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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第二章 エンジェル
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第25話 ディストラクション・エンジェル

 四月六日午後一時。B.A.T.ジャパン本部の大会議室にて、その集会は静かに幕を開けた。


 そこには、B.A.T.ジャパンの総指揮官であるゲンシュウ、師団長のユウゾウ、教務長官のトシユキのほか、組織内部の人間ではなく、全世界のB.A.T.に莫大な資金援助をしている団体・Earth,the source of Life通称ゼアス代表のアーロンも着席していた。


 戦闘部隊からは各班の隊長と副隊長のみが招集され、第一軍のブリクサ班からはブリクサとラウラが最前列中央の席に着いている。ブ

 リクサ班はB.A.T.ジャパンのトップを走り続けており、個々の隊員たちが出動時にあげる成果も最も高い。


 だからといって、こうした会議や集会の際に、常に最前列で上層部の人間たちの顔と向かい合うのにはうんざりだと、ブリクサは思っていた。

 人とのコミュニケーションは得意ではない。要するに面倒なのだ。不要な会話はしたくないし、何か尋ねられるのも自分のやり方に口を出されるのも、とにかく鬱陶しかった。それがリーダーとしては良くないこともわかってはいる。


 だが、そんなブリクサは自分の班の隊員だけではなく、他の班のメンバーからも慕われている。ブリクサの方から話しかけることはなくても、そっと見つめられるだけで心強いと、そう感じる隊員たちは多い。そして、クラウスのラボで働くコタロウのように、ブリクサに心酔するほどの熱烈なファンも少なからずいるのだ。


 ブリクサの渋い表情に気づいたのか、正面の椅子に着席したばかりのゲンシュウは「B.A.T.最強の悪魔」といわれるブリクサを曖昧な笑みを含んだ表情で一瞥すると、「弾丸(タマ)は大切に使っているか」と冗談のように問いかけた。咄嗟のことに戸惑いながらも、ブリクサは腕を組み替えながら「ええ、もちろん」と答える。


 男たちのやりとりを隣で見ていたラウラは、ブリクサの戦い方についてゲンシュウに注意されたことを思い出し、自分は単にとばっちりを受けただけだったと、顔を逸らして小さく溜め息をついた。


 ブリクサは、戦いの場で気づいたことをアフター会議で報告したり、要望を伝えたりするのが苦手だ。それは隊長または副隊長の役目なので、戦闘の場においても、こうした情報発信の場においても、適応能力の高いラウラの方が実は隊長に向いているのではないかと思うこともある。

 ひとつの隊を率いるのに適した条件は、必ずしも戦闘能力の高さだけではない。


 エンジェルを必ず絶滅させるという強い目的意識は同じだが、ラウラには肉親をエンジェルに殺されたという憎悪がある。

 以前の仲間を全滅させられた憎しみと恨みは当然ブリクサにもあるが、ただ敵を殺戮したいという感情で戦うのであれば、B.A.T.の隊長は務まらない。


 昨日の初出動時のエイジと同様に、ラウラも新人の頃はエンジェルに対する憎悪と復讐心を原動力として戦っていた。そのため状況判断を誤ることや、対象への殺意のみで飛び込んでいくこともあり、下手をすると自分や仲間の命を危険に晒すことさえあった。

 だが、ブリクサ班に配属され、隊長の戦い方、エンジェルとの向き合い方を見ているうちに学習したラウラは、ブリクサの推薦で副隊長に就任する。

 その後は常に周囲にも目を配り、落ち着いてエンジェルの処理にあたるようになれたようだと、ブリクサはラウラの変化と成長を見守ってきた。

 現メンバーに編成されたブリクサ班は、この先も常にB.A.T.最強であり続けるだろうと誰もが感じていた。

 


 全員が着席したあと資料が配られ、ようやく会議が始まった。

 室内の照明が落ちると、モニターにはいくつかの議題が表示される。それを見た戦闘員たちからはどよめきが起きた。それもそのはず、今までに何千、何万ものエンジェルを処理してきた彼らにとって、そこにはあまりにも衝撃的な文字が躍っていたのだ。


 ゲンシュウはまず、昨日初めて現れた小型エンジェルについての報告からはじめたが、それは捕獲数を正確に把握できた程度で、その生態や通常型エンジェルとの相違点、なぜ突然発生し襲来したのか等の詳細は、当然だが現時点では何一つ解明できていない。

 小型については今後の調査で明らかになるであろう、と締めくくったゲンシュウは、本題に入る前に、アーロンが隊員たちをひとことねぎらいたいと言うので、講演台のマイクをスタンドにセッティングする。


「本日は、ゼアスからアーロン代表がお越しになっている。日頃の君たちの活躍に対し、ひと言あるそうだ。では、アローン代表、お願いします」


 ゲンシュウに呼ばれ、アーロンは壇上に並べられた椅子から立ち上がる。

 講演台の前まで来ると、すぐには話しはじめずに、総勢六十四人の優秀な兵士たちの顔を、一人ずつ嬉しそうに眺めては満足げに頷いている。感慨深そうに一呼吸ついたあと、もう一度大きく息を吸い、アーロンは口を開いた。


「みなさん、いつも危険な任務を果たしてくれて、本当にありがとう。……まずは、昨日の戦闘で殉職したタカノリのために、黙祷したいと思います。みなさんも一緒に」


 アーロンは、その場で目を閉じ首を垂れた。若いタカノリの命が失われたのだという事実が、ふたたび場内の隊員たちの胸に悲嘆をともなってのしかかった。

 その中でユキムラは、昨日クロウから聞かされたあの可能性について、今日この場で報告するべきかどうか、いまだに迷っていた。


「……ありがとう。では、少し私の話に付き合ってほしい。通称エンジェルという殺人昆虫が発生して以来、我々人類は幾度となく災害級の危機に見舞われてきた。そもそも、エンジェルとは何者なのか、どこから来たのか、彼らの目的は何か。いまだ真実にたどり着いたとは言えない状況にもかかわらず、君たちは日夜、奴らを全滅されるべく戦ってくれている。その戦いのパフォーマンスを向上させるため、私は惜しみない支援を送りたいと、そう思っている。今回の訪問は、今後の資金援助のことでゲンシュウ総指揮官と協議することが目的だったが、協議などするまでもない。我々ゼアスは、君たちの戦闘に必要な資金とあらば、際限なく出すつもりだ。スーツのリニューアルや、新しい武器の研究・製作等、資金はいくらあっても邪魔にはならない。必要な時は、ゲンシュウ総指揮官に相談すればいい。とにかく、何か不自由なことがあるまま戦闘に向かわないよう、心に留めておいてくれ」


 いつの間にか手に握っていたマイクを照れくさそうにスタンドに戻し、アローンはゲンシュウに視線を送る。


「ゲンシュウ総指揮官、私からは以上です。みなさんの前で話す機会をいただき、ありがとうございました」


 アーロンが踵を返して椅子に戻ろうとした時、戦闘員席の二列目に着いていたユキムラが手を挙げた。


「アーロン代表、私は20A-01(トゥエンティーエーゼロワン)・ユキムラです。今から話すことは、本来ならB.A.T.内で協議するべきことかもしれませんが、今後の武器の開発にまで及ぶ問題になるかと思われますので、代表のご意見もうかがいたく、この場で発言させてください」


 ユキムラが突然立ち上がって言うと、ゲンシュウはアーロンがどう受け止めているかと、その表情を窺った。


 アーロンは少し驚いたような顔をしていたが、隊員から直接声をかけられたことを喜んでいるように見えた。穏やかに微笑み、力強く頷いている。


「ゲンシュウ総指揮官、彼の話を聞いてもいいでしょうか?」


 アーロンに笑顔を向けられると、ゲンシュウは「もちろん」と唇を動かしながら頷いた。


「どうぞ。アーロン代表が会議の場におられるのは滅多にないことです。隊員の声を聞いていただけるのは大変有意義だと思います」

「ありがとうございます。では」


 アーロンはユキムラの方に顔を戻し、右の手のひらをあげて話を促した。


「アーロン代表、お久しぶりです。私が隊長に就任した時に、一度お目にかかりました。早速ですが、昨日の出動の際に殉職したタカノリ……いえ、タカノリと戦ったエジェルについて、憶測を交えた仮説ですが、重要な話があるので聞いていただきたいと思います」

「ユキムラ、君はギフトソードの使い手だったね。……タカノリと戦ったエンジェルに、何か不審な点が?」


 タカノリの戦闘を近くで見ていたクロウから、憶測の域を出ない話を聞かされ、ユキムラは一晩考えた。「明日の会議でこのことを言うべきか」と。迷いに迷い、たとえ行き過ぎた妄想だとしても、わずかでもその危険性があるならば、全員が共有すべきだと思ったのだ。次の出動時に、誰かの命が脅かされることになるとしたら、それでは犠牲になったタカノリが報われないと。


「アーロン代表もすでにご存知だと思いますが、タカノリはディストラクションモードになったパイオネーターの自爆で死亡しました。問題は、なぜパイオネーターがディストラクションモードに切り替わったのかということです。タカノリの近くで別の個体と戦闘中だったクロウは、タカノリが『こいつは様子が変だ』と動揺していたのをはっきりと見ていました。その直後、まるで自らを囮に使い、罠にかけるようにエンジェルがタカノリを拘束したそうです。その個体の知能が相当高いと想像されることはもちろんですが、状況から推察するに、エンジェルがディストラクションモードのスイッチをオンにしたとしか考えられないのです」

「バカな! そんなことが……」


 動揺して大声を出したのは、トシユキだった。彼はB.A.T.訓練生の授業を受け持つこともあり、エンジェルを殺す指導をしている身として、そんなことは決してあってはならないという考えなのだろう。それは当然のことだ。


「おいユキムラ、あいつらがパイオネーターの仕組みを理解してたっていうのか?」


 トシユキはユキムラの発言に対し、困惑の色を隠せない。


「ふむ。興味深い報告だね。これは総指揮官以下、全員で考えるべき問題だろう。しかしパイオネーターの操作法を、なぜエンジェルが知っていたと思うんだね?」


 トシユキの言葉を受け継ぐように、アーロンが言う。

 ユキムラがこの仮説をアーロンにも聞かせたいと思ったのは、今後の調査で、仮説が事実だったと判明した際には、新たな武器の開発が必要になり、今まで以上の資金援助をゼアスに求めることにもなると想定したからだ。


 B.A.T.内で協議し、それからゼアスに問い合わせるのでは遅すぎる。その間に隊員の命が奪われることがあってはならない。


「はい、アーロン代表は、ディストラクションモードに切り替えるスイッチをご存知でしょうか? あ、パイオネーターの画像をお願いします」


 ユキムラが映像スタッフに言うと、すぐに正面のモニターにパイオネーターが映し出された。それは画面の中で回転して底面をこちらに向け、スイッチ部分がズームされる。


「モニターをご覧になっていただければお分かりのように、ディストラクションモードにするには、まず底面中央の窪みに指をかけて、それをパイオネーターを構えた状態での手前にスライドさせます。するともう一つのバーが現れるので、それを指先で押しながら今度は逆方向にスライドさせます。そこに現れたあのボタンを二秒間押すことにより、パイオネーターはディストラクションモードになるのです」

「それを、あの巨大昆虫が理解していたと……?」


 アーロンは、エンジェルの全身を思い出すように目を閉じ、そしてモニターの中で禍々しい形に変容する大型武器を見つめた。


「『理解』というよりは、別の個体……過去に我々と戦ったことのある個体の記憶を、何らかの方法で引き継いだ、というのが私の読みでしたが、さきほどモニターに掲示された議題を見て、それは確信に変わりつつあります。信じがたいことですが……」


 ユキムラが言い終わるころ、モニターの中ではディストラクションモードになったパイオネーターが大爆発していた。CGで再現されたそれは、小さな破片までをも残酷に映し出し、タカノリの身体も同様に失われたのだということを、ふたたびユキムラに想起させた。


「そうだな。タカノリのパイオネーターの調査結果が出るのは、まだまだ先になるだろう。なにしろ木っ端みじんに自爆させるための装置なんだ。すべて回収するのは無理だと思われる破片を修復し、そこからデータを導き出すのは並大抵のことではない。いや、B.A.T.の技術ならそう遠くはないのかもしれないな。そう、B.A.T.の英知と技術をもってすれば」


 アーロンは、B.A.T.の技術力を想ってか、視線を空に向けて思わず頬を緩ませた。それは、殉職したタカノリの話題が出たばかりのこの場にはおよそ相応しくはないものだった。ユキムラはそんなアーロンの姿を見てはっと息を呑み、数メートル離れた位置でマイクを握っているアーロンに、初めて違和感を持った。


 前列で一連のやり取りを聴いていたブリクサは、B.A.T.の人間でもなく、ただの一スポンサーとしてのアーロンに、ここまで聞かせ、言わせる必要があるのかと疑問に思っていた。ゲンシュウの意図も理解できず、次第に苛立ちを感じてくる。


「タカノリのパイオネーターの解析を待とうじゃないか。たとえ憶測が過ぎるとしても、貴重な発言だったと思う。ユキムラ、ルーキーを失ったことは隊長として辛いだろうが、勇気ある行為だった。本当にありがとう」

「ありがとうございます、アーロン代表」


 深く礼をしてから腰を下ろし、ユキムラは目尻に滲んだ涙を手の甲で拭う。昨日の戦闘時に別行動をしていた副隊長のマサムネが、隣の椅子で顔をしかめている。


「ユキムラ、なぜ俺に先に言わなかった」


 攻撃的な口調からは、マサムネが日ごろからユキムラに対して感じている不満がうかがえる。


「一晩考えていたからだ。会議の場で初めて知る事実もある。それは隊長と副隊長という関係でも変わらない。隠していたわけではない」

「はっ、ものは言いようってな」


 ユキムラの強さ、隊長に相応しい冷静さなど、それなりに評価はしているものの、どうしてもユキムラを好きにはなれないマサムネは、まだ納得がいかないというように顔を逸らした。常に互角と言えるほどの腕を持つ二人は、いつしか班の半数ずつをまとめるようになり、たった八名しかいない班全体を治めることのできない自分に、ユキムラは焦りを感じることもあった。


 ユキムラから顔を逸らしたマサムネの目に、そわそわと落ち着かない様子の隊員が映る。トイレにでも行きたいのか、会議の前に行っとけよ、と思いながら観察していると、当人と目が合ってしまい、マサムネは肩をすくめながら苦笑した。


「なんだ、またあの変人か……」


 フローラは、泣きたいほど感動していた。ついに自分の、エンジェルの時代が訪れた!

 

 あぁ、なんてことなの。あの子たちがこんなにお利口になっていたなんて! 

 まだまだ足りない。あたしのエンジェルちゃんたちは、もっと素晴らしい可能性を秘めているのよ! 

 だって、昨日触れ合った小型ちゃんたち、あんなに可愛かったじゃない……。

 水槽に浮かんだミハイルの脳から、もっとエンジェルの情報を聞き出したいと、フローラはこの会議が早く終わればいいとそれだけを思っていた。

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