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二章エピローグ 後始末

「父上、お話があるのですがよろしいでしょうか?」

「おお、どうした一心。急に改まって」


 大妖怪・滅亀が討伐されてから二日後。

 大神邸の一室にて、二人の男――現当主である大神一心と、先代当主である大神源哉(げんや)の二人が向かい合っていた。


「霊脈の警備状況の情報流出、悪意ある外部の人間の誘引、不当な予算減額による霊脈の維持管理の妨害。……全部、父上の差し金ですね?」

「なっ!? なんじゃそれは! 儂は知らんぞ! 一体どこのどいつが――」

「とぼけないでください、父上。既に証拠は押さえてあります」


 一心より放たれた糾弾の言葉。それを聞いた弦哉は、知らぬ存ぜぬで押し通そうとするものの、一心はもうその暗躍の証拠を手に入れているようで、強い口調で弦哉の反論を封じた。


「何が目的かは知りませんが、()()()()ましたな。まさか、この現代で大妖怪を生み出す手伝いをするなど……」

「わ、儂は知らんぞ! 濡れ衣じゃ! 誰かが儂に罪を被せ――」

「見苦しいですよ、父上。これ以上醜態を晒すのはおやめください。あなたの指示で情報を横流しした人間も捕まえましたし、あなた方のやっている『お茶会』のメンバーから、複数名の懺悔の報告も上がっています。もう一度言います。やりすぎたんですよ、あなたは」


 なお見苦しく罪から逃れようとする源哉であったが、一心の静かな追及を受けて沈黙。

 下手を打った部下への怒りか、それとも自身を売った仲間への怒りか。その顔を赤く染め、プルプルと震える源哉。

 それを見て一心はため息を吐くと、パチンと指を鳴らす。

 一心の合図を受け――恐らくは部屋の前で待機していたのであろう――三人の筋肉質な大男が部屋へと踏み込んできた。


「なっ!? 貴様等、何をする! 離れろ下郎どもが! 儂を誰だと思っている!」

「事が事です。周囲の混乱を防ぐため、表立って裁いたりするわけにはいきませんが――相応の罰は受けて頂きます。二度と陽の光を浴びることはないでしょう」


 男たちは無言で弦哉の腕を掴むと無理矢理立たせ、そのままその腕を捕らえて拘束。

 両脇と背後を男たちに固められた源哉に対し、一心はその処罰を告げる。


「貴様――! それが実の父親に向ける態度か! ふざけるな、儂がいままでどれだけ――」

「早く連れていけ。見ていて悲しくなる」


 一心の指示を受け、源哉が連行されていく。源哉は男たちに連行されながらも、口汚い言葉を吐いて周囲を罵っていた。

 そんな父の姿を、これ以上見てられないといった様子で一心は背を向ける。


「……はぁ」


 背後で襖の閉じる音がして、部屋に一人残された一心は深いため息を吐いた。

 ――どうしてここまで落ちぶれてしまったのだろう。昔は何よりも一般市民のことを気に掛ける、厳しくも優しくて、誇り高き人だったというのに。

 かつての父の姿を知る一心は、あまりに変わってしまった現在の父の姿に、うっすらと涙を浮かべるのであった。







「なるほどね、わたしに隠れて、理奈と一緒に特訓してたんだ……」

「そういうこと。おかげで念動力の出力も結構上がったし、新しい技も身に付けたし。あたしってば、結構強くなっちゃったわよ?」

「確かこの辺りに……おお、いたいた! そこの少女よ!」


 一日の授業を終え、帰宅中の明乃と緋乃。

 雑談に花を咲かせながら自宅への道を歩む、そんな二人の前に。突然、乳房と脚を大きく露出するタイプの着物――俗に言う、ミニ着物である――を着た女性が現れて、緋乃へと語りかけてきた。

 下駄に足袋を履いているので少々背丈が盛られているものの、それを抜きにすれば身長170cmといったところだろうか。腰にまで届く長い黒髪に、赤い眼が特徴的な、とびっきりの美女である。


「えっと……わたし?」

「うむうむ、そうじゃそうじゃ」


 カンカンと下駄の音を鳴らしながら近寄ってきたその女性は、緋乃の前で立ち止まると軽く腰を曲げ、顔と顔を突き合わせてにんまりとした笑顔を浮かべる。


「え、えっと……」

「おうおう、写真でもめんこかったが、生で見るとそれ以上じゃの! くぅ~、この顔を見れただけでも、ここまで逃げだしてきた甲斐があったというものじゃ!」


 困惑する緋乃に対し、その女性は上機嫌で一方的に語り掛ける。

 そのまままじまじと至近距離で緋乃の顔を観察していた女性であったが、ふとその両手を上げると緋乃の両頬へと手を伸ばす。


「めっちゃいい匂いだし、お肌もすべすべでもちもちじゃし、もう辛抱たまらんわい! こんな娘がいていいのか!?」

「ふ、ふえぇ……!」


 女性は緋乃の頬を数秒ほど撫で回すと、そのままその頭を抱え込んで強く抱きしめる。

 顔面に女性の豊満な乳房を押し付けられる形となった緋乃が、遠慮しがちにその手を動かして女性から離れようとするが、予想以上の怪力で抱かれているために中々脱出できない。

 そんな緋乃を見て、女性が抱きついたあたりでフリーズしていた明乃が再起動。慌てて二人の間に割り込んだ。


「あーはいはい、緋乃のファンのお姉さんね! まあ抱きしめたくなる気持ちはわかるけど、お触りは厳禁よ! はい離れて離れて~!」

「むっ、すまんすまん。こう、予想以上に可愛い緋乃ちゃんを見て、感極まっての……」


 明乃の注意を受け、その女性は意外にもあっさりと緋乃を開放。

 緋乃に名残惜しそうな目線を向けつつ、謝罪の言葉を口にした。


「ふぅ……。ありがと明乃」

「どういたしまして。それでお姉さん、緋乃に何か用事があったんでしょ?」


 女性の魔の手から逃れた緋乃が、恥ずかしさに頬を赤らめながらも一歩引いて明乃の横に並び立つ。

 そうして再び女性と向かい合った緋乃たちは、女性が緋乃を呼び止めたその理由を問いただす。


「そうじゃそうじゃ。儂は刹那という者での。こう見えて、一応烏天狗という妖怪をやっておる」


 明乃の指摘を受けた女性は自身の名を名乗ると、ばさりとその背から大きな黒い翼を生やす。

 周囲に人目もある中で、いきなり人外カミングアウトをかましてくれた刹那。それを見て、緋乃と明乃は大慌てで周囲を窺うが――意外なことに、誰一人としてこちらに注目している者はいなかった。

 ミニ着物という普段見慣れぬ衣装を着た、飛びぬけた美女である刹那。

 その刹那がいるというのに、ここまで周囲の目線を集めないというのは不可解だと思う緋乃であったが……すぐにその原因へと気付く。


「認識阻害……。いつの間に」

「最初から、じゃ。今日はあまり目立ちたくなかったのでの。ほら、こっちから話しかけるまで、儂の存在に気付かんかったじゃろ?」


 ニシシと笑う刹那を見て、緋乃はほっと息を吐く。


「裏の関係者だったとはね……。あなたが、野中さんの言っていた『人間に協力する妖怪』ですか。それで、刹那さんは緋乃に何か用事でも? こないだの大妖怪討伐の件とか?」

「いんや、別に無関係じゃ。今回はただ、儂の個人的な用事での……」


 裏の仕事に関する用事なのかと、今回刹那が現れた理由を聞く明乃であったが、刹那は違うと首を横に振る。

 わたしに個人的な用事? 妖怪に知り合いなんていないし、一体何だろう。

 首を傾げる緋乃であったが、その時ふと制服のポケットに入れているスマホが振動していることに気付く。

 刹那の対応は明乃に任せるとして、緋乃がその画面へと目をやれば、そこに映るは野中からの着信を示す文字。

 何だろうと思いながらも緋乃がその着信を受け取れば――。


「もしもし?」

『ああ、ようやく繋がった! 緋乃君ですよね! 突然すいませんが、そっちで腰ぐらいまである黒いロングヘアの、とんでもない美人の女性を見かけたりしませんでしたか? もし見かけたら――』

「いるよ、ちょうど目の前に。刹那さんっていう、カラス天狗? とかいう人が」

『早い! もう着いてるの!?』


 どうやら、刹那の所在を探しての電話だったらしい。

 緋乃の返事を聞いた野中は、珍しく言葉を崩しながら驚愕の声を上げていた。

 いつも礼儀正しい仮面を外さなかった野中。その珍しい反応を聞いて、緋乃はくすりと笑みを浮かべる。


「ふむ、もう嗅ぎ付けられたか。やれやれ、空気の読めん奴じゃ……ちょいと借りるぞい?」


 緋乃の通話をする声が聞こえていたのであろう。いつの間にか、明乃と話していた筈の刹那が緋乃のそばまで寄ってきており――刹那は緋乃に軽く断りを入れると、ひょいとスマホを取り上げて野中へと言葉を放つ。


「今代わったぞい、儂じゃ。書置きは見たじゃろ? そういうことじゃ」

『刹那殿!? 困りますよ、いきなり急にこんなこと! まだまだ仕事だって――』

「ええい、うるさい奴じゃの! ちょっとぐらいええじゃろ! 家を建てるには、やはり現地の下見くらいしておきたいしのう! 今夜にはそっちに戻るから、もう連絡をよこすんじゃないぞ!」 


 電話越しに激しく口論をする刹那と野中。

 緋乃と明乃の二人は、まるで口喧嘩のような通話をする刹那を見てぽかんと口を開ける。


『いやいや、そういう問題では――』

「しつこいの! もう切るでの! ……ほれ、急に借りて悪かったのう」

「あ、うん……どうも」


 強制的に通話を打ち切った刹那から、野中さん困ってたみたいだけど、本当にいいのかな? という思いを抱きつつもスマホを受け取る緋乃。

 しかし、それを口にすると面倒な事に巻き込まれそうなので口にはしない。

 何故なら、緋乃は賢い(と自分では思っている)からだ。


「さて、余計な邪魔が入ってしまったが――本題に戻るとしようかの」

「ああ、まだ聞いてなかったんだ。てっきり明乃が聞いたかと」

「聞く前に、緋乃に電話がかかってきたのよ」


 これまで緋乃たちに対し、ニコニコと笑みを浮かべていた刹那が、急に真剣な表情へと戻る。

 それを見て、緋乃と明乃もその表情を引き締め、刹那の語る「本題」とやらを聞く姿勢を取る。

 そんな二人の反応を見て、満足したのか刹那は軽く頷いてから口を開く。


「まず、緋乃ちゃんは自分の妖怪化――いや、悪魔化じゃったか。それが、ほんの僅かではあるが進行しつつあることを知っておるかの?」

「え、なにそれ」

「初耳よね……」


 刹那の言葉に対し、ショックを受ける緋乃と明乃。

 刹那はそんな二人が落ち着くの待ってから、再度その続きを口にした。


「ふむ、知らなんだか。まあいい、きちんと調べてみればわかるはずじゃ。それで、このままいけば十年後、或いは二十年後、三十年後かは知らんが――まあ寿命よりも先に、緋乃ちゃんは完全な人外となるじゃろう。とはいえ、外見や精神はそこまで変化せん。醜い化け物になったりするわけじゃないから安心せえ」


 悪魔化の進行と聞き、ゲルセミウムのようにメカメカしくなった自身を想像していた緋乃であったが、刹那の口より外見はそう変化しないということを聞いたことで、安堵の息を漏らす。

 しかし、そんな緋乃とは対照的に明乃は渋い顔をしていた。


「明乃ちゃんは気付いておるようじゃの。そう、そうなれば待っているのは排斥じゃ。人間というのは不思議なものでの。元から妖怪であった儂みたいな存在よりも、後天的に人間をやめた存在を忌み嫌う傾向にある。嫉妬でもしておるのかの?」


 そう言って軽く鼻を鳴らす刹那を見て、緋乃もようやくその可能性に行き当たって眉を顰めた。

 ――そうだよね。なんか現時点でも混ざりものとか言われて嫌われてるみたいだし、完全に悪魔化したらなんかえらいことになりそう。

 面倒な事になる未来を想像し、ため息を吐く緋乃。そんな緋乃を見て、刹那はその瞳に優し気な色を浮かべると、緋乃に向かって手を差し出した。


「魂という手出しできんものが変質している以上、治療も不可ときた。そこでじゃ。どうせいつか人間をやめるのなら……今、最も美しい姿のうちにやめてみんか? 次元の悪魔の討伐に、大妖怪の討伐。二つの偉業を成し遂げた直後である今なら味方も多いし、儂も今までのコネと功績を使って全力で支援するから、悪いようにはならん筈じゃ。どうじゃ、儂の下にこんか?」

「ちょ、ちょっと待ってよ刹那さん。そんなこと、いきなり言われても……! 緋乃だって困るわよ、ねえ? もっとほら、考える時間とかを……」


 刹那の提案を聞き、ぼーっと考え込んでいる緋乃に代わって、明乃が猶予を求める対応をする。

 なにしろ、人間をやめるやめないという非常に重大な決断だ。その場のノリと勢いで決めていい問題ではない。

 刹那もそのあたりは理解していたのか、軽く目を閉じると、すっと差し出していた手を引っ込める。


「まあ、わかっておる。じっくり考えて決めたらええ。今回のはただの提案。儂はこういう道もあるぞと言うことを示しに来たのじゃ。儂はこっちに引っ越す予定じゃから、別い急いで決める必要はない」

「ああ、よかった。今すぐ決めないといけないかと思って、ちょっと焦っちゃったよ」


 刹那の提案を飲むメリットとデメリット。それを必死に天秤にかけていた緋乃は、刹那の言葉を聞いて安堵の息を漏らす。

 そんな緋乃を見て、刹那は軽く微笑みながら楽しげな声を上げる。


「さすがにこんな重大な決断を、その場で決めろと言うほど鬼ではないわい。儂は天狗じゃしの! いやまあ、できれば早いうちに決めて欲しいがの! 緋乃ちゃんが最も美しく、可愛い姿であるうちに!」


 妖怪ジョーク! とふざける刹那を見て緋乃たちの緊張もほぐれ、その場の雰囲気が少々緩んだものになる。

 そうして場の空気が軽くなったその瞬間。笑顔のまま、特大の爆弾を刹那は放り込んできた。


「では、別れる前に改めてもう一度言うとしようか。不知火緋乃、其方を娶りに来た。人をやめ、儂の妻となって欲しい。共に永遠の時を生きようではないか!」

これにて第二章完結です! お付き合いいただき、ありがとうございました!

一章に引き続き、ここまで読んでくださった皆様には本当に感謝です。

物語はまだ続く予定ですので、引き続きお付き合い頂ければ幸いです。

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