6話 帰り道その2
その後もしばらく歩き続けた明乃だったが、結局何も起こらずに無事に自宅前まで帰ることが出来た。
心配しすぎか、よかった。でも念のため両親と緋乃のお母さんにも伝えておこうかなーなどと思いつつ、明乃がその顔に笑顔を浮かべながら振り返る。
「いやー、結局何もなかったわね。あたしの考えす……ぎ……。緋乃?」
しかし、そこにはついてきているであろう親友の姿はどこにもなく。
「緋乃? え? 緋乃?」
キョロキョロと周囲を見回すも、見えるのは少し離れた家のおばさんが、自宅の駐車場に入り込んだ落ち葉を箒で片付けている姿のみ。
不安になった明乃は大慌てでカバンからスマホを取り出し、震える指先で連絡先にある緋乃の名前をタップ。緋乃のスマホへと連絡を試みる。
(落ち着けあたし! 緋乃のことだし、勝手に寄り道でもしたんでしょ。……ちょっと、遅いわね! ええい、早く出なさいよ緋乃!)
しかし、何度コールしても緋乃は出ず、留守番電話サービスに繋がるのみ。明乃は舌打ちするともう一度緋乃の連絡先をタップする。
スマホを耳に当て、緋乃からの受信を待つ明乃。その脳裏に、不審者に気絶させられてその細い両手と両足を縛られた緋乃が車に連れ込まれる姿がよぎった。
「ええいもうっ! なんで出ないのよ!」
結局、2回目の発信にも何の反応もなかった。明乃はスマホをカバンに投げ込むと、震える胸に手を当てて深呼吸した。
(……落ち着け。まだ何か事件に巻き込まれたと決まったわけじゃないんだし、落ち着くのよあたし)
そのまま深呼吸を繰り返し、緊張からくる震えが収まった明乃は、自身に落ち着けと言い聞かせながら出来る限り冷静に考える。
警察に連絡? いや、事件じゃなかったら緋乃に迷惑がかかる。緋乃の母親に連絡? スマホに連絡先入ってるし、後でも大丈夫だろう。もし事件じゃなかったら緋乃に迷惑だろうし。
大丈夫、緋乃はとても強い。平常時は割とビビりでヘタれなところもあるが、いざというときの負けん気は滅茶苦茶強いし、大人しく連れ去らわれたりするようなタマじゃない。
(今はとりあえず、急いで道を再確認! どうせどっかのコンビニにでもいるはず!)
結論を出した明乃は、来た道を戻る方向へ全力で駆けていく。理奈の家から自分たちの家までの間にあるコンビニは二か所。ほんのちょっぴりルートを変えたところにあるもう一つのコンビニを加えれば三か所だ。そのどれかに緋乃がいると信じて。
そうして内心の不安を押し殺しながら駆けている明乃であったが、その胸に一つの疑問がふと湧き上がる。
(そういえば、なんで帰る時に緋乃とお喋りしなかったんだろう……。ネタならいくらでもあるし、いつもなら絶対に喋ってたはずなのに……)
◇
「あれ?」
閑散とした住宅街の、とある袋小路。カァカァと鳴くカラスの声に、ぼーっと立っていた緋乃はふと我に返る。
(ここどこ? 確か、明乃と一緒に帰ってたはず。……だよね?)
何故か見覚えのない場所へとやってきていた緋乃は、その原因を探ろうとその場に留まって頭を回転させる。
しかし何一つ思い当たることはなく、仕方ないので緋乃は釈然としない気持ちのままとりあえず現在地を確認しようと、袋小路から出るために足を進めたその瞬間。
「…………」
(さっきの不審者。もしかして、こいつが犯人? ……いや、犯人にしてもどうやって? 催眠術……なわけないか……)
つい先ほど明乃と話していた不審者――帽子を深くかぶり、マフラーとサングラスで顔を隠した、茶色いコートを着込んだ謎の男――が袋小路からの出口をふさぐように立ちはだかった。
全身全霊をかけて私怪しいですアピールをしているその男を見て、緋乃は警戒を深めた。
意識を戦闘モードに切り替え、相手にバレない程度に軽く気を練り上げ、全身へ回す準備をする。
互いに10メートルほどの距離を開けたまま、緋乃と不審者は向かい合う。そのまま十数秒ほど経過しただろうか、これといった反応を示さない不審者に業を煮やした緋乃が口を開こうとしたその先に、不審者が声を上げた。低くかすれた、不気味な声だった。
「力を……示せ……」
「……それはつまり、わたしに喧嘩売ってるってコト?」
「…………」
「それと、なんかここに来るまでの記憶が曖昧なんだけど。これってあなたのせい?」
「…………」
「はぁ……。まったく」
緋乃は少しでも情報を引き出そうと何度か話しかけるも、男からは最初の一言以外何の言葉も帰ってこない。
緋乃の形の良い眉が歪み、不機嫌そうな表情が形作られる。
「ちゃんと言葉のキャッチボールしてくれない?」
緋乃は男から情報を引き出すのは諦め、とりあえず状況と雰囲気からこの男こそ現状況を引き起こした犯人と結論付けた。
どのように自分をここへ連れてきたのか。自分と一緒にいたはずの明乃は無事なのか。目的は何なのか。気になることは山のようにある。
しかし最初に口を開いて以来、男はずっとだんまりを決め込んでいる。語彙に乏しく、余り頭もよくない自分では会話で情報を引き出すことは困難。……ならば、力づくで聞きだすまでのこと。
そこまで考えた緋乃は、内心の攻撃の意志を悟られないよう、注意深く表情を作る。
(先制攻撃。イライラしながらも会話で情報を引き出そうとしている風に振舞って、油断させる)
「ねえ。いつまで黙ってるの? わたし、いい加減怒るよ?」
男へと文句を言う演技をしつつ、注意深くその隙を伺う緋乃。隙を見つけたら容赦なく蹴り飛ばしてやると内心で息巻いていたが、その機会は思っていたよりもすぐにやってきた。
「わたし、こう見えても……ッ!」
会話で情報を引き出そうとする緋乃に対し焦れたのか、それとも別の狙いか。男が何らかの動きを見せようとしたその瞬間。その隙を見逃すことなく、緋乃は動いた。
(遅い……!)
瞬時に気を練り上げて全身に纏うと、動き出そうとしている男目掛けて一気に突撃。一瞬で男を抜き去ると、その背後へと回り込む。
「……!?」
「せいっ!」
男が振り向こうとアクションを起こしているが、もう遅い。
緋乃は右脚へとさらに気を集中させ――先制攻撃は貰ったとばかりに、男の頭部目掛けて強烈な回し蹴りを繰り出した。