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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第二章 エンジェル
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第15話 20A-08

 ブルーフレイムと剣が纏った毒。それがタカノリの攻撃によって、瀕死の状態にまで追い詰められたエンジェルに闇をもたらすはずだった。

 だが、タカノリがトリガーを弾いたと同時に、パイオネーターは内蔵されたスピーカーから女声の電子音声を発する。


『ディストラクションモードに切り替えます。ただちに銃身から離れてください』

「えっ……、なっ、まさか!」


 タカノリは、自分だけでなくクロウが巻き添えになることを恐れ、出来る限りパイオネーターを遠くへ投げ捨てようとした。ところが、背後を見せていたエンジェルが突然振り向いたかと思うと、すでに輪郭だけが残った翅の残骸で、パイオネーターごとタカノリに巻き付いた。


「くそっ、放せ!」

『ユーザーID、20A-08(トゥエンティーエーゼロエイト)タカノリ、ただちに銃身から離れてください』


 電子音声は、タカノリのIDを連呼しながら離れろと促し、警告音を次第に速く大きく響かせる。


「放せよ! クソ野郎!」 


 自由に動かせる両脚で必死にエンジェルを蹴り続け、タカノリはパイオネーターから離そうとする。

 だが巻き付いた翅は太いワイヤーのような強度でタカノリごと拘束したままびくともしない。

 ギリギリと音を立てて腕や腰を締め付けるエンジェルのフレーム。サイドスーツの上から肉に食い込むその強さに、タカノリは戦慄しながらも激しい怒りをおぼえた。


──こんなところで、こんなザコと心中なんてまっぴらだ! いや、B.A.T.なら考えることは他にある。『互いにフォローし、仲間を危険に巻き込むな』。クロウさんは、どこだ?


 肺が潰れるように痛む。肋骨が何本か折れたらしい。エンジェルが強く締め付けるたびに、肋骨はミシミシ音をさせて内臓を傷つける。呼吸もままならない状態だが、タカノリは「右の奴をやる」と言って離れていったクロウのいる方を見た。クロウはちょうど止めを刺し、タカノリを振り返ったところだった。


「タカノリ!」

「クロウさん……、来ないでください。ディストラクションモードに、なって……」


 襟のマイクに向けて話すことが出来ず、タカノリの声はクロウに届くはずがない。だが、パイオネーターからけたたましく鳴り続ける警告音はしっかりとクロウの耳が捉えていた。


「解除しろ! 早く!」


 クロウが叫ぶ。何かタカノリを救う策はないかと焦っている。その声に気づいたユキムラがボードを急発進させた。

 ディストラクションモードを解除するには、起動させた時と同様、パイオネーター底面のスイッチを操作する必要がある。

 タカノリは、至近距離にある敵の黒い眼を睨みつけた。光を反射しない蛾の眼は、だが鏡のように静まってタカノリを呑み込もうとしている。この睨み合いに負けたら終わりだと、タカノリは痛みで手放しそうになる意識をなんとか保とうとする。


 タカノリはそれでも、あきらめなかった。首を前後に振ってエンジェルに頭突きをし、歯を立てて白い触角を噛み千切る。傷ついた内臓から漏れ出た血液が、タカノリの口から迸った。エンジェルの毛羽だった顔面が赤く染まり、「グギュッ」という他の奴らと同じ声で呻く。次第に脚にも力が入らなくなるが、タカノリはB.A.T.の誇りを失いたくないと思う。


──もうダメだ、間に合わない。


 初めての出動で、初めて活躍するはずだった現場で、こんなことになるなんてどんな冗談だ、と苦笑しながらも、タカノリは気が狂いそうになるほど悔しかった。


──こんなはずじゃなかった。俺は、B.A.T.のトップになって、人間を、地球を救いたかったんだ。みんなが安心して、笑顔で生きられる世界にしたかった。だから一軍に配属されて当然だと思ってた。でも、そんなことは問題じゃなかったな。どの班だろうと、誰の下につこうと、敵を倒すことには変わりはない。みっともない態度をエイジに見られて、それがあいつにとっての俺の印象かよ……。情けないな。……いや、待てよ、もしかしたら……。


 タカノリの腕は、エンジェルの翅でがっちりと拘束されていたが、手首から先はほとんど力が入らないながらも、かろうじて動かすことが出来る。指先がディストラクションモードのスイッチに届くかもしれないと思いつき、タカノリはその可能性に賭けた。解除の操作は、見えていなくても可能だ。一度は手放しかけた自身の命を取り戻そうと、懸命に指を伸ばして銃身の底面のスイッチを探す。警告音は、自分の体内から鳴り響いているのかと錯覚するほどの大音量で空気を震わせている。

早く、早く、と全身がぐっしょりになるほど汗をかきながら、指先を動かした。


──あった! これだ!


 やっと届いたスイッチカバーに指をかけ、慎重にスライドさせる。その下から現れた解除スイッチを、「OFF」と記された側にすれば完了だ。

 だが、そこでエンジェルの翅の力が一層強くなった。タカノリの左右の上腕骨は、一瞬で粉砕される。


「ぐわあぁぁぁ!」


 思わず悲鳴をあげると、すでに内臓を傷つけていた肋骨が肺に深く刺さり、タカノリは大量に吐血する。


「タカノリ!」

「タカノリ!」


 ユキムラとクロウが、タカノリの名を叫びながらエンジェルを狙ってゴム弾を撃つ。 

 背中側から胴体にいくつもの弾が当たったが、すでに絶命しているのか、エンジェルはぴくりとも動かなかった。


『ディストラクションモード、発動します』


 断続的に鳴っていた警告音が、ひとつの長いサイレンに代わる。

 次の瞬間、パイオネーターは巨大な乗り物のような形にトランスフォームし、エンジェルもろとも大爆発を起こした。


「タカノリ───ッ!」


 クロウの絶叫がこだまする。だがタカノリは、一瞬にして血と肉片と化し、もはやヒトの形など残っていなかった。

 追いかけてくるエンジェルたちを切り裂きながら飛んできたユキムラは、散華したタカノリのかけらを手のひらで受けた。白く小さな骨片が、鮮やかな朱を纏っている。それをそっと握りしめ、ユキムラは苦しげに目を閉じた。



 有望なルーキーが、壮絶な最期を遂げた。その事実は、隊長であるユキムラをひどく後悔させた。クロウと離れて一人でエンジェルと対峙するには、まだ早すぎたのかもしれない。


「隊長……」


 クロウは、ユキムラにかける言葉が見つからない。この戦場に出動したら、年齢やキャリアなどとは無関係に全員がB.A.T.の隊員であるという誇りを胸に任務に当たる。だがタカノリの死はユキムラにもクロウにも、とても痛ましく映った。


 タカノリは成果をあげたいと張り切っており、エンジェルと対峙しても冷静に対処できるだけのスキルとメンタルを持ち合わせていたはずだ。それは、数分前にクロウ自身が感じていたことであり、そんな中でタカノリがパイオネーターの事故を起こすとは、考えにくかった。


「もうこの辺りにエンジェルはいない。一軍に連絡し、我々も撤収の準備だ」


 突然主人を失ったタカノリのボードは、空中で所在無げに震えていた。ユキムラはそれを手に取って脇に抱えると、静かにそう言った。タカノリの遺体の代わりに、せめて家族に渡せるものを、と思ったのだろう。


「……ユキムラ班のクロウです。南一帯のエンジェルはすべて始末した模様。なお、この任務で我が班のタカノリが殉職しました。これから撤収します。以上」

 

『イマヒコです。すべてのドローンの映像からも、エンジェルの姿は確認できません。処理完了と思われます。各班はそれぞれ撤収しています。ユキムラ班も戻ってください。……タカノリの殉職は、本当に残念です。大丈夫ですか? お気をつけて』 


 イマヒコの沈痛な声が短く耳に残る。クロウは通信を切り、レーダーで仲間の位置を確認した。隊員はそれぞれ、目視できる程度の範囲に集まっていた。みな戦いを終えたようだ。


「クロウ、皆と合流しよう」

「はい。隊長……、」


 クロウは、自分が感じたある可能性をユキムラに伝えるべきか迷ったが、今、この場で話すことではないと思い、自身の武器をボードの上に整列させる。前をゆくユキムラの背中を見つめながら、なぜタカノリのパイオネーターが暴走したのか。本部に戻ってからその仮説をユキムラに話そうと口を結んだ。

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