第18話 アフター会議
『アフター会議』は、中央に設えられた壇から見て最前列に第一軍が整列し、そのあとに第二軍、第三軍、第四軍と続くことになっている。
当日の戦いの概要と成果、負傷者や殉職者の有無を発表するほか、その日実際に戦ったエンジェルに対して感じたこと、武器について等、各隊員は細かなことまで報告するべし、とされている。
作戦に不備はなかったか、窮地に陥った者はそれをどうやって生還に繋げたか、とにかく、今後の対エジェルとの戦闘に必要なことをすべて共有することになっていた。
エイジが会議室へ入ったとき、ブリクサ班の七人は、すでに最前列にいた。中央のマイクから一番近い所にブリクサとラウラが、二人の両側にエルとイザークが、後ろの列にはシアラ、レイ、カルマが並んでいる。前後に四名ずつ、計八名で編成されたそれぞれの隊は、軍人らしく美しい列を作っていた。
戦闘を終えたばかりの、百人以上の隊員が一堂に集まっている光景に、この日入隊したばかりのルーキーであるエイジは圧倒された。みな頬に厳しさと緊張感をみなぎらせ、美しい姿勢で整列しているのだ。訓練校の生徒たちとは一味も二味も違った。エイジは改めて、訓練された人間の素晴らしさを目の当たりにしたことに感激した。
ざっと見渡したところ、負傷した者はここにはいないようだ。もっとも重傷者なら医療棟で治療を受けているのだろうが、無傷らしい隊員たちが、みな静かに上官の登場を待っている。
ただ、脆弱な小型が多数だったとはいえ、あれだけの数のエンジェルと戦い、帰還した直後の報告会議ということで、どの顔にも疲労の色が浮かんでいた。
そんな彼らを見てエイジは悔しかった。初出動での戦いから誰よりも敵を大量に殺して、「ブリクサ班の新人は優秀だ」と認められたかった。その日を夢見て過酷な訓練にも耐え、晴れてブリクサ班に配属されたというのにこの体たらくだ。
だが、それをいつまでも引きずっているだけでは、それこそブリクサ班の役立たずな大荷物だと、エイジは今日の戦いのさなかにブリクサから言われたことを思い出していた。
『もっと殺したいか? お前の目的は復讐か? 家族を殺された怒りがお前の原動力か』
本当の家族を失い、シェルターでひとりぼっちだったエイジに「家族にならないか」と声をかけ、本当の父親のようにやさしく力強く、エイジと四人の幼い弟妹たちを護り導いてくれたミハイル。弟妹たちも、それぞれ血は繋がっていない。みな家族をエンジェルに殺されてひとり生き残った、別々の孤児たちだった。
ミハイルとエイジ、そして四人の子どもたちから成る六人は、シェルター内のひとつの家で疑似家族として暖かな日々を送っていた。そんな毎日がこの先もずっと続くと信じていた。
それを一瞬にして奪ったエンジェルが憎い、復讐してやると、奴らに対して殺意を持つのは当然の感情で、そのためにエイジはB.A.T.入隊を決意したのだ。
候補生として訓練校に入ってからは、奴らを殺すための高い技術を身に付けるために血の滲むような努力をした。
だが、そんなエイジの想いを打ち砕くようなブリクサの言葉にショックを受け、任務に集中できなかったエイジは、危うく命を落としかけた。そして自身の判断ミスが元で、ブリクサとイザークの命さえも危険にさらしてしまったのだ。
エイジはそっと目を閉じ、さきほどの光景をまぶたの裏に映した。あらゆる感情をコントロールし、冷静に対処すること。ブリクサや、仲間がその戦い方をもって教えてくれたB.A.T.隊員の誇りを忘れないために、口を強く結んだ。
数分後、ゲンシュウとユウゾウ、そして教務長官のトシユキが会議室に入ってきた。
トシユキを生で見るのは初めてだ。エイジは、改めて何もできなかった自分を恥じ、わずかに視線を落とした。
「まずは、急な出動にもかかわらず、大量のエンジェルの処理ならびに捕獲という任務を遂行した全隊員に敬意を表する。ありがとう。それぞれ楽にしてくれ」
ゲンシュウが壇上中央のマイクを握り、隊員たちをねぎらう。隊員たちは「はっ」と短い応答をし、肩の力を抜いた。
「今回捕獲したのは、小型エンジェル百五十四体、通常型エンジェル四十六体と充分な数だ。すでに化学班が実験やデータ採取の準備を進めている。そこからわれわれにとって有益な情報が得られ、今後の対策に役立つようになるだろう」
「総指揮官! 今回はどのような実験が行われるのでしょうか」
右手をまっすぐ上に挙げ、声を張ったのはヘスティア班のフローラだ。彼女は、B.A.T.隊員の誰よりも変人と有名で、その戦闘技術の高さもさることながら、エンジェルに対する知的好奇心が人一倍強く、化学班への異動を再三願い出ていた。
だが、専門的な知識や技術を持つわけでもなく、その尋常ならざる好奇心で異動したいという請願を承諾するわけにはいかず、何よりもフローラが戦闘員から離脱することはB.A.T.全体の損失であるというゲンシュウの判断の下、その都度却下されていた。
それでもフローラは諦めきれないらしく、「異動が無理なら、せめて化学班の手伝いだけでもさせてください」と食い下がっている。
そんなフローラが、瞳をキラキラと輝かせて質問しているのだ。ゲンシュウは半ばうんざりしながら、溜め息交じりに応える。
「基本的なことはいつもと変わらんよ。ただ、ゲイザー班のサトシとスバルが捕獲した、色相の異なる個体については、慎重に進めるようにと指導している」
「色相が異なる! それは具体的にどんな色なのでしょうか? 発育不全、奇形、亜種、または鱗粉に何か隠されているとか?」
興奮して前のめりになりながらまくし立てるフローラに、ゲンシュウはもう一度溜め息で返す。
「それを今から解明してゆくのだよ、フローラ。続報を待ちたまえ」
「……はい。失礼しました」
これ以上食い下がったところで、まだ実験が始まってもいないのだ。ゲンシュウにも何もわからない。フローラは渋々納得し、挙げたままだった腕をおろした。
それをみとめ、心なしかほっとしたようなゲンシュウは、各班の隊長に報告を促す。
「ブリクサ班のラウラです。新人が一人加わりましたが、初出動で大量のエンジェルを相手に戦ったにもかかわらず、チームの一員としては善戦しました。突然発生した小型は非常に脆弱で、なぜ現れたのか気になるところです。また、通常型の中には以前よりも知能が高いと思われるものが増えていると感じました。今後は、奴らが現れてから我々が出動するのではなく、先に見つけて殺す、あるいは繁殖地を徹底的に潰す必要性があると思います。いたちごっこを続けるのではなく、B.A.T.の目的は奴らを全滅させることではないでしょうか」
ブリクサの代わりに副隊長であるラウラが報告したが、話しているうちにエンジェルへの憎しみと怒りが増幅し、個人的な考えまで述べてしまう。ラウラはフローラとは別の意味で、ゲンシュウを困らせる隊員の一人だった。
「うむ。その辺りのことは、今回の作戦で棲息地を突き止めることになっていたはずだ。捕獲した個体のいくつかに発信機をつけ、それを追跡することになっている。君も続報を待ちたまえ」
燃えるような瞳でゲンシュウを見つめていたラウラは、自らを鎮めるように深呼吸する。
「ギデオン班のギデオンです。私の班には、小型のエンジェルばかりが向かってきたため、それらの処理がほとんどでした。途中、別行動を取ったカリタが通常型に囲まれ、救助に向かったツヨシとともに軽傷を負いましたが、問題なく倒しています。負傷した二人は、このあと医療棟へ向かわせます」
「イマヒコ班のイマヒコです。私の班はドローンからの配信と、捕獲した個体の拘束及び運搬を主に担いました。カメラからの映像を見て客観的に感じたことは、エンジェルたちの戦闘能力が上がったのではないかということと、さきほどラウラが話した通り、知性を持った個体が存在すること、そして大量の小型の弱さです。今後は化学班も現場に同行し、その場で細胞検査や解剖などできたら良いと思います。そのための車両の支給を望みます」
イマヒコの報告の途中で、ゲンシュウはまたも溜め息を吐きたくなった。
どうしてこう、女性隊員は気づきが鋭いのだろう。遠慮がないというか、今日の報告だけでは済まずに上司を責めるようなことを言う。壇上から整列した隊員を見渡し、あと女性隊長は何人いただろうかと情けないことを考える。
「チェンルイ班のチェンルイです。私の班はイマヒコ班とともに、装甲車から全体への連絡をすることが主でした。隊員の半数は現場に出て、捕獲を行いました。小型は容易に捕まるし、捕まえる途中で死ぬことも多かったです。身体の作り自体が弱く、成熟していない印象です。小型というよりは子どもみたいな……。もちろんエンジェルが完全変態なのは知っていますが、変異種の可能性も否定できないと思います」
各班の隊長、または副隊長には、この会議ですべてを包み隠さず報告する義務がある。それは瞬発力の問われる戦場において、誰がどう行動したかの把握、そして今後エンジェルとどう戦うかを判断する重要な情報だからだ。
エイジは、自分が混乱して上手く戦えなかったことを報告されると覚悟していたが、予想に反してラウラは現場の状況に関することしか言わなかった。初日から使える新人ばかりなら、B.A.T.も人材には苦労せず、殉職者を出すこともほとんどないだろう。エイジは、もう二度と後悔しないため、そしてブリクサの期待に応えるためにも、もっと心を強く持とうと決めた。
一軍の報告が一通り済み、ゲンシュウが隊員にねぎらいの言葉をかける。そして二軍に移ると、隊長のユキムラが厳しい表情で前を見据えていた。
「ユキムラ班のユキムラ。本日の戦闘中、我が班の新人であるタカノリが殉職しました」
「タカノリ」という言葉を聞き、エイジは驚いてユキムラ班を振り向いた。
新人が立つであろう自分と同じ位置は、ぽっかりと空いている。エイジとユキムラの間には体格のいい隊員がいるので、エイジからユキムラの表情を窺うことはできないが、エイジは心臓を握りつぶされたように物理的な痛みを感じていた。




