28話 重大な依頼
「……それで、結局わたしがここに呼ばれた理由って? なんか、重要な話があるって六花から聞いたんだけど」
言いたいことを言い終えて、更に六花からの謝罪の声も聞けたことで、スッキリした緋乃。
そんな緋乃は、この部屋にいる4人の顔を見回しながら、自分がなぜここに呼ばれたのかの理由を問いただす。
「ふむ。そうだな、緋乃君の言う通り、本題に入ろうか……。総一郎」
緋乃のその疑問を受けた一心は、表情と雰囲気を真剣なものに切り替えると、息子である総一郎へとその回答を振った。
「わかりました、父上。……では単刀直入に言おう。妖魔を崇める邪教集団。これのアジトが判明してな。現在、秘密裏に殲滅作戦が進行中であり……緋乃にも、この作戦に協力して欲しいのだ」
「わたしに……?」
総一郎の言葉に、首をかしげる緋乃。
確かに、自分自身が強いと言う自覚はあるし、自信もある。しかし、自分はあくまで民間協力者であり、外部の人間なのだ。
邪教徒の殲滅作戦という、いかにも重要そうな仕事を任せてもいいのだろうか? という疑問を緋乃は抱く。
「ああ。なにしろ、どこから情報が漏れてるか知れたものではないからな。信頼できる人間に、こっそりと声をかけてはいるのだが……やはり戦力が足りん」
「尻尾娘、貴女の戦闘能力は本物ですわ。近接戦闘の腕前は言わずもがな、尻尾を用いた中・遠距離戦闘も極めて強力と、攻撃役としては最上位クラス……いいえ、悔しいですが、わたくしは貴女以上の存在を知りません」
「うーん……」
緋乃に対し、なぜ声をかけたのか、その理由を説明する総一郎。
そして、総一郎の後を引き継ぐかのように、緋乃の戦闘能力を褒め称えつつ、言外で協力して欲しいと告げる六花。
二人からの頼みを受けた緋乃は、軽く目を閉じて、本当にこの依頼を引き受けてよいものかと考えを巡らせる。
(まあ、知らない仲じゃないし協力してあげたいんだけど……。ここまで重大そうな雰囲気を出されると、そう簡単に引き受けていいものか迷っちゃうね……)
この部屋にいる全員が自分へと注目しているのを感じつつ、緋乃はその頭をフル回転させる。
(格闘大会やらと違って、今度の相手はルールも何もなく襲ってくるから、最悪の場合は殺し合いになる。あと、相手は組織なんだから、残党やら関係者の報復とかも考えないとね。明乃と、理奈と、お母さん。他の人間はともかく、この三人に迷惑がかかるのだけは絶対にアウト。うーん、ホントはこんな面倒臭そうなの断りたいんだけどなぁ……。でも邪教徒を放置した結果、パワーアップした妖魔が街をうろつきだしたらこっちも困るしなぁ……)
本音を言えば、面倒臭そうだし断りたい。しかし、それなりに友好的な相手からの依頼である為に断り辛いのと、また依頼を断ったせいで作戦が失敗し、邪教徒が幅を利かせたら、もっと面倒な事になるのは目に見えている。
どうしたものかと悩む緋乃に対し、これまで黙っていた野中が口を開いた。
「緋乃君の悩みの原因は、今回の件で邪教徒からの恨みを買い、そのせいでお母上や明乃君などの周囲の人間に迷惑が掛からないか、ということですよね?」
「ああ、そういうことでしたの……。それなら安心しなさい尻尾娘。貴女はあくまで、我々が連れてきた善意の協力者。そんな相手に手を出されたら、我々の面目丸潰れということになります。ですので、警戒の眼は常に光らせておりますし――」
「仮に手を出そうとしたら、大神家が全力で叩き潰す。お前や、お前の周囲の人間に手は出させん。そこは安心して欲しい」
野中の言葉を聞いた六花は、納得したかのように頷くと、緋乃の心配が杞憂であることを告げ――総一郎も六花のその言葉に同調を示す。
「むぅ……それなら、まあ……」
「ふぅ……」
「よかったぁ……。感謝しますわ、尻尾娘……」
六花と総一郎の二人によって、自身の最大の心配事を解消された緋乃は、渋々ながらも作戦への協力を了承。
緋乃の返事を聞き、その場にいた大神家の面々と野中は、顔を見合わせてほっと息を吐いた。
その様子を見て緋乃は、本当に戦力足りてないんだなぁ……と、これから自分も参加する作戦だというのにもかかわらず、まるで他人事のような感想を抱く。
「そんなに戦力ギリギリなら、無理して殲滅作戦なんてやらなくてもいいんじゃないの? もっと人が集められるようになってからでも……」
「ええ。邪教徒もきっとそう思っている事でしょうね。今は退魔師側も人手が足りないから、しばらくは安全だと。もう少しぐらいは、悪巧みをする猶予がある、と。だからこそ、この奇襲が刺さるのですのよ」
緋乃の指摘に対し、得意気な顔をした六花が、なぜ人手が足りていない今に殲滅作戦を決行するのか、その理由を説く。
「人手が足りないとは言っても、質ではこちら側の方が圧倒していますからね。十中八九、我々の勝利は揺るがないことでしょう……が、それでは足りないのです。我々は多くの一般市民の方々の命を背負っているのです。万が一、なんて事があってはなりません。確実に勝たねばならないのです」
野中より行われた補足説明を聞き、なるほどねと頷く緋乃。
つい先日。とある戦略シミュレーションゲームにて、命中率99%の攻撃を回避されて手痛い反撃を貰い、発狂したばかりの緋乃にとって、野中のその心配は痛いほどに理解できた。
「そうだね……。100%以外信用しちゃいけないもんね……。99%って意外と外れるもんね……。ふふ、ふふふ……」
「え、ええ……。そういう事です、はい」
突然、遠い目をして乾いた笑い声を上げる緋乃。
野中はそれを見て、困惑した様子を見せながらも――とりあえず、理解は得られたのだと解釈したのだろう。緋乃の言葉に対し、頷いてみせた。
「……あ、そうだ。その作戦に参加するのは構わないんだけど、一つだけ、一つだけ条件の追加ってしちゃっていいかな?」
嫌な記憶を思い出したことで、遠い目をしていた緋乃であったが……ふと我に返ると、総一郎に対してお願いをし始めた。
「む? 別に構わんが……何か気になる事でもあったのか?」
「ああいや、別に大したことじゃないんだけどね……」
緋乃のその願い事を聞くべく、真剣な表情をした総一郎が続きを促す。
それを受け、緋乃は本当にこの願いを言うべきか否か、土壇場になって迷いながらも――結局、言うことにした。
「明乃には、この作戦のことは内緒にしておいて欲しいなって……。ほら、危ないし、万が一とかあったら困るしさ……」