30話 邪教徒殲滅作戦
「ふあぁ~あ……。あー、よく寝た」
「お、ようやく起きたか。まったく、この状況でよく寝れるよな……」
「しゃーねーじゃん? 昨日は遅くまで儀式に付き合ってたんだしさ。んで? 退魔師の連中に動きは無しか?」
「ああ。今の所はバレてねーみたいだぜ」
別荘内部の、リビングと思われる大部屋にて話し合う二人の男。
二人はTVのニュース番組をぼーっと眺めながら、地下の施設にて行われている儀式について語り合う。
「そりゃよかった。にしても、妖魔を育てて人類の口減らしかぁ……。なんかこう、いざ上手くいきそうになると、本当にやっちまっていいものか戸惑っちまうな~」
「まあな……。それより、妖魔様。もしくは妖魔殿、だぞ。寝起きとはいえ気を抜きすぎだ。今の台詞が上の連中の耳に入ったら大目玉だぞ?」
「うへぇ、そりゃ簡便だな」
相方からの注意を受け、頭をがりがりと掻きかがら、辟易とした声を上げる男。
下級の構成員である男たちには、幹部や上層部の人間とは違って、妖魔に対する敬意などは無いようであり――むしろ、その口調からは妖魔を見下している様子すら感じられる。
しかし、それも当然のことだろう。妖魔とは、実体を得た陰の気の集合体。
陰の気とは、人間に限らずほぼすべての命あるものにとって、本能的に嫌悪感を感じてしまうもの。
それを知性に乏しいからか、完全に制御しきれずに、周囲へと垂れ流しているのが妖魔だ。
生物は妖魔を嫌い、妖魔は生物を嫌う。それが当然の理であり、妖魔を崇める幹部たち上層部がおかしいのだ。
金払いがいいから寄ってきただけの男たちにとって、本気で人類を害虫だと思い――その排除を目論んでいる彼らの思考は、理解しがたいものがあった。
「散歩がてら、ちょっくらコンビニでも行ってくるわ。ついでになんか買ってこようか?」
「お、悪いな。じゃあ飲み物が切れてたはずだし、適当にお茶のデカいやつでも頼むわ」
「あいよー」
話を終えた男は防寒用のコートを羽織り、財布の中身を確認するとリビングから出ていく。
そうして男が廊下を歩き、玄関の前までたどり着いたその瞬間。
爆音がするとともに、勢いよくドアが弾け飛んだ。
「うおおぉお!? いったい何が――ぐあぁっ!?」
「突入完了! 目標は地下だ。いくぞ!」
突然の異常事態を前に、混乱する男。そんな男を、煙の中から現れた人影が殴り飛ばし、一撃でその意識を奪う。
その人影――筋骨隆々とした大男は、背後に向かって叫ぶと、別荘の中へと乗り込んできた。
大神総一郎の提案した邪教徒殲滅作戦が開始されたのだ。
「オイ、なんだ今の音――退魔師だと!? クソッ! 奴らだ! 奴らが来たぞー!」
「なんだと! 隠蔽は完璧だったはずだろうが!」
「ええい! もう少しで儀式も終わるってのに!」
当然、その玄関を破る音は別荘内部にいた邪教徒たちにも伝わっており、部屋の扉が次々と開き、また二階や地下室へと続く階段から、邪教徒たちが次々と姿を現した。
そうして現れた邪教徒たちは、侵入者を排除すべく、呪具などのそれぞれの獲物を手に大男に向かって駆け出し――そのタイミングを見計らって、退魔師の別動隊が窓を破って別荘へと侵入。邪教徒たちを背後から強襲した。
「突入ー!」
◇
「うおー、すっごいね。秘密基地みたい……」
「本当ですわね……。よくもまあ、これだけの地下施設を作ったものです」
他の退魔師たちが先行し、制圧した別荘の地下に存在する施設。その通路を、緋乃と六花は歩いていた。
邪教徒たちの大半はこの地下施設にいたらしく、通路の先からはいまだに激しい戦闘音と怒号が聞こえてくる。
二人はそれらに意識を割き、いつでも救援に駆け付けられる態勢を取りながら、制圧された通路を悠然と歩んでいた。
ちなみに、総一郎は地上にて全体の指揮を執っているので、ここにはいない。
「あの人たち、結構やるね。なんかすごい一方的」
「腕に覚えのある人間を集めましたからね。当然ですわ」
頭の後ろで手を組みながら、感心した目を前方へと向ける緋乃と、それに対し得意気な声を返す六花。
「これなら、わたしたちの出番はないかもね――っと」
「どうかしましたか? ……ああ、なるほど」
雑談の際中に、ふと足を止めた緋乃。
そんな緋乃に対し、六花は訝しげな声を上げるが……緋乃の視線の先を見て、すぐその理由に気付いたのであろう。納得の声を上げた。
「そんなところでコソコソしてないで出てきたら? バレバレだよ」
緋乃は通路に立ったまま、机がひっくり返って物が乱雑に散らばる一室へと声をかける。
その視線の先には、大きな柱時計があり――それに向けて緋乃は鋭い視線を送る。
「……むぅ、仕方ない」
声をかけてそのまま待つこと数秒。しかし、部屋の中は静まり返ったままで何も起こらない。
痺れを切らした緋乃は、その背後で揺らしていた尻尾の先端を時計に向ける。
「畜生が!」
そうして緋乃が尻尾を勢いよく放つと同時。
柱時計の中から細身の男が飛び出し、その直後に時計は緋乃の尻尾により粉砕される。
「死ねぇ!」
そうして飛び出てきた男は、緋乃が尻尾を引き戻すその前に。
必死さが感じられる猛ダッシュで緋乃へと駆け寄り、その距離を詰めると、懐から取り出した大振りなナイフを突き出してきた。
恐らくは暗殺用の呪具だろう。男の持つナイフは、毒々しい赤い光に覆われており――刺されてしまえば、禄でもないことになるのは目に見えている。
「ほいっと。……てりゃぁ!」
赤い光を纏うそのナイフを見た緋乃は、回避を選択。
ギリギリまで引き付けたあとに、半身になることで突き出されたナイフをあっさりとかわした緋乃は、そのままその右脚を振り上げる。
「ぼごぉ!?」
華麗に弧を描いて、男の顎へと突き刺さる緋乃の足。
その衝撃で男の手からナイフが転げ落ち、また強制的に口を閉じられたことで、折れた歯が宙を舞う。
「あ……が……」
哀れにも顎を粉砕された男は、ガクガクと膝を揺らしたかと思うと、その場にどさりと崩れ落ちた。
「あら、いい蹴り。物凄く綺麗に決まりましたわね」
「ふふっ、六花もそう思う? わたしもね、今のはすっごく気持ちよく決まったなーって」
六花は緋乃と話しながらも、ちょうど足元へと転がってきたナイフを拾い上げる。
そのままナイフを目の前に持ち上げて、まじまじと観察する六花。
「ふむ……。ただの妖気を帯びたナイフですわね。まあ、一応回収しておきますか……」
「なあんだ。心配して損しちゃった」
ナイフの鑑定結果を聞いた緋乃は、つまらなさそうにため息を吐くと、通路の奥側へと向き直る。
向こう側もどうやら制圧が完了したようであり、いつの間にか、やかましく響いていた戦闘音も消えていた。
「ちょうど、向こうも終わったみたい。結局、わたしの出番はなかったみたいだね」
「いいことじゃないですの……と言いたいところですが、妙ですわね」
「妙?」
六花の言葉に、緋乃は首を傾げる。
「ええ。いくら何でも、抵抗が無さすぎるといいますか。これだけの規模の施設だというのに、上級妖魔の一匹も出てこないなんて……」
「丁度退治されたばっかで、補充する前だったとか?」
六花の疑問に対し、とりあえず思いついたことを口にする緋乃。
緋乃の言葉を聞いた六花は、軽く頷いて同意を示すと、もう一つの可能性を口にする。
「もしくは、既に場所を移した後か……ですわね。まあ、とりあえず、今回はこれで――なっ!?」
「うわっ、これは――」
六花が口を開いている際中。突如、別荘の外から――地下のため、方角はよくわからないが、恐らくは山の方から――強烈な妖気が湧き上がってきた。
それを感じ取った緋乃と六花の二人は、思わず驚愕の声を漏らす。
「くそっ! 道理で雑魚しかいなかった訳だぜ!」
「仲間を使い捨てにするなんて!」
「早く、早く外に!」
「大神さん! 大神さん!」
「こ、これは一体どういうことですの!?」
恐らく、彼らも外からの妖気を感じ取ったのであろう。
先ほどまで制圧に参加していた退魔師たちが、形相を変えて引き返してきた。
六花はそのうちの一人、自身の名字を呼ぶ男に対し、何があったのかを聞き出そうとする。
「こっちはフェイクです! 罠だったんですよ! 逃げましょう!」
「何ですって!」