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連載候補短編

ポンコツ聖女は騎士様に守られています ~婚約破棄され城を追放され、どんなに騙されてもめげない彼女を守りたい~

作者: 日之影ソラ

 聖女とは特別な存在。

 天に選ばれし乙女の祈りは、あらゆる災厄を退けるだろう。

 彼女の清らかな願いに、天は必ず応えてくださる。

 その存在は人類の希望であり、国家の象徴でもあった。


 もし、聖女として生まれたのなら、この世に生を受けた時点で優遇されるだろう。

 あらゆる面で、贔屓にされるだろう。

 決して悪いことではない。

 才能ある者を守り、優遇することはよくあることだ。

 聖女はその中でも、特別中の特別だった。


 仮に大きな失敗をしても、聖女であれば許される。

 失敗よりも確かな成果を出せる可能性があるからだ。

 同じ失敗を繰り返しても、最後にちゃんと役目を果たしてくれればいい。


 ただし、物にはなんでも限度というものが存在する。

 いかに特別でも、やり過ぎはよくない。


「待っていてください皆さん! 今すぐ治してみせますから!」

「おお、聖女様の祈りだ!」

「これで戦線を保てるぞ!」


 森の中で戦闘。

 味方の騎士たちは半数以上が負傷し、大勢が疲弊している。

 相手は森の洞窟を根城にしている盗賊団だ。

 数年前から国中を荒している彼らの根城をついにつき止め、大規模な討伐隊を組み挑んでいる。

 数はこちらが上だが、地形を完全に把握し、至る所に罠をしかけられていて簡単には攻め込めない。

 地の利は盗賊たちにある。

 彼らの守りの厚さに圧倒され、騎士たちは攻めあぐねていた。

 そこで聖女様の登場だ。

 彼女の祈りの力なら、どんな傷をも癒すことができる。

 加えて消耗した体力も回復させられる。

 いかに守りが固くとも、味方側が全快すれば攻め込める。


「主よ、同胞たちに癒しの光を与えたまえ」


 聖女様が祈りを捧げると、彼女の身体から淡い光が放たれる。

 その光は徐々に大きくなり、辺り一面を包み込む。

 光に覆われた者は聖女様の加護を受け、傷と体力を回復させていった。


「おー、身体が軽くなったぞ!」

「傷の痛みも消えた! これなら戦える!」

「おいおいなんだよ急に力が湧いてきたぜ~」

「なんかしんねーけど元気になったな!」


 戦場の至るところでやる気に満ちた声があがる。

 その場にいた全員が、戦闘を開始する前の状態に身体が戻っている。

 傷はなくなり、体力も万全。

 

「……ん?」

「おい、なんで敵も元気になってるんだ?」


 そう、戦場の全員が回復していた。

 敵も含めて。


「よっしゃかかってこいや騎士共ぉ!」

「返り討ちにしてやんぜぇ!」

「ちょっ、聖女様!」

「敵まで回復させてどうするんですかああああああああああああああああ」


 敵から聞こえてくるのは勇ましい叫び声。

 味方の騎士から聞こえてくるのは、嘆きを含んだ悲痛な叫び声。

 戦場は完全な振り出しに戻っていた。


「ど、どどど、どうしようジーク! また失敗しちゃいました!」

「そのようですね。聖女様」


 黄金の髪と青い瞳。

 透き通る白い肌の美しい女性が、あわあわと腕を振って慌てている。

 彼女こそ現代唯一の大聖女――


「ごめんなさい皆さん! ごめんなさい!」

「落ち着いてください、聖女様」

「で、でもでも!」

「いいから落ち着くんだ。イリーナ」


 名前を呼んであげると、慌てていた彼女はぴたっと動きを止める。

 不安げで泣き出しそうな顔をしながら、俺のほうへ視線を向ける。


「ジーク……」

「大丈夫だから。少し待っていてくれ。俺がなんとかするよ」

「……ごめんね、いつも」

「いいんだよ。俺は聖女様専属の護衛だ。荒事は全部俺に任せてくれ」


 それに今さらだ。

 尻ぬぐいにも、後始末にも慣れている。

 そのために俺は強くなったんだから。


  ◇◇◇


「おい聞いたか? また聖女様が失敗したらしいぜ」

「またかよ~ これで何度目だ?」

「知らねぇよ。つか数えられねーだろ。聖女様のおかげで、俺ら何度ピンチになったと思ってるんだ?」

「それもそうだな……」


 盗賊討伐の任務はなんとか達成した。

 ただし予定より大幅な遅れが生じ、その後の業務に影響を与えている。

 原因は言わずもがな聖女様の失敗にあった。

 戦況を変えるはずの力が、戦況を振り出しに戻すとても迷惑な力になってしまったわけで。

 死傷者こそないものの、予定の五倍時間がかかってしまった。

 彼女の力で傷を癒し、体力を回復させていたとはいえ、戦っていた時間分の疲労は蓄積される。

 身体にだけでなく、精神的にも疲弊する。

 盗賊戦を終えた者の中には、精神疲労で寝込んでしまっている者もいるようだ。


「今回はなんだっけ、敵味方全部治療しちまったんだっけか」

「そうらしいな。まぁこの間よりマシだろ。魔物との戦闘中にいきなり聖女様がいなくなったと思ったら、倍の数の魔物を引き連れて逃げてきたんだぜ」

「ああ、あれは地獄だったな……」

「困ってる人がいたって話だけど、困ってるのはこっちだっての」


 ため息交じりの愚痴が城内ではよく聞こえてくる。

 失敗の後は特に多い。

 気持ちはわかるが、少し声量を下げてほしい。

 聖女様だって城内にいるんだから。


「はぁ……また失敗しちゃった……」

「落ち込まないでください。聖女様のおかげで、今回も死傷者は出なかったんです。ちゃんと役目は果たしていますよ」

「そう……かな?」

「ええ。だから自信をもってください。聖女様やればできる子なんですから」


 なんて子供を元気づけるようなセリフで、彼女の表情はぱぁー明るくなる。

 表情がコロコロ変わるからわかりやすい。


「ありがとうジーク! 元気でたよ!」

「それはよかったです」

「ねぇジーク。本当にいつもありがとね」


 本当によく表情が変わる。

 今は俺が一番好きな表情で感謝の言葉をかけてくれた。

 心地いい時間だ。

 この一瞬を永遠に感じていたいと思えるほどに。


「いえ、俺は聖女様の騎士ですから」


 彼女の隣にいる。

 それだけが俺の望みで、唯一の生きる意味……。


 俺と彼女は孤児だった。

 二人とも幼くして両親をなくし、身寄りもなく王都の教会に預けられた。

 年も近くて、預けられた日も同じだったこともあり、俺たちは一緒に成長した。

 思い返せばいつも彼女が隣にいた。

 ドジでおっちょこちょいなところがある彼女は、よく失敗してシスターに叱られていたっけ。

 怒られた後はいっぱい泣いて、ご飯の時には元気になっていて。

 底抜けに明るく笑う彼女をずっと見ていたと思ったんだ。

 

 大きくなって、彼女が聖女の力を宿していると発覚してからも、その想いは変わらなかった。

 彼女の傍にい続けたい。

 彼女の笑顔を守りたい。

 他の誰にも、この役割だけは譲りたくない。

 その一心で努力して、俺は王国の騎士団に入隊した。

 そして、彼女が正式に聖女として表に出る時には、彼女の専属騎士の地位を勝ち取ったんだ。

 

「もう二年か……」

「ん? どうかしたの?」

「いえ、なんでもありませんよ。それより急ぎましょう。今日はこの後、殿下とお食事の予定があるでしょう?」

「あ、そうだった! 急がないとね!」


 殿下との約束も忘れていたのか。

 いつも通り彼女らしい。

 思い出した聖女様は勢いよく廊下を駆け出す。

 元気いっぱいに、子供のように。

 俺は置いていかれないように彼女の後に続いた。


「急いで急いで! ジーク!」

「急ぐのはいいですが転ばないようにしてくださいね」

「大丈夫だーよっ!」

「おっと」


 俺に返事をしようと振り返った瞬間、聖女様は何もない床に躓いた。

 くるっと身体が半回転して、後ろ向きに倒れそうになる。

 これもよくあることで、予想していた俺はすぐに駆け寄り彼女を抱きかかえる。


「ほら、言った通りでしょ?」

「あははは……ごめんなさい。ありがと」


 彼女を抱き寄せ抱えるように持ち上げる。


「急かしたのは俺なので強くは言えませんが、転んで怪我をしないでくださいね。聖女様のお力は、自分に対しては使えないんですから」

「うーん、だって久しぶりだから嬉しくて。殿下とお会いできるの!」

「……そうでしたね。ひと月ぶりですか」

「うん!」


 ウィンダリア王国第一王子、グレーテル・フォン・ウィンダル殿下。

 これからお会いする人物にして、聖女様の婚約者だ。

 婚約の話は、彼女は聖女として王城へ招かれた時からあったらしい。

 俺が専属騎士になった頃には、すでに正式に決定していた。

 少々思うところはあるけど、殿下と聖女様の仲は良好で、彼女も婚約には前向きに考えているらしい。

 何より、殿下とお会いすることを楽しみにしている彼女を邪魔したくない。

 だから俺の気持ちは締まってある。

 大事に、胸の中に。

 俺のとっての一番は、彼女が笑顔で居続けてくれること。

 彼女が幸せであればそれでいい。


 そう、思っていたんだ。


「お待たせしました! 殿……下?」

「やぁ、待っていたよ。イリーナ」


 食事会場の扉を開けると、そこには殿下が待っていた。

 ただ、いつもと雰囲気が違う。

 何より不自然なのは、テーブルの上に何も置かれていないことだ。

 今日は食事をする予定だった。 

 それなのに、料理どころか食具すら準備されていない。

 違和感にはさすがの聖女様も気づいている。

 困惑した表情で、彼女は殿下に尋ねる。


「あの……殿下、これからお食事を一緒に頂くんですよ……ね?」

「いいや、その予定はキャンセルさせてもらったよ」

「え?」

「イリーナ、君に大事な話があるんだ」


 真剣な表情で語りかける殿下に、聖女様も緊張している。

 本来なら和やかな雰囲気で迎えられるはずだった。

 動揺は大きいようだ。

 そして、この冷たく重い雰囲気の中で話す内容なら、まず間違いなくいい話ではないだろう。


「大事な……話?」

「ああ。ただ、僕より先に話す人がいる」


 そう言って殿下は俺たちが入ってきた扉に視線を向ける。

 直後、扉が開かれた。

 そこに立っていたのは――


「陛下!」

 

 と、知らない女性だ。

 どことなく雰囲気は彼女に……聖女様に似ている。

 髪と目の色はそっくりだ。


「全員揃っているな」

「あ、あの、これは一体どういう……」

「聖女イリーナ、君の聖女としての任を解く」

「なっ……」


 今、なんて言った?

 聖女としての任を解く……?

 それはつまり――


「え、えっと、どういう意味でしょうか? 陛下?」

「わからないかな? 君はもう聖女として振舞う必要はないということだ。いやむしろ、金輪際聖女と名乗らないでもらいたい」

「あ、え、あの……」

「突然どうなされたのですか? 陛下」


 状況についていけず困惑する彼女に変わって、俺が殿下に問いかける。

 失礼は理解しているが、状況が状況だ。

 詳しい説明をしてもらわないと、俺も彼女も納得できない。


「言葉通りだ。彼女はもう聖女ではない。お前の護衛対象も今日から彼女になる」

「彼女?」

 

 陛下の後ろに立っていた女性が一歩前に出てくる。


「初めまして。私はセシリアと申します」

「……陛下、彼女は?」

「彼女が新たな聖女だ」

「新たな?」


 この女性が聖女?

 唐突過ぎて理解が追いつかない。

 数秒、彼女と陛下を視界にとらえたまま考え込む。


「まさか……もう一人いらしたのですか?」

「そういうことだ。聖女として生を受けたのはイリーナだけではなかった。彼女、セシリアもまた聖女の力を宿している」


 もう一人の聖女……だと?

 聖女という存在は特別で、生まれてこない世代だってある。

 イリーナの前に聖女がいたのは、今から百年近く昔のことだ。

 それが現代で、二人も生まれたというのか?


「セシリア、見せてあげなさい」

「はい」


 信じられない。

 俺がそういう表情をしたからだろう。

 陛下は彼女に指示を出し、彼女は胸の前で手を組む。

 

「主の光をここに」


 聖句を唱えると、彼女の身体から淡く温かな光が溢れ出てきた。

 

「こ、これは……」


 見間違えるはずもない。

 感覚だけでもわかってしまう。

 ずっと傍で見てきたからこそ、疑いようがない。

 これは間違いなく聖女の力だ。


「本当に……二人目が」

「そういうことだ。これからは彼女に聖女として活動してもらう」

「……お、お待ちください陛下! 新たな聖女の誕生は目出たいことです。ですがそれなら、お二人に聖女として立っていただけばよろしいのでは?」


 俺は陛下に進言する。

 聖女の存在は貴重だ。

 だからこそ、二人も聖女がいることは王国にとって、人々にとっての利になる。

 新しく生まれたから、もう一人はいらない……なんてことにはならない。


「確かにそうだ。だが、それは普通の聖女ならの話だ」

「普通というのは?」

「お前もわかっているだろう? イリーナ、彼女は確かに聖女の力を有している。だが、彼女の愚かな行いでどれだけの損失が生まれていると思っている?」

「っ……それは……」


 言われなくてもわかっている。

 彼女がこの国にもたらす影響は良いものばかりではなかった。

 むしろ失敗のほうが多く、悪影響のほうが目立つほどだ。

 陛下も頭を抱えていたことは知っている。

 そこへ新たな聖女の誕生は、陛下にとって吉報だったのだろう。


「聖女であることを考慮しても不利益にしかならん。城で働く者たちも、彼女に対して不満を抱いているようだした。残す理由がどこにある?」

「……」

「あ、あの! じゃあ……私はこれからどうすればいいんですか?」


 消え入りそうな声でイリーナが尋ねる。

 陛下は冷たい視線を向けながら、偽ることなく宣言する。


「この城からは早急に出て行ってもらうぞ。そして今後は聖女と名のること禁ずる。それ以外の縛りはない。あとは好きに生きるといい」

「そん……な……」

「イリーナ」

「殿下……」


 イリーナは今にも泣き出しそうな顔で殿下のほうを向く。

 もうやめてくれ。

 これ以上、彼女を悲しませないでくれ。

 そんな俺の願いは届かない。


「君はもう聖女じゃない。君との婚約も破棄させてもらうよ」

「――……ぅ」


 俺が一番嫌いな表情を見せている。

 両の瞳から涙があふれ、頬を伝って流れ落ちる。


 この日を境に、彼女は聖女ではなくなった。


  ◇◇◇


 彼女は間違いなどおかしていない。

 失敗をしただけだ。

 正しいことをしようとして、何度も失敗してしまった。

 動機は責められないだろう。

 ただい、失敗に続く失敗で余計なリスクを負った者たちからすれば、彼女のことを快く思わなくても無理はない。

 冷ややかな視線を向ける理由も理解できる。

 それでも……。


「あ……ぁ、また失敗……しちゃった、なぁ」


 彼女が救った命は確かにあるんだ。

 責められることはあっても、その全てを否定されることなんて間違っている。

 なんて思っている人間なんて、もうこの城にはいないかもしれない。

 

 俺を除いて。


「前を見ないとぶつかりますよ? 聖女様」

「……え? ジーク?」

「はい」

「どうして、ここにいるの?」


 とぼとぼと王城の門を潜ろうとしていた彼女に声をかけた。

 彼女は驚いて立ち止まった。

 手には少なめな荷物を持ち、その瞳は涙で潤んでいる。

 俺を見つけた彼女は、酷く驚いたように潤んだ瞳を見開いていた。


「どうしてって、決まっているじゃないですか? 俺は聖女様の専属騎士ですよ? 一緒にいることが普通なんです」

「で、でも……私は聖女じゃなくなって、だからジークも」

「それは陛下が勝手に言ったことでしょう? 俺にとっての聖女様は……イリーナだけだ」


 他の誰でもない、彼女だからこそ守りたいと願った。

 さっきのセリフ……自分で言っておいて間違っていることに気が付く。

 俺は最初から、聖女の騎士なんかじゃなかったよ。


「ジーク……」

「俺が君を守りたかったのは聖女だからじゃない。君が聖女だったからだよ。だから、イリーナがこの城を去るなら俺も一緒に行く。この先もずっと、君の傍を離れない。もちろん君がいやじゃなければ――っと!」


 勢いよくイリーナが俺の胸に飛び込んできた。

 咄嗟のことでバランスを崩しかけながら、後ろに下がってなんとか持ちこたえる。

 俺の胸に収まったイリーナが、顔を埋めながら応える。


「ありがとう! ジーク……一緒にいてほしい!」


 彼女の涙が俺の胸を濡らす。

 涙は雨に濡れるように流れ落ちて、しばらく止まりそうにない。


「ああ。傍にいるよ」


 だから、しばらくこのままでいよう。

 俺は彼女をそっと抱きしめた。


  ◇◇◇


「ジーク! 私ね? これからのこと考えたんだ!」

「へぇ、これからですか」

「うん! やっぱり私、みんなの役に立つことがしたいの!」


 喫茶店で寛いでいる中、イリーナが元気いっぱいにそう宣言した。

 雲一つない青空の下、太陽の光に照らされた彼女の笑顔を独り占めしている。

 なんとも微笑ましい光景だ。

 もっとも、現在無職というピンチな状況がなければ……。


 王城を終われて三日。

 俺とイリーナは王都を出て、二つ離れたセネガルという街を訪れていた。

 陛下から宣告されたのは、聖女とは名乗らないことと、城から出て行くこと。

 別に王都を出る必要はなかったが、あの場所はイリーナの素性を知る者が大勢いる。

 新たな聖女が誕生したという報はすぐに広まるだろう。

 そうなれば、王都にいるイリーナを見つけた住民が勘づくかもしれない。

 遅かれ早かれ、彼女にとって過ごしにくい場所になることはわかっていた。

 それに……。


「俺も無断で城を出てるからなぁ」

「ちょっとジーク、ちゃんと聞いてるの?」

「ええ、聞いてますよ聖……イリーナ」

「あーまた間違えそうになったでしょ! それに敬語も!」


 まさか彼女に注意される日が来るなんて。

 彼女がもう聖女じゃない。

 この街は王都からも離れているから、聖女のことは知っていても、実際に見たことのある人は少ないはずだ。

 彼女が普通の生活を送る為にも、聖女であったことは隠すべきだろう。

 そして聖女でない今なら、もう改まった話し方をする必要もない。

 イリーナも昔みたいだと嬉しいそうだから、敬語はやめることにしたんだけど……。


「ごめんイリーナ。長くこれに慣れてると戻すのに苦労するな」

「結構長くいたもんね、お城」

「ああ」


 三日前は酷く落ち込んで泣いていたけど、今は落ち着いている。

 元々明るい性格で、誰よりも前向きな彼女は、いつまでも哀しみに暮れるような女の子じゃない。

 やっぱり笑っているほうが彼女らしい。

 そう感じながら話を戻す。


「それで、さっきの話だけど具体的には考えているの?」

「うーんと、実はあんまり考えてなくて」

「だと思ったよ」


 そういう深く考えていないことも彼女らしい。

 でも大丈夫。

 彼女らしさを守ることも俺の役目だ。

 

「イリーナは人助けがしたいんだよね?」

「うん、そう!」

「君の力は癒すことに特化しているし、それを活かすなら……」


 俺は喫茶店の中をぐるっと見渡す。

 その中で目に留まったのは、壁に貼られている張り紙だった。


「冒険者か」


 魔物討伐から子供のおもりまで。

 なんでも請け負う人たちのことを冒険者と呼んでいる。

 主に依頼を受けて仕事を熟す職業で、内容は多岐にわたる。

 俺たちのように素性の確かじゃない人間でも、冒険者なら周囲に気遣うことなくやれそうだ。


 話をまとめてから喫茶店を後にして、街にある冒険者組合という場所へ足を運んだ。

 木造の横に広い建物が街の端にある。

 中に入るとカウンターがあって、受付嬢に声をかけた。


「すみません。冒険者になりたいのですが」

「組合への加入ですね。ではこちらに必要事項を記入の上、登録料をお支払いください」

「わかりました」


 王都を出るときに今まで稼いだ給料を持ち出せたのは幸いだった。

 無一文じゃ何もできないからな。

 登録は数分であっさりと完了した。

 

「これでもう冒険者になったの?」

「みたいだね。さっそくですが、何か仕事はありませんか?」

「そうですね。登録したばかりで階級も低いですので、お二人で今すぐ受けられる依頼はありませんね」 


 冒険者には階級制度があるらしい。

 受けられる依頼も階級ごとに制限されている。

 俺とイリーナは今冒険者になったばかりの新参者だから、階級も一番下だ。

 少し困ったな。

 冒険者になっても受けられる仕事がないんじゃ……。


「お困りのようですね。もし良ければ、俺たちのパーティーに入りませんか?」


 するとそこへ、見知らぬ三人組の男たちが声をかけてきた。

 急に話しかけられたからイリーナもビクッと驚いている。

 俺は彼女と男たちの間に入るように前へ出る。


「どちら様でしょう?」

「おっと、突然すみません。俺はガイルといいます。同じ冒険者なのですが、ちょうど受けたい依頼がったのに人数が足りず困っておりまして。そんな時にお二人の会話が聞こえてきて、もしよければと」

「え、いいんですか! 私たちさっき入ったばかりですよ?」

「構いません。人数さえいれば条件はクリアできますし、私たちには回復役がいませんから」


 見るからにいい人そうな人たちだ。

 ガイルという男も、一緒にいる二人の男も好意的に見える。

 だけど、少し引っかかる……。


「ねぇジーク! お願いしようよ!」

「……そうだね。ではよろしくお願いします」

「こちらこそ!」


 引っかかりはあるけど、イリーナも喜んでいるし一先ず同行してみることにした。

 仮に何かあっても、俺が彼女を守ればいいだけだ。


 それから、街の近くにある森へ場所を移動した。

 依頼は森を通る街道の安全確保。

 魔物たちが街道に近づけないように、魔物避けを設置する。

 その前に、出現した魔物を討伐しなくてはならない。


「ジークさん! 三匹そっちに行きました!」

「了解です」


 魔物退治は騎士になってから嫌というほど経験している。

 この程度の数と量なら本気を出すまでもない。

 俺は腰の剣を抜き、迫る四歩足の魔物を斬り裂き討伐してみせた。


「いい腕ですね」

「ありがとうございます」


 俺が魔物を倒している傍らで、怪我をした男の一人をイリーナが回復させている。

 聖女だとはバレないように、聖句は心の中で唱えている。

 絶対に口には出さないように、出発前に釘を刺しておいたからな。

 聖句さえ聞かれなければ、見た目は魔法による回復と変わらないし、早々バレないだろう。


「えへへ、治療は得意なんですよ」

「そうなんですね」

「……」

 

 その後、依頼は順調に進み、イリーナのおかげもあって無事に終わった。


  ◇◇◇

 

 依頼を終えて街に戻ったら、集会場に行き依頼達成の報告をする。

 事実確認が済んだら報酬が貰える仕組みになっていた。

 俺たちは五人で依頼を受けている。

 本来なら五等分して分配するところだが……。


「本当にいいんですか?」

「ええ。お二人のおかげで俺たちも楽に依頼を終えましたから。俺たち三人と、お二人で半分ずつにしましょう」


 という提案を頂いた。

 イリーナは俺に視線で、本当にいいのかなと訴えかけてくる。

 有難い提案だし、向こうがそう言ってくれているなら。


「では、ご厚意に甘えさせていただきます」

「ええ、ぜひ」

「ありがとうございます! 親切な人たちでよかったね! ジーク」

「そうだな」


 イリーナの嬉しそうな笑顔が見られた。

 感謝しなくてはいけないな。

 

  ◇◇◇


 月夜。

 昼間は賑やかな街中も、住民が寝静まれば静けさが支配する。

 夜は小さな音もよく響く。

 

「間違いないな」

「ああ。あの容姿に癒しの力。あいつが例の聖女だ」


 闇に紛れる人影が三つ。

 足音が向かう先は、イリーナが泊っている宿だった。

 大通りを避けて路地に入り、なるべく音を殺して進んでいる。


「しっかし驚いたな。あの噂が本当だったなんてよぉ」

「だな。思わぬ臨時収入になりそうだぜ」

「――そういうことだろうと思ったよ」

「な、誰だ!」


 三人は立ち止まる。

 月明かりに照らされて、俺の顔が彼らの視界に入る。


「お前はあの女と一緒にいた……なんでここに」

「決まっているだろ? お前たちから彼女を守るためにいるんだ」

「……けっ、なんだ気付いてやがったのか」

「ああ、最初から違和感だらけだったよ」


 初めて声をかけてきた時から疑ってはいた。

 こいつらは話してもいないのに、イリーナに回復の力があることを知っていた。

 そもそも、いきなり実力もわからない新人を勧誘する時点で不自然だろう。

 別の目的があるだろとは思っていたが……。


「聖女のことも知ってるとは意外だった。どうしてそれを知ってる?」

「噂を聞いたまでだよ。王都で聖女の一人が追い出されたってなぁ。見つけたのは偶然だぜ。俺たちはラッキーだった」


 話しながら彼らは武器をとる。

 

「聖女なんて貴重なもんそうそう手に入らねぇからな。さぞ高値で売れるだろうぜ」

「その前に遊んでやらないとな。聖女様に俺たちを救ってもらわねーと」

「がっはは、そうだったな。ちょっとくらい味見しても――」

「――黙れ」


 彼らの発言はどれも不愉快だ。

 情報を引き出そうと思って黙っていたが、もう限界らしい。

 感情が抑えられない。


「お前たちを排除しよう」

「はっ! 一人でか? 多少剣の腕は立つみたいだが、一人で俺たちと戦えるとでも?」

「……もう終わっているよ」

「なに言って――っ!?」


 男たちが俺に襲い掛かろうとした時、無数の剣が彼らを貫く。

 一瞬にして地面に貼り付けにされた男たちが、血を吐きながら見上げる。


「ぐっ……な、なんだこれ……どこから……」

「最初からだよ。あらかじめ剣を生成して上空に待機させておいたんだ。気付かなかっただろう?」

「剣を……どうやって……」

「こうやって」


 俺の右手に銀色の光が集まり形を変える。

 一振りの剣へと。


「これが俺のスキルだ。俺が想像した剣を生み出す」

「剣製のスキルだと……お前は一体……」

「俺は騎士だよ。彼女を守ることに全てをかけた騎士だ」

「ぐ、ああ……」


 声が止まり、呼吸が止まる。

 躊躇はない。

 イリーナを害する者は、たとえ誰であろうと容赦しない。

 名のある貴族でも、王族でも……天であろうと。

 彼女の守るためなら、喜んで斬ってみせよう。


 この先もずっと。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

こちらも一応連載候補ではありますが、どうするか決めていません。


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