第33話 不穏な出動
ブリクサたちが対エンジェル戦闘車両出動口に駆けつけたとき、八台の装甲車がすでに出動態勢を整えて待機していた。
「ブリクサさん、今日は10A (ワンゼロエー)車両を使われますか? 休暇を取ってる人が多くて、どの車両を準備すればいいのかわからないので、師匠と一緒に10Aを含めた八台のチェックは済ませてあります。緊急放送から『八班で出動せよ』と聞こえたので」
ブリクサの熱心なファンである、技術部クラウスの弟子のコタロウが走り寄ってきた。
「ああ、悪いな。みんな混乱してねえか」
「はい、イマヒコさんとヘスティアさんが、あちらでみなさんをまとめようとお話しされてます」
コタロウが指した方を見ると、二人の女性隊長が先頭に立って班編成の指揮を執っていた。
緊急放送を聞いてデビルスーツに着替えた隊員たちだが、みな動揺や苛立ちを隠せない様子で、現場は混乱していた。
「みんな、落ち着いて。まず自分が所属する隊のメンバーで集まり、何人いるか確認して。五人以上揃ってるなら、無理に八人体制をとる必要はないと思う。原因はいまだに調査中だという以上、隣接してる第一シェルターのアウターウェブが破られる可能性もあるということを頭に入れて、とにかく急いで隊ごとに集まって!」
ヘスティアが叫ぶように言うと、それぞれが自分のチームの仲間を探し、複数の小さな固まりを作っていった。
全員が休暇を取っている八つの班を除いた合計二十四の班から集まった隊員たちだ。
ブリクサ班からはブリクサ、ラウラ、エイジ、レイの四人が休暇を取っていたが、うち三人は偶然本部で資料を閲覧中だったので、ほとんど通常と変わらない戦闘ができる見込みだ。
駆けつけたラウラの姿を一目見て、シアラの顔がぱあっと明るくなった。
「ラウラ副隊長、いらしてたんですね。とても心強いです」
「ええ、ちょっと調べたいことがあってね。いないのはレイだけ、か」
「そうなんだよねぇ。最近僕とレイちゃんのチームワークがさまになってたのに、今日は発揮できないらしい。大人しく一人で撃つよ」
カルマが右手で銃の形を作り、そこに左手を添えて不敵に笑う。それは、まだ拭いきれない恐怖にとらわれるエイジの緊張をほぐしてくれたが、直後に男の大声によってかき消された。
「おぅ、ヘスティア! 時間がねえんだ。この場を仕切るなら、あとのことも考えてるんだろうな!」
苛々した様子でヘスティアに噛みついているのは、入隊式当日や、訓練場で顔を見かけたことはあるが、名前を知らない隊員だった。
エイジが不安な表情をしたのを見逃さなかったのだろう。ラウラはエイジに近づくと、一緒にその男に視線を送りながら言う。
「第三軍・カイト班のカイト隊長よ。なにかとヘスティアに絡んで張り合うけれど、あの人に指導者としての人望や力はないのよね」
ラウラが隊員のことを悪く言うのは珍しいと、エイジは思わずラウラの顔をじっとみつめてしまった。
「美人で人望も厚いヘスティアのことが、単純に羨ましいんじゃない? それか恋愛感情?」
また口を挟んできたカルマの言葉に、エイジははっとしてカイトとヘスティアを交互に見た。カイトの子どもっぽく意地悪そうな表情を見ると、全くの見当違いというわけではなさそうだ。
「カルマ、また」
「あぁ、そうでした。やばいやばい。美人て言えばルッキズムがどうとか、恋愛って言葉を持ち出せばセクハラだとかさ、昔はもっとラクに会話できたらしいよ。エイジが生まれるずっと前のことだけどね」
肩をすくめるカルマに、エイジは曖昧な笑顔で返す。
B.A.T.では、二年ごとに隊順位とメンバー編成の見直しを行う。二年間かけてそれぞれの隊長の下、信頼を築いてきたメンバーたちだ。余程のことがなければ、別の隊に異動になることはないが、ひとつの隊自体の「同じ軍の中で何番目に強いか」の目安が改定される場合はある。
たとえば第一軍・ブリクサ班は常に「A」ランクだが、かつてギデオン班は「C」ランクと評価されたこともあった。
そして昨年の改定で、第三軍ではヘスティア班が「A」に昇格し、逆にカイト班は「B」へと降格になったのだ。
戦力的に明確な差はないものの、ヘスティアの作戦の立て方、チームの仲間への心配りなどが高く評価されたものとみられているが、上がなにを判断基準にしているのかは明かされない。
ライバル意識を持っている女に抜かされ、カイトはさぞ悔しかったに違いないのだ。
「そうよカイト、今は言い争っている場合じゃない。うちが四人で、あなたの隊も四人。合同班として協力して戦いましょう」
カイトに手を差し出すヘスティアの横をすり抜け、イマヒコがブリクサを見つけて近づく。
「ブリクサ班は七人も揃っているから、そのまま七人体制でいいわね。残りの十七人を二つに分けて、一軍は計三つの隊で出動しましょう。普段あまり接点のない二軍、三軍の隊員たちと組むのは難しい。一軍は一軍で集まるのが正しい選択だと思う」
「あぁ、それがいいだろう。イマヒコ、総指揮官はなぜ黙ってるんだ」
ブリクサの問いに答えるように、天井に設置されたスピーカーから放送が入る。
『こちら指令室のキョウカ。ゲンシュウ総指揮官は本日より三日間の休暇中につき、総指揮官不在の間は私・キョウカが代役を担います。現在総指揮官に指示を仰ぐための連絡を入れている最中ですが、いまだ返答は得られません。よって、当指令室と現場の隊長との連携により指揮系統を一本化します。ブリクサ班が七名も揃っていたのが幸いでした。不安はあると思いますが、すでにこの出動のための急ごしらえの班編成も終了していることと思います。現場は民間人が暮らすシェルターと隣接している地区です。アウターウエブが破られた原因は現時点で不明なままですが、シェルター内へのエンジェルの侵入は必ず阻止してください。ドローンの映像を常に確認しながら向かってください』
ドローンがとらえた映像がモニターに映されているが、それだけでは判断材料として不十分だった。先月この同じ場所へ出動した際には、臨海地区が四千匹のエンジェルで埋め尽くされていたのだ。
実際にそこへ乗り込んでみないことには、何もわからない。B.A.T.の「最先端テクノロジー」というものも、実はそれほど当てにはならないのかもしれない、と各隊員たちは感じ始めていた。
それとも「ある人物の手による」人工物であるというエンジェルサイドの方が、B.A.T.よりも優れているというのだろうか。
「ブリクサ!」
整列した隊の後方から、ギデオンが顔を出して近づいてきた。
「ギデオン、お前の班の奴二人は、イマヒコ班に入ってるぞ。お前は休暇中だろう」
「あぁ、そうなんだが気になってな。先月が入隊式の日。今回は総指揮官が休暇中だと来れば、何かがおかしいと思うだろう」
全員が休暇を取っているギデオン班の隊長・ギデオンはすでにデビルスーツに着替えている。
「お前、今からじゃどこの班にも入れねえぞ」
「だから、今日はブリクサ班の一員として戦うんだよ」
それは朗報だった。前回の大量発生と今日の急襲は、きっと何かしらの連続した力が作用して起きているのだ。そこに興味を持つギデオンと一緒に行動できることは、ブリクサにとってもチャンスだった。
「そりゃいい。お前が一緒なら何か掴めるかもしれねえな」
ブリクサがギデオンの肩を叩く。頷き合うふたりの隊長は、現場に出て何かを突き止めようと燃えていた。
「行くぞ」
「はい!」
ブリクサがエイジの横に立って言う。エイジは背筋を伸ばし、仲間に続いて車体の屋根に「10A」とペイントされた装甲車に乗り込んだ。
同じ失敗は繰り返さない。エンジェルを間近で見ても、もう取り乱したりしない。膝の上に置いた手をきつく組んでそう念じていると、向かいに座ったイザークが、大きな手で頭をがしがしと撫でてくれた。
さすが日々心身の鍛錬に余念がないB.A.T.だ。五分もすると即席の隊もすべてまとまったようで、次々にイマヒコやヘスティアが指示した装甲車に吸い込まれていった。
ヘスティアをライバル視するカイトに、エイジはタカノリの影を重ねていた。自分はブリクサ班の仲間がいるからいいが、他の隊員は、まともに顔を合わせるのも初めてだという者同士もいて、やりづらいことこの上ないだろう。自分の心配はもちろん、エイジはカイトの身を、全員の帰還を念じていた。どうか全員無傷で戻ってきたい、と。
ブリクサ班の七人プラスギデオンを載せた装甲車の二台後ろ、今回だけのヘスティア班は、誰も口を開く気配がない。いつもならヘスティアが気を遣って話しかけてくれるのだが、さすがにそんな状況ではないと、モイラもわかっていた。
ヘスティアをライバル視しているカイトが、自身の班から三人引きつれて同乗しているのだ。
一台の車両に隊長が二人。その中で指揮を執るのはヘスティアだ。
現場で軋轢が生じなければよいが、とモイラは不安になっていた。
ひと月前の出動後、タロットカードで出たのは「塔」の逆位置だった。これまでの価値観が崩れてしまうような出来事に苛まれる暗示。長期化するエンジェルとの戦い、それが今まで通りにいかなくなるとしたら……。
目を閉じたモイラは脳内でカードを切り、下から二番目を引いて裏返す。出たのは「死神」の正位置だ。
「また誰かが、死ぬ」
吐息のようなその声は、モイラ自身の耳にも届かない。
その隣で、またノリカがボードと火炎放射器を抱きしめて、ぶるぶると震えていた。




