8話 後片付け
「まったく。未許可の決闘が行われていると聞いて、駆けつけてみれば……まーたお前かい、不知火」
刹那と蘭花の父親が人知れず戦闘を開始したちょうどその頃。
緋乃たち三人は公園にて、通報を受けて駆け付けてきた顔見知りの警官からお叱りの言葉を頂戴していた。
――とはいえ、怒られているのは主犯である緋乃のみであり、明乃と理奈は緋乃から一歩引いた場所で片や呆れ顔。片や心配そうな表情を浮かべているのだが。
「てへへ……喧嘩売られたから、つい買っちゃった☆」
「『つい買っちゃった☆』じゃねーよこのバカちんが。聞いた限りじゃあ、どうやら派手に歩道やらガードレールをぶっ壊してくれたそうじゃねーか? ったく、人は簡単に治るけど、物はそういかねえって――」
「んぅ? なにそれ知らないよ? 確かに未申請で決闘をしちゃったのは悪いけど、わたしは何も壊してないよ? ねー、理奈?」
「あ、あはは……」
誤魔化しの照れ笑いを浮かべる緋乃に対し、容赦なく突っ込みを入れる警官。
しかしそんな警官の小言に対し、緋乃は余裕たっぷりの笑みを浮かべながら割り込みをかけ――そんな緋乃から話を振られた理奈は、苦笑しながら言葉を濁す。
「ああ? お前みてえな大雑把な暴力魔人が、何も壊してないとかんなワケ――いやちょっと待て、水城さん家のお嬢さんって確か……」
緋乃の反論を受けた警官は、緋乃の背後に立つ理奈へと目線を向け、考え込むこと数秒。すぐに結論に至ったのか、緋乃を指差しながら少々大きめの声を上げた。
「ああー! やりやがったなお前! お前アレだろ! 水城さん家のお嬢さんに、壊したところ直させやがっただろ! やられた、道理で壊れた箇所が見当たらねえわけだ……!」
頭をがりがりと掻きむしりつつ、悔しげな声を上げる警官。
そんな警官に対し、緋乃は勝利宣言でもするかの如く、勝ち誇ったかのような表情と声を向ける。
「ふっふっふ……わたし、おじさんが何を言ってるのかさっぱりわからないな~? とりあえず物は壊れてないんだし、中学生と高校生の可愛らしい喧嘩ってことで、早く開放して欲しいな~♡」
「ええいクソ、相変わらず悪知恵の働く奴だなお前は……。わかったわかった、とりあえず今回もまた厳重注意って事にしとくから、帰っていいぞ」
甘えた声を出す緋乃に対し、警官はしっしと追い払うかのように手を振って、この場から去るように促す。
「あれ、もういいの? 事情聴取とか無いの? 前はもっと長かったような……」
「ああ、ないない。無いから帰っていーぞー。ぶっちゃけここだけの話、お前を見逃すように上から圧力がかかっててな……。お前が直してくれたおかげで、こっちも助かったわ」
自身の要求があまりにもあっさりと通ったことに対し、疑問の念を抱く緋乃。
さっさと開放されるのは嬉しいんだけど、なんか納得いかないとばかりに眉を顰める緋乃であったが――そんな緋乃に対し、警官は小さな声でその理由を告げるのであった。
「理奈、なにかやった? よく緋乃の問題行動、揉み消してるんでしょ?」
警官のその言葉を聞いた明乃が、理奈に対して疑いの目を向ける。
理奈は緋乃が中学に上がってからというもの、たびたび起こす無許可の決闘や破壊活動といった問題行動を何度か揉み消した実績があるからだ。
「ううん、まだ何も。緋乃ちゃんの処分を聞いてから動くつもりだったから……」
「あれ、そうなの? じゃあいったい誰が口利きしてくれたんだろ……」
しかし、理奈から帰ってきたのは自身の関与を否定する言葉。
それを聞いた明乃は、疑問の表情を浮かべながら頭を悩ませる。
「こらこら。お嬢さんたち、仮にも警官の目の前でそういう事は口にしないでくれ。いやほら、こっちにも面子とか建前とかそういうのが……」
「あ、ごめんなさーい」
「えへへ、すいませーん」
明乃に釣られて、同様にうんうんと唸り始めた緋乃と理奈。
そんな三人に対し警官が呆れ顔でツッコミを入れ、明乃と理奈の二人が即座に謝罪で返す。
「でもそれにしても、今回は水城家も絡んでないんだな。俺もてっきり、また水城さんとこからお願いが飛んできたのかと思ってたんだが……。不知火、お前さん今度はどんなコネを手に入れてきたんだよ? あのクソ署長が『絶対に注意で済ませろ』ってマジ焦りするとか相当だぞ」
しかし、一応注意こそしたものの、やはり誰が裏で糸を引いているのかは警官も気になるようで。
興味津々といった様子で、緋乃に対して軽口を叩きながら三人の会話に割り込んできた。
「結局おじさんも気になってるじゃん。でもうーん、そうだね……もしかして総一郎とか六花とか、あそこら辺かなー? なんかすごい名家だとか聞いたし」
警官に対して軽口をお返ししつつ、緋乃は思い当たる人物の名前を上げる。
大神総一郎と大神六花。二人の生家である大神家は長い歴史を持つ退魔の名家であり、政治方面にも強い影響力を持つと上司の野中から聞かされていたからだ。
「名家じゃなくて名家よ、緋乃。あとは刹那さんも相当に顔が利くらしいし、その辺じゃないかしらね」
「あー、刹那さんもか。もしそうだったら、お礼しないとだね」
「むぅ、あの人かぁ……」
緋乃が大神家の二人の名を出すと、明乃も同様に一人の人物の名を上げる。
明乃の口より刹那の名を聞いた緋乃は納得した様子で頷き、逆に理奈は困ったような声を上げて考え込む。
「誰の話をしているかはわからんが、お前さんたちって本当でやべーコネ持ってんのな。なんかこれ以上聞いたらヤバそうだし、俺は何も聞かなかったことにしてクールに去るぜ。……ああそうだ、できれば俺のお賃金でも上げるよう、その人に言っといてくれや」
緋乃たち三人の話を聞いていた警官は、そう口にすると公園の出口へ向けて歩いていく。
そんな警官の背に向けて、緋乃たちはねぎらいの言葉をかける。
「考えとくねー。じゃあねおじさん」
「お疲れさまでした~」
「えっと、お疲れ様です」
そうして警官が公園から出ていき、姿が見えなくなった次の瞬間。
まるでタイミングでも計っていたかのように、明乃の腹の虫が大きく鳴った。
その音を聞いた緋乃と理奈は、最初はきょとんとした表情を浮かべていたものの――すぐに顔を見合わせると、その顔にニヤニヤとした笑みを浮かべながら明乃へと向き直る。
「ふっ、ふふふ、凄い音だね明乃ちゃん」
「くふふ、トラブルに巻き込んじゃってゴメンね明乃~」
手を口元に当て、笑いを堪えながら明乃を煽る理奈と緋乃。
そんな二人に対し、明乃は顔を赤く染めながら反論をする。
「う、うるさいわね! 生理現象なんだからしょうがないでしょ!? そう、これは普通のことなんだからね!」
「はいはい、普通普通。さて、それじゃあ無事に騒ぎも解決したことだし、今度こそご飯食べにいこっか」
「そうだねー。明乃ちゃんもお腹ペコペコみたいだしね~。ふふふっ」
拳を震わせながら力説する明乃に対し、からかい半分の言葉を返しつつ歩き始める緋乃と理奈。
明乃は羞恥心に頬を染めながらも、そんな二人を小走りで追いかけ――そのまま理奈の背後に立つと、その首に腕を絡めて締め上げる。
「おらー! 乙女を笑う悪いやつはこうだー! 思い知りなさい!」
「ぐぇー! なんで私!? なんで私なの!?」
「いや、緋乃は技量高いから普通に抜け出してくるし……尻尾があるから背後とっても平気で反撃してくるし……」
「そんな理由で!? ぐえぇ、明乃ちゃんギブ、ギブ! 緋乃ちゃんお助けー!」
歩きながらじゃれ合う明乃と理奈に、それを見てあははと笑う緋乃。
つい十数分前にあった戦いのことなど、すっかりと忘れた三人はバーガーショップ目指して歩を進めるのであった。