7話 はじめての妖魔退治
(見た目通り、パワーはそれなりにあるみたいだね。直撃したら、でかいたんこぶができちゃうな……)
サイクロプスの振り下ろしを回避した緋乃は、弾け飛ぶアスファルトに目を細めながらその威力について考えを巡らせる。
(アマチュア格闘家レベルって聞いてたけど、パワーだけならプロレベルはありそう。……まあ、いかにもパワー系って見た目だし、多分あの個体が物理打撃特化とかそういうのなんだろうね)
初撃を回避されたサイクロプスは慌てず騒がず、冷静に緋乃へと第二撃を放つ。
振り下ろした棍棒をそのまま横方向へと振り回し、緋乃の胴体を殴り飛ばさんとし――。
「甘いっ! ――てやぁ!」
身を屈めた緋乃に回避され、棍棒をすかされたことで隙を晒すサイクロプス。
その丸太のように太い脚に、緋乃による反撃のローキックが叩き込まれた。
(耐久力は大したことない! やっぱり、強いのはパワーだけだ)
蹴りを叩き込んだ脚から伝わる、ボキボキという骨のへし折れる感触。
その心地良い感触と、自身の考察が当たっていた喜びから口元を歪める緋乃。
逆に左脚を砕かれたサイクロプスは汚い悲鳴を上げ、その身体を大きくぐらつかせた。
「てやあぁ!」
そして、その大きな隙を見逃してやるほど緋乃は甘くない。そのまま体勢を崩したサイクロプスへと連続攻撃を繰り出す。
距離を詰めるついでに、その勢いを加えた左拳を脇腹に叩き込む。そのまま体を捻り、腹筋という鎧で守られた腹目掛けて右アッパーを繰り出し、拳を腹へとめり込ませる。
悶絶し、拳を叩き込まれたその衝撃でサイクロプスの巨体が軽く後退。
「はあぁ!」
そうして少しだけ空いた距離を最大限に利用し、緋乃はその右脚を力強く振り上げ――サイクロプスの胴体へと、ハイキックが勢いよく突き刺さる。
緋乃の脚はサイクロプスのあばら骨を粉々に粉砕しながらその胴体へと大きくめり込み――緑色の巨体を、雑木林の中へと勢い良く吹き飛ばした。
「ふぅ……。肉を抉らないようある程度の手加減は必要だけど――殺さないよう気をつけなくていいってのは気持ちいね」
「妖魔をストレス解消のサンドバック扱いか。一般的な退魔師が聞いたら嫉妬間違いなしだな」
勝負ありと見た総一郎が緋乃の元へと近寄ってくる。
もはや立ち上がるだけの気力も残っていないのか、倒れ伏したままピクピクと震えるだけのサイクロプスを前に雑談を開始する緋乃と総一郎。
しかし、自身に向けられる緋乃の興味が薄れたことを好機とでも思ったのか、力なく倒れていた筈のサイクロプスは勢い良く立ち上がるとその手に握っていた棍棒を勢いよく緋乃目掛けて投げつけてきた。
「おっと。第二ラウンド開始――って逃げるんだ……。怪物のクセに……」
「あいつは足が遅いから問題ないが、空飛ぶ妖魔の場合は注意が必要だな。先に羽などを潰して飛行能力を奪っておくといい」
自身目掛け高速で飛んでくる大きな棍棒。それを緋乃は尻尾で器用に絡め取ると再び構えを取る――のだが、サイクロプスの次なる一手は逃走であった。
ドタドタと背を向け、情けなく逃げるその姿を見て緋乃が思わず落胆の息を漏らす。
「りょーかい。さて、それじゃあ締まらないけど――トドメといこうかな?」
総一郎からのアドバイスに返事をした緋乃は、その尻尾で絡め取っていた棍棒を雑木林へと投げ捨てる。
そうしてフリーになった尻尾のその先端をサイクロプスに向け――次の瞬間、音をも超える速度で尻尾が一気に伸びた。
尻尾は逃げるサイクロプスへ瞬時に追い付き、そのままその背を追い越した。
「む、狙いが――ああ、そういうことか」
珍しいものでも見たかのように、驚きの声を漏らす総一郎。
しかし、すぐに緋乃の真の狙いに気付いたのだろう。納得した様子でその顎に手を当てるのだった。
「まあ、ちょっとした攻撃のバリエーションというか……。普通に尻尾で撃ち抜くだけだとそのまま逃げられちゃうかもしれないし? ――それっ!」
総一郎への言葉を口にしつつ、腕組みをしながら尻尾を操る緋乃。
サイクロプスを追い越した緋乃の尻尾は、そのまま円を描くように緑の巨人の周囲を一周すると――緋乃が気合を込めると同時に、その円を一気に絞り上げる。
ワイヤーのように硬く、そして細い緋乃の尻尾。それにより胴体を瞬時に締め上げられたサイクロプスは悲鳴を上げる間もなく――両腕ごとその胴体を両断されるのであった。
「いよっし、成功! えへへ、生物相手にやるのは初めてだけど、上手くいった!」
「切断攻撃か。うむ、柔らかい敵が相手なら極めて有効だな。……ちなみにだが、妖魔は生物ではないぞ?」
「ふふっ。まあ実体を持ってる以上、似たようなものだしいいじゃん。言葉の綾ってやつだよ」
胴体を切断されながらも、それでもまだ逃げようと醜くもがくサイクロプス。
ナメクジのように這い、ずりずりと動くその上半身に上空から尻尾を突き立て――地面へと縫い留めながら緋乃は総一郎へと笑顔を向ける。
「お、消えた……。これで退治完了、なのかな?」
サイクロプスを地面へと縫い留めること数秒。緑色の巨人はその全身から黒いもやのようなものを吹き出し、跡形もなく消え去ってしまう。
それを確認した緋乃は、尻尾を元の長さまで巻き戻しながら口を開く。
「うむ。妖魔は死ぬとああやって霧散するのだ。血や肉片も消えるから、どれだけ派手にぶちまけても構わんわけだな。ただし、破壊された道路やらは直らんからそこだけは注意だな」
「ああ、そっか……。戦力調査のためにわざと攻撃されてみたから歩道が……」
総一郎の言葉を聞き、緋乃がその尻尾と肩をしゅんと落とす。
本来なら防げた損害を出してしまい、申し訳なさそうな顔をする緋乃。
「気にするな。フリーの退魔師に任せていたら、この道路が使い物にならなくなる程度の被害は出ていただろうからな。それに比べればこの程度の被害などないも同然だ、胸を張れ」
総一郎は苦笑しながらその頭をくしゃりと撫で、慰めの言葉を口にするのであった。