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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第二章 エンジェル
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第12話 Black Arms&Tenets

 指令室の壁面いっぱいに映し出された映像は、五十台以上のドローンから送信されているものだ。

 爆風に流されたり、火炎放射器の炎にあおられたりと、時おり画面が乱れることもあったが、B.A.T.隊員とエンジェルとの戦闘をリアルタイムで確認することが出来る。


 オペレーターが切り替える映像を見ながら、B.A.T.ジャパン本部では、組織の中核を担う総指揮官であるゲンシュウらがモニターに見入っていた。そこへイマヒコからの通信が入る。


『こちら第一軍、イマヒコ班です。本日突然現れた小型エンジェルですが、すでにご確認の通り、どれも脆弱な個体でした。率直に言って、襲来の目的は解りません。ただ、かなりの頭数を捕獲できたので、究明するには充分かと思います。通常型は飛来数自体が少なかったのですが、捕獲数は十六体ほどで、そのうち三体が色相の異なるものでした。これも研究対象になるでしょう。もう一つの目的である「棲息地を突き止める」は、本部に連れ帰った個体に、発信器を装着してリリースしようと思っています。また、現在ブリクサ班に敵が集中しており、少々の苦戦を強いられているもようですが、応援要請はありません。ブリクサなら問題ないとは思いますが。それから、負傷者が数名出ていますが、それぞれ軽傷です。まもなく撤収の見込みですが、総指揮官からなにかありますか? なければこれで通信を終わります』

「了解。引き続き任務に当たってくれ。気を抜かずにな」

『了解しました』


 いつもながらイマヒコの声は緊張感と清潔感があっていい、と思いながら通信をオフにすると、ゲンシュウは腕を組み直してから短く息をついた。


 当初、ドローンでは二千とみられていたエンジェルの総数が、その倍である四千だったことには驚いたが、小型のエンジェルは弱く、全く脅威ではないとの報告を受け、とりあえずはほっとする。そのゲンシュウの背後から、一人の男が近づいて声をかけた。


「ゲンシュウ、いつもはモニター越しだが、直接会っても変わらないな」

「これはこれは、アーロンさん。お久しぶりです。わざわざご足労いただき、恐縮です」


 ふたりは、互いに相手の肩を抱いてそっと叩き合い、再会を喜んだ。


「いや、しかし今回の大量発生で確信に変わったようだな」

「ええ、これは今日という日を狙ったもののようです」

「つまり我々の仮説どおり、エンジェルは人間に造られている……ということだ」


 ゲンシュウにそう言ったあと、眉間にシワを寄せて目を閉じたのは、B.A.T.ジャパンだけではなく、各国のB.A.T.に莫大な資金援助をしている「Earth, the source of life/生命の源である地球」通称ゼアスという財団の代表であるアーロンだ。


 アーロンはイギリスに居住しているため、ジャパンを訪れることは滅多にないが、先週から各国を回って要人と面会し、一日も早くエンジェルが現れる前の世界に戻れるよう、話し合いを重ねていた。

 B.A.T.ジャパンには、世界最強と謳われるブリクサがいる。そのためか、最近のエンジェルはジャパンに発生することが多いのではないかとアーロンは感じている。


 ゲンシュウは、普段オンラインで報告や会議をしているアーロンが目の前にいることで、ぜひこの機会に、普段から感じているエンジェルについての謎や疑惑の究明をしたいと意気込んだ。


「やはり人間に……。しかし今回は、かなりの数の捕獲に成功しました。大量に現れた『小型』なる個体と、中には色相の異なる通常サイズの個体も含まれます。我が科学研究部と医療部が、あらゆる方法で分析し、必ず奴らの正体を突き止めます。そして人類にふたたび安息と繁栄をもたらせるよう、尽力いたします」

「そうだな、ゲンシュウ。君がこの十年、どれだけエンジェル滅亡を願い、組織を動かしてきたかは、私が一番見てきた。まずは全員の帰還を待とう。研究費についての話はそれからだ」


 言い出しにくいことを先回りされたゲンシュウは、はっと息を呑み、それから表情を緩めた。


「いや、やはりアーロンさんには敵いません。いつも資金のことばかりお願いして申し訳ありません」

「君が私腹を肥やすわけじゃないだろう。何もかも人類のため、いや、この地球のためなんだ」


 アーロンは、壁のモニター一面に大きく映し出されたエンジェルの姿を睨みつけると、ゆっくりと椅子に腰をおろした。

 モニターは切り替わり、五十ヶ所の映像がそれぞれ四角く切り取られる。ドローンが示すエンジェルの数は、もうほとんど現場からは消えているようだ。


「ところで、ちょうど一年前に一般人のシェルターが襲われた事件があっただろう。あのシェルターのシールドは、それ以降安全を保っているか?」

「はい、おかげさまで。あの時もアウターウエブの修復や調査にかかった費用をご提供いただきましたね」


 ゲンシュウは、当時の感謝の意味も込めて深く頭を下げた。


「その、犠牲者の遺体の調査結果を先日受け取ったんだが、これは真実なのか?」

「ええ。事実だと確認するための作業を繰り返し行ったため、長い時間を要しましたが、報告書に書かれたことはすべて真実でした。いや、私もにわかには信じられませんでしたよ。ですがこれで、『誰が、何のために』エンジェルを造り、人類を殺しているのか、解明する手掛かりになるとは思います」


 苦々しい顔で応えるゲンシュウとは逆に、アーロンは表情をぱっと明るくして興奮気味に言う。


「そうか! それは福音だ。地球に平和が戻る日に、一歩近づいたというわけだ」


 ゲンシュウの手を握り、それを強く振りながらアーロンは笑顔を見せる。


「犠牲者には申し訳ないが、これだけ身体のあらゆるパーツを調べさせてもらったんだ。そして、あまつさえいまだに生かされている部分もある。これは気を引き締めてかからなければな。各隊長に、この件は?」

「いえ、まだです。ご存知の通り、今日は新人の入隊式でした。セレモニーが済んでから各隊長を招集し、発表しようと計画していたところへ、この騒ぎです。捕獲した個体の収容や、棲息地を突き止めるための作業など、事態が収拾するまでにはまだ少しかかるでしょうし、明日になると思われます」


 実際にエンジェルと戦っている隊員たちには、もっと早く知らせてやりたいとも思うが、早まった情報を与えて混乱させるのは本意ではない。


 「そうか。では明日は私も同席しよう。隊長たちと会うのは本当に久しぶりだ。みんなへの感謝も述べたいしな」


 アーロンはモニターから目を離し、ゲンシュウの顔を嬉しそうに見つめた。


「そうですか! そうしていただくと彼らも士気が上がるでしょう。ありがとうございます」


 ゲンシュウとアーロンが互いに笑顔を交わす。モニターには、激しく燃えさかるエンジェルが映っていた。



 B.A.T.ジャパン本部内に残った隊員たちは、いつまた別の場所にエンジェル発生の一報が入っても対処できるよう、それぞれが持ち場で待機していた。


 その中に、晴れてB.A.T.隊員として迎えられたにもかかわらず、入隊当日に出動という事態に巻き込まれることにならず、ほっとしている者がいた。

 エイジやタカノリとともに訓練をこなしてきたピーターだ。だが彼はエイジたちとは違い、訓練校を修了するのに三年かかっている。B.A.T.への入隊動機も、一般人よりも安全に暮らせるかもしれないという、B.A.T.の信念にはおよそそぐわないものだった。


 支給された火炎放射器を磨く手を止め、ピーターはミネラルウオーターを一口含み、ゆっくりと喉の奥に下す。そして出動した隊員たちの撤収報告が早く入らないかと、耳を澄ませた。

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