10話 退魔の剣士
「この嫌な感覚――不味いよこれ! 多分、もう出てきてる!」
「マジ!? 可愛い女の子がお出迎えしてあげようってんだから大人しく待つのが礼儀ってもんでしょ!」
「理奈、人払いお願い!」
「まかせて緋乃ちゃん!」
冷たい風が吹く夕暮れ時の住宅街を高速で駆ける緋乃たち三人。
走るスピードをほんのわずかに落としつつ、理奈がぶつぶつと呪文を呟くと、緋乃の身体を「なんとなくここに近寄りたくない」という感覚が走り抜け――頭を軽く振ることで緋乃は気を取り直す。
「――見えたっ! あの森の向こうにある共同墓地だよ! んん?」
先頭を走る緋乃が、前方に見える森を見て声を発したその直後。
緋乃の耳が、まるで硬い金属同士をぶつけ合うような甲高い音を捕らえた。
その音は断続的に響いており、そのことからも一般人が巻き込まれたのではなく――退魔師や格闘家という、ある程度の戦闘能力を持つ存在が妖魔と戦闘中であることが伺える。
「これは――戦闘音?」
「依頼のバッティング? そんなこともあるんだ、珍しいわね」
その戦闘音は理奈と明乃の耳にも届いたようで、二人とも困惑と驚愕が入り混じったような声を上げた。
「よくわかんないけど、とりあえず行こう……!」
「おっけー、援護は任せなさい!」
「先に補助かけとくよ! 聖なる光よ、我らに力を――」
先頭は三人の中で最も高い打撃力と防御力を併せ持つ緋乃が、その後方に明乃と理奈が続く形で緋乃たちは目的地の共同墓地目掛けて駆け続けた。
◇
「滅っ――!」
紺色の制服の上に、黒いコートを纏った高校生くらいの年齢の白髪の少女が、一体の妖魔――両腕が鎌と一体化した、まるでカマキリのようなロボット型の妖魔である――と激しい剣戟を繰り広げていた。
少女の名は白石奏。退魔を生業とする名家、大神家の分家である白石家の娘であり――数年前まで、落ちこぼれと呼ばれ蔑まれていた存在だ。
「せいっ!」
妖魔が少女を切り刻まんと振るう鎌を、奏はその手に握る刀で受け流し――お返しとばかりに斬り上げを放ち、妖魔が振りかぶっていた腕を切り落とす。
「これで――なっ!」
奏は妖魔の腕を落とした勢いのまま、その胴体を真っ二つにせんと刃を返して体に力を込める。
そうして腕を斬り落とされたダメージで隙を晒し――そうでなくとも、動きが鈍るであろう妖魔に対する止めの一撃を放とうとする奏。
しかし、その一撃を放つ寸前。相手の妖魔の胴体部分の装甲がカシャリと開き、その中から砲門を覗かせたことで、慌てて攻撃をキャンセルしてその場から飛び退く。
「くぅ――!?」
そうして飛び退いた奏のいた地点を、高威力の妖力弾が吹き飛ばす。
これこそが最近現れるようになったロボット型妖魔の厄介な点だ。通常の生物型の妖魔であれば、大きなダメージを与えればその痛みから大きな隙を晒したり動きが鈍くなるものだが――機械には痛覚が無いという一般常識を反映してだろうか。
ロボット型の妖魔はダメージを受けた直後や、何なら受けている最中にも容赦なく反撃を仕掛けてくる。
この特性のせいで、奏のような近接戦闘を主体とする退魔師はここ最近、予想外の反撃を貰うことが増え――その立場を少し落としていた。
「おのれ、散るがいい――!」
本来ならば決めれていた筈の勝負を決めれなかった苛立ちからか、奏はその霊力を一気に開放する。
腰を落として両足に力を籠め、同時に刀を鞘に納めてそこに霊力を集中させ――。
「妖断閃!」
妖魔へと超高速で接近。すれ違いさまに神速の居合斬りを叩き込み、妖魔を両断するのであった。
「ふぅ……。まったく、手間をかけさせてくれ――」
胴体を断ち斬られ、無残に転がる妖魔の残骸。
黒いもやを吹き出しながら、その輪郭を薄れさせていくそれを見て奏が気を抜いたその瞬間。
妖魔の目の部分が光ったかと思うと、再びカシャリという音が鳴り、地面に転がる妖魔の胴体から砲門が現れる。
驚愕からその身体を硬直させる奏の前でその砲門が光り輝き――。
「――キャアア!?」
突如として飛来した何かが地面ごとその残骸を貫き、爆散させた。
「けほっ、けほっ……。一体何が……」
まるで大砲でもぶち込まれたかのような圧倒的な衝撃。それにより、盛大に巻き上がった土煙を手で払いながら奏は何が起こったのかを確認する。
「……ワイヤー?」
妖魔の残骸があった地面。
盛大に吹き飛び、クレーターのできたそこへと目をやれば――そこには、一本の細いワイヤーが撃ち込まれていた。
疑問の声を上げる奏の前で、そのワイヤーが地面から抜け、勢いよく巻き取られていく。
奏がそのワイヤーの巻き取られていく先を見れば、三人の少女たちがこちらへと駆けてくるのが確認できた。
「いや、あれは……しっぽ? ああ、成程。あの子が……」
奏が目を凝らせば、先頭を駆ける少女の腰あたりから、先ほどのワイヤーと似たような尻尾が生えているのが確認できた。
少女が駆けるたびに大きく揺れるその尻尾を見て、一人納得した声を漏らす奏。
次元の悪魔事件を解決した小さな英雄。その少女の名と姿は、当然ながら奏も把握していた。
「それにしても、あの距離からこれほどの威力かぁ。凄まじすぎて、羨む気持ちも湧いてこないな……」
尻尾の持ち主である少女――緋乃と奏の距離は、およそ500mほど。いや、尻尾の射出時点ではもう少し距離があっただろうから、実際には600m程度だろうか。
それだけの距離が開いていたというのに、あれだけの破壊力と精度だ。尋常ではない。
「あれが味方とは、頼もしい限りだな。是非とも、退魔師になってもらいたいところだが……」
現在の退魔界隈における中堅どころとして、それなりに色々な退魔師を見てきた奏からしても緋乃という少女は別格だ。
まだ100m程度の距離が開いているにもかかわらず、ピリピリと肌に感じられる膨大な気。
これだけの気があれば、ただ純粋に身に纏うだけでも大抵の妖魔どころか妖怪ですら殴り殺せるだろうし――距離を取っても、先ほどの尻尾攻撃が飛んでくる。
恐らく、彼女を超える退魔師はこの国には存在しないだろう。
「さて。その前に、依頼の邪魔をした言い訳を考えないと……」
奏は別に依頼を受けて戦っていたわけではなく、たまたま近くを通りがかった際に妖魔の気配を感じたので駆けつけただけの部外者だ。
そして、駆けつけてきたタイミングの良さから察するに、緋乃こそが先ほどの妖魔を退治する依頼を受けた請負人であり――自分はその依頼に割り込んだ上に勝手にピンチになり、みっともなく助けられたお邪魔虫というわけだろう。
困惑の表情を浮かべながら近寄ってくる三人の少女たちを見ながら、奏はどう説明すればよいのか頭を捻るのであった。