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1話 闇夜の戦い

「てりゃああ!」

「やるなお嬢ちゃん!」


 とある日の夜、施設の老朽化と親会社の経営悪化が重なったことで廃棄が決定し、解体を待つばかりとなったデパートの内部にて。

 二つの人影が、激しくぶつかり合っていた。


「おじさんこそやるね! ハゲのくせに!」


 その人影の一人は、ノースリーブの黒いブラウスとホットパンツの上からジャケットを羽織った緋乃。


「ハゲじゃねえ! 剃ってるんだよ!」


 もう一人は、丸坊主にサングラスをかけた――緋乃の蹴りが叩き込まれたことで、フレームが完全にひしゃげており、レンズ部分が全損しているが――黒いチャイナシャツを着た強面の男。

 互いに黒を基調とした服を着た二人は、何度もその拳を、足をぶつけ合う。

 二人の戦闘の余波で、デパート内部の床や柱は所々が割れ、あるいは砕け。

 長年の使用に伴った汚れこそ残ってはいたものの、綺麗に片付いていた筈のそこは見るも無残な状況へと成り果てていた。


「くらえっ!」

「甘い!」


 男の頭を蹴り飛ばさんと、緋乃が足を振り上げてハイキックを繰り出せば、男はその太い腕に気を集中させて緋乃の蹴りを受け止める。

 反撃とばかりに男が緋乃の顔面目掛けて拳を突き出せば、緋乃はその拳の側面に手の甲を押し当てて軌道をずらし、そのまま男の右足目掛けてローキックを放つ。

 並の相手ならここで足を奪われ、この戦いは一気に緋乃の有利に傾いたことだろう。

 だが、しかし。生憎と、今現在緋乃の前で拳を振るっている男は、並ではなかった。


「おおっと!」


 男は緋乃のローキックを、素早く背後へ飛び退き――それと同時に、その掌に気を集中させて気弾を形成すると、緋乃に投げつけてきた。


「む……!」


 緋乃は男の気弾に対し、素早く拳を叩き込むことでこれを霧散させる。

 しかし緋乃が気弾に対処しているその隙に、男は緋乃からおよそ十数メートルほど離れた位置へと着地し――そんな男に対し、瞬時に伸ばされた緋乃の尻尾が襲い掛かった。


「これが噂の……厄介だな!」


 素早くその場からさらに飛び退く男。

 一瞬前まで男のいたその地点に、緋乃の尻尾が勢いよく突き刺さってコンクリートを粉砕し、土煙を巻き上げる。

 しかし、緋乃の追撃はこれで終わりではない。男が飛び退いたのを見るや否や、そのまま伸ばした尻尾を横薙ぎに振るい、先端部分の刃で再び着地した男を切り刻まんとする。

 もう動いていないエスカレーター、その周囲を覆う透明な樹脂板を粉砕しながら、鞭のように振るわれる尻尾。

 自身へと迫りくる、その暴威を目にした男はニヤリと笑うと、手刀の形に変化させた手へと気を籠め――。


「でやああぁぁぁ!」


 気合と共に左から右へと一閃。直撃寸前であった緋乃の尻尾を、弾き返した。


「うそ!?」

「食らえ……!」


 その光景を目に、思わず驚愕の声を上げる緋乃。

 そんな緋乃に対し、男は一気に距離を詰めると、緋乃の眼前にてコンクリートの床を力強く踏み締め――その衝撃で、床へと放射状の罅が入る。

 震脚。主に中国拳法において、拳打の威力を高める為に使用される技法だ。


(不味っ――突き、威力大、危険!)


 そうして男より放たれるのは、踏み込みの勢いをも利用した中段突き。俗に言う、崩拳だ。

 伸縮自在かつ極めて高い強度を誇る緋乃の尻尾は、確かに強力な攻撃手段ではあるものの――尻尾を操っている間、緋乃本人は無防備になってしまうという欠点も存在するのだ。

 ちょうどその隙を突かれた形になった緋乃は、もはや回避は間に合わないと、大慌てで突きの軌道上にその腕を割り込ませ――。


「くうぅ!」


 防御こそ間に合ったが、その軽い体重故に、拳を叩き込まれた勢いのまま後方へと吹き飛ぶ緋乃。

 しかし膨大な気を鎧のように纏い、その状態でさらに身体強化まで併用している緋乃の防御力には相当なものがある。

 故に、派手に吹き飛ばされこそしたものの、そこまで大きなダメージは入っておらず――緋乃はなんとか踏ん張り、倒れて隙を晒すことだけは回避した。


「今の突きを食らって、その程度のダメージか……。なかなかふざけた防御力だな」

「……? どういうつもり?」


 体勢を立て直した緋乃に対し、軽く拍手をしながらその耐久力を褒め称える男。

 せっかくの追撃のチャンスだというのに、あえてそれをせず見逃した男に対して疑問の声を上げる緋乃。


「いやなに、そろそろタイムアップだからな」

「タイムアップ?」

「ああ、もうすぐ聞こえてくると思うぞ……ほらな」


 懐から煙草を取り出しながら放たれた男の発言に対し、緋乃は軽く首を傾げながら疑問の声を上げる。

 しかし、男の言葉を受けて耳をすませてみれば、うっすらとパトカーのサイレンの音が聞こえてきたではないか。

 ここにきて、ようやく男の言葉の意味を理解した緋乃は納得の言葉を漏らす。


「なるほどね……」

「まあ、そういう訳だ。これだけ派手にやってれば、そりゃまあ通報されるだろうさ。……嬢ちゃんも、警察の世話になるのは困るだろ?」


 戦いの余波で砕けたコンクリートの柱や床、そしてガラスへと目をやりながら、咥えた煙草へと火をつける男。

 そんな男を見て、「このまま尻尾で不意打ちしたらKOできないかな?」という感想を抱く緋乃であったが――男がさりげなくこちらへ視線を向け、警戒していることに気付くとその考えを投げ捨てた。


「俺が言えた義理でもないが……危ないことには、首を突っ込まない方が賢明だぞ。ではな」


 緋乃から戦闘続行の意志が消えたことを理解したのであろう。

 男はそう言うと緋乃に背を向け、割れた窓から飛び降りて闇夜の中に姿を消す。


「はぁ……」


 そうして、誰もいなくなった廃デパートの中に残された緋乃は一人ため息を吐く。


(やれやれ、軽い気持ちで引き受けた不審者の調査が、まさかこんなことになるなんてね……)


 思い起こすは、今朝の学校での出来事。

 クラスメイトの女子よりもたらされた、取り壊し予定の廃デパートの中から光を見たという情報と、怪しい人が住みついてたら怖いから追い出してよーという冗談交じりの言葉。

 最近はすぐ近くに強力な妖怪である刹那が引っ越してきた影響か、それとも新参の緋乃に大妖怪を討伐されたことで古参の退魔師たちが奮起でもしたのか――とにかく妖魔退治の依頼が入ってこなくなり、暇を持て余していた緋乃は面白半分でこの冗談に乗っかることを決定。

 夕食を終えると、こっそりと家を抜け出してここまでやってきたのであった。


(まさか、あんな手練れが雇われてるなんてね……。ヤクザ、恐るべし)


 そうして廃デパートに潜入した緋乃は、奥の方から人の気配を察知。

 こっそりとそこへ近寄ってみれば、何人かの男たちが集まって怪しい取引をしているではないか。

 人相の悪い、いかにもな悪人たちの闇取引の現場を目撃した緋乃は、その目を輝かせて彼らの観察を続行するも――ふとしたことで、彼らの雇っていた用心棒と思わしき禿頭の男に見つかってしまい、やむを得ず戦闘開始。現在に至るという訳だ。


(さて、わたしも見つかる前に逃げよっかな。汚れちゃったし、お風呂入らないとね。あのやけに強いハゲに関しては、刹那さんにでも聞くとしよーっと)


 緋乃はパンパンと土埃を払うと、そのまま駆け出して先ほどの男と同様に窓から飛び降りる。

 小さな音と共にコンクリートの地面へと着地した緋乃は、デパートの敷地外の電柱に向けて尻尾を伸ばし、しっかりと巻き付け――尻尾を縮める勢いを利用して、一息にデパートから離脱。

 背後から聞こえてくるサイレン音に対し、「証拠は残してないし、バレないよね?」とドキドキしながら、自宅へ向けて走り出すのであった。

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