9話 悪だくみ
「なんだなんだ、俺がラストかよ。悪いな」
とある屋敷の地下にある、大きな円卓が配置された会議室。既に何人かの影――若い男が二人に、年老いた男が一人。そして妙齢の美女が一人の五人だ――があるそこへ、新たに一人の黒いスーツ姿の男が入ってきた。
男の名は犬飼。犬を使い魔として運用する魔法使いの一族の人間であり、主に荒事を担当する武闘派の一族の現当主だ。
どっこいしょと声を上げながら、どかりと椅子へと座る犬飼。
そうして犬飼が着席したのを見て、高級そうな和服に身を包んだ老人が声を上げる。
「うむ、無事に全員揃ったようじゃな……。では、定期報告会を始めるとしようか」
その老人――鷹野の声を受け、この場に集まったメンバーが一斉に軽く頭を下げる。
こうして、裏社会にその名を知られる魔法使いの当主たちの会議は始まった。
「では、蛇沢」
鷹野に促され、今度は蛇沢と呼ばれた女性が声を上げる。
「はいはい。では今更だけど、改めて説明するわよ。『あのお方』の封印も弱まってきていて、復活の時は近い。でも、その為にはまだエネルギーが足りないし……それに若く、強い生命力を持つ生贄も必要。そこで我々は、それらの問題点を解決するために、若者を対象とした格闘技の大会を開くことに決定。既に根回しも会場の手配も完了していて、後は開催を待つだけって状況ね」
蛇沢の説明を聞いた鷹野は満足そうに頷き、それを見た蛇沢は説明を続ける。
「大会名称は全日本新世代格闘家選手権。参加資格は16歳以上25歳以下の男女全てで、生命力の高い人間を見繕うって事で武器及びギフトの使用に関しては不可ね。予選は一週間後に日本各地にてトーナメント形式で行い、8月上旬に本戦開催予定。……ここまでで何か質問は?」
説明を終えた蛇沢は軽く周囲を見回し、特に質問や反対意見が上がらないのを確認するとため息を吐いた。
「本当は洗脳やらでサクっと集められたら簡単なんだけどね……。でも生命力の高い人間は大体精神操作への抵抗力も高いし、強くて有名だったりするから、うかつに攫えないのよね~」
「うむ。昔と違い、今は人が一人消えると大騒ぎになるからの。まあ騒動が起こる程度なら別に握りつぶしてしまえばいいんじゃが、騒動を不審に思った『表側』に組する者どもが動くと厄介じゃしのう……」
ため息を吐きながら口にした蛇沢の愚痴に対し、鷹野が同調する。
昔の時代を知っている彼らにとって、監視カメラがそこら中に配置され、うかつに犯罪行為を行えなくなった現代は随分とやりにくいらしい。
そんな二人に対し、犬飼が明るい調子で語りかける。
「でもまあ、あともうちょっとで全部上手くいくし……。もうすぐだ、『あのお方』さえ復活しちまえば、もう表にバレようが関係ねえ。こっちのもんよ」
「『あのお方』の眷属となることで、我らは永遠の命と圧倒的な力を手に入れることができる……。ふふ、ワクワクしますね」
「ククク、わかってんじゃねえか鶴野」
犬飼と仮面の男――つい最近、鷹野に認められてこのメンバーに入った、民間企業や一般市民への工作担当の――鶴野が楽しそうに口を開く。
それを見て、呆れたような口調でこれまで黙っていた別の男――鼠の使い魔を使役することで、情報収集や暗殺にて活躍する――鼠野が犬飼へと質問を飛ばした。
「フン、そんなことより本戦会場への仕掛けはどうなっている? 犬飼、貴様の担当だったはずだが」
「できてるに決まってるだろ。魔法陣の敷設も隠ぺいも完璧だ。これで、本選トーナメントで発生する格闘家共のエナジーはすべて『あのお方』へと捧げられる……」
「うむ、ならば良い。我々がこれまで長い年月をかけて蓄えてきた魔力に、大会で発生するであろう膨大なエネルギー。それらを贄として『あのお方』は復活なされるのだ」
犬飼の回答を聞いて、鼠野ではなく鷹野が満足そうな声を出す。
そう、犬飼は格闘大会の本戦会場に、選手共たちが戦いで発散する闘気や生命力――本来なら、周囲の大気に飛び散って消えてしまうそれを集める魔法陣を仕掛けていた。大会を無駄なく活用する為に。
そうしてその後も大会の準備状況の確認やら反対派の排除に各地の支援者への資金配分等の打ち合わせは続き、会議も終わりに近づいた時。
ふと思い出したかのように、犬飼は一つの提案をした。
「そうそう爺さん、俺から提案なんだけどよ、大会の年齢制限の引き下げってできねえかな? とびっきりに活きのいい小娘を見つけてよ……」
◇
会議を終え、自身が拠点にしているマンションのリビングへと戻った鶴野。
来客用のソファーと机くらいしか置いてない、生活感の感じられない部屋だ。
カーテンを閉め切り、外部から覗かれる心配のないそこへ戻った鶴野は仮面を外す。するとその下からは、醜く焼け爛れた素顔が覗く。
「……ふう、今回もバレなくてよかったよかった」
鶴野は独りごちながらスーツのポケットから一枚の呪符を取り出すと、自身の額にそれを当てた。
すると焼け爛れていた顔がみるみると変化していき、子供っぽいあどけなさを残した若い男の顔が現れる。特殊な魔法を用いた変装術の一種だ。
男はとある組織から派遣されたエージェントであり、一年ほど前から組織の用意した偽りの経歴と名を用いて、犬飼たちの会議に潜り込んでいたのだ。
潜入はうまくいき、彼らの目的とその為の手段を知ることができた。成果は上々と言えるだろう。
「世界を喰らう次元の悪魔、ねぇ……。世界を滅ぼすってのはまあ誇張表現だとしても、これ復活させたらまずいヤツでしょ絶対。あーあ、なんか予想以上にヤバい気配がプンプン。生きて帰れるといいけど……」
男はどかりとソファーに座り込むと、自身へ潜入を命じた若い女上司の顔を思い浮かべ、ため息を吐きながら愚痴をこぼす。
「あーやだやだ。なんかこう、都合よく可愛い女の子が生えてきて助けてくれねーかな……。そしてラブロマンスが始まっちゃったりしてさ。はあ……」
男の脳裏に、豊かな金髪を縦ロールに纏めた美少女の姿が浮かぶ。
『歴史のある妖怪やらなんならともかく、極東に根を下ろした悪魔なんて大したことないでしょう。こっちも人員不足なのよ。どうしても無理というのなら追加で人員を送り込みますが、出来るのなら現地の魔法使いたちと協力して片づけて下さいな』
「まあ、ソニアさんなら一瞬で片付くレベルなのかもしれねえけど……。二流の俺にはキツいってこれ。もし死んだら恨みますよ、ソニアさん……」