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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第二章 エンジェル
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第6話 サディスティック・キラー

「カリタ、また!」


 アンが咎める口調で声を出すが、カリタはするすると黒いワイヤーをドーム内に伸ばしていく。


「こいつらは人類の敵なんだよ。こんなゆるい死に方させていいわけないじゃん。何億人の人間がこいつらに殺されたと思ってんのさ。あたしがもっと苦しませてやるよ」


 そう言うと、シールドの中に伸ばしたワイヤーを巧みに操り、カリタは小型のエンジェルをまとめて三十体ほどそれで括った。


「ほぅら、あたしの攻撃は痛いからね。じっくり味わうんだよ」


 じりじりと締まっていくワイヤーで、括られた束の外側にいた何体かのエンジェルの胴部が裂けた。青い体液がどろりと滲み出し、「グゥエッ」と奴らの悲鳴が反響する。その声に刺激され、他のエンジェルがカリタ目掛けて突進するように飛んでくると、別のワイヤーを取り出したカリタは、それで奴らの目を正確に突き刺した。

 「グギャアッ」と悲鳴を上げ、ぐるぐると円を描きながら飛び回るエンジェル。数体のその首をワイヤーで絞めると、カリタはそれをシールド内の上部から吊るした。


「あっははは。お前ら、てるてる坊主みたいだよ」


 敵の苦しむ姿を見て、こんなにも楽しそうに笑うカリタに戸惑いながらも、マティアスは爆弾を差し込む。


「あの、カリタさん……もう、いっすか?」


 遠慮がちに訊ねるマティアスに、カリタは肩をすくめてみせた。


「いいよ、あんたの仕事を奪うところだったね」

「いや、充分奪われてます」


 小さく溜め息をつきながらマティアスが答える。


「カリタ、フォーメーションを崩すなって隊長の命令ですよ!」


 アンが怒りを隠さずに叫ぶと、カリタは唇の端を上げてニィッと笑ってから答えた。


「はいはい、優等生さん。あたしだってわかってますよ」


 飛び立ちながらアンを見おろし、カリタは言う。


「んじゃ、キヨハルと合流しまーす」


 カリタのデビルスーツには、膝上から腰に掛け、本人の好みで禍々しいほどの赤い線画が描かれている。それはまるでカリタの怒りを視覚化したようで、アンは見るたびにカリタの悲しみの深さを想うのだった。


「んじゃ俺も、気を取り直して、いきまーす……」


 すっかりカリタにひっかき回されたマティアスは、改めてシールド上部の穴から下を覗き込み、自身を括ったワイヤーを腹に喰い込ませながら、苦痛に悶える小型エンジェルたちを見た。裂けた太い胴部から流れる青い体液は、別の個体の白い翅にしみ込んで、ひとつの塊のようになっている。


「あー、ぐっちゃぐちゃっすね。ずんだ餅みたいになってます」


 ドーム状に張ったシールドの上で、隣に立つディーノに言う。穴から下を覗いたディーノは、拘束されていない個体が突進してくるのを見ながら思う。


「本当に弱いな。こいつらは何のために来てるんだ?」


 この突然の大量発生を改めて疑問に感じるが、ディーノはそれらの個体を淡々と炎で焼いた。


「ディーノさん! うしろっ!」


 マティアスが叫んだ。穴からシールド内の小型を見ていたディーノの背後を、翅を立てて攻撃態勢に入った状態のエンジェルが狙っている。ディーノが振りむきざまに放った火炎弾が命中し、通常サイズのエンジェル四体は、黒い煙を上げながら地面に落ちた。


「あぶねぇ、ちょっと油断したぜ。だが、これが今回の奴らの作戦なのかもな。小型に気を取られてる俺たちを後ろから撃つ。小型はおとりみたいなもんか……」

「一応、隊長に報告しておきます。さっきリカルドさんも『通常の奴らは手ごわい』って言ってましたね」

「あぁ、小型が弱いと知った俺たちが、油断したところを狙ってるのかもしれない」


 ディーノの言葉に頷き、マティアスはマイクに向かって状況を説明した。


「こちらギデオン班のマティアス。小型を五十体ほどシールドに閉じ込めて爆破するところへ、通常型が襲来。小型はおとりかもしれません。注意してください」

『了解』

『了解』


 と、各隊長から返信があり、続いてギデオンの声が聞こえた。


『マティアス、ディーノとアンは一緒か? くれぐれもお前ひとりで行動するなよ』


 まだ隊長に心配されていることを恥ずかしく思いながらも、父親のように見守ってくれるギデオンの愛情は心強かった。


「はい、三人で一緒に行動しています。ただ、さっきカリタさんが来て、キヨハルさんと合流するそうです」

『またカリタの奴……。報告ご苦労。引き続き頼む』


 マイクに向け、小さな溜め息をつくギデオンの姿が目に浮かぶ。カリタの戦闘能力は非常に高く、それは誰もが認めている。だが、彼女はチームで協力するという戦い方を嫌っていた。単独での行動を好み、エンジェルに対しては、必要以上に残忍で執拗に痛めつける。ギデオンに何度注意されても、カリタはサディスティックにエンジェルを責めることをやめない。それはいくら相手が人類の敵のエンジェルだとしても、見ていて気持ちのいいものではない。それに、戦いの場で責めることを愉しんでいては、隙が生じやすくなってカリタ自身にも危険が及ぶことにつながるのだ。


「みなさんの位置を確認します。少しフォーメーションが崩れているはずです。一旦隊長を中心にして正しい位置を取り戻しましょう」


 アンがレーダーでメンバーの位置を探る。現在地から西へ五十メートル離れたあたりで、ギデオンとオスカーは空中戦に入ったようだ。そのさらに西、約百五十メートルの位置にツヨシとキヨハルがおり、カリタもその場にいた。


「副隊長たちが西に寄りすぎています。またカリタが暴走したのかもしれません。私たちがそちらへ向かって軌道修正したいと思いますが、ディーノの意見はどうですか?」


 ギデオンを中心に、副隊長のツヨシたちが西へ百メートル以内、アンたちが東へ百メートル以内に配置され、南北は互いにフォローし合うのが通常なので、アンたちになんら問題はない。しかし、現在地を離れてツヨシたちのいる位置まで飛ぶとなると、ギデオンの東側ががら空きになってしまう。万一、東側から強力な攻撃が加わったら、援護に回るのに時間がかかりすぎる。


「そうだな、カリタの奴にもいい加減ルールを守らせなきゃならないし、俺たちも戦いながらの移動になるが、そうしてみよう」


 三人のボードは急発進し、ツヨシたちのいる場所を目指した。




「チビたち、こうして空中で見ても、けっこう多いっすね。雲の中を進んでるような気になりますよ」

「きりがないって、こういうことを言うのですよね。四千以上いたんじゃないでしょうか」

「こんなに手応えのない敵を切りながら進むって、逆に疲れるもんだな」


 アンとマティアスが小型を焼き払い、ディーノは切り裂きながら飛んだ。小型は群れのように固まって向かってくるが、飛行スピードは通常の大きさのエンジェルよりはるかに遅く、炎によって一瞬で焼け落ちてゆく。通常サイズのような凶暴さもなく、ただ空中を飛び、たまたま出会った隊員を襲うといった印象で、大量発生とこの弱々しさには何か関係があるのかもしれないと、三人は感じていた。


 レーダーによると、ツヨシたちがいるのはこの辺りだと表示されているが、まだ誰の姿も見えてこない。


「おかしいですね。ここでいいはずなんですが」


 アンが不安そうな声を出すと、すぐ近くでツヨシの声が聞こえる。


「アン、いるのか? マティアスとディーノも一緒か?」

「あっ、はい! 三人ずっと一緒です。配置が乱れているので、今ツヨシ副隊長たちのところへ向かっていました。副隊長、近くにいらっしゃいますよね?」


 声のする方を見ても、視界に入るのは空と本物の雲と、雲のようにわき出る多数の小型だけだ。


「あぁ、俺のレーダーにもアンたちの居場所がすぐ近くに確認できる。だが、このチビたちが邪魔で、どうにも身動きが取れん。アメーバがまとわりつくように、あとからあとから沸いてくるんだ」


 ツヨシたちは必ずすぐ近くにいるのだ。それはレーダーを確認するまでもなく、気配でわかる。だが、白い靄のような大量の小型が出す鱗粉で、雲海の中を漂っているように視界は心細い。


「そうか! これはチビたちの鱗粉か」


 キヨハルの声が聞こえたと思った次の瞬間、雲海の中にハリケーンが発生したと思うほど、強烈な風が巻き起こった。


「エア・バズーカでふっ飛ばせば一発だったな」


 噴射口を上に向け、キヨハルが唇を尖らせて言う。『キヨハル・バズーカ』と呼ばれる専用の武器からは、空気、炎、銃弾、水、レーザー等、様々な威力を持つものが発射される。


「いや、危なかたて。アンの声が聞こえたもんで、炎や弾を撃つワケにいかんでしょう。だからエアにしたんだわ」


 中部地方出身のキヨハルは、エンジェルとの戦いに出動すると、普段は使わない方言が自然に出る。


「キヨッパル、また出とるよ」


 ディーノに真似され、慌てて顔をつくろうキヨハル。彼はどんな武器も器用に使いこなし、呑み込みも早い。


「あ、お前、ディーノ! 気のせいだろ」


 ディーノと同期のキヨハルは、恥ずかしさを誤魔化すためにキヨハル・バズーカの銃身を袖で拭う。


「カリタは一緒ですか?」


 キヨハルの後ろから現れたツヨシに、アンが問う。するとツヨシは意外そうに答えた。


「カリタ? さっきレーダーを見たときには、お前たちと一緒にいたようだったが、違うのか?」

「ええ、小型エンジェルと戦っていたら乱入してきたので、小言を言ったらキヨハルと合流するって、飛んで行ってしまったんです。もともとカリタは副隊長の組ですから、てっきりもう来ているかと。それに、ギデオン隊長と随分離れてしまっています。乱れのないよう、戻りましょう。いま、カリタの位置を確認します」


 そこへ、ノイズ混じりのカリタの声が響いた。


『応援要請、デカいのを二十匹はクソまみれにしてやりましたが、囲まれました』


 「助けてほしい」と言えないカリタのふて腐れた不器用さが、逆に切迫した状況を物語っている。


「すぐ行く。カリタ、そこを動くなよ!」


 ツヨシがディーノを見る。ディーノが頷き、アンとキヨハルも応えた。マティアスもオロオロすることなく、唇を結んでいる。


「あのカリタが助けを呼ぶなんて余程のことだ。怪我してなきゃいいが……」

「私は隊長に報告します」

「頼んだ。アンはキヨハルと残ってくれ」

「了解!」


 ツヨシが真っ先に飛び出す。ディーノとマティアスが続き、それぞれはボードの上で武器の準備を始めた。その場に残されたアンは、どうかカリタが無事でありますように、と目を開けたまま祈った。

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