12.信じられるのは家族だけ!
お待たせしました。お楽しみください。
「あ"だだだだだだだだだ」
「ミネ!!?」
門を抜けた私は、当然裏路地に戻ってくる。と、同時にそれまで完全に消えていた腹の痛みに襲われた。
ちくしょう、ワンチャンあるかなと思ったけどダメだったよ。そこはワンチャンあれよ。
腹痛やら頑固フクロウやらへ文句を言っていると、駆け寄ってきて膝立ちで私の様子を見ようとするノムにまず怒られた。こちらもワンチャン無かったらしい。
「お前! 大人しく待っとけって言ったろ!?」
「ご、ごめ、ぐううぅいだい……」
「あーーったく何やってんだよばか! ほら、布とか貰ってきたから被っとけ」
「うぐ…」
一度楽になってからの再度の痛みはヤバすぎるって。痛いわ助けてくれ。少しずつ具合悪くなるとかじゃなくて、いきなり0から100だもんな。そんなん死ぬて。
とにかく早く楽になりたい。いや言い方アレだけど死ぬとかじゃなくて普通に。
その一心でどうにか『知の継承者』を出す。早いとこ草を取ってきて貰わないと本格的に死ぬ気がする。
「の、む…」
「は? お前こんな時に本出してる場合じゃないだろ」
「ちがくて、これ、」
「はぁ?」
片手で腹部、片手で『知の継承者』の表紙の石に触れる。こうすることで、『知の継承者』の分厚い表紙がひとりでに捲られる。多分、日記帳に付いてる鍵的な役割なんだと思う。
中表紙には借りてきた本の題名が目次のように並んでおり、その中で読みたい本を思い浮かべながらページを捲ればあら不思議。本は光に包まれ、あっという間に見た目から中身まで全て借りた本そのものになる。
「これ、これを……」
「…取ってくればいいのか? それか、どうしてもって言うなら……………盗るか?」
覚悟を決めたような顔でそう私に聞くノムに、慌ててそれを否定する。ノムに盗みなんてさせられない。
「そこらに、はえてるって……だから採ってきてほしい……」
それを聞いたノムは明らかにホッとした表情となり、「わかった」という一言と共に立ち上がる。
「けどこれ、本を見ながらじゃないとわからないな」
「じゃ、あ、持っていって……」
「………持っていけるのか? これ」
………確かに?
これまで一度もやったことなかったから、どうなるかわからない。
「試しに持っていくか」
「う、うん」
ノムが本を片手に私から離れる。
次第に姿が見えなくなる………が、一向に『知の継承者』が手元に戻ってくる様子は無い。
しかし心臓で『知の継承者』との繋がりは感じたままだ。戻そうと思えばこの距離でも手元に戻せるだろう。何となく感覚的にわかる。
それから少ししてノムが戻ってきた。「大丈夫そうだな」という言葉にコクリと頷く。
「じゃあ行ってくるから。今度こそ大人しく待っとけよ!」
ビシッ! と指をさされ、私は小さく数度頷く。動きたくても動けなさそうだし、ここはノムの言う通り待っていよう。
ライブラリに入ってしまえば楽になるのは百も承知だが、それでもやっぱりノムを一人で置いていけないから。
ノムが草を取りに行ってくれた後で、本の内容について思い返す。
先程から草と言ってはいるが、一応薬草だ。ただ本当にどこにでも生えていて生命力が強いので、一般的には雑草という認識が強いらしい。だから私もつい草と呼んでしまっている。
確か、タミ草とゼリ草と…? あとはナゲ草だったっけな。そんな感じだったはず。
タミ草は痛み止めとかで、ゼリ草は…ゼリ草も痛み止めだっけ。忘れた。ナゲ草は薬草を混ぜる時の繋ぎになるとか何とか。
どれもこれも「雑草です」と紹介されたら全く疑問を持たないような見た目をしている。花のひとつも付いていないただの草。だけど私を助けてくれる救世主。(予定)
もしこれで上手くいったら絶対にストック作ろう。何なら栽培しよう。雑草ならここらでも元気に育ってくれるはず。
………けど、雑草栽培ってどうしたらいいんだろう? 根っこの周りごと掘って植え替える、とか?
植物栽培に関しては、袋に入った種を土に埋めるとか、苗木を穴に入れて植えるとか、そういうのは知ってる。
しかし、雑草とかいう勝手に繁殖するようなものをどう意図的に育てればいいのかなんてわからない。
受粉とかも花がなきゃできないでしょ。どうやって草を繁殖させるの? ……まさか花を咲かせるところからですか。
調べてみるか……と、本を取り出そうとしたところでノムに貸してたことを思い出す。いつの間にかアレが日常の一部になっていたらしい。慣れってすごい。
まぁ、出したところで読む気力なんて無いんだけどね……はは………あー、やばい。何か別のこと考えないと。気を紛らわせないと死ぬ。うううううどうしてこんなことに……って、いやイブレイルが冷えとか言ってたな。それもこれも家無し服無し暖房無し孤児なのが悪いわけで………。
ああ、どこで何をしてるかも死んでるかもわからないお父さんお母さん。私は死にかけてますよ。絶許ですよ。
………うあー………辛い。辛すぎる。無理だこれ。
今生で何回目になるかわからない両親への恨みを心の中で呟いたところで、私の意識はついに落ちた。
*┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈*
裏路地から少し離れた人気のない場所。
その場所で、如何にも低級層だというような見た目の子供が何やら草むしりをしていた。
建物と地面の間に生えているようなそれらをむしる姿は、同じ低級層の人間かそれに理解のある人間でなければ本当にただの奇怪な草むしりに見えただろう。
そんな少年の近くには、一冊の本が浮いていた。間違いなく浮いていた。しかしふよふよとはせず、ピタリと固定されたように動かない。
そんな本の中身を時折確認するように覗き込みながら、草むしりをする少年───ノムと呼ばれる少年は、手元の草と見比べていた。
「………これ、だよな?」
少しばかり眉間に皺を寄せながら首を傾げる。
正直自信はない。実際の手本と見比べるのではなく本の絵と見比べなければならないし、きっとこんな草なら似たようなものはいくらでも存在するだろう。そんな中で薬効のある物を素人が見分けていかなければならないのだ。無理難題と言っても過言ではない。
………まぁ、全部持っていけばどれかしら合ってるだろ。
最終的に正解だけを持ち帰るのを諦めたノムは、そのままぶちりと草を千切るようにして摘み取る。そうしていつも使っている調達用のボロ袋の中に入れた。
袋の中は三分の一程度まで草が詰め込まれている。恐らく正解……の、はずだ。そうでないと困る。
だって、苦しむ家族が自分の帰りを待っているのだから。
………正確には、腹痛で死にそうな家族が自分(薬草)の帰りを待っているのだが。そこは美談で終わらせたいところである。
オレがちゃんと字を読めたら、多分もっと詳しくわかったんだよな。少しくらいならわかんだけど。やっぱまだわかんねーや。
ノムは預かった本の中身をちらりと見る。そこに並ぶのは文字だということだけがわかる謎の記号たち。知らなければ線で構成された絵だと思ってしまうそれが、文字だというのを知ったのはいつのことだったか。少なくとも絵というよりは記号と言う方が正しいのだというのは最近知った。
それから、少しだけその記号が意味するものを知った。自分たちがよく使う言葉を、人に伝わる文字として残せるようになった。
それもこれも、あの小さな白い鳥を「先生」と呼んで二人で勉強をするようになったからだ。最初は───今も半分程度はそう思っているが───怪しさ満点のとんでもない野郎だと思ったが、その点は多大に感謝している。
最近は毎日のようにミネから借りた本を眺めている。殆ど読めないが、字に慣れるにはいいだろうと先生が言ったのだ。
そうして読んだ本のわからなかった箇所が、次の勉強の後には読めるようになっている。それが面白くて仕方ない。
やっぱり勉強はすごく楽しかった。思った通りだ。
だけどミネはあまり楽しそうじゃない。
前から「勉強はちょっと……」と本人が言っていたが、本当みたいだ。あれだけ沢山の物語を知っているし、何だかんだ言って好きだと思ってたのに。
しかし、だ。好きではないのに、覚えるのがかなり早い。オレは読むのは出来るけど、書くのはまだあんまり出来ない。なのにミネはそのどちらも同時に出来るようになった。
ミネは頭が良い。きっと先生もそう思ってるはずだ。
ノムはここらに生えている最後の一本を抜き袋に放り込むと、口の部分を手で掴み中が出ないようにして持ち上げた。量は集まった。早く、ミネの元へ。
足早に、けれど周囲に気を付けながら隠れ場所へと急ぐ。
ここら辺は低級層の中でも比較的安全な場所なんだと聞いたことがある。酷い所はここの比じゃなくて、毎日のように堂々と人身売買が行われ、当然のように死体が転がってるのだと。自分たちのような子供なんて、大人に見つかった途端に売買対象だと。全員が全員、自分以外の誰かを使って利を得ようとしている。そんな場所。
………ここもそんなに変わんないだろって思ったけど、それでもオレたちはこうしてずっと一緒に生きられているわけだし、本当なんだろう。
が、そういう他人関係なくオレの唯一の家族は死にかける。今回みたいに腹痛だったり、怪我したり、空腹だったり。殆ど最後のが原因だけど。
幸いにもなのか、オレはまだ死体を見たことがない。だから近くで自分より小さい奴が死ぬのを見るのが何となく嫌で、デカい音を腹から出して唸るのを見かける度に食い物を分けてやった。貴重な食料だったけど、今やらなきゃ目を離した隙に死んでそうだったから。
夜になっても全く目隠しのない場所で寝てたからオレの隠れ場所を教えた。あんなチビ一人くらいなら居ても居なくても同じだから。寒さで有り得ないくらい震えてたから仕方なく布を持ってきてやって巻いた。それでも震えてたけど。
助けてやってたら、あいつはオレに物語を聞かせてくるようになった。オレはいつか色々勉強して外に出たいなって思ってたから、それが嬉しくて、もっと聞きたくて。
チビなのにオレよりも色々知ってて、すげーなって思った。
だからきっと頭がいいはずなのに、ミネは何度も死にかける。
すぐ死にそうになるから、何度もばかって言った。他にも色々言った。悪口言ったら、言われないように自分でも何かするかなって思ったから。けど、オレよりチビだからやっぱり死にかける。
ミネが死なないように度々面倒を見てたら、いつの間にかずっと一緒にいるようになってた。偶に死んでないか様子を見に来る程度だったのが、毎日来るようになって、その内調達の時以外は一緒にいるようになって。
自分以外の食べ物も毎日持ってこなきゃで大変だったけど、まぁいいかなって。だって、チビの手ってすごく温かいんだ。
そんな風に過ごしてたら、家族になってた。
隠れ場所へ続く道を小走りに抜け、角を曲がれば家族が待ってる。今は腹痛で蹲って、今か今かとオレの帰りを待っているはずの家族が。
だから、角を曲がった瞬間に声をかけてやった。
「ほら、持ってきて───」
唯一人の、大切な家族。
「─────ミネ!?」
オレの、大切な妹。