目覚めたら、女神様の胸の中 16
「はい、確か私は通勤途中で事故に合ったんですよね。さっきの車に」
「…ええ」
記憶を辿り、先ほどの場面を思い返してみても、やはり同じ車だと一致する。
そこから時間を遡り思い出し続け、もう今ではさっきまでの朧気な頭の中身は何だったのかと思うくらいにスッキリと今までの人生をクリアに思い出していて、まるで一瞬で全ての出来事が頭の中に入ってきたようで少し混乱はあるものの、元々が自分のものだったからか、すんなりと今では頭の中に記憶が鮮明に染み渡っていた。
「…名前や年はさっき言ったとおりですが、いままでどんな学校生活を送ってどうやって会社に就職したかも思い出せました。私は、人と会って会話して交流することが好きだから、だから、就職した時に会社先で営業を選んだんですよね。好きな会社で、自社が作る製品の知識を頭に入れて勉強するのが楽しくって…。営業先で先輩にくっついていって、先方に商品を紹介するのにひどく緊張したのを今でもよく覚えてます」
…そうだ、そうだった。
私は高校卒業を切っ掛けに一人暮らしを始めたのだが、そこで初めて、自分で入り用のものを見繕ったものの、いままでに自分がどんな会社の何の製品を使っていたのか皆目分からず途方に暮れてしまったのだ。
そこで必死に実家に電話して──今思えば微笑ましいものだが、当時は一人暮らしの中に実家の物が何も無い為、家にあった物と(特に家電は)同じものでなくては駄目なんだと思っていた──母から聞かされた会社名と製品名に、実家には色んなものがある事を知り、そこでようやく作っている会社というものが本当にたくさんあるのだ、と自分事で肌に感じるようになり、そこから就職について真剣に吟味するようになったのだ。
「就職で…どんな会社で働きたいかってなった時に、思い出したんです。自分がいつも使っている身近なものに…」
それは書く物だったり貼る物だったり、切る物だったり塗る物だったり…と色んな方面で、それこそ小さな子供の頃からでも扱ったりする事があるどこでも見掛ける物で、だからこそ気にも留めることが無かった物──文房具、だった。
「…考えてみれば、一番小さい頃から使って今ではお気に入りの物やずっと使ってる物すらあるのに、作っている会社や商品名すらそれまでに気に留めたことが無いなって思って。それが分かった瞬間、猛烈に申し訳なさと言うか今までの無知さに罪悪感と言うか…とにかくそれがきっかけで就職先へと候補にいたり、無事お気に入りの会社で働けるようになったんですが……」
その後はもう、言葉にならなかった。
今までの記憶を思い出した分、それまでの人生で良かったことや楽しかったこと、辛かったことや悲しかったことがいっぺんに──けれど一つ一つ脳内に思い出されて。
だからこそ、最期の記憶に身震いしながらももう元の生活には戻れないのだ──と、薄々と強く実感し、その事実に絶望にも似た思いで涙を溢れさせてしまった。