第10話 ギデオン班
──弱っちいくせに数ばっかたくさんいやがって。
小型の大群は、ひしめくように身体を寄せ合いぶつかり合い、黒い眼をこちらに向けている。その向こうには通常型が十体ほど控え、完全に囲まれたカリタの出方を見ているようだ。
奴らにそんな知能、いや感情があるのかは判らないが、仲間に助けを求めるほどに追い込まれ、負傷し、焦るB.A.T隊員と対峙することを楽しんでいるように見える。
さすがに一人で突っ走りすぎたか、とカリタは思うが、応援を待つあいだに自分が死んでは意味がない。休憩してはいられないのだ。
「さっさと来なよ。こいつらみたいにしてやるからさ」
ワイヤーで括った何体かの小型を振り回し、カリタはエンジェルたちを挑発するようにみせびらかした。前列にいる小型たちは、翅をいくらか震わせて反応した程度だが、後ろの通常型は明らかに怒りの感情を持っているように見える。カリタを威嚇するように翅を立て、黒い眼をギラギラと光らせている。
「フンッ、お前らもすぐあのクソの中に落としてやるよ」
カリタは視線で地上を差す。そこにはさきほどカリタが歌うように殺戮を愉しんだ、二十数体の通常型の残骸があった。
奴らの死骸はみな、首を斬り落とされ、腹を割かれて自身の青い体液にまみれていた。白かった翅は土と体液でどろどろに汚れ、完全なる汚物のようだ。その中で、黒い大きな眼は、なぜか真っ直ぐに空中にいるカリタに向けられている。
──怒ってる? こいつらにそんな上等な感情があんのか? ふざけんなお前ら。あたしがどんな気持ちでお前らを殺してやってると思ってんだ!
通常型の翅が当たって傷ついた腕が、ズキンと痛んだ。それは、いま自分が置かれた状況を忘れさせるほどに、ふたたびカリタの怒りと憎悪に火をつけた。
「来いよ! あたしの攻撃はキツイってわからせてやるよ」
小型の間を縫うようにして、通常型が三体前に出てきた。カリタは火炎放射器を構える。
「苦しむ時間が長引くように、じっくり少しずつ焼いてやるからさ!」
「カリタ!」
そこにツヨシの切迫した声が上空から近づいてきた。いっせいにそちらを見る通常型。
「……副隊長……」
気まずそうにまつげを伏せるカリタだが、ツヨシと同様に敵の動きから目を離すことはない。
「大丈夫か? 怪我は腕と……脚も切られてるじゃないか。見せてみろ。それほど深くはなさそうだが、痛むか?」
「いえ、大丈夫です。援護してください。あたしが最後までやります」
カリタの言葉には応えず、ツヨシは後ろを飛ぶディーノとマティアスの位置を確認する。
「マティアスはディーノを後方から援護。俺は奴らの右半分をやる。カリタは俺が合図したら出来る限り上昇しろ。猛スピードでだ」
「待ってください! 四人もいるんです。ここで皆殺しにしてやりましょう」
いきり立つカリタを一瞥し、ツヨシは冷静に説いた。
「自分の怪我の程度も把握できていないんだろう。お前は今回の目的がまだわかっていないようだな。説教は全員で帰還してからだ。副隊長命令に従え」
「……了解」
カリタは納得がいかないように渋々頷き、目を逸らす。だが、自分の家庭の事情を知り、思いやってくれるツヨシのことは信頼していた。それに、翅で切り付けられた利き腕の傷は、自覚していたよりも深いようで、仲間が来た安心感からか、急に痛みが増してきた。このまま感情に任せてエンジェルを殺し続けていたのでは、思わぬ重傷にもなりかねない。
「ディーノ、マティアス、カリタ、いくぞ、ゴー!」
ツヨシの号令とともに、ディーノとマティアスは左の大群に向けて火炎放射器を放ち、ツヨシはブレードを持って突進していった。カリタは言われた通りにぐんぐん上空に向かい、追手が来ないことを認めてから下で戦う仲間に目を遣る。
ディーノとマティアスのコンビは、すぐにシールドで数十匹を覆い、中でばたつく小型エンジェルたちを焼き切ったが、接近戦が得意なツヨシは、ブレードを振り回し、一人で群れと戦っている。もちろん、無傷であるはずはないだろう。
カリタは、自分の身勝手な行動が仲間に余計な負担を強いたのだと、改めて反省し、あとてツヨシの説教を真面目にきこうと思っていた。
数分すると、ディーノが頭上に腕を伸ばして「○」のマークを作っている。カリタはゆっくりと下降し、仲間の元に戻った。
「……すみません、でした」
口を尖らせて言うカリタの頭をがしっと掴み、髪をわしゃわしゃとかき混ぜながら、ツヨシは笑っていた。
「それは、あとでアンに言うんだな」
「えっ! なんでアンに!」
「お前たちは全く似ていないが、互いの能力を認め合い、協力できるものなら最強だと、薄々気づいているんだろう。すぐにはできないかもしれないが、アンは仲間想いなヤツだ。だからこそお前に対してはああいう表現になるんだろうが、それをわかってやれ。とにかく、せめて無事を報告しろ」
ツヨシに急かされ、カリタは仕方なくデビルスーツの襟に内蔵された通信機器に向けて話す。
「こちらカリタ。副隊長、ディーノ、マティアスの応援によって、百匹程度の群れを撃破。カリタと副隊長は軽傷を負ったが、命に別状なし。今から各々フォーメーションを取り戻します」
『了解。カリタも軽傷なんですね。ではカリタはギデオン隊長のいる東へ。ディーノとマティアスは西へ戻ってきてください。副隊長、怪我はどの程度でしょうか?』
「俺はどうしても接近戦が得意でな。いつもの感じだ。心配するな」
『よかったです。では副隊長は、捕獲班のサポートをお願いします』
引き続き敵と戦うのではなく、捕獲班のサポートをしろと、思ってもみないアンの言葉に、ツヨシはカリタの背後からずいっと身体を出し、その襟の機器に向かって言う。
「おいおいアン、俺をジジイ扱いするのか? 怪我は大したことない。俺がいないと、キヨハルが一人で南を守ることになるだろう?」
『南へは二軍のユキムラ班にフォローをお願いしました。敵の数はだいぶ少なくなりましたし、各班で捕獲した個体を見張るのも大事な仕事です。これはギデオン隊長の命令です』
「隊長の? それを早く言えよ。なら仕方ない、か……。了解した、アン。杞憂だろうが、俺が抜けても油断するなよ」
『もちろんです。副隊長が抜けて油断できるはずがありません。では、切りますね』
アンが通信を切断しようとしたその時、キヨハルののんびりした声が遠くから聞こえてきた。
『音声通信だと見えないけど、アンはね、カリタが無事だってわかったとき、ほっとして泣きそうになっとったよ。だから、引き続きがんばりましょう』
『ちょっとキヨハル、よけ……』
プツッ、と接続が途切れ、ツヨシは自分の部下が可愛くて「はっはっは」と大きく口を開けて笑う。ディーノとマティアスも笑顔になったが、なぜかマティアスだけ、カリタに睨まれた。まだカリタに一人前だと認めてもらえないのかと、マティアスは笑顔をひきつらせる。
「じゃあ、あたしは、ギデオン隊長のところに向かいまーす」
カリタはボードを急発進させ、猛スピードで飛び去ってゆく。
「あいつ、懲りねえな。一人でまた囲まれたらどうすんだよ」
みるみる小さくなるカリタの後ろ姿を見て、ディーノがあきれ顔で言う。
「まあ、あいつはあいつで懲りただろうよ。信じてやろうじゃないか、なあ!」
ディーノとマティアスの背後から、ツヨシがふたりの肩を同時に叩く。頷いたふたりは、片手をあげてツヨシに合図すると、西へと飛び立った。ツヨシはイマヒコに通信しながら、ゆっくりとボードを発進させる。
ギデオン班の隊員四人のそんな様子を見下ろすのは、はるかな上に滞空するひときわ大きなエンジェルの、底なしの湖のような真っ黒い眼だった。