44話 老人の自慢話
全日本新世代格闘家選手権。日本全国より集められた、若き格闘家たちの頂点を決める大会。その本戦会場となったスタジアム。
その内部はまるで大きな爆弾でも爆発したかのように荒れ果てており、無残に瓦礫が転がっていた。
「むぅ……やりすぎた?」
すり鉢状に大きくへこむスタジアム中央部。周囲を瓦礫に囲まれる中、困ったような表情をしながら首を傾げる緋乃。
そんな緋乃の背後に、土埃でその全身を汚した明乃と理奈の二人がゆっくりと近寄ってきた。
「……緋乃。ちょっといいかしら?」
「緋乃ちゃん、お話があります」
満面の笑みを浮かべながら近づいて来た二人の親友を見て、その顔を綻ばせる緋乃。
親友たちを自分の新必殺技へと巻き込まなかったことに。親友たちを自分の不手際で殺さずに済んだことに。
歓喜の笑みを浮かべながら、明乃と理奈へと駆け寄った緋乃は――。
「あっ、二人とも。無事でよか――」
「マジで死ぬかと思ったわこの馬鹿ー!!」
「――に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
明乃からそのこめかみを拳骨で締め上げられ――。
「周囲への影響とか! 少しは! 考えてよ馬鹿ぁ!?」
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛!?」
理奈からその頬を思い切り引き延ばされるのであった――。
「はーっ、はーっ……。酷い目に遭った……」
「それはこっちの台詞じゃい!」
「みんなが避難した後でほんっとーに良かった……!」
緋乃の新必殺技が巻き起こした大破壊。明乃と理奈が念動力によるバリアや防御魔法を展開してくれたおかげで、かなり被害は抑えられたのだが……それでも大きすぎる被害を見て二人はため息を吐く。
「幸い、緋乃の技に巻き込まれて死んだ人はいなさそうね……」
「そういえば、虎太郎さんと大地さんは?」
「虎太郎さんは犬飼にやられて重傷で、大地さんは緋乃ちゃんの技に巻き込まれて足を怪我。二人とも気を使い果たしてたみたいだし、捕まえた蛇沢と一緒にお父さんが病院に連れて行ったよ。ちなみに犬飼は緋乃ちゃんの技のどさくさに紛れて逃げたってさ……」
「は、反省してます……。でもでも、まさかあんなに破壊力あるだなんて流石に予想――」
「言い訳?」
「――はい、ごめんなさい」
ジロリと明乃から睨まれた緋乃は、その体を小さく縮めながら反省の意を示す。涙目になりながらしょぼくれるその姿を見て、明乃は深いため息を吐きながら小さく呟く。
「はぁ。ホント、なんでこんなのにあたしは……」
「明乃? どうかしたの? よく聞こえない」
「うわっ! 近いわよ緋乃!?」
「ほえ?」
明乃の呟く言葉がよく聞こえなかったので、その顔を近づけながら何を言っていたのかを聞き返す緋乃。
しかし、明乃は距離を詰めてきた緋乃の顔を見るとその頬を染めて逆に離れて行ってしまった。
このくらいの距離なら普段から取っているのに、何が近いんだろうと首を傾げる緋乃。そんな二人を見て、複雑そうな顔をする理奈であった。
「ふぉっふぉっふぉ。随分派手に暴れてくれたのう……。活きが良くて結構結構。ふぉっふぉっふぉ……」
「やれやれ、このスタジアムの建設にも結構お金がかかっているんですがね……」
スタジアムへ来ていた観客を避難させた上に、犬飼と蛇沢という二人の幹部クラスの人間を退けたことから気を緩めていた緋乃たち三人。
その三人の前に、敵のリーダーともいえる存在――鷹野と、仮面をつけた男――鶴野が姿を現した。
突然姿を現した敵の首魁と、その配下と思わしき男を見て緋乃たちは驚愕に目を見開き――素早く戦闘態勢を取る。
「まさかまだいたなんてね! あんたの部下二人はあたしたちがやっつけたわよ!」
「随分と大それたことをしてくれたね……! みんながスマホを持ってるこのネット社会で、あんなに大勢の前で魔法を公表するわ魔獣を呼び出すわ……。大混乱待ったなしだよ! なんてことしてくれるのさ!」
「理奈の敵はわたしの敵……。容赦はしない……!」
三者三様の構えを取る緋乃たち。気合十分といった様子で自分たちに敵意を向ける少女たちを見て、鷹野が楽しそうに目を細める。
「混乱……? ククク……ああ、その心配はいらんぞ水城の娘。何故なら……もう間もなく、この世界は滅ぶのだからのう……。ふぉっふぉっふぉ……!」
「世界が滅ぶ……? 何言ってんのよこのクソジジイは……」
「明乃ちゃんの言う通りだよ。私たち程度にここまで苦戦してる癖に、世界を滅ぼすだなんて……」
鷹野の言葉を聞いた明乃と理奈が、その言葉を馬鹿馬鹿しいと切り捨てる。
頭のそれほど良くない緋乃ではあるが、それでも目の前の老人がどれだけ荒唐無稽なことを口にしているかぐらいは分かる。
鷹野に対し、白い目を向ける三人の少女たち。しかし、その目線を向けられた鷹野は余裕の表情を崩さず、ただ楽しげに笑っていた。
「ふぉっふぉっふぉ……これだから無知な輩は……。いいだろう、ここまで戦ったご褒美だ。せっかくだから教えてやろうではないか……」
「へえ、そりゃありがたいわね。じゃあ教えてくださいなお爺さん。どうやってこの状態から世界を滅ぼすのかを……!」
敵の首魁自らが自分たちの目的を明かしてくれるというのだ。緋乃たちにそれを止める理由などなく、奇襲などを警戒しつつもその拳を下げて話を聞く姿勢を取る三人。
それを見て、鷹野は満足そうに頷くとゆっくりと自分たちの計画について語り始めた。
「我々の目的。それは……その力の大半を失い、休眠状態にある偉大なる我らが主。ゲルセミウム様を復活させることよ……!」
「ゲルセミウム様ぁ?」
鷹野より飛び出してきたその単語――恐らくは個人名であると思われるそれを繰り返す明乃。
「左様。世界そのものを主食とする超越存在。我ら人間などでは足元にも及ばぬ、偉大なるお方。貴様らは知らんだろうがな、世界とは我々の生きるこの世界だけではなく、他にも大量に存在するのだ。そして、それらの世界は壁によって隔てられておる……」
「へー……」
鷹野の説明を聞いた明乃が興味深そうに頷く。犬飼の発言より異世界が存在することを知っていた緋乃たち三人ではあるが、鷹野がより詳しく説明してくれたことでようやくその仕組みが理解できたのだ。
「そして。我らが主は、この壁を消し去ることが出来るのだ。似たような世界同士なら別に混ざったところで大して影響はないが……相反する属性を持つ世界同士を混ぜ合わせると……」
「滅ぶ……って事?」
「ほっほっほ……。飲みこみが早くて助かるわい。その通りよ……。そうして相反する世界を混ぜ合わせ、世界法則が崩壊した事で吸収しやすくなったエネルギーを取り込むことで更に強く、更に偉大になるのよ。故に、ついた異名が『次元の悪魔』『世界の捕食者』!」
予想以上の大事になってることを知った緋乃たち三人が息をのむ。そうしてそのまま黙りこくってしまう三人を見て、鷹野が得意げに笑う。
「くくく、言葉も出んか。世界が敵になる? それがどうしたというのだ。あのお方が復活すれば、この世界そのものが消えて無くなるというのに……! そして我々はあのお方を復活させた褒美として、その眷属になる栄誉と、好みの世界を下賜される! そうして永遠の命と絶大なる力を手に、世界の支配者として君臨するのだ! うははははは!」
上機嫌に笑う鷹野。難しそうに顔をしかめる明乃と理奈。
それらを見て、緋乃はそっと目を閉じて心の中で決意を固めるのであった。
今更ですがこの作品のタイトルってメインタイトルとサブタイトルが逆では……?
というわけでちょっと入れ替えて微修正しました。