1話 特殊事象対策室
「不知火! 今日こそは覚悟ォ!」
「てめえの連勝記録を止めてやるぜ!」
「伝説もここまでってことよ!」
十月も半ばを過ぎ、残暑が終わり心地よい風が吹くようになった通学路。
一日の授業を終え、帰宅中の学生の姿でざわつくそこに不良少年たちの威勢のいい声が響き渡る。
大声をあげて駆けていく彼ら三人の少年の先にいるのは長い黒髪をツインテールに纏めた小柄な美少女――即ち緋乃であり、また緋乃から少し離れた地点では明乃があくびをしながら立っていた。
「喰らえやぁ!」
腕組みをし、余裕たっぷりの笑みを浮かべる緋乃へ向かい少年が拳を振るう。
しかし、緋乃はその一撃に対し避ける様子も防ぐ様子も見せず――そもそもそれ以前の問題として気を纏ってすらいなかった。
結果、無防備な緋乃の側頭部へと少年の拳が直撃するかと思われたその直前。
「甘い」
素早く足元から飛び出してきた緋乃の尻尾が少年の腕に巻きつき、ギリギリでその一撃を受け止める。
「――それっ!」
「うおぉぉぉぉ!?」
「か、かっちゃん!? む、黒――あぎょ!?」
「うお!? 透け――ぱじゃす!?」
そうして少年の攻撃を防いだ緋乃は、今度はこちらの番だと言わんばかりに尻尾を大きく振り回し――尻尾で絡めとった少年のその体をハンマー代わりに、残りの二人を蹴散らすのであった。
「むぎゅう……」
「はいおしまいっと。よわよわだったけど、まあ尻尾の練習台にはなったかな? ……ふふっ、終わったよ、明乃」
襲い掛かってきた不良三人をあっさりと蹴散らした緋乃はその顔に笑顔を浮かべると、尻尾をぴんと逆立て、左右へ勢いよくぶんぶんと振りながら明乃へと駆け寄った。
当然、そんなことをすれば尻尾の上に覆いかぶさる、その短いスカートも派手にまくれ上がり――。
「ちょ、こら!? わかったから尻尾を振らない! スカート全開よ!?」
「ふぇ……? ひゃん!?」
明乃からの指摘を受け、公衆の面前で下着をさらけ出していることに気付いた緋乃が慌ててスカートを抑える。
緋乃がその羞恥心から顔を赤く染め、周囲の人間に見られていないかと周りを勢いよく見回す。
しかし、緋乃のその様子を見た男子生徒は目線を合わさないように目を逸らし――女子生徒は苦笑いを浮かべるのであった。
「はうぁー……」
周囲の反応から、大人数にばっちりと下着を見られたことを理解した緋乃が肩を落とす。先ほどまでご機嫌に振られていた尻尾も、その感情を反映してかしゅんと落ち込み、力なくうなだれている。
「はいはい落ち込まないの。気軽に尻尾を振り回さない――ってのは難しそうだし、もう見られるのは仕方ないとしてスパッツでも履いたら?」
「セクシーなわたしには似合わないからやだ……。それならまだ見られる方がわたしのイメージは守られる……」
「あーはいはい」
落ち込んだ様子を見せながらも、割と余裕のある返事をしてきた緋乃へと呆れた目線を送る明乃。
最後は締まらなかったものの、なんにせよ襲い掛かってきた不良たちを撃退した緋乃たちが帰宅を再開しようと一歩踏み出したその時。
緋乃たちの背後から、パチパチと拍手をする音が聞こえてきた。
「いやー、お見事です。さすがは次元の悪魔をも退治したお方だ……。鮮やかなお点前でした」
緋乃たちが振り向くと、そこには綺麗にスーツを着用した男が一人。
ニコニコと笑顔を浮かべ、いかにも「仕事のできる男」なオーラを漂わせるその男を見て、顔を見合わせる明乃と緋乃。
そんな二人の少女を見て、男は微笑むと胸ポケットから名刺入れを取り出した。
「申し遅れました。私、こういう者でして……」
「あ、わざわざどうも……」
「どうも……」
男から名刺を受け取る明乃と緋乃。
緋乃がその名刺へと目をやると、そこには「警視庁特殊事象対策室」の文字と共に、野中和久という男の名前が書かれていた。
「特殊事象対策室?」
「おっと、静かにお願いしますよ。表沙汰になると不味い部署なので……」
「は、はあ……」
思わずといった様子で名刺を読み上げる明乃をやんわりと制する野中。
そんな二人を尻目に、緋乃が何やら思い出した様子で口を開いた。
「ああ、もしかして理奈のお父さんが言ってた――」
「ああ、水城樹氏から聞かれていましたか。そうです、いわゆる『裏側』の厄介事を片付ける部署でして……。もしよろしければ、あそこのお店でお話などさせて頂けないでしょうか? ああ、もちろん代金はこちらが出させて貰いますので……」
そう言って野中が指差したのは、とあるチェーン店のファミリーレストランだった。
◇
「へー、悪霊に妖魔ねぇ。そんなのまでいたんだ……」
「まあ、魔法使いやら悪魔がいたんだし、確かにいてもおかしくはないのかな……?」
ファミレスの端のテーブルにて、認識阻害の術式を発動した野中から普段、自分たちがどのような業務をしているかの説明を受けた明乃と緋乃。
野中からの話を簡潔に纏めると――
①この世界には悪霊や妖魔に妖怪という、人に仇なす人ならざる者が存在し――それを退治、あるいは調伏するのが特殊事象対策室の仕事である。
②とはいえ、科学が発達してきたこの時代。人々の不安や畏れといったものから生まれる悪霊とその悪霊の進化形態である妖魔の発生件数は減少してきており、対策室の仕事も民間の退魔師や協力関係にある退魔の名家への依頼の斡旋がメイン業務になっている。
③しかし、つい最近起きた次元の悪魔事件で状況が変化。悪霊及び妖魔の発生件数が跳ね上がり、現状の戦力では手が追いつかなくなってきている上――国のお偉いさんが有事の際に動かせる戦力を求めたというのもあり、才能のある人間に手当たり次第に声をかけている。
――とのことであり、それを聞いた明乃と緋乃は困ったように頬をかく。
「うーん、でもあたしも緋乃もまだ学生だし……。就職とかそういうのはまだよくわからないっていうか……」
「うんうん」
明乃の言葉に頷き、同意を示す緋乃。
「いえいえ、重々承知しておりますとも。ただ、将来進路を選ぶ際に、その選択肢の一つに入れてもらえればと……。それに、本業の片手間にアルバイト感覚で簡単な妖魔退治を引き受けてくださる方もいますし、もしよろしければそちらの方も検討していただければ……」
野中のその言葉を聞いた緋乃が、興味深そうに体を乗り出す。
「ふーん。ねえねえ野中さん。その妖魔退治のアルバイトって今でも受けれるの?」
「ちょ、緋乃!」
「別にいいでしょ? 危険な奴はプロにお任せしておいて、わたしでも対処できそうな奴を回してもらえばいいんだし。それに、いい鍛錬になりそうだし――お小遣いも稼げそうだし」
「あんたねぇ……。そんな甘い考えの人間に仕事を任せられるわけ――」
緋乃のお気楽な発言へと突っ込みを入れる明乃。
下手をすれば命に関わるかもしれない仕事なのだから、その懸念は当然のものだろう。
首を傾げる緋乃に対し、呆れ声を上げる明乃であったが――。
「かまいませんよ?」
「――いいの!?」
緋乃のその発言を聞いた野中からの言葉を受け、目を丸くして驚愕の声を上げる明乃。
野中はそんなわかりやすい反応を返す明乃に苦笑しながら、自身の発言の意図を明かす。
「ええ。今は本当に人手が足りてない状況ですし、不知火さんには次元の悪魔――ゲルセミウムを退治したという大きな実績があるわけですしね」
その後、野中から仕事についての一通りの説明を受けた緋乃と明乃は妖魔退治の業務委託に関する書類を受け取り――それぞれの親からの同意と許可を求めることとなった。
当然、緋乃の母である優奈も、明乃の両親も、可愛い娘をそんな危険な仕事に行かせることには反対したのだが――まず、緋乃が癇癪を起こしたことで優奈が折れ。その緋乃を守るためという名目で明乃の両親も折れるのであった。
二章開始です。また頑張っていきますのでどうかよろしくお願いいたします。
二章開始に伴い、プロローグを削除して要約したものを一話冒頭に纏めました。
これに関してはかなり迷ったのですが、いわゆる無駄なプロローグになっている気がしたので……。
削除前の旧プロローグは活動報告の方に避難させているので、もし気になった方などは見て頂けたらなーと。