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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第二章 エンジェル
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第19話 可能性

 右手で胸を押さえ、手のひらに自身の鼓動が伝わるのを感じながらも、エイジはそれが現実ではないような錯覚をおぼえていた。

 「殉職しました」というユキムラの声が、エイジの頭の中で反響している。タカノリの顔が目の前にチラつくような気もするが、エイジはその顔をはっきりと思い出すことはできなかった。


 ユキムラ班の後列左端。そこはタカノリが立つべき場所だ。だが首を巡らせたエイジの目にその姿が映ることはなく、横に立つ隊員は、微動だにせず前を向いている。


 入隊式が行われたのは今朝だ。休憩の後に全体集会があり、新人はユウゾウに名前を呼ばれて一人ずつ配属先を知らされた。そこでエイジは、背後から燃えるような視線を感じて振り向いた。メラメラと音を立てそうな嫉妬の炎をその瞳に燃やしながら、エイジを睨んでいたタカノリ。そのタカノリが死んだ。


「群れで現れた小型エンジェルを処理していたところ、二体の通常型が前方から接近してきました。自分は小型の処理を続け、クロウとタカノリにその二体を任せました。二人で一体ずつ処理することにした彼らは、それぞれ自分が戦う相手と対峙しました。タカノリが戦ったのは、おそらく高い知能を持つ個体だったと思われます。パイオネーターが何故かディストラクションモードに切り替わり、その自爆によってタカノリは死亡しました。警告音で気づいたクロウがタカノリを見ると、エンジェルの翅で身動きできないほど拘束されていたようです。自身で解除することはできず、我々もタカノリを助けられませんでした。入隊当日に殉職という結果になり、大変残念です。タカノリは最後までB.A.T.の一員としての誇りを失うことなく、毅然とした態度で敵と向き合いました。私の指示にミスがあった可能性も含め、原因究明と再発防止に全力で取り組みます」


 時折り言葉を詰まらせながらも、ユキムラはゲンシュウたち上官が並ぶ壇上を真っ直ぐに見て言った。


 パイオネーターのディストラクションモードとは、万が一の時のための自爆装置だ。

 大量のエンジェルに囲まれたり、隊員自身や仲間の命が危険に晒される可能性が高まったとき等の非常時に使用する。

 パイオネーターという大型で強力な武器自体は失うが、その爆発のタイミングに合わせて脱出し、エンジェルだけを爆死させるという、隊員自身の判断と瞬発力が重要になるものだ。

 通常、新人が使用することはまずない。戦闘経験を重ね、自身の戦闘スタイルを確立させてからでないと、爆発に巻き込まれる危険性が高いのだと、エイジも訓練校で習った。


 B.A.T.隊員の着用するサイドスーツは、ヒトが本来持つ能力を極限まで引き上げ、更に生身の人間では到底不可能なことまで可能になるように作られている。

 敵を前にして「逃げる」のは不本意ではあるが、その場の感情よりもB.A.T.隊員として何が重要かを考えれば、個々の命を守ることが優先されるべきだ。


 エイジは、教材のビデオでディストラクションモードが発動する瞬間を見たことがある。数体のエンジェルを引き寄せた隊員がパイオネーターから飛び去るように離れると、群がっていたエンジェルはその大爆発によって、ほとんど跡形もなく消失していた。


 タカノリもそうだったのか。

 タカノリもあの映像の中のエンジェルと同じように死んだのだと、ユキムラの悲痛な声からも容易に想像でき、エイジは胸に当てていた手のひらを強く握った。


「ユキムラ、新人が命を落とすのは隊長として本当に辛いことだろう。パイオネーターの調査結果を待ち、必ずタカノリの無念を晴らしてやろう。今回の出動はあまりにも急なことで、特に新人にとっては初めての現場だ。混乱もあったと思う。このあと、家族には私から連絡するが、他に報告はあるかね?」

「……いえ、他の隊員はいつも通りに戦えました。他に怪我人はいません。ラウラさんやイマヒコさんの報告にもありましたが、小型の弱さには不気味ささえ感じました」

「そうか。ユキムラ、解っているだろうが自分を責めるのは間違いだ。この会議が終わったら、ゆっくり休め」

「総指揮官、ありがとうございます」


 そう言うとユキムラは一歩下がり、静かに頭を下げた。ゲンシュウは隊員たちの動揺を察し、全体に向けて言葉をかけているようだが、エイジにはそれが遥かな遠くから聞こえるようで、内容はまったく頭に入って来なかった。


 一年前、訓練校に入ってすぐに、やたらと自分をライバル視してきたタカノリ。同期の候補生たちの前で「ブリクサ班に入る」と宣言した時も、「新人がB.A.T.最強部隊に配属されるわけがない」と、エイジはバカにされたり、笑われたりしたが、タカノリだけはなぜか悔しそうにエイジを睨んでいた。


 晴れてB.A.T.に入隊したが、タカノリは二軍への配属だった。それが発表された今朝、エイジが本当にブリクサ班のメンバーになったと知ったタカノリは、嫉妬というよりは憎悪を込めた目でエイジを睨みつけてきた。だからこそエイジは、こいつもいつか一軍に上がってくるのだろうと信じて疑わなかった。そのタカノリが、武器の操作ミス、あるいは誤作動で爆死したとの知らせは、エイジを酷く打ちのめした。


 張り切って臨んだ初陣で、何も出来ないどころか足手まといになりそうだった自分と、ユキムラ隊長に認められ、一人で通常型に立ち向かって命を落としたタカノリ。


 どっちが正解だ? それとも別に答えがあったのか? 

 エイジは、すぐ目の前にトシユキが立ったことで、やっと我に返って壇上を見上げた。


「まずは、殉職した20A-08(トゥエンティーエーゼロエイト)タカノリ隊員の魂が、安らかに眠りにつくことを願う」


 そう言うとトシユキは瞼をおろし、数秒のあいだ黙祷するように軽く俯いた。整列した隊員たちもそれに倣い、目を閉じて若い命が失われた事実を改めて噛みしめる。


「みんな、楽にしてくれていい。各隊長の報告は、とても興味深いものだった。新人の入隊式が行われた今日という日に大量のエンジェルが襲来し、初めて『小型』なる生体も出現した。それが既存のエンジェルとどう関係しているのか、君たちが持ち帰った大量の検体を精査し、早急に答えを導き出せるようにしたい。その結果いかんによっては、今後の出動に変更点が生じるかもしれない。また、B.A.T.の装備にも改善すべき点がいくつかあると感じたので、その点も迅速に対応する。それから、この通称『アフター会議』だが、かねてより戦闘後のきみたちにわざわざ集まってもらうのは、非効率だという声が多く上がっている。よって、今後この集会は行わない。代わりに各自の部屋から報告してもらうこととする。明日はまた通常の任務についてくれ。軽傷者も、速やかに医療棟を受診するように。私からは以上だ」


 トシユキは、新人が入隊した今日を選んだように、大量のエンジェルが飛来したことに関する疑問等は述べなかった。偶然ではないと感じているはずだ。だが、それは推測の域を出ない。エンジェルと会話をすることは不可能で、発生を確認した十年前から、大したことは解明されていない。

 だが、きっと奴らはこの日を狙ったのだ。


 周囲に祝福され、期待とともに迎えられたルーキーたち。その明るいムードで浮かれているB.A.T.本部を嘲笑うように飛来した四千匹のエンジェル。

 急遽出動した隊員の中に、エイジとタカノリの他にもルーキーはいただろう。まるでその新しい芽を摘むようにタカノリの命が奪われた。


 ユキムラの報告に、全隊員がショックを受けていた。そしてそれぞれがあらゆる可能性を想像する。

 もしも本当にエンジェルが知能を高め、戦闘能力が上がっているのだとしたら。

 明確な目的のために人間を襲い、人類の文化を破壊しているのだとしたら。

 変化・進化の全容が人間を超えるものだったとしたら、この先、人類に未来はあるのか、と。




 そんな中、口許が緩むのを抑えきれず、フローラは両手でそこを覆っていた。色相の異なるエンジェルが捕獲された! タカノリのことは本当に痛ましく悲しいことだが、ヒトを巻き添えに爆死したエンジェルがいると知り、フローラのエンジェルに対する興味は倍増した。

 もはやそれは恋と言ってもいいくらいに膨らみ、どうにか化学班の実験室を覗けないか、なんとか解剖に立ち会えないかと考え始めていた。


 何度か化学班の職員とすれ違ったことはあるが、彼らは高額な報酬のために与えられた任務をこなしているだけで、エンジェルへの感情がない。それがフローラにとっては腹立たしくて仕方ないのだ。

 もっとエンジェルに愛情を持ち、知識欲が旺盛で科学する心を忘れない、そう、自分のような人材が化学班には絶対に必要だと、常に思っている。

 フローラは、ただ「人類の敵」であるエンジェルを「処理」するだけでは物足りないほど、奴らの存在にのめり込んでいた。



 長い報告会議がようやく終わっても、エイジはその場に立ち尽くしていた。タカノリとエイジが同期だったと知るシアラが、エイジの背後からそっとその肩に触れた。


「ショックなのはわかるわ。同期ということは、ずっと一緒に訓練してきたんだもの。でもね、B.A.T.隊員になろうと決めた時点で、誰もが覚悟していることなの。乗り越えてね、エイジ」


 ショックというのとはちょっと違う。だが、この気持ちを言葉にすることは難しい。エイジは暖かい言葉をかけてくれたシアラに向き直り、黙って頷いた。


「シアラさん」

「シアラでいいよ! 一緒に強くなっていこうね!」


 悲しみを吹き飛ばすように、明るい笑顔を見せるシアラ。

 そうだ。タカノリの死を無駄にしないためにも、自分はもっと強くならなければ。


「はい。俺は、ブリクサ班のエイジですから」

「おぉ~、かっこいいねぇ~」


 シアラとエイジの横をすり抜けながら、カルマが言う。カルマの声でそんな台詞を吐かれると、いつも軽口のように聞こえてしまうのだが、これはカルマのやさしさと気遣いなのだと、エイジにはもうわかっていた。


 エル、イザーク、ラウラも、エイジの肩に軽く触れながら出口に向かう。レイは困ったような顔をして首を傾げる仕草を見せ、最後のブリクサまでが、エイジの肩をぽんぽんと叩いてくれた。

 エイジは、初めて仲間として全員に認めてもらえたような気がして、シアラと向き合っているのも構わずに、思わず涙をこぼしていた。



 エイジが会議室を出ると、すぐ近くの階段を下りようとしていたユキムラが、クロウに呼び止められたところだった。周囲を見回したクロウを見て何かを感じたエイジは、咄嗟に二人の死角になる位置に移動する。


「隊長、タカノリのパイオネーターのことで聞いてほしいことがあります」


 盗み聞きなど、卑しい行為だとわかっているが、「タカノリ」と言った時のクロウの声には、ただならぬ緊張感があった。その名を聞き、はっと息を呑むユキムラの表情にも、険しさがうかがえる。

 これは何かあると、エイジの心臓はドクンと跳ねたあと、その動きを速めていった。

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