8話 和解?
夕暮れ時の人気のない廃工場を、巨大な蜂の姿をした8体の妖魔が飛び回る。
その妖魔たちは針の先端から妖力弾を飛ばし、地上を駆け巡る二人の退魔師の少女へと攻撃を加えていた。
8体の妖魔が交互に、連続で攻撃を加え――まるで雨のように降り注ぐ妖力弾が少女たちを襲う。
この退魔師と妖魔の闘いは飛行能力を持ち、頭上を抑えた妖魔たちが圧倒的に有利であり――少女たちの敗北も時間の問題かと思われたその時。
「――そこっ!」
妖力弾の発射タイミングが重なり、弾幕が一瞬だけ薄くなったその隙をつき、少女の一人――緋乃がその尻尾を勢いよく伸ばし、上空の妖魔の一体を串刺しにする。
「もういっちょ! ――おっと」
緋乃の反撃に驚いたのか、妖魔たちの攻撃がほんの一瞬だけ遅れたその隙に、緋乃は尻尾でもう一匹の妖魔を撃ち抜くと、素早くその場を飛び退いた。
そして、緋乃が一瞬前までいたそこに大量の妖力弾が撃ち込まれ――。
「隙ありです! ――爆炎符!」
緋乃へと攻撃が集中したことで、ほんの一瞬だけフリーになったもう一人の少女――六花が妖魔へと素早く数枚の呪符を投げつける。
慌てて妖魔は飛んでくる呪符をかわそうとするものの、そのうちの一体は回避が間に合わず、その身体に呪符が張り付き――炎を巻き上げ、盛大に爆発した。
「今よ尻尾娘っ!」
「言われなくても――!」
呪符が一斉に爆発したことにより発生した強烈な爆風。
その爆風に羽を取られ、体勢を崩した妖魔たちに緋乃の尻尾と六花の呪具が次々と襲い掛かる。
「一つ! 二つ! 三つ――!」
「我が刃から逃れること能わず――!」
妖魔たちはその身体を緋乃の尻尾に撃ち抜かれ、あるいは六花の投擲した棒手裏剣のような大きな針や小刀で串刺しにされ――あっという間に全滅するのであった。
「……ふう、到着が遅れたときはどうなる事かと思いましたが――何とかなってよかったです。尻尾娘、貴女には感謝しなければなりませんね。……それと、この前は失礼いたしましたわ。本当に申し訳ありませんでした」
全ての妖魔を退治し終えた緋乃と六花。一仕事を終えてほっと一息を吐く緋乃に対し、六花が気まずげに目を逸らしながらも話しかけ――そのまま頭を深く下げ、先の顔合わせの際の非礼を詫びる。
「むぅ……。まあ、謝るっていうのなら許すよ。でも尻尾娘じゃないもん、わたしには緋乃って名前が――」
しかし、礼はともかくその六花の尻尾娘という呼び名が気に食わない緋乃は、何とかそれを訂正させようと眉を顰めながら文句を返すのだが――。
「尻尾が生えてる小娘のことを尻尾娘と呼ぶことに、何か問題でも? 言っておきますが、わたくしは先の非礼や貴女の戦闘能力に関しては認めましたが――貴女とお兄様の関係を認めたわけではありませんからね?」
「総一郎とは別にそういう関係じゃないし。わたしのことを好いてくれるのは嬉しいけど、まだわたしは愛とか恋とかそういうのは分からないし……」
「まあ! お兄様を呼び捨て!? ぐぬぬぬぬ、調子に乗るのもいい加減にしなさいよこの尻尾娘がぁ……!」
「ええい、だから尻尾娘って呼ぶなー!」
六花はそんなことはどうでもいいとばかりに話題を自身の兄たる総一郎のことへと無理矢理に持っていくと緋乃へと釘を刺す。
それに対し、緋乃は六花の心配するような関係ではないと返すのであるが――その際に総一郎を呼び捨てにしたことが六花の逆鱗に触れてしまい、話がぐだぐだになってしまうのであった。
◇
「……そうか、結局六花お嬢様もあの混ざりものに絆されたわけか」
「まったく、あの馬鹿どもは一体何を考えていることやら! まあ確かに見てくれがよいことは認めよう。戦闘能力も確かだろう。――しかし、由緒正しき大神家に、人外の血を混ぜ込むなど言語道断! 論外だ!」
「うむ、長老のおっしゃる通り! 市井の血を入れることすら大問題だというのに、それを通り越して半人外の娘を嫁に迎えたいなど……ありえん!」
「それにしても総一郎め、女嫌いかと思えばまさかロリコンだったとはな……。あの時、幼い娘を当てがっておけば……」
大神家本家の離れにて、老人たちの会合が行われていた。
先代の当主に、分家の現当主や前当主など――歴史と伝統を何より重視する彼らは、次期当主である総一郎が緋乃に対し熱を上げていることが相当気に食わないようで、ただひたすら不平不満を口にしているのであった。
「しかしどうする? あの混ざりものの小娘はまだ拒んでおるようだが……大神家の偉大さを知れば、間違いなく股を開いて総一郎へと媚びるはずだ。そうなってしまえば……」
「代わりの娘をあてがうのはどうだ? 幼女趣味の総一郎に合わせ、10歳くらいで家柄の良い娘と婚約させて――」
「いや、あの混ざりものは顔が小さく手足が長いと――体つきに関してはどちらかというと大人のそれだ。ただ幼い娘を用意するだけでは見向きもされんだろう」
「本当に見てくれだけはええからの……。しかも大人よりの骨格と子供の肉の付き方が合わさり、妙な色気を撒き散らしとる。外見であの娘に勝つのはほぼ不可能に近い、別の手を考えよう」
「手っ取り早く始末してしまえばよいのでは?」
「誰がどうやるのだ? 万一証拠が残ってしまえば我々は破滅ぞ」
「総一郎の手の者も目を光らせておる。うかつな手は取れん」
老人たちはどのようにして緋乃を総一郎から遠ざけるかを話し合う。
しかし、これといった案は全く出てこず――ただ時間のみが無為に過ぎ去っていく。
「……止むを得ん、妖魔を使うか」
「長老? しかしそれは退魔師たる我らの誇りに……」
「それに、並大抵の妖魔ではあの娘には勝てないのでは?」
そんな折、先代がふと零した呟きを聞いて他の老人たちが色めき立つ。
退魔師としての誇りが咎めるのか、それとも人としての良心が咎めるのか。老人たちは先代に気遣って柔らかい当たりの言葉を選んでいるようだが、その大半は否定意見だ。
しかし、老人たちの言葉を聞いても先代は自身の意見を曲げようとしなかった。
「安心せい、儂に考えがある。妖魔を神と崇める頭のおかしい邪教集団がおるのは知っているな? そいつらの警戒度合を下げ、警備に携わる人間を削って地脈の警備に穴を作れば……」
「しかし、そんなことをすれば一般人や対処する退魔師への被害が……」
「背に腹は代えられん。犠牲となる一般人や下っ端には悪いが、彼らには代わりがいる。しかし、我々の代わりはいないのだから……」
老人たちは様々な言葉で先代を説得するのだが、先代の意志は固く、その言葉は届かなかった。
逆にあの手この手で誇りや自尊心を利用して説得され――最終的に、先代の案が通ることとなるのであった。
「よいか? 総一郎の馬鹿たれか混ざりものの小娘、どちらかを排除さえすれば我々の目的は叶うのだ。大神家という、古来よりこの国を守ってきた偉大なる一族の歴史を汚させるわけには絶対にいかんのだ……!」