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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第二章 エンジェル
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第7話 殺意と恐怖

 カリタの位置を確認しながら、ツヨシは最悪の状況さえ想定しながらボードを繰る。


 いつもあれほど言ってるだろう。単独では行動するな、敵を処理するのを楽しむな、一体一体に時間をかけすぎるな。何度いえばわかるんだ、あのバカは……。

 頼むぞ、無事でいてくれよ、カリタ!


 カリタの家庭事情を知るツヨシは、なぜカリタがああもエンジェルに対して残虐な攻撃をするのか理解はしていた。だが、それがいつかカリタ自身を滅ぼすことにもなりかねないと、常に危惧していたのだ。

 早く、速く、と最速で飛ばすボードのスピードさえ遅く感じられる自分を意識すると、ツヨシは部下の危機に直面したのは自分も初めてだったと気づき、ギデオンの苦労に想いを馳せる。そして緊張しながらカリタの元へと急いだ。

 



「エイジ、遅れてるぞ、大丈夫か?」


 イザークはボードを操りながら振り返り、自分とエイジとの距離を目で計った。


「はい! 大丈夫です!」


 威勢よく答えるエイジだが、その手元は危うい。訓練校でもボードの乗車実習はあるが、自分専用のものではなく、操縦は単純で武装はない。

 イザークは、エイジの負けん気の強さと向こう見ずなところが心配だった。


「右前方百二十メートル、小型とみられる敵が数十体。火炎弾は撃てるか?」

「はい、任せてください」


 エイジは、やっと奴らを殺せるのだと興奮し、全身に熱く滾る血潮に身震いする。しかしそれが極度の緊張に変わってゆくのは自覚できなかった。寒いと感じるほどの緊張感に、火炎弾を構え、トリガーに指をかけるが、細かに震えているために照準が定まらない。


「撃ちます!」


 敵の群れを真っ直ぐに見すえ、指に力を込めて内側に曲げる。

 たったそれだけのことだとわかっているのに、不必要に強張った指は,思うように動いてくれなかった。そうしている間にも、小型の群れは近づいてくる。

 エイジは焦った。焦ってトリガーを弾いたばかりに、その反動で身体が大きく撥ね、炎の弾はイザークの頬をかすめるような軌道を描いた。


「うぉっ!」


 イザークは咄嗟に避けたが、右耳上の髪が少し焦げ、エイジのいる位置にまで蛋白質の焦げる匂いが届く。


「すっ、すいません! イザークさん、大丈夫ですか?」

「俺なら大丈夫だ! エイジ、焦らなくていいぞ。しっかり狙って撃てばいいんだ! お前ならできる」


 新人がミスをした時、イザークは決して声を荒らげることなく、的確な指示を出しながら励ますようにしている。エイジが敵に武器を向けて撃つのは初めてなのだ。「人類の敵・エンジェル」といえども、他者の命を奪うことに戸惑いを感じたとしても仕方がない。

 だが、B.A.T.に入ることはエイジ自身が選んだことでもある。ミスをしても大目に見てもらえるのは今日限りだ。一人のミスは、隊全体を死に追いやることにもつながる。


「は、はいっ……。しっかり狙って……。うわぁっ!」


 エイジの強張った指はトリガーから外れ、銃口は天に向けられた。焦って早くしようとすればするほど、銃身はエイジの身体の前で踊るように動き、制御できないほどになった。ストラップをかけていなければ、取り落してしまうところだ。


「わかった! エイジ、そのまま待機だ。ここは俺がやろう」


 イザークはすでにブリッツゼーレを構えていた。小型の大群は約三十メートルまで接近しており、一体一体の奴らの姿がはっきりと目視できるほどだ。エイジはふたたび敵に対する殺意と憎悪を募らせ、火炎弾を構える。


「エイジ、フォローに回ってくれ。指示があるまで撃たなくていい」

「了解しました!」


 「了解」と答えたものの、奴らを近くで見ると、エイジはうずうずして仕方がなかった。

 奴らを殺したい、奴らを殺したい、奴らを殺したい……。

 頭の中はその考えで満たされ、とても冷静ではいられない。

 その瞬間、閃光がまたたいた。イザークがブリッツゼーレを放ったのだ。小型たちのその顔の、真っ黒な目と見つめ合った気さえしたエイジは、一瞬で消え去った群れの行方が不可解で、呆気にとられていた。


「とりあえず、今の群れはクリアだ。エイジ、一旦深呼吸しろ。またすぐに来るからな、次は頼むぞ」

「イザークさん、一瞬であんなに大量のエンジェルを……?」

「イザークでいいよ。おぅ、俺の武器はすげえんだよ」


 豪快に笑いながら、エイジの背中をばんばんと叩くイザークに、エイジもつられてぎこちない笑顔を見せる。

 初めての出動で奴らを大量に殺し、まずは父親の仇を討とうと思っていた。そしてブリクサやラウラに「よくやった」と認められ、チームの一員として迎えられたかった。

 それなのに……、と悔しさを募らせるが、エイジは頭をぶるっと振ってから瞼を上げる。そして、もうしくじるわけにはいかないと、自分の頬をぱん! と張って気を引き締めた。


「イザーク、行きましょう!」


 空中でイザークの隣に並び、力強く頷いて見せたエイジの表情からは、気負いが消えていた。


「よし! 次はデカいのが来るかもしれんぞ。気を引き締めていこうぜ」

「はいっ」


 ふたりのボードはスピードを上げて前進する。張り巡らされたレーダーには、後方から接近する新たな群れが示されていた。


「後ろから来てるな。三百メートルの距離から……約三十体ってところか。また小型ならエイジに任せるが、通常体はスピードも攻撃力も小型とは比べ物にならない。油断は禁物だ」


 イザークの頬に緊張が走る。もしも三十体の通常型が来たら、二人で対処できるのかと、エイジも不安になった。


――もし、また俺の攻撃が外れてイザークに当たったら、援護が到着するまで俺一人で戦えるのか? ……いや、どんな状況になろうとやるしかねぇ。俺はB.A.T.だ。ブリクサ班に配属された、今年一番のルーキーだぜ!


 エイジはぞくっと全身に鳥肌が立つのを感じたが、今回のは怖れではなく武者震いだった。不思議と心の中は静かで、レーダーの中をぐんぐん近づいてくる敵の群れを、冷静に見ることが出来た。


――来いよ、くそエンジェル。俺が全部焼き殺してやるからよ!


 宙を走るボードの上で後ろ向きに立ちながら、先ほどと同様、エイジは火炎弾を構えていた。

 すると、それは唐突に現れた。小型ではない。通常型の中でも大きいと思われるサイズのエンジェルが、いきなりエイジの目の前、至近距離で口吻を伸ばしてきたのだ。どこから現れたのか、まったく気づかないうちに接近されたショックと驚きで、エイジは激しい怒りを覚えた。


「てめえ! 急に出てくんじゃねえよ! 汚ねぇツラ見せやがって、俺に殺されに来たのか! 上等だ、いますぐぶっ殺してやる!」


 すでに火炎弾を撃つ準備はできていた。腰を落として重心を低く構え、トリガーにかけた指をひく。反動をぐっとこらえてボードが傾かないようにバランスを取る。バスッと重い音が響き、抱えていた銃身が熱くなった。「グギィッ」というエンジェルの呻き声は聞こえたが、奴の姿はエイジの目の前から消えていた。


「どこ行きやがった」


 首を素早く巡らせて周囲を見回すが、奴がどこへ行ったのかわからない。もしかしたら地上に墜落したところを見逃したのかもしれないと、エイジは顔の向きを戻してさらなる敵の襲撃に備える。


 すると、また同様にいきなり目の前に大きなエンジェルが現れる。白い翅を広げ、エイジの顔を狙って口吻を伸ばしている。


――なんだよお前ら、ふざけてんじゃねえぞ。なんでこんなに近くに来るまで見えねえんだよ!

 

 エイジは焦った。充分な訓練を積み、対エンジェル戦の場において、戦力になると判断されたからこそ、自分は第一軍のブリクサ隊に配属されたのだ。

 あの日、シェルターの庭で初めてB.A.T.とエンジェルの戦いを間近で見たときから、ブリクサの下でエンジェルを全滅させたいと願ってきたのだ。それが、現実に出動してみればまったくの役立たずだ。

 そして、同時にエイジは思い出していた。少女たちを助けるため庭に出ていった養父が、目の前で凄惨に切り裂かれたことを。エイジの頭によみがえったのは怒りだけではなかった。


――恐怖。


 初めて目の前で見た本物のエンジェル。鋼のような翅で養父の腹を切り裂き、そして首を刎ねた。

 エイジ自身も巨大な白い翅でがんじがらめにされ、なす術もなく殺されるところだったのだ。

 あの時の恐怖と焦り、怒りと、そして無力感はいつまでも拭えず、訓練校の宿舎で就寝中にうなされ、何度飛び起きたかわからない。それほどエイジの恐怖と怒りは、根深く強かった。


「エイジ、どうした? 実践の場では武器が扱いにくいか?」


 イザークの声が耳に届く。エイジは目の前のエンジェルを睨みつけたまま怒鳴りかえす。


「問題ありません! 火炎弾は撃てますが、こいつら突然目の前に来やがって!」


 言葉を発するために開いたエイジの口に、あやうくエンジェルが伸ばした口吻の先端が侵入してくるところだった。


「気持ち悪りいんだよ、この野郎!」


 口吻が触れた唇の横が、心なしかヒリヒリするようだ。皮膚に何かが付着したのかもしれない。手で拭いたい気持ちを振り払い、エイジはその口吻に向けて至近距離で火炎弾を放った。エンジェルは悲鳴を発することもできずに顔を失くし、焼け焦げた切断面から青い体液を溢れさせる。しかし大きく広げられていた翅は、なおもエイジの身体を取り込もうとするかのようにばさばさと動いていた。


「くっ、うわぁっ!」


 悲鳴を上げたのはエイジの方だった。この大きな白い翅に拘束されたら、身動きすらとれなくなるのだ。

 エイジは怒りと恐怖のあまり、火炎弾を立て続けに撃った。目の前の敵の、胴体にもその翅にも、炎の弾は容赦なく襲いかかる。黒焦げになり、チリチリと燃えながら、紙屑のように地面に落ちてゆく敵の哀れな亡骸をなおも睨みつけ、エイジは弾を撃ち続けた。


「エイジ、落ち着け!」


 すぐ横に来ていたイザークが、エイジの腕をつかむ。


「もう空っぽだろ」


 イザークが言ったのは、弾のことなのか、それともエンジェルの残骸のことなのか。エイジが返事をできずにいると、イザークは視線を上に移した。頭上には補填ドローンが控えている。エイジは百二十八発の弾を、たった二体の敵を相手に使い切ってしまったのだ。


「お前、撃ちすぎだぞ。ビビってんのか」

「すっ、すいません! 近づいて来るところが見えなくて、いきなり目の前に現れやがったんで……、びっくりして……」

「……さあて、囲まれたな。ドローンが離れたら同時に攻撃するぞ。背中合わせになれ」


 イザークが指示する間に、ドローンは細い腕でエイジの火炎弾を操作し、使い切ったマガジンをほんの数秒で新しいものと交換した。


「……はい」


 エイジは満タンになった銃身をしっかりと抱き直し、緊張に頬を強張らせながら返事をする。


「いくぞ、ワン、ツー、」

「スリー!」

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