、なにやってんだよ!」


 何が起きたのかと、カルマが叫ぶ。


「エルさん! イザーク!」


 急変したイザークの行動が理解できず、エイジも叫んだ。

 まさか、イザークが奴らの目を見たのか? 俺はどうすればいい? そのエンジェルを殺せば、イザークは元に戻るのか? そんな、悪魔祓いじゃあるまいし……。

 だったらこいつら皆殺しだ。早くエルさんを助けなきゃ、マジのイザークにやられたら腕が折れちまう!


「くそったれ! お前ら皆殺しだ!」


 エイジは火炎放射器を構え、大型エンジェルたちに銃口を向けた。

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