黒い環のある密室
第3回小説家になろうラジオ大賞に応募した作品です。テーマは「密室」。
「ここが予約のとれない店?」
知る人ぞ知る看板のない店。
その個室に通された男は部屋をぐるりと見渡す。
赤墨色の壁。足元に冷えた空気が忍び寄る金属の床。黒漆塗りのテーブルの向こうの壁には黒く丸い形の窓枠が切ってあり、障子が嵌め込まれている。
部屋の造りから和食……いや、中華の店かなと男は考えた。
「そう。最低半年待ちなのにあちこちに頼んで今日入れて貰ったの」
細い下がり眉の女が媚びた微笑を返す。
「ふん。マズい時は……わかってるよな?」
「……ええ。この店は安心よ」
背の高い硬質な黒い椅子に腰掛けると、無表情の給仕が最初に運んだ料理はカルパッチョだった。
鯛の上にコショウボクの粒、緑のディル、輪切りにされた黒オリーブが散らされている。
男は給仕には愛想よくして見せたが、彼が去った途端に吐き捨てるように呟いた。
「……なんだ。イタリアンかよ」
男の声に女はびくりと小さく肩を揺らす。条件反射だ。
青白い顔は更に血の気を失い、昨夜蹴られた腹の痛みが疼く。
女が俯くと黒オリーブが目に映る。先程までテラテラと美味しそうに光っていた黒い環は、もう無機物にしか見えない。
「そう言わずに食べてみて……」
やっと絞り出した言葉に男は鯛の身を口に運んだが、直後ワザと派手な音を立てて立ち上がった。女の肩がまた揺れる。
「……お客様、何か?」
いつの間にか横にいた給仕に男はどきりとした。急いで笑顔を貼りつける。
「いや、水を頼む。炭酸水が良い」
「かしこまりました」
給仕が去ると男は素早く出口に近づいた。この部屋に入った時内側から鍵がかけられることに気づいていたのだ。
「さっき言ったよな?」
女は俯き震えており顔が見えない。男はその目に嗜虐心を隠さぬまま扉を閉め、鍵をかけ密室を作る。
バチッ!
鍵を回した瞬間、小さく弾けるような音と共に男の右手が焼けただれ全身に電流が巡る。激痛に男がくずおれると、閉めた筈の鍵が反対側から回され、厚手のゴム手袋をした給仕がドアを開けた。
「なっ……」
回復する間を許さず、男は椅子に座らされ黒い手錠で後ろ手に拘束された。
「くっ……あははは!」
女が笑い出す。震えていたのは笑いを堪えていたのだ。
「なんの真似だ!」
「ここはね、黒い環の店なの。私みたいな女が耐えられずに駆け込んで貴方みたいな男で遊ぶのが好きっていう特殊な人達に紹介するのよ」
女は障子を開ける。そこは窓ではなくこれから男に使う為の道具がズラリと納められていた。
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