4話 理奈の家にて
15分ほど歩いただろうか、明乃と緋乃の二人は理奈の家に到着した。周辺の家や二人の家と比べると、建物が一回りほど大きい上に庭の広い家だ。
理奈の父がどのような仕事をしているかは知らないが、稼ぎはよいのだろう。眼鏡をかけた、優しそうで知的なお父さんだったし。
明乃がインターホンを押して理奈を呼び出している姿を見ながら、そんなことをぼんやりと緋乃が考えていると、玄関のドアがガチャリと空いて中から私服の理奈が出てきた。
白いシャツにベージュのカーディガンと茶色のロングスカートがよく似合っている。
「待ってたよ~。二人とも入って入って~」
「じゃあお邪魔しまーす」
「お邪魔します」
玄関から笑顔で催促する理奈に従い、門を開けて理奈の家の敷地内へと入っていく明乃と緋乃。
二人の姿が玄関の中へ消え、ガチャリと鍵が閉められるその様子。それを、近くにある電柱の陰からじっと観察している一つの影があった。
◇
カードゲームの対戦を楽しんだり、格闘ゲームでハメたりハメられたりして盛り上がったり、再びカードゲームの対戦をしたり。三人は全力ではしゃぎ回り、遊びを満喫した。
しかし、いくら体力の有り余っている中学生とはいえ流石にはしゃぎ過ぎたか。ちょっと疲れたから休憩しようよと理奈が提案をし、明乃と緋乃もそれを了承。
三人はだらけた雰囲気の中、思い思いの楽な姿勢を取りながら駄弁っていた。
「そういえば、緋乃ちゃんって世界一の格闘家になるのが夢なんだよね?」
そんな中、自身の用意したクッキーの包みを開けながら、ふと思いついたといった様子で緋乃に質問を飛ばす理奈。
「ん。ギフトとかなんでもありの方。なんだっけ? まあ、あっちのチャンピオン」
そんな理奈に対し、緋乃はお茶の入ったグラスを傾けて水分補給を行いながら、軽い調子でそれに答える。その回答を受け、理奈が再び疑問を口にする。
「WFCね。でも出場は確定としてさ、シードとかどうするの? 大会で活躍してたら貰えるんでしょ?」
「ん……」
顎に手を当て、目を軽く閉じてうんうん唸りながら考え込む緋乃と、それを見ながらクッキーを頬張る理奈。
ワールド・ファイティング・チャンピオンシップ。通称WFC。全世界に放映される、世界最強の格闘家を決める超大規模な大会。
世界中に放映される、全世界の人間が注目して熱狂するお祭り。これに優勝することこそが、今現在の緋乃にとっての最大の目標だ。
大会の大まかな流れとしては、世界各国で予選を行い本戦出場者を選出。そうして選ばれた選手でトーナメントを開始するというありふれた形式だ。
だがこの予選の段階で、大規模な大会の優勝実績などがある選手は優遇措置を受けることが出来る。俗にいうシード権だ。
理奈は緋乃に対し、この優遇措置を受けるために大規模大会における優勝実績を作るのかどうかを聞いているのだろう。
緋乃はしばらくの間考え込んでいたが、答えが決まったのかゆっくりと目を開くと理奈に向かって口を開いた。
「とりあえずその時の気分でシードは決めるとして、受けたくなった時に受けれるように、どこかで優勝はしておきたい」
「ふふっ、めっちゃ適当じゃん」
「う~ん、緋乃ちゃんらしいといっちゃあらしいけど……。でもまあ、WFCは16歳以上じゃなきゃ駄目だしね。その時になってみないとわかんないよね。シードを受けて優勝してもそれは真の優勝ではない~って人たちも意外といるしね」
「でもまあ確かに、緋乃なら予選くらい余裕だしね。そういうの避けるためにシード受けませんってのもアリだよね。でもWFCか……どうしよっかな~。せっかくだしあたしも予選くらい出てみよっかな。緋乃の模擬戦の相手やっててかなり鍛えられたし、結構いい線行けると思うんだけど」
緋乃の絞り出した答えに軽く笑いながら突っ込みを入れる明乃と、自分のコップへお茶を注ぎながら、適当な相槌をうつ理奈。
理奈も明乃も、緋乃の持つ圧倒的な実力と、更に彼女が周囲に隠しているギフトの存在について詳しく知る為か、茶化しながらも緋乃の活躍は疑っていない様子だ。
緋乃も二人の口調や態度から自身への信頼を感じ取り、嬉しそうにはにかみながらその薄い胸を張る。
「なら、わたしが一位で明乃が二位だね。世界の格闘家の一位二位を独占とか、この国の未来は明るいね」
「なんだとぉ~。あたしが一番だろぉ~。ナマイキなことを言うちびっ子は……こうだ!」
「あふん。ちょっとおも……◎※△∀@ΛΣ§Φ!?」
緋乃の言葉を受け、楽しそうな声を上げつつ明乃が緋乃にのしかかり、そのまま押し倒すと緋乃の脇ををくすぐり始める。
不意打ちで弱点の脇を突かれ、もはや言語になっていない意味不明な悲鳴を上げながらのたうち回り、なんとか逃げようとする緋乃。
それに対し、逃がさんとばかりにのしかかる力を強め、緋乃の身動きを封じつつくすぐりを続行する明乃。
「あ゛――!? あ゛――!?」
「緋乃ちゃんうるさいよ? にしし、うるさい娘には……こうだっ!」
脱出に失敗した緋乃は最後の抵抗として唯一動かせる足を必死にジタバタさせるも――その悪あがきは理奈に抱き着かれたことで止められる。
そればかりか理奈による足裏くすぐりも追加され、もはや声にもならない悲鳴を上げる緋乃。
気を用いて身体能力の強化を行えば簡単にこの状況から脱出できるのだろうが、気を練るにはある程度集中する必要がある。くすぐりによってその集中力を奪われ、笑い転げる緋乃にはとてもではないがそのような余裕はなかった。
「お゛っ!? お゛お゛っ――!?」
「うふふふ……! いい顔よ緋乃……!」
「あははっ! ほ~らこちょこちょこちょ~!」
身動き一つ取れない状態のまま二人によるくすぐり地獄は続けられ、数分後。そこには涙と涎を垂れ流し、声にもならないうめき声を上げながらピクピクと痙攣する、黒髪ツインテールの元美少女の姿があった。
「はっ……ひっ……あっ……」
「やっべ、やりすぎた。明乃ちゃんはんせーい。許して緋乃☆ 謝るから許して~☆」
「うーん、相変わらず敏感だねぇ。あ、理奈ちゃんも反省してるのでお許しを~。ナムナム」
四肢を投げ出し、無残な姿で痙攣する緋乃。その緋乃を前に、流石に調子に乗りすぎたと両手を合わせて痙攣する緋乃を拝みながら反省の意を示す明乃と理奈。
二人の頭に、緋乃による割と本気の気を込めた怒りのスーパー拳骨が炸裂するまで、あと15分。