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5話 変貌

「はい、わたしの勝ち」

「か、カズ――!?」


 歩道の上に倒れ伏し、頭から血を流しつつその体をピクピクと痙攣させる和久。

 その光景を見た緋乃は、今度こそ勝利を確信。得意気な表情を浮かべつつ、その控えめな胸を張って勝ち誇り――倒れたまま動かない和久に向かって、大慌てで健吾が駆け寄る。


「おい、しっかりしろ! ああもう、だからやめとけって――」

「フランケンシュタイナーとは、派手にやるじゃない!」

「トンっと飛び乗って、ぐりんっと一回転して……うん、軽業師みたいですごかったよ~! それにしてもあの体勢は羨まゲフンゲフン……!」


 意識のない和久を揺さぶりながら、愚痴ともとれるような言葉を漏らす健吾。

 そんな男たちを無視して、緋乃へと歩み寄りつつその戦いぶりを褒め称える明乃と理奈。


「ふふん、実はちょっと前にTVであの技を見てね? わたしもやってみたいなーって思ってたんだよね」

「あー、なるほどね。確かに見た目が派手で威力も高いと、緋乃好みの技ねぇ」

「うん、実際にやると楽しかった。威力も思ったよりあったし……嬉しい誤算って言うのかな? でも、やっぱり隙が大きいのが難点だね。もっと練習して、スムーズに技をかけれるようにしないと」


 和久の頭が叩きつけられたことで、大きく砕けて凹んだ歩道のアスファルト。

 緋乃はそこへと目をやりながら、今後の課題を口にする。


「言っとくけど、流石のあたしもアレをかけられるのは嫌よ? たんこぶできちゃうじゃない」

「あ、じゃあ私が立候補しちゃおうかな。魔法で地面をちょいと弄れば――」


 緋乃が何かを言う前に、先手を取って練習相手から外れようとする明乃と、逆にぐへへと笑いながらこれに立候補する理奈。

 しかし、緋乃は笑みを浮かべつつ、軽く首と手を振りながら二人へと言葉を返す。


「いやいや、大丈夫だよ。こっちで適当な練習相手(モルモット)を探しとくから。二人に怪我させちゃまずいし。……いやほんと、ここは武闘派が多くていい街だよね。おかげで毎日ケンカが楽しめちゃうし、こういう時の相手にも困らないし」

「いや、それ普通は逆じゃない……?」

「うう、緋乃ちゃんの太もも堪能チャンスが……」


 緋乃の言葉に対し、困惑する明乃と残念がる理奈。

 そんな親友二人の反応に対し緋乃が首を傾げていると、ちょうどその視界の端に、和久が健吾に支えられつつ起き上がる様子が映る。


「う、ううう……」

「おお、よかった! 無事だったかカズ……ってお前大丈夫か? すっげー汗だぞ」

「お゛お゛お゛……」


 心配そうに声をかける健吾へと何の反応も返さず、膝立ちのまま俯き頭を抱え、唸り声を漏らす和久。

 健吾の言う通り、ぶるぶると小刻みに震えながら大量の汗を流す和久のその姿は、どこからどう見ても正常ではなかった。

 

「あ、意識戻ったんだ。へー、けっこう頑丈ねえあの人」

「でも、なんか様子がおかしいみたいじゃない? もしかして打ちどころが悪かったのかな? よし、私がちゃちゃっと治して――」


 緋乃に遅れて和久が意識を取り戻したことに気付いた明乃と理奈の二人も、その様子のおかしさに気付いたのか。

 回復魔法を使える理奈が、和久たちに向かって歩みだそうとしたその瞬間。


「オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――!!」


 突然の咆哮。

 急に立ちあがった和久が、天へと顔を向けて大声を上げたのだ。

 ビリビリと周囲の空気を震わせるその音に、緋乃たちだけではなく、遠目で緋乃の戦いを観察していたギャラリーや通行人が一斉に目を見開く。


「ア゛ア゛……ウ゛ウ゛……」


 呻き声を上げ、涎を垂れ流しながら緋乃たちの方へと向き直った和久。

 その見開かれた目は血走って真っ赤に染まり、理性のりの字も感じられず。

 更にそれだけでなく、全身の筋肉も肥大化。先ほどまでの理性のあった状態と比較して、一回り以上は大きくなっていた。


「うわ、きっしょ」

「な、なにアレ……。なんかおっきくなってる……」

「怒り心頭……とは違うわね。明らかに理性トンでるし、おかしいわよ! 異常よ異常!」


 そんな和久を見て、緋乃はその見た目の醜さからくる嫌悪感に顔を歪め。

 理奈と明乃は異常そのものといった和久の様子にドン引きし、怯えた様子で後ずさる。


「う、う、うわあぁぁぁ!」


 友人のあまりの変貌ぶりにフリーズでもしていたのであろう。

 それまでマネキンのように固まっていた健吾が突然、悲鳴を上げて逃げ出した。


「なにあれ、モンスター!?」

「おいおい、なんかヤバそうだぜ!」

「ああ、ただの喧嘩じゃなさそうだな……!」


 健吾が逃げ出したのを見て、先ほどの咆哮を聞いて集まってきたギャラリーたちもそそくさと逃げていく。

 そうしてこの場に残ったのは、緋乃たち三人と和久の四人だけとなる。


「ね、ねえ理奈……。なんか急に変身したけど、あれって魔法関係だったりしない……?」

「い、いやあ。別にこれといって魔力の反応は無かったし、ちょっと違うんじゃないかなーって……」

「うーん。これってやっぱり、わたしのせいってことになるのかな……?」


 怯んだ様子を見せる明乃と理奈を背にかばいつつ、のんきな感想を漏らす緋乃。

 全身の筋肉がパンプアップしているのを見るに、確かに筋力は大幅に上昇しただろう。

 発散する闘気も、ほんの数分前とは比べ物にならないくらい増えている。きっと、使える気の量も大幅に増えている事だろう。

 だが、()()()()だ。

 プロの格闘家に魔法使いに悪魔や妖怪。自分がこれまで戦ってきた強敵たちに比べれば、数段は劣る存在でしかない。

 内心にてそう判断を下したがゆえの余裕である。


(いや、ただの不良をここまで強化するんだ。どうやったのかはわからないけど、もしちゃんとした格闘家に()()を使ったら、とんでもないことになるね……。狙いはやっぱりわたしかな? なんか、古参の退魔師に命を狙われてるって聞いたし) 


 しかし、緋乃はすぐに気を取り直すとその表情を引き締める。

 当然ながら、緋乃はこの現象を引き起こしたのが目の前の不良(和久)ではなく、別の存在だと当たりをつけていた。

 その根拠は単純明快。ろくに気を練ることもできない未熟者が、いきなりこんな強化技を使えるわけがないからである。


「グオ゛ア゛ア゛ア゛――!」


 そうして緋乃が考えを巡らせるもつかの間。

 これまで唸り声を上げるだけだった和久が、再び咆哮を上げつつ、緋乃目掛けて一気に突進してきた。

 急激にパンプアップした肉体を上手く動かせないのか、その走りは少々不格好で滑稽なものではあったものの――それでも強化された筋力に物を言わせ、猛スピードで接近してくる和久。


「うわ来た!? なんかキモい!」

「むっ……。いい? 二人とも、手出し無用だからね? いっけぇ!」


 涎を撒き散らしながら駆けてくる和久。

 それを見て、理奈は思わずといった様子で悲鳴を上げ、同時に緋乃は迎撃を選択。

 格下相手に使うまでも無いと、これまで太ももに巻き付けていた尻尾を一瞬で解きほぐすと、和久へ向かって勢いよく射出。

 緋乃の尻尾は音を置き去りにして、和久の胴体を貫かんと伸びていき――。

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