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30話 予選を終えて

「む~……!」

「あはは……」

「まったくもう……」


 不機嫌オーラをその小さな体から噴出させ、不満そうにその頬を膨らませながらテクテクと歩く緋乃。

 そんな、大会が終わってからずっと拗ねてしまっている緋乃を見て。困ったような笑顔をする理奈と呆れた顔をする明乃。

 時刻は午後15時。とある「アクシデント」により、予定よりもかなり早めに大会を終えた緋乃たち三人は、自宅へと帰るために駅へと向かう途中であった。


「いつまでふくれてんのよ。楽に終わってよかったじゃない? ポジティブに考えなさいよポジティブに」

「でも……! いくらなんでも不戦勝だなんて……!」


 明乃からの説得を受けるも、相変わらず不満そうな声を上げる緋乃。内心の不満を示そうとジロリと明乃へと半目を向ける緋乃であったが、その顔立ちが災いして怖さよりも可愛らしさが前面へ出てしまっているのがご愛敬か。


 本戦出場者決定トーナメント準決勝戦。佐々木岳対鈴木奈々。勝った方が緋乃の待つ決勝戦へと進むその試合。

 一進一退の激しい攻防の果てに勝利を掴んだのは岳であったが、その闘いの中で利き腕である右腕を骨折してしまったのだ。

 いくら優秀な治癒の能力を持つギフテッドが医療スタッフとして控えているとはいえ、たかが1~2時間程度で折れた腕を再び戦闘可能なレベルにまで元に戻すというのは流石に不可能である。

 故に。事前から決めてあった大会規定に則り、決勝戦は緋乃の不戦勝ということになったのだ。


「むー」


 準決勝で持てる全てを出し尽くした岳はその結末も――確かに強かったが、あの程度の相手に腕を持っていかれるようではお前(緋乃)の相手など務まらんだろうと――納得して受け入れたが、岳や奈々との戦いを心から楽しみにしていた緋乃はそうはいかなかった。

 表彰や激励の言葉を貰っている間はなんとか笑顔を取り繕っていたものの、周囲から人目が消えたとたんに不貞腐れてしまい――。


「腕を上げたっていうし、実際にすごく強くなってたから楽しみにしてたのに……。もう一人の境月流って人も戦ったことのないタイプだったし……」

「へー、ずいぶん買ってるわね。いつもの緋乃なら『わたしなら余裕で勝てる相手だよ』とか言って気に留めないのに。……大会の熱気に当てられた系?」

「むぅ……。確かに、そうかも」


 明乃から悪戯めいた笑みを浮かべながらの指摘を受けて考え込む緋乃。

 確かに、ちょっと舞い上がってる所があったかもしれない。冷静ではなかったかもしれないと自身の精神状態を顧みると、肩を落としてため息を吐く。


「ふぅ……」

「ようやく落ち着いたわね」

「いつもの緋乃ちゃんが帰ってきたね」

「ん、ごめんね?」

「いいってことよ。ま、あまり気にしないことね」


 緋乃からの謝罪の言葉を、その頭を軽くコツンと小突きながら受け入れる明乃。

 一瞬だが、小突かれたことに対する不満の顔を浮かべる緋乃であったが、今回の件に関しては自分が悪いということを一応は理解しているのですぐにその顔を引っ込める。


「ねえねえ。それよりもさ、折角早く帰れたんだし駅前で遊んでかない?」

「うーん、そうだね。明乃は――」

「いいわね。緋乃は――」


 緋乃の不貞腐れモードが終わったと見るや、笑顔の理奈がこれからの予定について提案する。

 確かに、このまま帰っても門限までにはかなりの余裕がある。それなら、駅前で遊んでから帰るというのも悪くないかもしれない。

 そう考えた緋乃は明乃の意見を聞くべく声を上げるが、タイミングを同じくして明乃も緋乃に対して声を上げたところだった。


「ふふっ」

「あははっ」

「ふふふ、問題ないみたいだね。それじゃあ――」


 考えていることは同じかと、二人で笑い合う緋乃と明乃。そんな二人の姿を見て、自身の提案が受け入れられたことを悟った理奈が音頭を取ろうとしたその瞬間――。


「待て待てぇーい!!」


 背後から三人へと向けて放たれる、男性のものらしき大きな声。

 なんか以前にもこんなことがあったような、と呆れと困惑の入り混じった表情を浮かべて顔を見合わせる明乃と緋乃と理奈。

 嫌々とこれまで歩んできた道を振り返ってみれば、どたどたと慌ただしく駆け寄ってくる四人の男たちが三人のその目に映る。


「はぁ、はぁ! ぐふふふふ、ギリギリ間に合ったようじゃな……」

「げふっ! ごふっ! ひひひ、不戦勝で安心してるとこ悪いがなぁ……。げふっ! げふっ!」


 ゼエハアと息を荒くしながら、緋乃へ向けて話しかけてくる男たちのリーダー格らしき一番背の高くてガタイのいい男と、それに続く取り巻きらしき出っ歯の男。

 学ランを着た四人の男が全員揃って両手を膝に当て、中腰になりながら息を整えているその姿は正直言ってかなりアレなものがあり、緋乃たち三人は心底嫌そうな顔を男たちへ向けている。


「緋乃ちゃん、この人たち知り合い?」


 声をかけられ、反応してしまったた以上。ここから無視するわけにもいかないと、男たちの狙いらしき緋乃に対して理奈がその正体を尋ねる。

 しかし、理奈の質問を受けた緋乃は困った表情でその首を横に振った。


「ううん、知らない。初対面……」

「待てぇーい!」

「馬鹿な、俺たちの顔を忘れたってのか!?」

「くっそー! ちょっと可愛くてちょっと強いからって調子に乗りやがってー!」

「ちっくしょー!」


 愕然とした表情を浮かべて緋乃にツッコミを入れるリーダーの男とその取り巻きたち。

 無駄にうるさいその声が周囲へと響き渡り、ちらほらと見える通行人たちが何事かとその顔を向けてくる。

 しかし、その声の発生源である男たちを見たとたんに興味を失ったのか、それとも関わり合いになりたくないのか。知らんぷりを決め込んで速足で歩き去ってしまった。


「えっと……。うん……。その……ごめん?」

「謝るな! 申し訳なさそうな顔をするな! こっちが惨めになるじゃろがい!」


 緋乃の謝罪に対し、大きな声で吼えながらそれを咎めるリーダー(仮)。

 本気で緋乃が自分たちについて覚えていないことを理解した男たちは、渋々といった様子で正体と目的を語った。


「ワシはここ、菊石市でもチョッピリ名の知れた(ワル)でのう。剛腕の玄次郎げんじろうと呼ばれ、恐れられとった……。そう、恐れられとったんじゃ……。あの時までは!」

「なんか長くなりそうだね」

「シッ、黙ってなさい理奈」


 目を閉じ、しみじみとした様子で己について語る玄次郎。

 その話を聞いた理奈がうんざりした表情のまま愚痴をこぼすが、これ以上話をややこしくするなとばかりに明乃がそれを咎めた。

 幸いにして理奈の愚痴は玄次郎の耳へと届いていなかったようで、玄次郎はそのまま己の過去に何があったかを語り続けた。


「忘れもしない、あれは今から二年前の事じゃ。野暮用で勝陽市へとやってきたワシらは、用事を済ませたついでに近くにあったゲーセンへと立ち寄った……」

「あ、なんか読めたわ……。読めちゃった……」

「ふゅー♪ ふゅー♪」

「明乃ちゃん? どしたの急に頭抱えちゃって……。って緋乃ちゃん、それ口笛のつもり? 吹けてないけど……」


 玄次郎の過去話を聞いた途端に、急に頭を抱えて座り込んでしまった明乃と目を逸らしながら下手な口笛(吹けてない)を吹き出す緋乃。

 急変した二人の様子に困惑する理奈であったが、目を閉じたままの玄次郎はその様子に気付いた様子を見せず、そのまま過去語りを続ける。


「喧嘩だけでなく、ゲームの腕前も一流だったワシらは地元の腕自慢たちを前に連戦連勝。気分よく連勝記録を積み立てていたんじゃが……、そこにヤツが現れた! そう、貴様じゃい不知火緋乃!」


 閉じていた眼をカッと目を見開き、緋乃を指さしながら吠える玄次郎。

 一方、玄次郎に指名された緋乃はというと、相変わらずばつの悪そうな顔をしながらその目を逸らしていた。


「あー、はいはい。わかったわ。この子がゲームで負けた腹いせにリアルファイト仕掛けたんでしょ?」

「その通りじゃ! そいつはワシのこのイケとる顔面にいきなり灰皿を叩き込んできての! 『表へ出ろ』とほざきおったんじゃ!」

「イケてる……? イケてるかなぁ……?」


 明乃からの質問に対し、自身の顔を指さしながらそれに答える玄次郎。

 玄次郎の発言に対し、思わず呟きを漏らしてしまう理奈であったが……幸いにして、その呟きは玄次郎たちの耳には届かなかったようだ。


「緋ー乃ー?」

「ち、違う。わたしじゃない! えっと、その。灰皿が勝手に!」

「あ、そうなの。じゃあ緋乃は悪くないわね……。なわけあるかーい!」

「み゛に゛ゃー!?」


 明乃は見苦しく言い訳をする緋乃の背後に立つとそのこめかみを拳骨で挟み込み、俗に言うグリグリ攻撃で大暴走してくれた大馬鹿者へと制裁を加えるのであった。

この世界において格ゲープレイヤーの8割はリアルファイターです。

緋乃ちゃんも最初は大人しかったんですが無事に毒されて立派なリアルファイト勢になりました。

ちなみに明乃は2割側です。鋼の意志。

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