第16話 疑惑の芽
カルマが狙ったエンジェルたちはみな、黒く大きな眼の間を打ち抜かれ、頭から地面に落下していった。
ライフル型は、敵との距離を正確に把握しなければ命中率が下がるが、そんなことはカルマの手にかかれば問題ではなかった。
「レイちゃん、よろしくね」
『了解』
スーツの襟の部分に内蔵された通信機に向かってカルマが言うと、レイから短い応答があった。
二人で三百体程度を始末している最中のラウラとシアラも、そろそろ終わりが見えてきたようだ。
弾の残量は四十発と少なく、これで加勢しても二人のフォーメーションの邪魔になるだけだろうと、カルマは念のために彼女たちの死角になりそうな位置に目を光らせ、いつでも銃を取れるように左手を下ろす。
「カルマ、いつも早いわね。消耗の少ない戦い方は私も見習うべきだわ」
カルマからレイへの通信を聴き、ラウラがエンジェルを焼きながら言った。
「でも、僕の銃撃じゃあ、レイちゃん泣かせなんだよねぇ」
カルマのそれは「処理」とは呼べない。空中で眉間を打ち抜かれた大量のエンジェルは、ぼとぼとと地面に落下するのだ。しかもカルマは攻撃のスビートが速い。地上で待機するレイは、降り積もるように増えるエンジェルの死骸を、黙々と焼却しなければならない。
「そうですよ! これまでは回収ドローンでなんとかなるくらいでしたけど、今日のあの数の死骸を処理するレイちゃんがかわいそうです。得意の火炎弾ばかりではなく、カルマさんも火炎放射器を使ってください。自分が撃ったエンジェルの死骸は、最後まで自分で焼いてくださいよ! って、ファルチェに頼ってる私が言うのもなんです、がっ!」
シアラが一度ファルチェを振るうだけで、十体以上のエンジェルの翅が一度に切り裂かれる。白い胴体だけになったエンジェルが落下し始めたところで、ラウラがパニッシュから放出される電磁波を浴びせる。それによって脳細胞を破壊されたエンジェルは、胴体だけの死骸となって地面に降り積もる。その様子はまるで、ポップコーンの箱をひっくり返したようだ。
「これで終わりみたいですね。ラウラ副隊長、私はレイちゃんのサポートに行ってきます」
「ええ、ありがとう。レイも一人で頑張りすぎてしまうから、助けてあげてね」
「二人でやれば時間も半分で済みます。すぐに戻りまーす!」
ピンクのボードを急降下させながら、シアラがラウラに手を振る。
敵がいなくなった上空に残ったラウラとカルマは、同時にほっと安堵の溜め息をついた。戦いの場で、ラウラとカルマが二人きりで余裕のある時間を持つことは、もしかしたら初めてかもしれない。
お互いにブリクサのチームに配属されて長いが、いまだに初めてのことがあるのだと、二人は顔を見合わせて笑い、自然と先刻の話の続きを始めていた。
「ルーキーのエイジ、あの子の父親がシェルターの犠牲者だったんだよね?」
「あのね、さっき言おうかと思ったけど、あのときあなたはエイジのそばにいたのよ」
カルマは軽く驚いたように目を瞠って息を呑む。そして記憶を辿り、コロニーの中でシアラと共に民間人を落ち着かせていたことを思い出した。
「あっ、そうだったね。隊長に向かって『あなたの隊に入る』なんて凄んだ子どもだ! あのとき僕ね、わあ、面白い子だなって思ったんだよ。そうか、本当に入隊したんだね」
ラウラはそんなカルマに苦笑しながらも、あの時エイジと交わした会話を思い出しながら答える。
「ええ、正しくは養父なの。その人は、エイジ以外に何人もの子どもたちを引き取って面倒見ていたらしいわ」
「へぇ、やさしい人だったんだ……。それであいつは、父親の仇をとりたくて入隊したって? でもさ、気になることがあったよね。その養父が今わの際に言ったことって、ラウラが直接聞いたわけじゃないにしても、なんかこう、核心に繋がる重大な発言って気がするんだけど」
そうだ、あの時エイジはラウラに告げた。父親が息を引き取る直前にこう言ったと。
──『世界をこんなにしたのは私だ。私を止めてくれ』──
「そうなのよ。エイジによると、養父は記憶喪失だったらしいの。それが亡くなる直前に、自分がエンジェルの発生や襲来に関わっているようなことを言ったらしいのよ。身体を真っ二つに裂かれて、酷い最期だったわ。そんな状態だったからこそ、意識や記憶が混濁してとんでもないことを口走った可能性もあるけど。だから遺体は本部の研究部と医療部に渡って、何かしらのデータを取得できたらしいんだけど、私たちにはそれが伝わって来なくて。上層部はなぜ早く発表しないのかしら。もう一年よ。こんなことじゃ、現場の私たちとの間に溝ができるわ」
言い終わってから、ラウラは喋りすぎかもしれないと気づいたが、もうずっと同じチームで戦っているカルマの意見も聞いてみたかった。
「だよね。現場で戦う僕たちに、なにか重大なことを隠してるんだとしたら、戦いの中で不利になることだってあるかもしれない。今日の大量発生で、今後エンジェルの数がどうなっていくか不安になる人だってきっといるもの。どんどん増えたら、いくらB.A.T.だって太刀打ちできなくなっちゃうよ」
微かな音を立てて震えるボードの上に立ち、カルマはふっ、と視線を遠くに投げた。それはブリクサたちのいるあたりだった。
「そうね。エイジの養父の遺体から何がわかったのか、それが今後のことにどうつながっていくのか、私たちだって早く知りたい。エンジェルの秘密が、少しはわかったんじゃないかしら」
ラウラの言葉に、カルマはぴくりと反応した。
「秘密って? たとえばどんな?」
「たとえば……、どこから来たのか、目的は何か、なぜ人間を襲うのか。とかね。私は、ブリーディングされた種なのではないかと思うこともあるわ」
「えぇっ! ブリーディングってことは、人工説? いや、そんなまさか……」
思わず大声を出すカルマ。だが、あまりにも突飛な考えとして今まで口にすることはなくても、B.A.T.の隊長クラスなら、一度は考えたことがあるのではないだろうか。「エンジェル人工説」を。
突然変異種が自然発生することはあるが、それでもあの数と凶暴さは、自然や偶然に発生したものと言われても納得できないだろう。
「ええ、まさか、と思うわよね」
自分の発言に、ラウラも苦笑する。
「いや! もしかしたら、エイジの養父がそれに関わってたとか? ……ってことは、エイジは敵のスパイ? ヤバいじゃん! そんな奴がうちの班に入ってきて、隊長は気づいてるのかな」
カルマは子どものように瞳を輝かせている。いつ終わるのか先の見えない昆虫退治を続けるのに飽きているのだろう。何か特別な情報がもたらされ、新たな局面を迎えることを渇望しているようだ。
「やめてよカルマ、そんなことあるわけないでしょう。エイジはエンジェルを絶滅させたがってたじゃない。装甲車の中での発言、聞いてたでしょう」
ラウラはひらひらと手を振り、カルマが言った可能性を否定した。だがカルマは、不穏な予想をすることが楽しくて仕方ないようだ。
「僕は逆にね、そこが気になってるんだ。ブリクサが『お前も奴らと同じだな』って言ったのが妙に納得できるっていうか、あ、こいつもエンジェルと近い精神構造なのかなって思ってさ。エンジェルに精神というか心があれば、の話だけど」
ブリクサがエイジに言ったことを、カルマは彼の話し方を真似て低い声で再現した。鋭い目つきや身体の傾け方も良く似ている。ラウラは、カルマにモノマネの才能があったことに驚いていた。
「そんな偏見をもってはだめよ。もしエイジに何か怪しいことがあれば、ブリクサが絶対に気づいてるはずだもの」
「ああ、だよね。あの人の動物的な勘は動物より鋭いもんね。まさしく悪魔レベル!」
「それは誉め言葉なの? どちらにしても、私たちはブリクサを絶対的に信頼してる。エイジにも、そうなってほしい。そしてブリクサもエイジを認めてあげてほしいと、早くそうなってほしいと思うわ」
「うん」
ラウラの言葉は、本心から出たものだった。チームは家族同様に信頼し合い、良い成果を出して高め合う。エンジェルによって家族を失ったラウラは、チームをとても愛していた。
『こちらエル。ラウラ副隊長、こっちは四人とも無事です。そちらももう終わった頃でしょうか』
エルから通信が入った。たった今のカルマとの会話で、エイジのことが少し気になっていたが、その胸騒ぎは取り越し苦労だったのかもしれない、とラウラはほっと息を吐いた。
「よかった……。エイジはどう、落ち着いてる? 私たちもいま終わったところよ。シアラがレイを手伝って死骸を焼いてるの。二人が戻ってきたらそっちへ向かうわ」
初めて戦いの場に出動したエイジのことは、やはり副隊長としては気になる。到着するまでの装甲車の中では浮いていたエイジも、少しはB.A.T.らしくなれただろうか。
『エイジが通常型をやりましたよ。俺たちもサポートはしましたが、大した才能です。問題ありません。先ほどチェンルイさんと話して、そろそろ撤収だそうです』
心なしか、エルの声は嬉しそうだ。有能な新人の入隊は、誰にとっても良いことなのだ。
穏やかに話す二人とカルマの視界に、地上から勢いよく立ちのぼる白い煙が映る。作戦成功、全隊員撤収の合図だ。この同じ狼煙を、ブリクサや他の隊のメンバーも見ているのだと思うと、ラウラは各隊員の活躍と無事でいてくれたことに、感謝の気持ちが沸くのを抑えきれない。
この時点ではまだ、タカノリという殉職者が一名出たことを知るものは数少なかった。そして装甲車の中であれほどのやる気を見せていたエイジは、結局自分一人では何もできず、いまだ悔しさばかりが頭の中に渦巻いていた。
そういえば、入隊式でからんできたあのタカノリは、何体か処理できたのだろうか。あんなにライバル視される心当たりもないのだが、一方的に嫌われているなら仕方がない。だが、撤収して本部に戻ったらあいつの顔を見ることになるだろう。こんな気持ちのままあいつと顔を合わせたくはないと、エイジはタカノリを意識している自分に気づいていた。