20話 廃村の戦い
「いたよ、緋乃。あいつだよ……」
とある廃村にある、小高い丘の上に立つ廃神社。その本殿前の石畳の広場に、一匹の巨大な蜘蛛型のような姿をした妖魔が我が物顔で歩き回っていた。
最も、外見こそ蜘蛛のそれに酷似しているが、黄色と黒の二色で彩られたその身体は不自然に角張っており――いわゆるロボット型の妖魔であることが伺える。
「見た目だけなら戦闘メカみたいでカッコいいんだけどなあ……」
既に人も移り、また神社に祀られていたご神体も移された後の抜け殻とはいえ――人に仇なす邪悪な妖魔が、神聖なる地を占拠しているというのは、大多数の人間にとって気分の良いものではないだろう。
「随分と大きいね……」
「うん。でも大きいだけじゃないよ、発する妖気の桁が違う……。妖怪一歩手前の最上級の妖魔だ、気をつけて……」
そして、気を極限まで抑えることでその気配を隠し――茂みに隠れながら、妖魔の様子を窺う二人の少女。緋乃と奏の姿があった。
「確かに、発するオーラが段違いだね。今までの妖魔とは比べ物にならない……」
「普通はここまで成長する前に刈り取るものなんだけどね……。人手が足りてないからかな?」
奏からの警告に対し、素直に頷いてその表情を引き締める緋乃。
神社の神殿とは、魔物を封じ込めて邪気を払う為の建物である。
故に、その邪気を払う為の祈りを捧げる神職や、ご神体の去った後のこの神社は負の力が湧き出す危険なパワースポットと化しており――悪霊や妖魔にとっては自身の力を高める、最高の餌場となっているのであった。
「それでどうするの? 一応、わたしの尻尾ならこの距離からでも攻撃できるけど……」
「いや……、ロボットタイプの妖魔は感知能力も高いからね。攻撃の為に抑えていた気を開放すると、多分バレる」
自身の太ももに巻き付けた尻尾へと目をやりながら、遠距離からの奇襲を提案する緋乃であったが、その提案は奏にやんわりと却下された。
「うん……ここは私が先行するから、緋乃にはしっぽでの援護をお願いできるかな? ほら、私は近寄って刀を振るうってことしかできないけど……緋乃にはしっぽという強力な遠距離攻撃手段があるし」
「わかった。じゃあわたしは少し距離を取って、邪魔にならない感じで尻尾撃ち込んでくね」
作戦会議が終わり、至近距離でその顔を見合わせて頷き合う緋乃と奏。
現在、妖魔は緋乃たちの隠れている側へその顔を向けて停止しているため、今飛び出してはそのまま即座に迎撃されてしまうことだろう。
どうせなら背中を向けるなり、明後日の方向を向いている時に仕掛けたいと、茂みから飛び出すタイミングを窺う二人。
緋乃と奏がしばらく息をひそめていると、再び妖魔が行動を再開。その八本の鋭い足をゆっくりと動かし、広間を徘徊し始める。
「――今っ!」
「ん……!」
そうして妖魔が緋乃たちに背を向けたその瞬間、奏と緋乃は行動を開始した。
抑えていた霊力と気をを解き放ち、その身に纏ったかと思うと――奏はそのまま妖魔目掛けて一気に駆け出し、緋乃は太ももに巻き付けていた尻尾をほどいて妖魔へと狙いを定める。
『――!』
物音こそ立てていなかったものの、退魔師の霊力を感知したのだろう妖魔が、軽く飛び退きつつその身体を旋回させる。
そうして緋乃たちに向き直った妖魔は、まずは自身へと高速で接近する奏を迎撃しようとその腹部を持ち上げ――。
「遅いッ! 妖断閃ッ!」
妖魔の動きを見た奏は更に加速。そのまま鞘に納まる刀へと霊力を注ぎ込むと、妖魔のすぐそばを駆け抜けつつ抜刀。先制攻撃を加えることに成功した。
「チッ、やはり硬いなっ!」
しかし、並の妖魔なら両断するであろうその一撃は、妖魔の硬い装甲に弾かれ――その表面に刀傷を残すにとどまった。
「おっと!」
奏は刀へと目をやり、刃こぼれなどをしていないかを手早く確認すると、その場から飛び退く。反撃として妖魔がその足を振るってきたからだ。
振り回した足こそ回避されたものの、奏との距離が開いたことを確認した妖魔は、その背中の装甲の中から箱型のミサイルランチャーを展開。そのまま奏に対し即座に発射する。
「――させないよ!」
白い煙の尾を引きながら、着地の隙を晒す奏を取り囲むように迫る六発のミサイル。
直撃させるのではなく、爆風によるダメージと行動阻害が狙いだろう。そのミサイルの包囲網を、飛んできた緋乃の尻尾が次々と食い破った。
「ぐぅ……ナイス!」
緋乃の尻尾が飛んできたミサイルの全てを貫き、爆散させるのを見た奏が、その爆風に耐えながらも喝采を上げる。
「まだまだ!」
奏と妖魔、その中間地点にて発生した爆風は奏だけではなく妖魔にも襲い掛かり――その爆風にて動きを鈍らせた妖魔に、緋乃の尻尾が襲い掛かる。
緋乃の尻尾は側面からミサイルランチャ―を貫き、これを爆散させるとそのまま急上昇。真上から勢いをつけて妖魔の胴体を貫かんと強襲した。
「なっ!? この!」
しかし、妖魔は体を持ち上げ、傾けることでその上空からの一撃に対処。
真正面から装甲で受け止めるのではなく、斜めに逸らすその防御法により、緋乃の尻尾による一撃は妖魔の胴体を凹ませるのみに終わってしまった。
勢いよく地面へと突き刺さった尻尾が石畳を吹き飛ばし、派手に土煙を上げる。
「少しはやるよう――きゃっ!」
仕留めたと思った必殺の一撃をかわされた緋乃は、尻尾を引き戻しつつ妖魔に対し思わず賞賛の声を上げるも――土煙の中から飛び出してきた妖力弾を見て、驚きから可愛らしい悲鳴を上げる。
もっとも、妖力弾自体は気を纏った尻尾で即座に貫き、爆散させたのだが。
「はああぁぁぁ!」
そうして妖魔が緋乃へ対処している間に、体勢を整え、また霊気をその刀に存分に込めた奏が妖魔へと飛び掛かる。
奏の接近に気付いた妖魔が、その鋭い足を掲げて防御態勢を取るが――そんなのは関係ないとばかりに、奏は上段に振りかぶった刀を勢いよく振り下ろし、妖魔のその足を断ち切った。
「よし、これでっ――!」
妖魔の懐に潜り込むことに成功した奏は、刀を振り下ろした体勢のままその全身に霊力を漲らせると、刃を返す。
そうして今度は、妖魔の胴体に渾身の斬り上げを叩き込もうと一歩踏み出したその瞬間。
「――きゃああああぁぁ!?」
斬り落とされたはずの妖魔の足が、光を放ったかと思うと爆発。
至近距離でその爆発をもろに受けた奏は、その勢いで大きく吹き飛び――ボロボロになった状態で地面を転がる。
「ぐ、うぅ……。ふ、不覚……!」
「奏!?」
爆発の衝撃で刀が中ほどから折れ、妖気にその身を蝕まれながらも奏の闘志は折れていない。気丈に妖魔を睨みつける奏であったが――それでも体が言うことを聞かないのか、立ち上がることが出来ないようだ。
そんな奏に対し、妖魔がトドメを刺さんとその巨体を持ち上げ、その鋭い足で奏を貫かんと全体重を乗せた突きを放ち――。
「こ、のぉっ――!」
大慌てで駆け付けた緋乃の飛び蹴りが妖魔に炸裂。妖魔はその胴体部分を大きく凹ませながら吹き飛んだ。