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31話 vs不良学生

 そのまましばらくの間制裁を加えられていた緋乃であったが、このままでは話が進まないと判断した玄次郎により開放を促されたことでその制裁は終わりを告げた。


「あううー……。ごめんなさい……。もうしないから許して……」

「お、おう……。まあそれに関してはもうええ。昔のことだし、挑発したワシらも悪かったわけだしの。……あとまあ、ワシらも似たようなことよくやっとるし」

「あれ、意外と優しい?」

「不良のポリシー的な感じ? よくわかんないけど」


 涙目になり、弱り切った様子の緋乃に少し引きながらも発せられた玄次郎の言葉を受け、意外そうな顔をする理奈と明乃。最後にボソリと呟かれた言葉は、二人の耳には入らなかったようだ。

 しかし、別に緋乃に対してのお礼参りではないというのならば、何のために緋乃を呼び止めたのだと、疑問の表情を浮かべる三人の少女たち。


「まあ、問題は貴様に負けたその後じゃ。どこからかワシが負けたと……。よりにもよって小学生の女の子に負けたということが広まってのう……。それまで一目置かれていたワシは一気にその名声を失った……。舎弟たちも蜘蛛の子を散らすように消えてしまってのう……」

「えと、それはその……」

「ご愁傷さまです……」


 なんと言えばいいのかわからず、とりあえず慰めの言葉を吐く明乃と理奈。

 しかし、そんな二人の言葉など聞こえていないかのように。玄次郎は二たび、力強く緋乃を指さしながら声を上げた。


「しかーし! それも貴様の名が知れていなかったがゆえの事!」

「つまり、予選とはいえ圧倒的な力を見せつけた今のお前をボスが倒せば!」

「ボスの名を再び轟かせることが出来る!」


 玄次郎の言葉を引き継ぐように、取り巻きである小太りの男と眼鏡をかけた男が、声を張り上げてその目的を告げる。


「ガッハッハッハ! そういうわけじゃ、大人しく闘ってもらおうかのう? まさか、トーナメント優勝者様が逃げるなんてことは言うまい?」

「むっ……」


 玄次郎の挑発的な物言いを受けて、カチンと来たのか緋乃が不機嫌そうな表情をその顔に浮かべた。

 緋乃のその表情を見て、うまくいったとばかりにニヤリと笑いながら腕まくりをする玄次郎。

 しかし、そんな玄次郎へ向けて理奈が疑問の声を上げた。


「でも、それならトーナメントで戦ったほうが、観客の目もあってよかったんじゃ?」

「ギクッ!」

「そ、それはじゃのう……」


 理奈の指摘を受けて、明らかに狼狽する取り巻きの男たち。玄次郎も苦虫を噛み潰した様な表情をしており、歯切れの悪い返答を返すのみ。

 そんな男たちの様子を見て、何かを察した様子の明乃が悪い笑みを浮かべた。


「ははぁ……。なるほどなるほど~。つまり……参加したはいいけど負けたのね?」

「な、ななな何を根拠に!?」

「うちのボスが負けるわけなかろうて!?」

「そうとも、うちのボスは頭は悪いが腕っぷしは本当に強いんだ!」

「…………。馬鹿で悪かったのぅ……」


 取り巻きの男が慌てた勢いでついうっかり失言をしてしまい、それを聞いて拗ねてしまった玄次郎。

 大慌てで尊敬するボスのご機嫌を取ろうと取り巻きたちがおべっかを使うが、どれも大して効果を発揮せず玄次郎はムスっとした顔のまま緋乃を睨みつける。


「んで、るのか、らんのか。どっちじゃ?」

「もちろん受けるよ。わたしは、挑まれた闘いからは逃げも隠れもしないから」

「よう言うた。んじゃあちょい待て……」

「ちょっと緋乃ちゃん!?」

「あー、うん。緋乃ならそう言うわよね……」


 緋乃の返事を聞いて満足そうな笑みを浮かべた玄次郎は、ごそごそとポケットの中をまさぐったかと思うとその中から10円玉を一枚取り出した。


「こいつが地面に落ちたら試合開始じゃ。ルールはまあ……。路上試合ストリートファイトの基本的なやつでええじゃろ」

「気絶か戦意喪失で終了。急所攻撃とか貫通系で過度なダメージを与えるのは厳禁、だね」

「うむ。最近はマッポが五月蠅いからの……。とりあえず出血やら大怪我は厳禁じゃ」


 念のためにとルールを声に出す緋乃に対して玄次郎が頷き、そのまま取り出した10円玉を親指の上に乗せてコイントスの準備をする。


「ではいくぞ……。……そらっ!」

「……!」


 ピンッという小気味よい音と共に、高速で回転しつつ大きく宙を舞う10円玉。

 明乃と理奈と、そして取り巻きの男たちが。一斉に宙を舞うコインへと注目し、そして――。

 コインが地面に落ち、チャリーンという音が鳴り響く。


「キエエエエェェェー!!」


 コインの音が鳴るとほぼ同時。大きな叫び声を上げるとともに、勢いよく緋乃へと飛び掛かる玄次郎。宙を舞いながらもその太い腕を大きく振りかぶり、巨体ゆえの重い体重を最大限利用した一撃を放とうとする。

 それに対し、構えこそ取ってはいるものの微動だにしない緋乃。

 その身体を気の光が包んでいることから、別に戦意を失ったわけではないということは理解できる。

 しかし、避けようとも受け止めようともしない緋乃のその姿勢を見て。玄次郎はほんの一瞬だけ怪訝な顔をするのだが――。


「貰ったァ!」


 取り巻きの男たちの言う通り、深く考えることが苦手なのだろう。

 玄次郎はそれをチャンスと捉えたようで、そのまま攻撃の続行を選択。

 案山子のように動かない緋乃に対し、その拳を叩き込まんと勢いよく腕を振り下ろす――。


「甘い」

「おごっ!?」


 ――が、その一撃は当然のように迎撃された。

 玄次郎の拳が緋乃へと届く直前。飛び掛かってくる玄次郎の腹に、ズンという重い衝撃と共に緋乃の履くブーツの裏面がめり込み、その巨体が宙に浮いたまま固定される。

 玄次郎の飛び込みにタイミングを合わせ、緋乃がその右脚を天空目掛けて一気に突き上げたのだ。

 腹部に緋乃の足が突き刺さったその衝撃で、肺の中の空気が一気に飛び出したのだろう。言葉にならない悲鳴を上げる玄次郎。


「ボ、ボスー!?」

「ゲェー!? 右脚一本でボスの巨体を持ち上げるだと!」

「すげえ! なんちゅー体の柔らかさ!」


 小柄な緋乃が、片脚で大柄な玄次郎を宙に磔にしている光景を見て玄次郎の子分たちが騒ぎ出す。

 しかし、緋乃の反撃はこれで終わりではない。まだ続きがあるのだ。緋乃の鍛錬に付き合っていた明乃と、それを覗き見ていた理奈はそれを知っている。

 故に、明乃と理奈の二人は緋乃の勝利を確信したかのように、緋乃に対してエールを送る。


「いよっし、トドメよ!」

「やっちゃえ緋乃ちゃん!」

「はじけろ……っ!」


 親友二人からのエールを受けた緋乃は、玄次郎をその右脚で磔にしたまま足の裏に気を集中。

 玄次郎の腹と、それにめり込んでいる緋乃のブーツの裏。その僅かな隙間に白光が走ったかと思った次の瞬間。


「うぼおおおぉぉ!?」

「ボス――!?」


 轟音と共に大きな爆発が巻き起こり、その直撃を受けた玄次郎が悲鳴を上げる。

 爆発の衝撃で宙を舞った玄次郎は、そのままドサリとアスファルトの上に背中から叩きつけられて小さくバウンドする。


「ボス! しっかりボス!?」

「流石は地獄の子猫(ヘル・キティ)……! 強すぎる……!」

「撤退だ、撤退ー!」

「むっ……!?」

「どうしたの明乃ちゃん?」


 白目を剥いたままピクリとも動かない玄次郎へと大慌てで駆けよる子分たち。

 玄次郎がとりあえず息をしている事を確認すると、そのまま三人がかりでその巨体を抱えて緋乃たちの進行方向とは逆の向きへ。彼らがやってきた方向へと向かって走り出す――。

 のだが、その前方へと。これまで静観していた筈の明乃が急に立ち塞がった。


「ひぇ……! じゃ、邪魔すんなや!?」

「見逃してくれやー!」

「もうちょっかいかけんよう、ボスには言っとくから! な!?」


 明乃の実力のことも知っているのか、それとも友人に手を出された場合の緋乃からの報復を恐れているのか。

 恐らくは後者だろうが、情けない声を上げる三人の男たちに対し、明乃は笑顔を浮かべたままゆっくりと話しかけた。


「いやいや、一つだけ聞きたいことがあってねぇ~? それさえ答えてくれたら別に何もしないし、なんなら緋乃が追いかけないように説得したげる」

「マジか!?」

「本当か!? 何でも答えるぜ!」

「さあ聞いてくれ!」


 気を失った玄次郎を抱えたまま、ドヤ顔で質問を催促する男たち。

 急に元気の良くなった男たちへと苦笑しつつ、明乃はその「聞きたいこと」を口にする。


「いや、さっきあなたたちの言ってたヘルキティだっけ? えっと、それって何なのかなーって」

「ああ、それのことか。それならホラ、アレだよ」

「そこのおっかねえガ――不知火さんの異名です」

「子猫みたいな小さく可愛らしい外見に反し、暴力丸出しな格闘スタイル! そこから取って俺らが名付けたんだ! ……まあ、あんまり広まらなかったけど。ていうか、広まってたらボスの地位はここまで落ちなかったしな……」

「なるほどなるほど。ありがとね、おかげさまで疑問が解けて満足したわ。邪魔して悪かったわね~」


 男たちの回答を聞いて満足したのか、笑顔のまま横にずれて道を開く明乃。


「お、お邪魔しましたー!」

「バイバーイ」


 情けない捨て台詞を吐きながら、猛ダッシュで逃げていく三人の男たち。

 そして、ニコニコとした笑顔を浮かべながらそれを見送る明乃。

 三人の姿が見えなくなると、明乃は笑顔のまま緋乃と理奈のいる方向へと向き直った。


「うふふふふ、地獄の子猫(ヘル・キティ)だって。なかなかお似合いだと思わない?」

「確かに。実際緋乃ちゃんって子猫っぽいしね。あと、ほんのり漂うダサさが逆に緋乃ちゃんの可愛さを引き立てていいね」

「ねー。よし緋乃! あんたの異名は今日から地獄の子猫(ヘル・キティ)よ!」

「え、嫌だよ恥ずかしい……。もっと格好いいやつの方がいい……」


 ズビシ! と困惑する緋乃を勢いよく指差しながらその異名を勝手に決める明乃。

 緋乃は頬を染めながらそれを拒否するが、よほどその異名が気に入ったのか。肝心の明乃はけらけらと笑ったまま緋乃の反論を無視して理奈へと語りかけた。


「よし、帰ったらみんなに広めるわよ。理奈もお願いね?」

「いいよー」

「いや、よくない。全然よくない。なんか、もっとこう、センスが爆発していて格好いい奴をわたしは所望する」

「センス爆発? なら地獄の子猫(ヘル・キティ)でいいじゃないのさ」

「だね。これはセンスが爆発してるよ。……ふふっ」


 緋乃をからかいながら、駅へ向けての歩みを再開する明乃と理奈。そんな二人に対して抗議の声を上げ続ける緋乃であったが、語彙に乏しい緋乃は二人を論破することが出来ずにあの手この手で言い分を封じられていく。


「あの四人組め、覚えてろー! 次会ったらボコボコにしてやるー!」


 人気の少ない道に、緋乃の声が響くのであった。

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