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一章エピローグ 帰ってきた日常

『では次のニュースです。次元の悪魔事件からおよそ一か月が経過した現在、現代を生きる魔法使いの代表を務める水城樹氏が記者会見において――』


 次元の悪魔事件。

 表舞台から追いやられ、社会の裏に潜むことを余儀なくされた魔法使いたちの末裔が、表側の支配者となるべく一発逆転をかけて引き起こしたテロ事件。

 かつて緋乃たちが巻き込まれ、必死の思いで解決した事件がそう報道されてから一ヵ月余りの時がたった。

 監視カメラがそこら中に配置され、大半の人間がスマホを持っている現代社会においてここまで大規模な事件を隠蔽するのは不可能であり――結果として、魔法使いの存在は公表された。


「理奈ちゃんのお父さん、大変そうねぇ……。日本中を飛び回ってるんでしょう? 体とか壊さないといいけど……」

「うん、責任の押し付け合いが酷くて嫌になるって。とりあえず魔法使い側がこっそりやってきた悪行を主犯の一族に押し付けることでなんとか収めてるらしいよ」

「あらあら……」


 土曜日の午前10時。緋乃とその母、優奈ゆうなは自宅の居間にてニュース番組を眺めながらその感想を述べあっていた。

 9月に突入して季節上は秋になったのだが、まだまだ残暑は厳しく、緋乃と優奈の姿は夏の頃からそう変わり映えのしない薄着である。

 特に緋乃は相変わらず――時々色こそ変えているものの――ショート丈のキャミソールにホットパンツと、動きやすさを最優先した露出の多い衣装を好んでおり、その美しい肢体を見せつけるかのように曝け出している。

 ――いや、実際に緋乃本人としては「このセクシーで格好いいわたしを見ろ!」と見せつけているつもりなのだが。


「でも、あの人たちには本当に感謝ねぇ……。おかげで緋乃の可愛いお顔や綺麗な体に、傷が残らなくて済んだんだから……」

「可愛いって……照れるよお母さん。えへへ……」


 優奈から顔を優しく撫でられ、頬を染めながら喜びの言葉を口にする緋乃。

 そんな緋乃の腰からは、かの悪魔が背中から生やしていたような――黒い皮膜で覆われたワイヤーのような、先端に鏃のついた尻尾が一本生えていた。


「まあ、尻尾を生やして帰って来た時は流石に驚いたけどねぇ……。でもまあ、可愛いからこれはこれでいいのかしら……?」

「うん。敵の大ボスの悪魔との戦いで気を使い果たして死にかけてたら、死にかけのその悪魔がなんか最後の力を譲ってくれた……らしくて? 気が付いたらなんか生えてた。あと身体もちょっとだけ丈夫になったよ」


 緩く伸ばされ、宙に揺れる緋乃の尻尾を見ながら、優奈がそれについての言葉を漏らす。

 かつての最終決戦において、限界を超えて気と異能を使い続けた緋乃は最後の一撃を決めると同時に意識を失い――その消耗の激しさから死の直前を彷徨っていたらしい。

 らしいというのはあくまで明乃や理奈から聞いた話であるからだ。

 そうして、そのままでは確実に命を落としていた緋乃だったが……そんな緋乃を救う者がいた。直前まで死闘を演じていた悪魔ことゲルセミウムだ。


「何も残せずただ無意味に朽ち果てるよりも、勝者であるわたしの糧となる方がマシだとかなんとか」

「意外と潔いのね。うーん、緋乃を殺しかけたことに関しては責めたいけれど……。でも緋乃をパワーアップして復活させてくれたのは確かだし……、複雑ねぇ」


 四肢が吹き飛び、首と背中の一部を残す程度にまでそのボディを大きく欠損したゲルセミウムは明乃と理奈が見守る前で――緋乃の体に最後に残った一本のワイヤーを突き刺し、そこからエネルギーを送り込んできたというのだ。

 そうして残った力の全てを緋乃に注ぎ込んだゲルセミウムは完全に消滅。緋乃は息を吹き返し、欠損した両手も癒やされ――ついでに尻尾が生えてきたという結末だ。


(にしてもあの求婚、表現の違いとか言い間違えじゃなくてガチだったんだ……。もっと真剣に答えてあげればよかったかも……)


 明乃曰くゲルセミウムは消滅する直前、緋乃に対し『惚れた女の一部になるというのも悪くはない』との言葉をかけてから消えたらしいのだ。

 それを思い出し、ちょっぴり複雑な気分になる緋乃であった。







 それから時間は少し過ぎて午後13時。

 緋乃は明乃と共に理奈に連れられ、水城家が個人所有する森の中へとやってきていた。

 ゲルセミウム戦を乗り越えて緋乃が新たに得た力――悪魔の尻尾を使いこなす訓練をするために、緋乃が理奈へと頼み込んだ結果だ。


「よーし、次はあの木だよ緋乃ちゃん! 左、右、真ん中の順ね!」

「ん、わかった」

「ステンバーイ……ステンバーイ……GO!」

「むんっ……!」


 理奈の合図を受けた緋乃が尻尾へと力を込める。すると尻尾は音を置き去りにするほどの猛烈な勢いでグングンと伸び――100mほど離れた位置にある、理奈の指定した大木を次々と撃ち抜いていく。

 一番左側の木の幹を真正面からぶち抜いて粉砕。そのままブーメランが戻ってくるかのような軌跡を描いて右側の木も粉砕。そうして最後に中央の木を貫いたところで理奈が拍手をする。


「タイム0.3秒! 凄いよ緋乃ちゃん! 見事なしっぽ捌き!」


 拍手を終えた理奈が、ストップウォッチのアプリを起動したスマホを緋乃と明乃の二人へと見せつける。

 そこには理奈の発言通り00:00:30という数字が表示されており、それを見た緋乃が満足気に頷いた。


「えへへ、頑張ったもん。でもまだまだだよ。わたしの尻尾はまだまだこんなものじゃないって、わたしの魂が叫んでる……!」


 上機嫌そうにその尻尾を左右へふりふりと振りながら、嬉しそうな笑みを浮かべる緋乃。

 一方、緋乃の尻尾訓練を初めて目撃した明乃はそんな緋乃の尻尾へと戦慄の眼差しを送っていた。


「いやいや十分凶悪だと思うんだけど。なにコレ射程距離と威力ふざけすぎでしょ……」

「ちなみに先週検証した結果だと、緋乃ちゃんのしっぽは厚さ10cmの鉄板を一瞬でぶち抜きました。一撃必殺だね!」

「なにそれこっわ。とてもそんなパワーがあるようには見えないのにねぇ~」


 緋乃の尻尾に対する感想を漏らしつつ、明乃はごく自然な様子で尻尾を手に取ると優しく撫でる。


「ひゃぁん!?」


 すると突然緋乃が可愛らしい悲鳴をあげ、その体ビクンと大きく跳ねさせた。


「あ、ごめんごめん。そういやめっちゃ敏感だったわね。忘れてたわ」

「う、うん……。できれば突然撫でるのはやめて欲しいかなって。言ってくれれば感覚オフにするからさ……」


 後付けの器官だからだろうか。緋乃の尻尾は異常なまでに敏感な感覚を持っており、うっかりそこを撫でてしまった明乃が謝罪の声を上げる。


「しっぽの部分は半精神体だからね。慣れれば程よい感覚を維持できるようになると思うよ? ま、敏感のままの方が緋乃ちゃんっぽくていいと思うけど」

「わたしっぽいってどういう事なの……?」

「半精神体ねぇ。あたしはよくわかんないけど、出したり消したり出来たり伸び縮み自由なのは便利でいいわよね」


 緋乃の尻尾は人間の器官とは違い、悪魔のそれに近い性質を持っている。

 即ち、精神力――魔力によって形作られる仮初の肉体。故に欠損しても容易に再生でき、その形状や有無なども自由自在。

 一見すると人間の上位互換にしか見えないが、もちろん欠点も存在する。

 それは、デフォルト()の状態から変化させる際は常に意識を割く必要がある点と――元々の形状からかけ離れた形には変化させられないといった点だ。

 まあ元から悪魔として生まれた者なら腕を動かしたり指を曲げる程度の感覚で行えるものではあるが、つい最近この器官を手に入れたばかりの緋乃ではそうはいかなかった。


「でも変化させるのって結構意識割かないといけないから……。戦闘中とか、気を張ってる時だけやるってのならともかく、日常的にやるのは結構きついよ?」


 緋乃の尻尾の場合だと、およそ長さ1m程で敏感な感覚を持つというデフォルトの状態から変化させるには変化中は常にお腹を引っ込める程度の意識を割いてやる必要があり――常時尻尾を消した状態を維持したりするのは地味に困難である。

 緋乃よりその説明を受けた明乃は、納得した様子でふんふんと頷いた。


「なるほどね、だからいつも尻尾出しっぱなしだったんだ。てっきり緋乃の事だから、『この方が格好いい!』とかそんな理由かと……」

「怒るよ?」

「ごめんごめーん」


 明乃は不機嫌そうに目を細めながら威嚇するように尻尾の先端を向けてくる緋乃に対し、即座に降伏の意を示す。

 それを受けた緋乃は仕方ないとでも言わんばかりに軽くため息を吐くと、悪戯めいた笑みを浮かべる。


「まあいいや。折角だし、明乃にはもっとすごい技を見せてあげるよ。ふふふ、スペシャルな緋乃ちゃんの奥義を見て恐れ慄くがいいよ……」

「お、アレをやるんだね緋乃ちゃん。明乃ちゃんもビックリするよ~?」

「へ―そりゃ楽しみ。どんな技どんな技?」

「それは見てのお楽しみ。……そうだね、あの木にしようか。あの木をターゲットに仕掛けるから、よーく見ててね」


 そう言って緋乃が指さしたのは、森の中でも一際大きい大木だった。

 緋乃は明乃が頷いたのを見ると、ニヤリとその顔に笑みを浮かべ――地面へとその尻尾を撃ち込んだ。


「地面に……? あっ……まさか!?」

「さすが明乃。もう気付いたんだ。そう、そのまさかだよ! 地面に尻尾を撃ち込んで、相手の視覚外、即ち――」


 驚愕の表情を浮かべる明乃に向かい、得意気な笑みを浮かべた緋乃が胸を張る。

 そうして明乃が目を見張る前で緋乃がターゲットと定めた大木の根元から勢いよく緋乃の尻尾が飛び出し――。


「――下から襲う!」


 ――その大木の幹を貫き、粉々に粉砕した。

これにて一章完結です! 長々とお付き合いありがとうございました!

ここまで読んでくださった皆様には本当に感謝です。

物語はまだ続く予定ですので、引き続きお付き合い頂ければ幸いです。

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