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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第二章 エンジェル
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第8話 ルーキーの志

 同時に叫び、空中でふたりをぐるりと取り囲むエンジェルに向け、それぞれの武器を放った。

 イザークは冷静に相手を見つめながらの攻撃だったが、エイジはまだ怒りと憎しみにまかせた乱暴な攻撃しかできない。

 一体一体を確実に被弾させるよりも、滅茶苦茶に撃ちまくれば必ず当たるだろうという、およそB.A.T.の兵士には相応しくない戦い方だった。


 そんなやり方では隙が生じる、とイザークは背中で感じていたが、この状況を打破するまでは、エイジに言い聞かせることもできない。

 敵の数は、当初の予想よりも多かった。三十体程度だろうと踏んでいたイザークだったが、見えている個体をブリッツゼーレで消滅させても、その後ろからまたすぐに現れる。


――これはもしかしたら、巨大な群れかもしれん。


 イザークに少しの焦りが生まれた。援軍を呼ぶか、取りあえずは接近している敵を倒し、一旦逃げるか。判断は瞬時に行わなければならない。エイジはどうだ? 対応できているのか?


「エイジ! こりゃあ思ったよりも数が多そうだ。一旦シールドを張れ。離れて仕切り直しだ」


 その間に二軍の隊と合流し、この群れを一掃するのだ、とイザークは考えた。だがエイジは納得しない。


「イザークさん、逃げるんですか! 俺はこいつらをぶっ殺さなけりゃ気が済みません!」

「今はお前の気持ちよりも命の方が大事だ! いいから言うとおりにしろ」


 イザークにも、エイジの気持ちはわかる。だが今の優先順位はそれではない。

 いつの間にか他の隊員や全体の状況が見えなくなっている。それもこれも、エイジが暴走した結果かもしれないが、イザークには初出動のエイジを無事に帰還させる責任がある。


「わかったか! お前だって初日に死にたくはないだろうよ」


 言い終わるより先に、イザークはシールドを発動させた。それを見て、エイジも急いでシールドを張る。


「いくぞ。敵はこいつらだけじゃない。なんたって四千いるらしいからな」


 はっとしたような表情を見せながら、エイジはイザークの目を見て頷く。


――こいつ、それすら忘れてたってか。


 イザークは半ば呆れながら、エイジを急かして飛び立った。敵はすぐに後を追ってくる。何体かが翅を立てて攻撃態勢に入り、ロケットのように突進してきた。


「エイジ、スピードをあげろ。とにかくこの群れからできるだけ離れるんだ」

「ダメです、イザーク、追い付かれます!」

「エイジ、ボードの方が絶対に速い! 無視して突っ切るんだ。シールドを解除した途端にやられるぞ」

「くっ、くそっ!」


 エイジの中には、今だエンジェルへの恐怖が強く残っている。「殺してしまわなければ恐ろしくて仕方ない」のだ。

 攻撃せず、充分な距離を取るまでただ逃げるのは、奴らに殺してくれと言っているようなものだった。

 やがて焦るエイジの視界に、背後から急接近してくる三体のエンジェルが入り込んだ。翅をたたんで胴体の脇にぴったりと付け、白くふさふさした毛で覆われた顔の、底なし沼のように不吉な黒い目をぎらつかせている。

 エイジは自分の横についたその三体の敵を睨みつけ、さらにボードのスピードをあげる。だが、一体の敵はそれよりも素早く、エイジの行く手を阻んだ。


「イザーク、前を塞がれました! 攻撃許可をください!」


 悲痛な声で絶叫するエイジは、もはや状況判断力を失っていた。今すぐにこいつらを殺さなければ自分が殺られる――。

 イザークの答えを待たずに火炎弾のストラップを握りしめ、エイジはシールドを解除した。





 広範囲での大量発生となった今回の出動だが、第二軍、第三軍、第四軍のメンバーたちは、致命傷を負うこともなくエンジェルを処理し、充分な数の生体を捕獲していった。


『こちら第二軍、ユキムラ班のクロウ。小型のエンジェルを三十体ほど捕獲してあります。収集はどちらの班ですか』


『こちら三軍のヘスティアです。現在のところ、小型はすべて処理していますが、通常型の損傷がないものを五体捕獲済みです』


『同じく三軍、ゲイザー班のサトシとスバルです。小型は弱かったのでみんなやっちゃったんですが、通常型の、ちょっと普通の奴と色が微妙に違うのを三体捕まえました』


『第四軍のタケルです。通常型と小型が一緒の群れを作ってたんで、まとめて二十体ほど括ってあります』


 各軍の隊員から、続々と通信が入る。イマヒコは通常型と戦いながら、全員に向けて答えた。


『イマヒコです。ゲートのところに収集用の装甲車が到着しています。そこからドローンを飛ばして回収しますので、信号を合わせてシールドごとリリースしてください。ごめんなさい、ちょっと今、最中なので。信号のセッティングに関しては、すぐにチェンルイから連絡があります』


 プッと通信が切れる直前に、イマヒコ専用の武器であるシュラーダン・ボムの発射音が響き、それを受けたエンジェル特有の「キュウーン」という呻き声が聞こえた。そして、すかさずチェンルイの快活な声が届く。


『チェンルイ班のチェンルイだよ。あのね、ドローンの信号はゼロゼロ。ゼロが二つね! うちの隊員に会ったら渡してくれてもいいよ!』


 戦闘の場で聴く言葉とは思えない、緊張感のないチェンルイの声に、隊員たちはほっとして一瞬だけ心をほどかせる。どんな危機的状況に置かれたとしても、チェンルイの声には皆を安心させ、勇気づける力があった。

 各隊員は、捕獲数はもう充分だとして、残りのエンジェルたちを処理すべく、それぞれの武器を構えてボードを発進させた。




「待て! エイジ、お前はやるな! 俺がすぐ行くから待ってろ!」


 今のエイジを敵と対戦させるのは危険だと、イザークは急いだ。

 だがその言葉がエイジの耳に届くことはなく、エイジは自らを護る透明の殻であるシールドを解除し、行く手に立ちふさがったエンジェルに向けて火炎弾の銃身を握りしめた。トリガーに掛けた指には不必要な力が込められ、それはニカワで貼りつけたように銃と一体化してしまいそうだった。


「殺してやる。殺してやる。殺してやる……」


 うわ言のように繰り返しながら、挑発するように口吻を伸ばしたり縮めたりするエンジェルへの憎悪を滾らせるエイジ。その瞳からは、B.A.T.のメンバーであるという自覚も責任感も誇りも、何もかもが失われていた。


 目の前の敵は、何かを探るようにエイジをじっと見つめている。その大きく黒い眼に視線を返すことが出来ず、エイジは爆発するように絶叫しながらトリガーを弾いた。


「オラァッ! 焼け死ね!」


 冷静な判断ができずに発砲したエイジは、ボードの上でバランスを崩した。飛んできたイザークがボードから手を伸ばすが間に合わず、エイジは火炎弾を構えたままボードから落下した。そのエイジをエンジェルが追い、切り裂いてやろうとするように翅を立てて構える。


「エイジ!」


 急降下するイザーク。だが、イザークもまた、敵に囲まれていた。


「うわあぁぁぁっ!」


 叫びながら落ちるエイジを掬おうと、専用ボードもスピードをあげてついてくるが、敵に邪魔されて近づくことが出来ない。

 頭上でブリッツゼーレの閃光が瞬き、見上げるエイジはなぜか微笑む。


──あと何メートルだ? あと何秒で俺は死ぬ? 何のためにここにいるんだ? 俺は何しに来たんだよ!


 何の役にも立たず、目的を達成することもできずに、死を受け入れるなど、そんな屈辱はまっぴらだった。


──俺は、俺はブリクサ班のエイジだ!


 エイジと同じスピードですぐ横をついて来るボードに手を伸ばすが、エンジェルはそれを切り落とそうと翅を振りかざす。


──もう、ダメなのか? 俺は本当にダメなのかよ!

「うあぁぁぁ!」


 落下しながら喉が裂けるほどの声で叫ぶ。なんとかしなきゃ。ボードに手が届きさえすれば……。

 必死で伸ばした指先が、オレンジ色の専用ボードの縁に触れた。エイジの顔に安堵の色が浮かぶが、それはすぐに凍り付いた。一体のエンジェルが、ボードに着座しているのだ。エイジを見下ろし、「ククク」と笑うような声を洩らしている。


「くそっ、てめえ、ぶっ殺す!」


 火炎弾を構えるが、そのエンジェルは翅を大きく広げ、エイジをその中に取り込もうとする。


「うおぉぉっ! やめろ、このやろう」


 エイジが叫んだとき、エンジェルの翅が根元からスッパリと切り落とされ、頭部には黒い穴が開い

ていた。


「え……?」


 視線を上げた先には、ブリクサがいた。右手にはエイジのボードが震えている。


「隊長!」

「お前、イザークの命令を無視するんじゃねえよ。そんなに怖えなら先に帰ってろ」

「怖くなどありません! 俺は、奴らと戦ってます!」

「……」


 冷徹な瞳でエイジを見つめるブリクサは、しかしオレンジ色のボードをエイジに渡すと、踵を返して飛んでいこうとした。


「あっ、隊長!」

「なんだ」


 ブリクサが振り返ったときだった。二体の通常型エンジェルが高速で接近し、エイジではなくブリクサを狙った。右から突撃した一体は炎で瞬時に焼かれたが、もう一体は突然向きを変えてエイジに襲いかかる。


「チィッ」


 舌打ちをしながらエイジを庇おうとしたブリクサの左腕に、大型エンジェルの重い斬撃が落とされた。白い翅の縁は、鈍い光を放つ白刃のようだ。さらにそいつは翅を立て、ブリクサの腹を割こうと立ち塞がった。


「隊長──っ!」


 エイジの叫びが虚空に響く。空は抜けるように青い。

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