5話 帰り道その1
「明乃ちゃん、緋乃ちゃん。また明日ね~。……イテテ」
「お邪魔しました~! また明日ねー、理奈」
「お邪魔しました。……また明日」
時刻は夕方の6時。流石に遅くなってきたのでそろそろお開きということになり、自宅へ帰ることにした明乃と緋乃を門のところまで見送る理奈。
ついうっかりはしゃぎ過ぎた代償として、緋乃から拳骨をお見舞いされた明乃と理奈だったが、既に回復し終えた明乃に対し、理奈の方はまだ痛みが抜けきっていないようだ。
(むぅ……流石に気を込めるのはやりすぎだったかな? いやいや、わたしは悪くない。悪いのは二人の方なんだから……)
理奈を見て一瞬だけ申し訳なさそうな顔をする緋乃だったが、軽く頭を振ることで自分は悪くないと思い直し、素早くポーカーフェイスを作り上げて貼り付ける。
もっとも、心配そうな顔をしたところは二人にばっちり見られており、緋乃にバレないよう明乃と理奈は目線を合わせて頷き合い、同時に苦笑する。
「……ふふっ」
「やれやれ……」
緋乃自身は自分のことをクールな大人だと思っており、日ごろからそのように見える態度を心掛けているつもりだ。
そして、幼馴染たちを含めた周囲からもそう思われていると信じている。
しかし完璧な態度だと思っているのは当人だけであり、実際には予想外のことが起こるとすぐあわあわと混乱してボロを出す上、行動も大半がノリと勢いに身を任せた行き当たりばったりなものだったりと穴が非常に多い。
当然ながら幼馴染で長い付き合いのある明乃と理奈の二人にはとっくの昔からその本性はバレバレであり、「大人ぶってクール系気取ってる緋乃ちゃん可愛い」と生暖かい目線で見られているのだが、知らぬが仏とはこのことか。
◇
「緋乃、右後ろの方。マンションの陰に男。尾けられてるわよ。コートにサングラスとマフラー。100点満点の不審者ね……」
「んえ? ああ、うん。わかってる」
「うそつけ」
自宅への帰路を歩む二人だったが、途中で明乃が背後から誰かに尾行されていることに気付き、険しい顔をしながら小声で緋乃に忠告する。
緋乃もその忠告を受け、遊び疲れてボーっとしていた頭と顔を引き締め、意識を戦闘用のそれに切り替える。
(むぅ……。あ、ホントだ。変な気配があるね)
緋乃が周囲へと意識を張り巡らせてみると、確かに明乃の言う通りの位置に怪しげな気配が一つ。
「理奈の家に入る時から、こっちを見てた奴だよ。理奈の家って大きいし、てっきり泥棒かと思ってたけど……」
「え? 初耳なんだけど。理奈には伝えたの?」
「もちろん。ていうか、やっぱあれも気づいてなかったんだ」
「えと、その。まあ、えへへ……。ていうか、なんでわたしには教えてくれなかったの?」
「緋乃に教えたら突っ込んでくでしょ。不審者め、死ねぇ! って感じで。理奈のお母さんにも伝えたら、とりあえず様子見でって話になったの」
二人は尾けてきているであろう男に聞こえないよう、なんでもない雰囲気を装いつつ、小声でやり取りをする。
明乃から不審者情報の共有から自分だけハブられていたことを教えられて緋乃はショックを受けるが、同時にその主張が正しいことも理解してしまったので文句を言うことも出来なかった。
「む~……」
余計な面倒ごとを避けるという考えの元、自分に教えなかったということは理解できる。理解はできるけど、なんかモヤモヤする。
少し落ち込んだ雰囲気を漂わせ、不満げな表情のまま黙りこくってしまった緋乃。
そんな緋乃を見て、明乃が少し慌てた様子でフォローに走る。
「あーもう、黙ってたのはゴメンって。だから機嫌直してよね~」
「……別に。怒ってなんかいないし。それより、どうするの?」
顔の前に手を持ってきて、緋乃に対し謝罪の意を示す明乃。緋乃もそこまで深刻には悩んでいなかったのだろう。その謝罪に対し強がりを言うと、話題を不審者へどう対処するかについて戻す。
「うーん、そうねえ。理奈の家から離れたあたり、狙いはあたしか緋乃。自分で言うのもなんだけど、あたしたちってかなり可愛いからねー。人さらいの可能性はありえる。あと少し危険度下がって盗撮魔とか? でも告白前の下調べとか、そういうまあまあ無害な人って可能性も捨てきれないし……」
「つまり?」
「臨機応変ってヤツよ。このまま帰って何もしてこなければヨシ。相手は一人みたいだし、襲い掛かってくるようなら二人で迎撃。人が増えたり無理そうなら逃げで」
フフン、と得意気に人差し指を立てながら不審者への方針を示す明乃。常識で考えるのならば、女子中学生に過ぎない二人が不審者に戦いを挑むなど愚の骨頂。論外も論外だ。
明乃は同年代の女子に比べると確かに発育が進んでいるものの、男性との筋力差を覆すには程遠い。ましてや、小柄な緋乃なんてもう考えるまでもない。
しかしあいにく、明乃も緋乃も強力な能力を持つギフテッドであり、更に気の運用まで身に着けた、女子中学生の領域をはるかに超えた戦闘能力の持ち主。
その力は既に下手なプロ格闘家をも上回っており、国内でも最上位レベル相当に達している。ただの不審者程度に後れを取ることなどありえないのだ。
「あたしも緋乃も、いざとなったら空飛んで逃げられるからね~」
「疲れるからあまりやりたくはないんだけどね」
「ま、緋乃の重力操作は燃費悪いものね。……でも視界全域が射程距離な上に、念じるだけで即時発動とか反則じゃない?」
明乃は念動力で自身を持ち上げることで、緋乃は重力反転による浮遊から、水平方向に「落ちる」ことで空を飛ぶことが出来る。
相手はコートにマフラーとサングラスで全身を隠してはいるものの体格的に間違いなく男性で、当然ながら女性しか持たないギフト能力は持っていない。もしヤバくなったら、空へ逃げてしまえば追いかけられないという寸法だ。
拳銃などの飛び道具を出されたら追撃されてしまう危険性はあるが、その程度なら明乃と緋乃にとっては何ら脅威にならない。
明乃の場合はバリアのように周囲に力場を展開することで銃弾を弾けばいいし、緋乃の場合は明乃と同様のことを気でやればいいのだから。
「いい? 緋乃。本当にヤバくなったら空を飛んで逃げること。相手は男だから飛べないし、あたしたちなら下手な飛び道具は弾けるし」
「ん、おっけー」
「よし! じゃあそういうわけで、ちょっぴり警戒しつつ帰りましょっか」
「らじゃ」
明乃は素直に頷き、了承の意を示す緋乃に満足した様子を見せ、そのまま歩き続ける。
尾けてきている不審者にはバレないよう、なんでもない風を装いつつ。