10話 判明
緋乃の発言を聞き、笑顔のままピシリと固まってしまった恭二。
そんな恭二を見て、明乃は慌てた様子で緋乃の耳元へと顔を近づける。
「こ、こら緋乃! わかんないの? ほら、今年の夏に起きた事件って言えば、あれしかないじゃないのよ……!」
「ゲルセミウム大暴れ事件のこと? うーん、でもこんな人いたっけ?」
明乃の言葉を受け、軽く目を閉じて脳内検索をかける緋乃。
不審者の襲撃を受け、大会の予選に出場し、本選へと出場し……。
本戦で起きた会場襲撃が強烈すぎて、それ以外の記憶が曖昧になっていたものの――緋乃は真剣に、夏に起きた出来事を思い返す。
「ほら、声でわかるでしょ声で……。鶴野さんよ鶴野さん。仮面被ってた人。きっと偽名使ってたのよ。理奈のお父さんが、潜入してた協力者だとかなんとか言ってたでしょ?」
「あ、そうなんだ。へー。そういえばいたね、そんな人。すっかり忘れてた」
考え込んでしまった緋乃に対し、らちが明かないとばかりに明乃はその答えを告げる。
明乃より答えを教えられた緋乃は、ようやく恭二の正体について納得がいったらしく、疑問が晴れたとばかりにスッキリとした表情を浮かべた。
「半年前の出来事、それも自分がガッツリ関わった事件なんだから覚えときなさいよ……」
「むぅ、しょうがないじゃん。だってすごく弱そうだったし、完全にボス戦で出てくる取り巻きの雑魚って感じだったじゃん……」
呆れた声を出す明乃に対し、今度はこちらから明乃の方へと顔を寄せて小声で反論する緋乃。
別に赤の他人かつ弱者である恭二から、何をどう思われようが緋乃は気にしない。しかし、親友である明乃の機嫌を損ねることだけは論外である。
そのような思惑から、緋乃は恭二に対し、自分の言葉を聞かれないよう注意したつもりであったのだが――。
「よ、弱そう……か。はは……。うん、そりゃまあ確かに、君たちに比べればそんなに強くないけどさ……」
思ったよりも耳が良かったのか、それとも声のボリュームの抑えが足りなかったか。緋乃の耳打ちは、恭二にもばっちりと届いていたようだ。
乾いた笑いを上げたあと、がっくしと肩を落とす恭二。
「わはははは! 文句を言いたくても事実だから、反論できんくて悔しいのう小僧!」
そんな恭二に対し――不満顔の明乃から睨まれたので仕方なく、本当に仕方なく――緋乃が言い訳をすべく口を開こうとしたその直前。
いつの間にか恭二の横へと回り込んでいた刹那が、その肩をバンバンと叩きながら、愉快そうに笑い声を上げていた。
「ぶっちゃけ、おぬしと緋乃ちゃんじゃ月とスッポン。比較するのもおこがましいほどの差があるからのう。うはは、才能の差とは残酷じゃのう!」
「ええい、何笑ってるんですかこのロリコンエロ天狗! もっとこう、傷心の教え子を励ます言葉とかあるでしょう!?」
快活に笑う刹那に対し、抗議の声を上げる恭二。
刹那が連れてきたことから、二人が知り合いであるということは予想できたものの――その予想以上に仲の良さそうな二人を見て、明乃と緋乃は目を丸くする。
「何がロリコンじゃ。逆じゃよ逆。最近は晩婚化が進みすぎてるだけであって、儂の時代では――」
「昔は昔、今は今! 平均寿命が伸びた現代と、師匠の活躍してた時代は違いますー! 今は未成年に手を出したら犯罪でーす!」
「ふん、じゃあ儂は人間じゃないから、セーフじゃのー!」
いい年をした大人二人が――しかも、うち一人は1000歳をオーバーする人外である――子供じみた言い争いを繰り広げるという、極めて残念としか言いようのない光景。
そんな光景を目の当たりにしてしまった緋乃たちは、気まずそうな表情を浮かべると大人たちから目を逸らす。
――ああいう大人にはなるまい。
言葉こそ交わしていないものの、緋乃と明乃の心は一つであった。
「ははは、見苦しいところを見せて申し訳ない……。僕は昔、ちょっとだけ刹那さんに師事していたことがあってね。その時の縁で、ここに来たんだよ」
「そうだったんですね……」
「ふーん」
座布団の上に座り、座敷机を挟んで緋乃と明乃は恭二と向かい合う。
頭をポリポリと掻きながら繰り出された恭二の言い訳を、明乃は苦笑しつつ。緋乃は心の底から興味が無いといった様子で適当に聞き流す。
「僕は才能があまりなくてね。才能が無いなら努力で補えと、いろいろと無茶な修行をやらされたもんだ……。簀巻きにして崖から蹴落とされたり、刹那さんが起こした竜巻に放り込まれて、岩やら木と一緒に洗濯機状態になったり……。まあ、僕の身の上話はこのへんにして、それじゃあ本題に移ろうか」
遠い目をしながら過去、刹那に課された修行――緋乃的には別に無茶でも何でもなく、むしろ良心的で楽しそうだと思えるレベルの修行だったのだが――について語る恭二であったが、ふと昔語りを止めると真剣な表情を緋乃たちへと向ける。
恭二のその様子を見て、緋乃と明乃も姿勢を正した。
「君たちが関わった、惨魏羅という組織。これが実は、ただの暴力団じゃなくてね。とある秘密結社が裏で糸を引いているんだ」
「秘密結社? へー、なんか面白そう……」
「なんか急に話が大きくなってきたわねぇ」
恭二の口から出てきた犯罪結社というワードに対し、呑気にその感想を述べる緋乃と明乃。
緋乃はそのロマンのある響きに目を輝かせ、逆に明乃は胡散臭そうにその目を細め。
対照的な反応をする二人を見て、恭二は苦笑しつつも話の続きを口にする。
「うん。危険な薬物や新兵器の開発やら、人体実験やら……本当にやりたい放題やってくれてる組織さ。僕は異能力者管理機構っていう、ギフトを悪用する犯罪者を捕まえる組織の人間でね。その組織について調査中だったんだ」
「異能力者管理機構……。エリートだったんだね、意外……」
「コラ緋乃、最後のは余計よ」
恭二の所属を聞き、ほんの少しだけ驚く緋乃。
そんな緋乃が思わず漏らした呟きに対し、明乃は緋乃の頭を小突きつつツッコミを入れる。
「はは、下っ端中の下っ端だけどね。それでまあ、その秘密結社について調査していたところで――師匠から、君の話を聞かされてね。なんでも、彼らのターゲットとして狙われたとか」
緋乃の発言を笑って聞き流した恭二は、そのまま緋乃を真剣な表情で見つめつつ――どうして刹那邸へと訪れたのか、その理由を緋乃たちへと明かす。
「え、わたしって狙われてたの? なんで? たまたまじゃないの?」
恭二曰く、その秘密結社とやらは緋乃を狙って事件を起こしたらしい。
しかしそう言われても、生憎と緋乃にはそんな危険な組織に狙われる覚えなどなく。
納得がいかないとばかりに、緋乃は困惑の表情を浮かべながら恭二に対して疑問の声を返す。
「いや、奴らの狙いは緋乃ちゃんで間違いないぞい。まだ言ってはいなかったが……実は昨日、儂は金龍父娘に遭遇しての。ちょちょいと隠形の術で身を隠し、奴らの会話を盗み聞いていたのじゃが……そこで金龍の奴めが漏らしたのじゃよ。緋乃ちゃんを狙うよう、上から指示された、とな」
そんな緋乃の疑問の声に答えたのは、恭二ではなく刹那であった。
緋乃と恭二の会話に割り込んだ刹那は、恭二の言葉が真実であると、その根拠となる情報を口にする。
「そんな、なんでまた緋乃が……」
「うん、明乃の言う通り。なんでわたしが? 確かにわたしは宇宙一可愛くて、セクシーで、強くて、さらに性格も穏やかかつ優しいと、まさに完璧なスーパーウルトラアルティメット美少女だけど……ああそうか、だから狙われちゃったのかあ」
刹那の言葉を聞き、ショックを受けた様子の明乃。
緋乃はそんな明乃のテンションを元に戻すべく――ツッコミどころ満載の自己評価を口にし、おどけてみせた。
「うーん、ものすごい自信。いやまあ確かに、俺も初めて見たときはあまりの美少女っぷりにビビったけど……穏やか? 不良の集会に殴りこんで、全員を血祭りに上げるような子が穏やか……?」
「恭二さん、なんか言った?」
緋乃の目論見を知った上で乗ってくれたのか、それとも天然か。恐らくは前者だと思うが――緋乃の発言に対し、小声で反応する恭二。
そんな恭二に対し、緋乃は笑顔のまま尻尾を突きつけると、その形状をドリルへと変化させる。
目と鼻の先に、高音を上げて高速回転する刃を突きつけられた恭二は顔を引きつらせ。
「イエ、ナンデモナイデス」
一瞬で折れた。
訓練を受けた大人の男でも、やはり眼前にドリルを突き出されるのは怖いらしい。
恭二の反応を見た緋乃は、うんうんと満足気に頷くと、尻尾を元の形状へと戻して引き戻す。
眼前の脅威が去ったことで、ほっと一息を吐く恭二。
「やれやれ。色仕掛けならともかく、物理攻撃な脅しに屈するとは情けないのう」
「いや、さすがに目の前にドリルは怖いって……。というか色仕掛けに屈するのはいいのかい」
「あのー、ところで恭二さん。そういえば、その秘密結社ってどんな名前なんですか?」
ニヤニヤと笑いつつ、緋乃の脅しに屈した恭二を弄る刹那と、その弄りに突っ込みを入れる恭二。
二人がまたしょうもない言い争いを始めようとしたその矢先。そんなことより話を進めようとばかりに、明乃が割り込みをかけた。
「ああ、ごめんごめん。そういえば言ってなかったね。そう、その組織の名は――」
明乃からの催促を受け、まだ組織名を告げていなかったことに気づいた恭二が、謝罪しながらその名を告げるべく口を開く。
元からその名を知っているであろう刹那はともかく、緋乃と明乃の二人はまだそれを知らないため、緊張した面持ちで恭二の言葉へと耳を傾け……。
「――ユグドラシル」
恭二の口より、緋乃を狙う組織の名が告げられた。




