41話 蛇の魔物
「な、この爆発は――あの娘のっ!?」
「これは緋乃の――ふふっ、向こうは決着ついたみたいね、オバサン!」
緋乃の引き起こした巨大な爆発による閃光と衝撃は、緋乃たちから離れた地点にて激しい戦いを繰り広げる明乃たちの元にも伝わってきた。
バジリスクの噛みつきを交わした明乃は、バックステップで距離を取りながらその主たる蛇沢を煽る言葉を放つ。
「ふっ、それはどうかしら? ーーっていうか誰がおばさんよ! この美しい姿を見てよくそんなことが言えるわね!」
「美しい……?」
「美しいでしょうが! 何首を傾げてるのよ可愛くないわね!」
明乃のおばさん発言が相当気に食わなかったのか、顔を真っ赤にして怒りを露にする蛇沢。
確かに顔立ちはキツめでこそあるものの、街を歩けば10人中10人が振り返るレベルの美女であることには間違いないのだが……。更にその上を行く存在を知っている明乃は余裕の笑みを崩さないまま蛇沢を煽り続けた。
「いやー、だって緋乃と比べたらね~。まあ確かに美人かもしれないけど? やっぱな~って」
「ぐっ! 痛いところついて来るわね……!」
「あれ意外。てっきり自分が世界で一番ってタイプだと思ってたのに」
緋乃の名前を出した途端、悔しそうに唇を噛みながら己自身の敗北を認める蛇沢。
あまりにも素直に敗北を認めるその姿を疑問に思った明乃が、思わずといった様子でそれを口にする。
「ふんっ、お生憎様ね。自分の客観視くらいは出来るわよ。流石にあの娘に勝てるだなんてほど思い上がっちゃいないわ! そらっ!」
「へー、緋乃の良さがわかるん……だっ! おっと!?」
襲い掛かるバジリスクの尻尾を跳んで避けた明乃の元へ、蛇沢の放った巨大な火球が迫りくる。明乃はその火球に対し指鉄砲を向けると、念動力による衝撃波を放ってそれを打ち消す。
だが明乃が火球に気を取られている間に、その着地の隙を狙わんと忍び寄ったバジリスクが大口を開けて飛び掛かり――。
「させん!」
「大地さんサンキュ!」
「うむ!」
横合いから大地に殴りつけられて阻止された。
「ふう。蛇って動きが読みづらくてやりにくいわね……」
「同感だ。まあ、そこまで硬くないからダメージが通りやすいことだけは救いか」
互いの距離が開いたことにより、一息つく明乃と大地。
相手である蛇沢の方も、深呼吸を繰り返して魔法の連続使用で消耗した精神力を回復させているようだ。
お互いの攻め手が一瞬だが止み、張り詰めた空気が少しだけ和らいだその瞬間――。
「隙ありィ!」
「――おごぉっ!? ぐ、このっ!」
蛇沢の意識が自分から離れたほんの一瞬の隙をつき、明乃は蛇沢へとその両掌を向けると念動力を発動。
明乃の赤い髪の毛が輝きを放つと同時に、その手を砲門として放たれた見えない衝撃波が蛇沢を襲い――その体を勢いよく吹き飛ばした。
しかし、彼女の配下たるバジリスクが器用に尻尾を使い吹き飛ぶ蛇沢をキャッチ。その身体がスタジアム外壁へと叩きつけられることを阻止するのであった。
「ぐぅ、惜しい!」
「今のもダメか。さて、どうやって倒したものか……」
「……そうだ、いいこと思いついた。大地さん手伝ってくれる?」
「む? 別に構わんが何をすれば?」
「時間稼ぎ。あのオバサンは引き受けたから、なんとかして蛇の動きをちょっとだけ止めて――ほいさっ!」
「よくもやってくれたわね! 覚悟しなさい!」
明乃と大地の作戦会議が終わる前に、お返しとばかりに放たれた蛇沢の攻撃魔法が二人を襲う。
二人は地面から飛び出してきた、先端の鋭く尖った岩を左右に跳んで回避。そのまま二人がかりでバジリスクへと向かい突進する。
「チッ、先にその子を片付けようってわけね。そうはいかないわ! ――火竜の息吹よッ!」
「うわっ、厄介な!」
蛇沢は強力な遠距離攻撃手段を持つ明乃に向かいカードを掲げると、そこから勢いよく火炎を放つ。
明乃は自身へ向けて放たれたその火炎放射を、自身の周囲に球状に展開した力場で防ぎ――。
「大地さんお願い!」
「任せろォ! ぬおおおぉぉぉ!」
『――――!?』
大地は自身目掛け振るわれるバジリスクの尻尾を、眼前でクロスした両腕で受け止めると、そのまま胴体に向けて連続で拳を放つ。
それを受けたバジリスクは声にならない悲鳴を上げるが、素早く体を引き戻すと大地目掛けて噛みつきを仕掛け――。
「それは――もう見た! うおりゃああああぁぁ!」
大地はその噛みつきを跳んでかわすと両手を組み、そのまま下降する勢いを利用した一撃をバジリスクの顔面目掛けて叩き込む。
「大地さんナイス! よし、いくわよ……」
「くっ、なんでこんな半裸の男なんかにウチの子が! 納得いかないわ!」
「うおぉっとぉ! 熱っ! 熱っ!? ふんぬうう!?」
大地の渾身の一撃を顔面に受け、その痛みからのたうち回るバジリスクを見て蛇沢が愚痴を漏らす。
可愛い配下を痛めつけてくれたことへの礼とばかりに、ドレスのポケットから取り出したカードから大量の火球を生み出しては大地目掛け発射する蛇沢。
しかし大地は器用に体を捻り、火球の隙間を潜り抜ける。そうして、蛇沢が明乃から意識を離した隙に――。
「いよっしゃあ、準備完了! 完璧な時間稼ぎよ大地さん!」
大声を上げた明乃へと蛇沢と大地の目線が向かう。するとそこには両腕を天に向かって掲げた明乃と――その頭上に浮遊する、恐らくはスタジアムの天井から拝借したのであろう大量の鉄骨や鉄柱が。
「なっ、なにそれ!? ちょっと待ちなさい! 待って!?」
「おお、これは……!? いいぞ明乃君、やってしまえ!」
それを目にした蛇沢は明乃の狙いを速攻で理解し、大慌てでそれを止めさせようと言葉を口にする。
だがしかし、敵にやめろと言われてやめる人間などいるわけがない。明乃はニヤリと勝利を確信した笑みを浮かべ――。
「待たないに決まってんでしょーが! いっけー!」
「やめてええええ!?」
悲鳴を上げる蛇沢の前で、バジリスクへと大量の鉄柱が降り注ぐ。その衝撃に地面が揺れ、土埃が舞い上がる。
そうして、全ての鉄柱がバジリスクへと叩き込まれてからおよそ十数秒後。
その場にいた三人が見守る中、土埃が晴れた中から姿を現したのは……その全身を串刺しにされ、絶命したバジリスクの姿だった。
「いよっしゃああ、討伐完了! これでさっきの緋乃の分と合わせて2-0、あたしたちの完全勝利ィ!」
「痛つつ……。やれやれ、意外と何とかなるもんだな……。最初は無理かと思ってたが……」
「あ、あああ……。そんな……」
それを目にし、笑顔で拳をぶつけ合い勝利の喜びを分かち合う明乃と大地。
一方、バジリスクの死体に駆け寄った蛇沢は涙を流しながら、物言わぬ躯と化したその頭を撫でていた。
「ゆ、許さない……。よくもアタシの可愛いペットを……!」
「うーん、そう言われてもねぇ……。こっちだって命かかってるわけだし……」
涙を流しながら明乃を睨む蛇沢。それに対し、ほんの少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべる明乃。
横からその二人を見ていた大地は、蛇沢が明乃からは見えないよう、こっそりと魔法の込められたカードを手に取ったのを見て――。
「むっ! 貴様何を――!」
「とっておきよ――これでも食らいなさいっ!」
目も眩むようなピンク色の閃光が、明乃と大地の二人を包み込んだ。