34話 終幕
34話 終幕
『グ、ヌアアアアア!?』
緋乃の背後より、横薙ぎに放たれた見えない巨大斬撃。
それをまともに受けた滅亀のボディに、深い斬撃痕が刻まれる。
「おお、すごい……! すごいよ明乃!」
巨大な傷痕より、血の代わりに黒いもやのような瘴気を吹き出す滅亀。
その光景を見て、緋乃が感嘆の声を漏らしていると、背後からがさがさと落ち葉を踏みしめる音が聞こえてきた。
緋乃はいつの間にか強力な技を身に着けていた大親友を褒め称えるべく、笑顔で振り返るのだが……。
「はぁ……はぁ……。ど、どんな、もんよ……」
「めっちゃ息上がってる――!?」
緋乃の目に映ったのは、汗をダラダラと流して、全力で呼吸を整えている際中の明乃の姿であった。
その予想をはるかに超える勢いで疲労している明乃を見て、思わず突っ込みの声を上げてしまう緋乃。
「めっちゃヘロヘロじゃん! そんなんじゃ戦えないでしょ!? 何しに来たの!」
「う、うる、さい……! 全力、ダッシュで……! 山登り、させられた、こっちの身にも、なれ……!」
緋乃の発言に対し、せき込みながらも抗議の声を上げる明乃。
――ああうん。確かに結構高い山だったし、木もいっぱい生えてるし、下から登るのはちょっと面倒だよね。わたしは尻尾でショートカットしたけど。
明乃に対し呆れた目を向けつつも、内心では明乃の現状に対して納得の声を上げる緋乃。
しかし、いくらなんでもこの状況はひどすぎる。雑魚が相手ならまだしも、今戦っている相手はかなりの強敵。
緋乃自身が超強化されているために、かつて戦った次元の悪魔ことゲルセミウムほどの脅威は感じないが……それでも緋乃単独ではギリギリ勝てるかどうか、といった具合の強敵だ。
少なくとも、疲労困憊状態の明乃を庇いながら勝てる相手ではない。
「ああもう、ここは危ないから早く帰って――」
「まちな、さいよ……! ちゃんと、回復手段は、用意してきたんだから……!」
明乃はそう口にすると、スマホを取り出して何タップか軽く操作を行う。
すると、明乃の左手が――いや、正確には明乃の嵌めている銀色の指輪が――光り輝き、その光が明乃の身体を包み込んでいく。
「ふぅ……生き返るわ……。理奈に頼んどいた、生命力譲渡の魔法よ。このあたしが何の対策もせず、ヘロヘロ状態で援護に駆け付ける訳ないじゃん?」
「ああ、うん。そうだったんだね……」
はい、思ってましたと言う訳にもいかず、目を逸らしながら曖昧な返事を返す緋乃。
そんな緋乃に対し、明乃は軽く目を細めて唇の端をヒクつかせると、そのまま状況説明に戻った。
「ちなみに、理奈は今のでスタミナ使い果たしてるから来れないわよ。まあ、退魔師と魔法使いって仲が死ぬほど悪いから、元々来れないんだけどね」
「ああ、そういえばそんなこと聞いたような」
元からこの国を陰ながら守護していた退魔師と、後からやってきた魔法使いの関係はかなり悪いものであり、退魔師たちは自分たちの縄張りで魔法使いが幅を利かせることを良しとしない。
どうやら妖怪が暴れ出そうとしているこの状況でもそのルールは適応されているらしく――総一郎をはじめ、若い退魔師はそこまで気にしていないのだが、老人たちは異様に魔法使いを敵視しているのだ――それが、理奈が緋乃たちの手伝いに来れない理由でもあった。
『貴様は……! あの時の!』
「あれ、知り合いだったんだ明乃」
「いやいや、知るわけないじゃないの。初対面よ初対面」
緋乃と明乃が状況について話し合い、回復をしているその隙に。
最低限の再生を終えた滅亀が恨み言をふと漏らし。そして、それを耳ざとく聞き止めた緋乃は、その恨み言をネタに明乃をからかう。
「まあ、冗談はさておき、これで二対一だよ。悪く思わないでよね?」
「進化したあたしの力、見せてあげるわ緋乃!」
『チッ……面倒な……』
自信満々に構えを取る緋乃と明乃を見て、心底厄介そうな声を漏らす滅亀。
しかし当然だろう。緋乃一人にあれだけ手を焼いていたというのに、そこに増援が登場したのだから。
しかも、先の一撃によりその実力の高さは証明済みだ。滅亀が厄介に思うのも当たり前のことである。
「……わたしが先行するよ。明乃は援護よろしく」
「ちぇ、しょうがないわね。まあ、いいわよ。ここには弾もいっぱいあるし……あたしの新技、サイコカッターと合わせれば……」
そうして睨み合う二人と一匹。互いに仕掛けるタイミングを窺い、緊張感で空気が張り詰め――ほぼ同時に動きを取ろうとしたその刹那。
「油断大敵だぞ、妖怪」
激しい闘いの騒音や、また大量に生える木々に紛れて接近していたのであろう。
紫電を纏う直刀をその右手に握った総一郎が現れ、背後から滅亀を大きく斬りつけた。
『グオァ!? き、貴様――!』
緋乃と明乃の二人に注目していたであろう滅亀にとって、意識の外からの奇襲攻撃。
それを受けた滅亀は、呻き声を上げつつも、素早くその背からトゲを生やし――即座に背後の総一郎目掛けて撃ち込んだ。
総一郎はそれを背後に飛び退いてかわすのだが、それを追いかけるかのように次々と放たれるトゲミサイル。
しかし、ほんの一瞬ではあるが、背後の総一郎へ気を取られてしまったその一瞬が命取りだった。
滅亀にとっての敵は背後だけではなく、真正面にもいるのだから。
それも、とびっきりに強い少女が二人もだ。
「貰ったァ!」
滅亀が総一郎へと注意を割いたその隙をつき、明乃は滅亀へと向かって手刀を振るう。
明乃の腕が振るわれると同時に、その髪が薄く輝いたかと思うと、見えない斬撃が滅亀を襲った。
『グヌウウウ!』
「隙ありだよ!」
明乃のサイコカッターが直撃し、怯む滅亀。
当然、そんな大チャンスを見逃す緋乃ではない。
明乃がその腕を振るうと同時に素早く駆け出していた緋乃は、その勢いのまま跳躍。滅亀の顔面へと、渾身の踵落としを叩き込む。
『ガッ!?』
「まだまだぁ!」
そうしてそのまま始まる緋乃の連続攻撃。
地面へと着地した緋乃は、素早く左のハイキックを繰り出して滅亀の顔面を蹴り飛ばし。
そのまま踏み込みつつ、その勢いを利用した前蹴りを繰り出して滅亀を悶絶させ。
前蹴りの勢いで後ずさる滅亀の側面に回り込むと、再び跳び上がりつつその右脚を大開脚。
勢いよく踵を振り下ろし、踏ん張る滅亀へ横方向の衝撃を加えて、今度こそ吹き飛ばす。
「おおっとお、あたしも忘れないでよね!」
そうして緋乃と滅亀の距離が開いた瞬間。
念力によって保護・強化された巨大な木の杭が滅亀へと次々と降り注ぐ。
緋乃が滅亀を叩きのめしている間に、明乃は念動力により手ごろな木を引き抜き持ち上げ、そのまま念力による切断で雑に杭として加工していたのだ。
『グオオオォォォォォ――!?』
「――チャンス!」
さすがの防御力か、貫通とまではいかなかったものの、杭が突き刺さったことで悲鳴を上げる滅亀。
本気で苦しそうな叫び声を上げるその姿からは、これまではあった余裕というものが一切感じられず――それを見た緋乃は、今度こそトドメを刺すべくその尻尾へと力を込める。
(明乃と総一郎も来てくれたし予定変更! 全力全開の尻尾ドリルでぶち抜いてやる!)
尻尾の先端が螺旋状に変形しながら、斜め後方へと天高く伸びていく。
半精神体である緋乃の尻尾は、緋乃の精神状態によってスペックが大きく変化する。
強気なときはより強固に、逆に弱気なときは貧弱に。それが緋乃の尻尾の利点であり、欠点だ。
しかし今、強敵を倒す大チャンスを前にした緋乃のテンションは最高潮。尻尾はいつもよりも速く、音速の数十倍のスピードでグングンと伸びていき――。
『クソがぁ! こんなところで、終わってたまるかァ――!!』
その光景を目にした滅亀の背より、大量のトゲが生え、口には膨大な妖力が溜まっていく。
さらにそれと同時に、緋乃の周囲の地面が揺れ、ひび割れが入る。
トゲミサイルに妖力砲に大地の槍。自身の持てる攻撃手段の全てを注ぎ込み、緋乃の攻撃を妨害しようとする滅亀。
「無駄な抵抗を……! 大人しく散れ!」
「させるわけ、ないでしょーが! この、スカポンタンが!」
しかし、当然ながら総一郎と明乃の二人がその滅亀の攻撃へと割って入る。
発動直前だった大地の槍は、地面に触れた総一郎が同系の術式を使うことで妨害。
トゲミサイルも明乃の念動力砲で大半が討ち落とされ、残りの分も跳躍した総一郎に両断されて爆散。
最後の妖力砲も、発射直前にダッシュで駆け寄った明乃の、気に加えて念動力を上乗せした手刀。言うなれば、ゼロ距離サイコカッターことサイコソードで、溜めた妖力ごと頭部を断ち切られて不発に終わる。
『グアアアアァァ! 貴様、貴様貴様貴様! キサマらァ――!?』
「見苦しいぞ、貴様の敗北だ!」
「緋乃は! あたしが! 守る!」
総一郎と明乃の二人によって全ての抵抗を潰された滅亀は、最後の手段としてその重量を活かした体当たりを繰り出そうと踏み込むのだが――総一郎の術式により、周囲の木々から伸びてきた蔦のようなもので縛り上げられ、さらに明乃の渾身の念力で地面へと圧し潰されることで、その悪あがきも封じられ。
打つ手の無くなった滅亀は、ただひたすらに憎悪に満ちた叫びを上げる。
「おまたせ、二人ともありがとう! ……さっきは距離が近かったからぶち抜けなかったんだ! だったら! これならどうだぁ!」
そうして、今度こそ滅亀が抵抗手段を失うと同時に、緋乃も攻撃準備を完了。
天高く伸ばした尻尾の先に、滅亀まで続く高重力の小さなトンネルを作り上げると、その中へと尻尾を通す。
甲高い音をたてて高速回転する刃が、重力の影響を受けて超加速。
身動きの取れない滅亀目掛けて、今度こそそのボディを貫通せんと、緋乃の尻尾が唸りを上げ――その射線上に、薄いガラスのような障壁が展開された。
おそらくは妖力による防御結界だろう。しかし、もう関係ない。そんな薄っぺらな障壁で、わたしの尻尾を止められるものかと緋乃は攻撃続行を選択。そして――。
「くらええぇぇぇ!」
『グオオオォォ!?』
直撃。緋乃の尻尾は滅亀が張った妖力による障壁を粉砕。そのままその分厚い装甲をも粉砕し、肉体に食い込み――そこで止まった。
『ど、どうだこの野郎……!』
「……!」
また止められた。仕留めきれなかった。
必殺の一撃を二度も止められたことに驚愕する緋乃であったが、しかし同時に、仕止め損なうことも想定していた緋乃の行動は早かった。
尻尾が止められたと判断したその瞬間。緋乃は尻尾の先端部分から、ウニのように棘を生やして絶対に抜けないようにすると、そのまま両脚に力を込めてその場で大ジャンプ。
滅亀へと尻尾を撃ち込んだまま、その上空へと体を置いた。
(こうなったら、わたしの最大火力で仕留めるまで! 尻尾の戻る力を使えば、いつもより低い高度でこれまで以上の火力を出せるはず……!)
滅亀の直上へと陣取った緋乃は、その左足首へと尻尾を巻き付けると同時に右脚を掲げてI字バランスの体勢をとる。
一瞬で超必殺技の準備を終えた緋乃は、尻尾を全力で縮めると同時に重力操作の異能を全力で発動。
超スピードで滅亀へと向かって落下していき――。
「逝っけえええぇぇぇぇ!」
『チッ、チクショオオオオオ!』
着弾。周囲へと派手に土煙を巻き上げながら――見苦しい叫びを上げる、最新にして最先端を行く大妖怪を粉砕するのであった。