35話 ホテルにて(掲示板回もどきその二)
「ここがあたしたちの部屋ね。……お、なかなかいい感じじゃな~い! えへへ、誘ってくれてありがとね緋乃!」
「どういたしまして? まあ、用意したのは大会の運営だけどね」
「へー、なかなかいい部屋だね。うん、合格! それでベッドは二台かぁ……。二台ねぇ……。うん、よし! ねぇねぇ緋乃ちゃん、今日は私と一緒に寝ようよ!」
「あ、ずるいわよ理奈。緋乃はあたしと一緒に寝るんだから!」
「えー、明乃ちゃんはよく一緒に寝てたんでしょ? たまには私に譲ってよ~。緋乃ちゃんの独占は法律で禁止されてますぅ~!」
「……あれ? わたしの意思は?」
無事に試合に勝利し、本日の日程をすべて終えた緋乃。そんな緋乃は午後16:20現在、明乃と理奈の二人を連れて選手用にと用意されたホテルの一室へと入っていた。
その部屋はなかなかの豪華さであり、お金持ちの理奈から見ても高得点らしい。
なんでも本戦トーナメントは選手に最高のコンディションで戦ってもらう為とのことらしく、部屋だけでなく食事も豪華なものが用意されているのだとか。
食事に関しては微塵も興味のない緋乃であったが、この豪勢なホテルで寝泊まりできるという点に関しては素直に大会運営へと感謝しているのであった。
「あいこでしょ! あいこでしょ! いよぉーっし、勝ったぁー! 緋乃ちゃんゲットォー!」
「くぁー、負けたぁー! ううう、ごめんなさい緋乃。守れなかった……!」
「え? あ、うん。残念だね。でもどうせならわたしの意思の方を守って欲しかったなって……」
緋乃という抱き枕を巡る明乃と理奈の話し合いは決着がつかず、最終的にジャンケンで決めることになった。
そうしてその結果、初日と最終日は理奈が。二日目は明乃が緋乃と同じベッドで眠ることに。
自身で独占禁止を宣言した手前、三日間緋乃を独り占めすることは出来なかったのだが、それでも肝心な初日と最終日の緋乃を手に入れられたことで満足気な笑顔を浮かべる理奈。
一方。いつもと違う環境に放り込まれた結果、確実に普段以上に擦り寄ってくるであろう緋乃を一日しか確保できなかった明乃は不満顔だ。
ちなみに「なんで試合に出るわたしが一人でベッド使っちゃダメなの?」という緋乃のツッコミはガン無視されていた。
どうせそうしたら寂しくて自分たちの眠るベッドに潜り込んでくるくせに、という明乃と理奈の共通判断による結果だ。
「さぁーて、夕飯まで時間が地味~にあるわけだけどどうする?」
「ここら辺は観光地じゃないし、外出てもねぇ~。それに今出ると、さっきの試合で急増した緋乃ちゃんのにわかファンやら記者やらがまーた押し寄せてきて鬱陶しいだろうし」
「うーん、ゲーム機持ってくればよかったかな……?」
「こんなとこまで来てゲームとか禁止よ禁止! 理奈も取り寄せちゃ駄目だからね!」
「あいあいさー。先手打たれちゃったし、ごめんね緋乃ちゃん」
「ひどい、わたしの何個かある生きがいのうちの一つを奪うなんて……!」
「他にもあるなら別にいいじゃない」
ベッドの上にて三人で寝転がりながら、話に花を咲かせる明乃と理奈と緋乃。
そのままとりとめのない話を続けていた三人だが、ふと思い立ったことでもあるのか、そうだわ! という言葉と共に突然がばりと身を起こした明乃がスマホを弄り始める。
「急にどうしたの明乃? なんか面白いことでもあった?」
「ふふーん、ちょっと待ってなさい……。えっと、格闘技板の……。あったあった、これよ!」
「どれどれ……。えっと、全日本新世代格闘家選手権について語るスレ? ああ、なるほど。緋乃ちゃんがどれくらいウケてるか確認しようってわけね」
「そうそう。緋乃って今日の試合、ド派手に決めてきたじゃない? しかも現役のプロ選手相手に圧勝だったし、絶対話題になってるわよ」
「そうだね。こんなに可愛くて強いんだもん。絶対話題になってるよ。ふふふ、もしかしたら緋乃ちゃんの話題で埋め尽くされてたりして!」
「うーん。そうだと嬉しいけど、アンチとかがついてたら嫌だな……。『こんな弱そうな奴がなんで翼を倒すんじゃー!』とかあったらやだなー」
「とは言いつつ興味津々ね」
ベッドに座る明乃を左右から挟み込むように移動した理奈と緋乃は、その手に握るスマホの画面を観ようと顔を覗き込ませる。
左右の二人が体勢を整え、自身の持つスマホへと注目したことを確認した明乃は指で画面をスライドさせ、掲示板を読み進めるのであった。
436:名前:名無しの見習い格闘家
っぱ緋乃ちゃんよ
あの翼相手に圧勝とかもうこれ決まっただろ
437:名前:名無しの見習い格闘家
スケベロリの緋乃ちゃんも捨てがたいがそれでも俺は結ちゃんを応援するって決めたんだ……!
だというのに緋乃ちゃんの脚が頭から離れてくれないくそっくそっ
438:名前:名無しの見習い格闘家
結ちゃん可愛いけど脱いでくれねーしな
せめて袴にスリット入れるとかサービス精神見せてくれてもええのに
その点緋乃ちゃんは立派やね
439:名前:名無しの見習い格闘家
>>437
ようこそ「こちら側」へ……
440:名前:名無しの見習い格闘家
男衆も応援したれや
虎太郎君が泣いとるで
441:名前:名無しの見習い格闘家
緋乃ちゃんシコココ
442:名前:名無しの見習い格闘家
えっ今日は緋乃ニーしてもいいのか!?
443:名前:名無しの見習い格闘家
虎太郎は煽り癖さえなければ人気出るだろうに
いややっぱねーわどう見てもチンピラだもんあいつ
444:名前:名無しの見習い格闘家
負けた瞬間から一気に名前の上がらなくなる翼くんかわいそう
まったく名前の上がらない大地くんもっとかわいそう
445:名前:名無しの見習い格闘家
>>442
ああ……好きなだけやれ……
446:名前:名無しの見習い格闘家
翼くんはマジでいいとこなかったな
447:名前:名無しの見習い格闘家
いうても別に悪い動きしてなかったやろ翼くん
リアルガー不仕掛けてくる緋乃ちゃんがおかしいんや
448:名前:名無しの見習い格闘家
大地はなぁ……
強いんだけどムラっ気ありすぎてようわからん
優勝候補に圧勝したかと思えばアマチュアに負けたりするし意味不明だわ
449:名前:名無しの見習い格闘家
緋乃ちゃんのふとももスリスリ
450:名前:名無しの見習い格闘家
>>445
おかわり(素材追加)もあるぞ!
一回戦突破したしな!
451:名前:名無しの見習い格闘家
警察だ! ここに緋乃ニーをしている者がいると聞いた!
452:名前:名無しの見習い格闘家
ガー不よりも最後の発破の方がやべーやろ
なんやねんあの即死攻撃
453:名前:名無しの見習い格闘家
ラストの爆破投げってあれって気を爆発させとるんだろ?
まずあんな大爆発起こせる時点でやべー
あの技使って平然と立ってる時点でもっとやべー
そもそも最初からなんか使ってる気の量がおかしすぎてやべー
454:名前:名無しの見習い格闘家
やばさで言うならそもそも12歳であの強さなのが一番やべーよ
ついこないだまでランドセル背負ってたお子様だぜ?やっべ興奮してきた
455:名前:名無しの見習い格闘家
一番やばいのは脚定期
456:名前:名無しの見習い格闘家
いや腋だろ
俺は今ほど夏という季節に感謝したことはない
457:名前:名無しの見習い格闘家
でも緋乃ちゃんはもうちょっと肉付けて欲しいわ
ちょっと細すぎる
「おお、これは……」
「見事に緋乃ちゃん一色だね……」
「ふっ、どうやらみんなわたしの美貌にメロメロのようだね……。ああ、自分の美しさがこわい……!」
「さっきまで不安そうにしてた癖に急に調子に乗ってきたわね」
「せっかくだしドヤ顔緋乃ちゃん一枚いただきーっと。はいチーズ」
「どやーん……!」
「いいよいいよー! 次は別のポーズねー!」
物凄く得意気な表情を浮かべる緋乃にスマホのカメラを向ける理奈。
調子に乗りまくっている緋乃はベッドから降りると理奈の前に立ち、カメラに向かい両手でピースサインを決めながら謎の効果音を口にする。
そんな緋乃の姿に苦笑すると、明乃は二人が自分のスマホから目を離している隙にスマホを操作して掲示板へと書き込みをするのであった。
472:名前:名無しの見習い格闘家
>>456
いやあの細さがいいんだろうが
余分な肉のついてないあの身体が俺を狂わせる
緋乃ちゃんの太ももに顔挟まれたい
473:名前:名無しの見習い格闘家
しかしねぇ……最近はムチムチ系が流行りなのだから……
474:名前:名無しの見習い格闘家
太い奴はそこら中にいるけど細い子は貴重
475:名前:名無しの見習い格闘家
気ってなんかエネルギーすげえ消費するんだろ?
そりゃそんなのバンバン使ってりゃ細くなるよね
476:名前:名無しの見習い格闘家
マジかよじゃあ俺も気の使い方を身に着ければ
ちょっと近くの道場行ってくる
477:名前:名無しの見習い格闘家
気の運用はセンスの問題だから無理なやつには無理
まあ死ぬ気で努力すれば誰でも使えるらしいがデブにそんな努力できるわけねーし
478:名前:名無しの見習い格闘家
まあそんな努力できるならデブってねーわな
479:名前:名無しの見習い格闘家
しかし待ってほしい
一度苦労して気の使い方さえマスターしてしまえば以後はイージーモードのダイエットが出来ると考えれば
480:名前:名無しの見習い格闘家
安心しろ
そんな考えの奴には身に着けられん
481:名前:名無しの見習い格闘家
昔似たこと考えて頑張ったことあるわ
んで普通にダイエットした方が楽だってことを思い知った
482:名前:名無しの見習い格闘家
気が使えるようになっても素振りじゃ大して消費しねーしな
気弾撃てればダイエットになるんだろうがまたセンスと練習の壁が立ちはだかる
483:名前:名無しの見習い格闘家
そもそも気でエネルギー消費しても消費した分以上に食うだろおめーら
なにしようが結局デブはデブなんだよ
484:名前:名無しの見習い格闘家
じゃあ何ですか!
痩せたければ物を食うなとでも言うんですか!
485:名前:名無しの見習い格闘家
はい
486:名前:名無しの見習い格闘家
当然じゃボケ
487:名前:名無しの見習い格闘家
せやな
「なんかダイエットスレになってきちゃったわね……。別のないかしら。えっと……お?」
他人が緋乃について語り合っているところが見たくて掲示板を開いたのに、いつの間にやらダイエットについて熱く語り始める住民たち。
明乃は自分の望む方向とは違う方向へと進んだ掲示板に見切りをつけると、緋乃について語り合っていそうな別の板を探し出す。
格闘について語り合う様々な掲示板をスクロールしてお目当ての板を探す明乃の目に、ズバリそのまま明乃の探し求めることについて語り合う掲示板が映る。その板の名は――。
「不知火緋乃ちゃんを応援するスレ……。へぇ、どれどれ……」
その顔に笑みを浮かべながら、明乃がその板を開こうと指を伸ばす。
が、そんな明乃に忍び寄る影が二つ――。
「明乃? 何見てるの?」
「うわぁ! 緋乃!? ちょっともう、驚かさないでよー」
スマホに集中していた明乃はいつの間にか真横にやってきていた緋乃の存在に気付かず、横からひょいっと顔を覗かせてきた緋乃に対し驚きの声を上げる。
明乃のその大げさな驚きっぷりに対し逆に驚く緋乃と理奈であったが、驚いたのも一瞬のこと。すぐにその顔は悪戯めいた笑みへと変わり、手に入れたばかりの新鮮なネタで明乃を弄りだす。
「ぷふっ。うわぁ!? だって。驚きすぎだよ明乃ちゃん」
「悪かったわね! ちょっとこっちに集中してたのよ! ……それで、急に話しかけてきてどうしたの?」
「ふふふっ。いやね、せっかくだしこのホテルのお土産コーナー見に行かないかって話になってね」
「明乃ちゃんも一緒にどうかなーって。ふふふ」
ニヤニヤ笑いながらも、明乃に対し話しかけたその理由を告げる二人。
それを聞いた明乃は少しだけ考える素振りを見せるも、自身も暇を持て余していたのは確かなので二人の提案を受け入れることに決めた。
「おっけー、じゃあ行きましょっか」
「ん! いこいこ!」
「なんかいい感じのお土産あるといいけどな~」
まだ見ぬお土産について話しながら玄関へと歩いていき、靴へ履き替える三人。
そのまま部屋から出ていく少女たちの姿を、傾き始めた太陽が窓の外から優しく見守るのであった。