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「箱」

作者: 銅座 陽助


 こういう仕事をしていると、時にはよくわからない代物を引き取ることがある。


 今回持ち込まれたこの箱もその類いのもので、持ち主の男曰く、なんでも祖母が亡くなったのを機に蔵の整理をしていたら出てきたのだとか。表面に色々装飾が施してあって、幾分かは価値がありそうだから、もしかしたらカネになるかもしれないと考え、此処に持ってきたとのことだった。

 さて、買い取るには鑑定をしなくてはならない。幾ら男が骨董品の価値を分からなそうな風体だからと言って、価値のあるものを価値のあると判って安く買い叩いたとあれば店の信用に関わる。こういう個人商店にとって、信頼信用というのは目先のカネより価値のあるものなのだ。

 白い手袋を付け、机の上からそうっと箱を持ち上げる。タテヨコの大きさは丁度文庫本ほどで、厚さは指二本分といった程度の、平たい木製の箱である。菓子のハコの様に上下に開くかと思いきや、男が言っていたように随分と細緻な寄木細工と螺鈿とで作られており、所謂「秘密箱」の類である様だった。

 「開け方はご存じで?」

 蔵の中から出てきたというので十中八九分からないだろうと思いつつも、駄目元でそう聞いてみた。男から帰ってきたのは当然、知らないという返事だった。

 改めて箱を見れば、随分珍妙な代物である。そも寄木と螺鈿、質素と豪奢の相反する二つの細工装飾を組み合わせるというのは滅多に見られないもので、ふつうは互いに食い合ってつまらない様子になってしまう。ところがこの箱はそのせめぎ合いの、ぶつかり合った尾根をさながら平均台のごとく渡り歩いていると言っても良く、その絶妙な配置と加工でもって奇跡のような調和を生み出していた。著名な作者のものでは無いだろうが、一つの作品として相応に価値のある箱であるといえるだろう。

 その後も暫く弄り回してみたが、一般の寄木細工のような動きはしないようで、終ぞその糸口を見つけることは出来ない。箱を再び机の上に戻し、改めて男の方に向き直る。

 「どうにも開きそうにありません。とは言え開かずともその外面は丁寧で、この箱が精巧に作られたものであることは解ります。」

 そこまで言って一つ息を吐いて、言葉を続けた。

 「ですので中の、何が入っているのか、将又(はたまた)入っていないのかはわかりませんが、中身を合わせてで良ければ、こちらの金額でお引き取り致します」

 そう言って手元の紙にさらさらと金額を書き記すと、男は笑顔で了承した。男としては蔵の中から出てきた我楽多である。百円でも付けば儲けもの、そうでなければ捨ててしまえと言うような代物なので、思わぬ高値に大満足、さて帰りに何かぜいたく品でも買って帰ろうかと算段を立てているといったところだろう。男はレジスターの中から取り出された貨幣を掴むと、一つ礼を言って意気揚々と帰って行った。


 残されたのは箱である。先程はあくまで鑑定目的で丁重に扱っていたが、カネを払って自分のものになったとなれば話は別である。店を閉めるのも忘れ、箱の仕掛けをどうにかして解いてやろうと素手でべたべたと触り始めた。



 随分と熱中していたようで、窓からは橙色の夕日ではなく白い朝日が差し込んでいた。こういう商売をしているものだから、つい時間管理が乱雑になってしまう。箱の美しかった細工は、触りすぎたせいですっかり曇ってしまっていたが、そのようなことは最早どうでもよかった。



 開いた箱の傍らで、蝿が一匹、ぷんと飛んだ。

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