32話 強襲
「キャアアア――!?」
「う、うわああぁぁ!」
緋乃たち突入班が、別荘の地下施設から何とか脱出し、地上の別荘内部へと帰還した直後。激しい閃光と轟音が緋乃たちを歓迎した。
廊下や部屋が真紅の閃光に染まり上がり、ガタガタと別荘そのものが激しく揺れ、立花や他の退魔師たちが悲鳴を上げる。
「ええい、もうちょっと待っててくれても……!」
緋乃は情けない悲鳴を上げる六花や他の退魔師たちへ苛立ちながらも、自分たちを嵌めてくれた邪教徒たちへの文句を口にし――窓の外から飛び込んでくる赤い光を睨みつける。
「お、収まった……?」
「助かった……のか?」
そのまま激しい揺れに耐える一同であったが、やがてその攻撃が止んだのか、赤い光は消え、振動も収まった。
「今のうちに逃げるぞ!」
「このままじゃ一網打尽だ!」
謎の攻撃から身を守るため、各自で気や霊力による防御を固めていた退魔師たちは、この隙に別荘から脱出せんと廊下を駆ける。
「ぐずぐずしてないで行くよ、六花」
そうして他の退魔師たちが駆けていくのを見て、緋乃も六花に声をかけた。
周囲の退魔師たちが逃げ出しているというのに、六花だけはなぜか動く様子を見せなかったからだ。
「ま、待って下さい緋乃……。あ、足が……」
この場からの離脱を急かす緋乃の声に対し、弱弱しい声で返事をする六花。
六花の声を聞いた緋乃が、何事かと目をやれば、六花の足は生まれたての小鹿のようにがくがくと震えているではないか。
「……ええい、仕方ないなぁ!」
「きゃ!? す、すいませんわ……!」
六花が自力で走れそうにないことを確認した緋乃は、六花を横向きに抱きかかえると、別荘の出口へと向かって駈け出した。
そうして他の退魔師たちに遅れること数秒。緋乃と六花が別荘の外へと脱出してみれば――。
「無事か! 六花、緋乃!」
「お、お兄様……」
先ほどの攻撃の余波で土煙が舞う中、この作戦の責任者である総一郎が出迎えに現れた。
心配した様子で二人の名を呼びながら駆け寄る総一郎を見て、緋乃は抱いていた六花をゆっくりと地面に降ろす。
「一体何があったの? こっちは罠だって聞いたけど、今の攻撃は?」
「ああ、すまない……。どうやら、奴らはこの別荘ではなく、あの山の方で妖魔を強化する儀式を進めていたようだ」
総一郎の説明を聞いた緋乃は、土煙越しに、山の中に潜む、強大な妖気を放つ存在の方向へと目線を送りながら、ゆっくりと口を開く。
「情報、漏れてた?」
「そうかもしれんし、重要な儀式ということで、たまたま向こうが備えていただけかもしれん。現状ではなんとも言えないな……」
「そっか」
総一郎の言葉に対し、緋乃は気のない返事を返すと、あたりを軽く見回して周囲の状況を確認する。
妖魔――いや、この妖気の強さをみるに、恐らくは妖怪か――が潜んでいるであろう山と別荘との間に、大勢の退魔師が固まっているのを見るに、先ほどの攻撃は彼らが受け止めてくれたのだろう。
(あの人たちに助けられたのかな? 助かったよ、ありがとうね)
攻撃を防いでくれた退魔師たちに、内心で感謝する緋乃。
しかし、ちょうどその時。山の方から感じる妖気が、より一層の高まりを見せる。
恐らく、目標である別荘が無事だったのを見て、自分の攻撃が防がれたことを理解したのであろう。
「第二射、来ます! 先ほど以上の妖気です!」
「防御は出来るか!?」
「さっきので呪符やら使い過ぎました! 無理です、逃げましょう!」
(どうやら、わたしの出番みたいだね……)
高まる妖気を前に、慌てた様子で話し合う退魔師の男と総一郎。
二人の会話を横から聞いた緋乃は、山に潜む妖怪からは見えないよう、こっそりとその場を後にした。
「いよっと……。ほいさっ! ふぅ、これくらい離れればいいかな……」
建物の影に隠れ、木の影に隠れ。別荘より距離を取った緋乃は、今だ山中にて妖力を溜めている妖怪へとその目を向ける。
「間に合ったみたいで良かった良かった。さぁて、それじゃ……行きますか!」
緋乃は自分に気合を入れると、その尻尾を自身の右手首にくるくると巻きつけてから、更にその尻尾を伸ばして自身の顔の横にまで持ってくる。
「目標まで結構離れてるからね……。よーく狙わないと……」
狙うは妖怪本体……といきたいところだが、相手の能力がわからない以上、あまりうかつな攻撃はしたくない。
まずは距離を詰め、連続して攻撃を仕掛けることで、退魔師たちへ攻撃を加える余裕を奪うことが第一だ。
そう考えた緋乃は、狙いをあえて妖怪から外し、その近くの地面へ向けて尻尾を勢いよく伸ばした。
緋乃の見守る前で尻尾はグングンと伸び――木々を避け、露出した山肌へと突き刺さる。
「よし……。イイ感じに刺さったね」
尻尾に力を込め、くんくんと何度か緩めては引っ張りということを繰り返し、しっかりと地面深く刺さっていることを確認した緋乃は、軽く深呼吸をするとその目を見開いた。
「それじゃあ、不知火緋乃。行きます!」
緋乃は決意の言葉を口にすると、その尻尾を急速に縮めていく。
その尻尾の伸縮に伴い、緋乃の足が地を離れ、そして緋乃本体も山に向かって宙を舞う。
重力操作で飛ぶよりも遥かに消耗が少なく、また高速で移動できるという、緋乃愛用の移動技だ。
そのまま尻尾を伸縮させるのでは、背中を向けて移動するという少し間抜けな絵になってしまうのが欠点だが……それも尻尾を手首や足首に巻き付け、経由させることで解消できる。
「さてさて、一体どんなやつが相手なんだろうね」
そうして緋乃は猛スピードで飛翔しながら、相手がどんなタイプの敵なのかを確認しようと、木々に隠れる妖怪へと目を凝らす。
灰色を基調としたメカニカルな体に、大型のトラックにも匹敵する巨体。
討伐目標であるその妖怪――緋乃はその名を知らないが、邪教徒の下に身を寄せたときに滅亀と名付けられた――はすぐに見つかり、その外見を確認した緋乃は眉を顰めた。
(あれは……亀? まーたメカタイプかぁ。見る分には格好いいんだけど、相手にするのは面倒なんだよね……)
その特徴的な外見より、相手が機械型であることを理解した緋乃は、軽くため息を吐いた。
尻尾による遠隔攻撃手段を手に入れたとはいえ、緋乃の基本戦闘スタイルは蹴り技を主体とした近接格闘型。
多彩な攻撃手段を持ち、多少のダメージでは止まらない機械型の相手との相性はあまり良いとはいえず、また本人も好みではなかった。
もっとも、滅亀は半機械型とでも言えばいいのだろうか。生物型の妖怪が自己改造で機械型の特徴を取り入れた結果、両方の特徴を持つに至った特殊なタイプであるのだが――外見からそれを判別することは不可能であるため、緋乃は完全な機械型だと誤認しているのだが。
(うわ、なんかキョロキョロしてる。尻尾の刺さった音、聞かれたかな? こっち見るな~こっち見るな~)
まるで何かを探すかのように、口内に妖力を溜めたまま首を動かす滅亀を見て、緋乃は内心で祈りを捧げる。
ローコストかつ速度も速いという、一見すると便利な緋乃の尻尾移動ではあるが、欠点も存在する。
それは、尻尾を刺したり巻きつけたりするものが移動先に必要だということ。
そして、もう一つは尻尾を刺した際に、どうしても音が発生してしまうということだ。
今回は目標地点との距離が相当に離れていたため、能力発動に必要な精神力や移動速度を緋乃なりに考慮した結果、尻尾移動を使うことに決めたのだが――。
「見つかった……か! 仕方ないね!」
緋乃の祈りも空しく、滅亀は自身目掛けて高速で飛翔する、緋乃の姿を捕らえたようだ。
膨大な妖力を溜めたその口を、別荘付近に陣取る退魔師たちではなく、緋乃へと向けてきた。
(まあ、この技って見るからに方向転換が苦手だしね。しかも、ここは空中。周囲に蹴ったりするものは何もないし、この状況ではどうあがいても回避不能。哀れ、超絶に可愛くてセクシーな緋乃ちゃんは、この砲撃を受けてジ・エンド……なーんて、向こうは思ってたりしちゃうんだろうね)
どこからどう見ても絶体絶命なこの状況。
しかし、そんな状況にあってもなお、緋乃は慌てる様子を見せない。なぜならば――。
「甘いんだよねっ!」
滅亀より妖力の砲撃が放たれたその瞬間。緋乃は尻尾を消し去ってフリーになると、重力操作の異能を発動した。
その効果により、宙を舞う緋乃は急激に浮き上がり――見事、妖力砲を回避してみせる。
自身を覆うかのように、周囲の重力を反転させ、なおかつ倍加させたのだ。
「さて、バレたなら仕方ないね。ここはド派手に、わたしのドリルで貫いてあげちゃおう……!」
そうして滅亀の攻撃を回避した緋乃は、再び尻尾を出現させると、その先端の形状を変化させる。
捻じれた刃が高速で回転するその姿は、まさしくドリル。
かつて廃村にて最上級クラスの妖魔を葬った、緋乃の使える技の中でも、最大の貫通力を誇る一撃だ。
派手に音がするので、奇襲には絶望的に向かないという欠点こそあるものの――もうバレてしまった今ではそんなことは関係ない。
緋乃はニヤリと笑みを浮かべると、砲撃を放った反動で後ずさる滅亀に向かって、その尻尾を勢いよく放った。
(そしてすかさずギフト発動! これがわたしの必殺コンボだよ! 逝っちゃえ!)
そして、緋乃は尻尾を放つと同時に、再び重力操作の異能を発動。
尻尾がギリギリ通り抜けられる程度の、小さい円柱状の高重力場を、滅亀に向かって作り出す。
その重力の働く向きは勿論、尻尾の伸びる方向と同一方向だ。
高重力のトンネルを通ることで、緋乃の尻尾は一気に加速。圧倒的な速度で、滅亀目掛けて落ちていき――。
『グオオォ――!?』
滅亀の背負う甲羅型のパーツへと、深々と突き刺さった。